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9話目

 クレハの叫びにシャルロットは呆ける事しかできなかった。ふと横を振り向くと、自分へ向かって何か黒いものが飛び掛かってきている。


(あぁ、死んだわね……)


 何故かそう簡単にあきらめがついたのだ。シャルロットは静かに目を閉じると最後の瞬間を待った。しかし、体に走る痛みはない。シャルロットは恐る恐る目を開いた。

 目を開いた先、そこには謎の黒い影の両腕を同じく両腕で食い止めているクレハの姿があった。不思議なことに、目の前の影の太い腕の半分程度の太さしかないクレハの細腕なのに、食い止めているその後ろ姿は余裕がありそうだ。


「大丈夫か?」

「え、ええ……」

「よし、ちょっと下がってな。」


 シャルロットに向かってそう言ったクレハ。シャルロットが少し下がったのを気配で確認すると、おもむろに右足を上げて黒い影を蹴り飛ばした。


「そりゃ!」


 軽い感じで蹴り飛ばしたクレハだったが、黒い影はその感覚以上の速度で吹き飛んだ。生い茂る木の一本に衝突し、その木をへし折る。


「な……!?」


 あまりの出来事に、シャルロットは言葉にならない様子で目を見開いていた。目の前で起きる出来事は明らかに常軌を逸している。特にクレハの動き、そしてその力はもはや夢幻と思った方が納得できるほどだ。

 シャルロットはそのクレハの方へ視線を向けた。先ほどまでと何ら変わらない後ろ姿である。だが、振り返ってシャルロットへ正面を見せたクレハの姿には異なる点が一つあったのだ。


「ク、クレハ……あなた、それ……」


 少し震える指先でシャルロットはその場所を指し示した。クレハがその箇所へ左手を上げる。そしてシャルロットが何を示しているのか気が付いたのか、苦笑の表情で話し出した。


「ん? あぁ、これか? ごめんな、本当なら隠し続けるつもりだったんだ。でも、とっさだったから、つい。」


 クレハが左手で触るそれ。それは、額から伸びた二本の角だった。前髪をかき分け天を突くそれは、明らかに飾りなどではない。気まずい時に頬をかくように爪でかくその様子から、堅そうであることが分かる。


「い、一体何なのよ、それ……? それにさっきの動き、明らかに人間のそれじゃないでしょ……?」

「ん~……まぁ、今更か。うん、実はアタシ、人間じゃないんだ。『鬼』って呼ばれるバケモノなんだよ。」


 軽い雰囲気で告げられた、あまりにも突拍子のない言葉。しかし、シャルロットは不思議とその言葉を「あぁ、やっぱりか」とも言うべき心情で受け入れていた。思えば彼女は唐突だった。あまりにも場違いな異国の服装に、突飛な言語習得。その雰囲気もさることながら、存在が日常を笑い飛ばすような印象が感じられる。彼女の非日常性をシャルロットは意識的、無意識的に感じ取っていたのだ。


「そう……そうなのね。驚きはしないわよ。」

「……え? お、驚かないの?」


 シャルロットの言葉に今度はクレハが驚愕する番だった。口をポカンと開けてシャルロットを見つめる。その視線に促されるように、シャルロットは気恥ずかしそうに顔を横へそむけつつも再び話し出した。


「あなたが人間であろうとなかろうと、あなたはクレハでしょ? 私をどうこうする様子もなさそうだし、むしろ守ってくれたんだから。感謝こそすれ、あなたを忌避する理由はないわ。」

「…………」


 返答がない。シャルロットが再び視線をクレハへ戻すと、なんとクレハはその両目から静かに涙を流して泣いていたのだ。シャルロットが驚いて駆け寄る。


「ちょ、ちょっと! 何泣いてるのよ? わ、私何かまずいこと言った?」


 駆け寄るクレハの姿と声に正気を取り戻したのか、クレハはハッとしたような表情になるとゴシゴシと袖で目元を拭いて笑顔で口を開いた。


「い、いやいや、何でもない! ちょっと目にゴミが入っただけ!」

「……そう、ならいいわ。」


 シャルロットはあえて何も言わない。今はクレハの事を深く掘り下げている暇がない。何故なら、先ほどクレハが蹴り飛ばした黒い影が森の中から再び現れたのだから。

 月の光に照らされて、その影の様子がはっきりと見て取れた。それは真っ黒な毛に全身を覆われた、まれで闇から生まれたような色の存在だった。ツヤのある毛が月光に光沢する。まん丸の青い瞳は二人へ向けて殺気を放っていた。

 一言で言うならば、それはオオカミだった。オオカミのバケモノと言う形容が一番合うだろう。そしてその姿にシャルロットが反応した。


「……やっぱり、狼のバケモノだったのね!」

「なんだ、何か知っているのか?」


 クレハが問いかける。シャルロットは少し離れた場所の狼のバケモノから視線をそらさず言葉を返す。


「ええ。十年前、私たちの街を一匹の狼のバケモノが突然襲ったの。街の人たちを大勢殺して、何よりも私の幼馴染、ルディの両親を殺した! お父さんが退治したと思っていたけれど、まさか、生きていたとでもいうの……?」

「……そうか。目の前のあれがそのバケモノかどうかは分からないけど、アタシ達を襲う以外にもアイツを仕留める理由ができたな。」


 クレハが正面のバケモノにも負けないほどの殺気をにじませた。敵もそれを察知したのだろう。ふと息を大きく吸い込むと、突如天へのけぞり大きな声を発した。


「ァオオオオォオオオォオオオッ!!」


 それはいわゆる遠吠えだったのだろう。しかし、その天上の月へと届けとばかりに発せられた遠吠えは、まるで音の爆弾のように周囲へ響きわたった。それはまさに鬨の声。相手を敵と認め、お前を殺すという意思を乗せた感情伝達だ。


「……どうやら、奴さんも本気のようだな。アタシも本気で行くかね。」

「なによ、手加減していたって言うの? ずいぶんと余裕ね。」

「実はアタシ、強いんだよ。本気を出せる機会もなかなかなくてねぇ。」


 そこまで言うとクレハは再びシャルロットの方へ顔を向けた。


「シャルロット。アタシの、これからの姿は出来れば見せたくない。今の姿はまだ人間っぽいけど、アタシも正真正銘バケモノの姿になるから、だから……」

「何言ってんのよ、舐めないで頂戴。あなたがどんな姿になろうが、私は前言を撤回するつもりはないわ。私、こう見えて頑固なの。むしろ私の目の前で変身してみなさいな。」

「……本当、アンタには勝てないなぁ」


 再び苦笑を見せたクレハは、すぐに表情を戻すと自分の服の襟元、見たこともない形状の襟元を広げ、首下へ掛けていた首飾りを手に取った。そして、静かに言葉を紡いでいく。


「【あはれとも 憂しともものを 思ふとき などか涙の いとながるらむ】」


 シャルロットの聞いたことのない言葉でそう発したと同時に、クレハはその首飾りを引き千切った。引き千切られた首飾りはまるで空間に溶け込むかのように消えて見えなくなる。

 そして、クレハの変身が始まった。暴力的なまでの威圧感を全身からほとばしらせる。見開いた両目、その中心の瞳孔の黒がまるで溶け出るかのように白目へと流れ込んで黒く色を変えた。瞳孔のあった部分には新たな金の色が浮かび上がる。

 額の角も先ほどよりも太く、長くなった。先ほどの物は整った円錐に近い形であったのに、今や節くれ立ってとても凶悪な形である。

 最後とばかりにクレハの全身、肌が見える部分にまるでタトゥーのような紋章が浮かび上がった。真紅のそれはまるで血管ように全身を覆い尽くす。最後にクレハの顔にも浮かび上がった。目元から首へかかるその見た目は、まるで血涙を流しているかのようである。

 変身が終わったのか、クレハはその威圧感を更に放出すると正面の狼のバケモノに向かって、大きな声で叫んだ。


「待たせたね! 『朱鬼しゅき血涙童子ちなみだどうじ紅葉くれは』! いざ参る!!」


――続く


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