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8話目

「な、何ですって?」


 シャルロットが驚愕の声を上げる。怒涛の展開に理解が追い付かないようで、その表情は困惑を雄弁に表していた。


「一体どういうことなのよ? 今から来いって言うのも意味が分からないけど、そもそも何でここにこのタイミングでそんな手紙送れるのよ?」


 理解を追いつかせようと順を追って疑問していくシャルロット。クレハもそのことを分かっているのだろう、シャルロットの疑問に予想を返してきた。


「おそらく、アタシがこの世界に来ていることを向こうも分かっていたんだろ。それで密かにここを監視していたんだと思う。」

「何バレてんのよ、情けないわね。」

「む、無茶言うなよ……」


 少し引いたようにクレハは顔をひきつらせた。シャルロットにはなかなかに傍若無人な面があるようだ。しかしこれもある程度クレハに心を許した証なのだろう。

 だが、ふざけている場面ではないことは二人とも理解していたのだ。お互いに顔を見合わせると真剣な顔つきになる。


「さて、一言で言うなら不味いことになったな。たぶん下手に準備される前に行動を起こしたかったのか、はたまた別の理由化は分からんが、こんな夜の戦いになりそうだ。」

「好都合よ。敵は早めに倒しておくに限るわ。ルディの事だって心配だし。センサーの方がおぜん立てしてくれるって言うなら、それに乗った上で壊してやるだけよ。」

「お、おぉ……頼もしいな。でも、頑張るのはアタシだろ?」

「もちろん。私は主人公なんでしょ? お膳立てしてちょうだい。」


 クレハを見上げてそう言い放つシャルロット。クレハは頭痛を堪えるように額を揉みこむ。


「まったく……シャルロットの幼馴染は苦労しているだろうな。」

「何言ってるのよ。むしろ私が苦労していたわ。さ、行くわよ。私の物語は邪魔させないわ。」

「はいはい、仰せのままにお姫様。」


 軽口をたたき合う二人の姿はもはや最初のよそよそしさが感じられないほどだ。これはシャルロットが特別なのではなく、クレハが親しみやすいからだろう。どこか人を引き寄せる雰囲気があるのだ。

 並び立って歩き始めた二人は教会の端にたどり着き、固く道を塞ぐ扉を開け放った。外はすでに星が輝く時間。街灯も少なく、澄んだ星空が二人を見下ろしている。シャルロットは街灯以外の明るさを感じた。明かりの方へ振り向く。

 月だ。月だった。煌々と、静謐な輝きを注ぐ夜の女王。夜空に輝く月は真円を描く満月である。まるで吸い込まれそうなその輝きに、思わずシャルロットは目を奪われた。


「おい、どうしたんだ?」

「……いいえ、何でもないわ。さ、行きましょ。」


 視線を戻して前を向くシャルロット。クレハも気にしていないのかそれ以上聞くことはなかった。二人は再び歩き出す。その後ろ姿を、月だけが静かに見守っていた。





 どこからかフクロウの鳴く声が聞こえる。ざわざわと何処からか音が鳴る。風が吹き抜けて頬と髪を撫でる。木々に囲まれた森の小道、黒い森の中で月明かりが見えるあまり多くない場所だ。


「ここはね、ここの路は、森に住んでるお婆ちゃんの為にお父さんが木を切って作ってくれたのよ。」

「ほぉー、人力でか。大変だったろうなぁ。ところで、何で森に住んでるんだ? そのお婆ちゃんは。」

「病気で肺を悪くしているのよ。街の方じゃ少し辛いらしくてね。お爺ちゃんが生きてた頃に使っていた猟師小屋を改装したの。普段はそこで暮らしているわ。」


 シャルロットが答えた。懐かしむように上を見ながら。「ふーん」と生返事を返すクレハは意外とまじめに周囲を警戒していた。クレハの警戒を他所にシャルロットはずんずんと進んでいった。


「お、おい。少しは警戒しろよ。いつどんな奴が来るか分かんないんだから……」

「大丈夫よ、何となく分かるの。まだここでは物語は進まないわ。」


 半ば無意識じみた様子でシャルロットがそう言った。それを見たクレハは心の中で密かに驚く。


(まさか……コイツ、覚醒・・しつつあるのか?)


 クレハは自分より背の低い金髪を見下ろす。今は被っていない赤のフードが歩みに従って跳ねていた。

 覚醒とは、その名の通り物語の登場人物として覚醒することだ。何の因果かは知らないが、物語の登場人物となる者は遅かれ早かれ物語の登場人物らしい・・・行動をとるようになる。そして話の展開を深層心理で理解するのだ。


(さっきの言葉……明らかに物語を意識していた。まぁ、『赤ずきん』は長い話じゃない。ここらで覚醒しなくちゃ間に合わないだろうし。しかし、覚醒か……という事は、能力の発現も、もうすぐか――)


「――っと、ちょっと! 聞いてるの!?」

「お、おぉ!? ごめんごめん、考え事してた。で、何?」

「まったく……ちょっと寄り道したいの。待っていてくれる?」


 シャルロットがそう言って前方を指し示した。クレハがその方向を見ると、そこは一面の花畑だった。青白い月光が、真っ白な花を優しく照らしている。もし、上から見ることができたのなら、ここは黒い森が広がる中にぽっかりと穴が開いたように見える事だろう。


「おぉ……これは見事だな。」

「でしょ? 元々ここは木が生えてなかったんだけど、そこにお婆ちゃんが花を植えたの。お婆ちゃんが水をあげたりしているんだけど、私やルディも時々お世話してるのよ。」

「へー、意外と女の子らしい面もあるんだな。」

「……どういう意味よ、それ。とにかく、ここでお花を少し摘んでいきたいのよ。待っててくれる?」


 そう言うとシャルロットは一人花畑に駆けていった。月明かりの中、花畑にいる少女。その姿はまるで本当に物語の一ページのようだった。風と共に花びらも舞うその光景は怪しい美しさを感じる。


「ああやって見れば普通の女の子なんだけどなぁ……可哀そうなもんだ、物語の主人公なんざ……」


 シャルロットの後ろ姿を、どこか懐かし気な眼差しで見つめる。その視線の先のシャルロットは持っていく花に検討をつけたのだろう。花畑の中ほどでしゃがみこんでいた。

 次の瞬間。クレハの鋭敏な感覚がとある物を捉えた。殺気だ。いや、これはまるで得物を狙う捕食者の気配だ。強者であるクレハだからこそ分かる相手の実力。相手は、強い。


(どこだ? どこから見ている……このさっきの殺気の行く先……)


 周囲を見回して気配の出所を探るクレハ。シャルロットは気づかずに花を摘んでいる。ついにクレハがその気配を捉えた。花畑の横、森の中だ。


(あそこか……狙いは、この感じだと……マズイッ!!)


 クレハが狙いを悟った瞬間、潜んでいた相手が突如花畑へ躍り出た。その素早さで姿は上手く捉えられない。クレハは叫び声を上げた。


「シャルロット、伏せろッ!!」

「え……?」


――続く


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