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7話目

「覚悟は決まったみたいだな。」


 クレハが満足そうにそう言った。クレハをまっすぐに見据えるシャルロットの瞳、そこには確固たる意志が宿っている。


「当たり前じゃない。私は最初からやる気に満ち溢れていたわよ。」

「はいはい、そうだな。」


 苦笑しながらそう言ったクレハは再び教会のベンチに座ると、置いてあったワインボトルを再び手に取った。シャルロットも少し呆れた目をしながらクレハの向かい側に立つ。


「んじゃ、改めて話の続きだが、どこまで話したっけ?」

「さっきの本が魔法の本で、その中には現実の人をモチーフにした物語が記されるってとこ。」

「あーそうだそうだ、そうだった。で、この魔法の本なんだが、世界中に何冊か同じ機能を持つ本があるらしいんだ。」

「らしいって……」

「アタシも実際に見たことないんだよ。それで、なんであるらしいって予測しているかって言うと、ここでようやく『センサー』の話につながるんだ。」


 そこまで話したクレハは持っていたワインボトルを口元へ近づけると、ボトルの口から直接ワインを飲み干し始めた。のど元をぐびぐびと鳴らしながら美味しそうに飲み干していく。


(あのワイン、別に度数低いわけじゃないはずなのに。って言うか赤のフルボディよ?)


「んくっゴクッ……ぷはっ。いやぁ、こんなに話すのは久々でね。のどが渇いちゃうよ。」

「そのワインを水みたいに飲む人は初めて見たわよ。」

「アタシに取っちゃあ水みたいな物だからね、お酒は。さて、そのセンサーなんだが、アイツらは簡単に言えば原典主義者共なんだ。」

「げんてんしゅぎしゃ……?」


 シャルロットが何度目になるか分からない謎の言葉に首をかしげる。音としては伝わるものの、その文字と意味が理解できない。

 発言したクレハも分からないと思っていたのだろう。すぐに解説を入れた。


「アタシ達はこの物語を変えようとしてるだろ? まぁ、誰も死にたくはないから変えようとするのは当たり前なんだけどさ。」

「まぁ、そうね。」

「でも、センサーの奴らは違う。アイツらは運命を変えてはならない、物語は原典に忠実であらねばならないとか言っているんだ。どうやら奴らも同じ能力のある本を持っているらしい。あちこちで物語を原典通りにしようとしているんだ。恐らく今回その幼馴染をさらったのはセンサーの誰かだろう。」


 眉間にしわを寄せ考えるようにそう言うクレハ。確たる証拠がないが故の憶測なのだろう。しかし、その憶測が間違っているとは思っていないらしく、言葉からは強い意思が感じられた。

 しかし、シャルロットにはまだ納得できない点があった。


「そのセンサーて奴らの目的は分かったわ。でも、だからってどうしてルディを攫うのよ? その物語に登場するのは赤ずきんと狼、あとおばあさん位だわ。ルディは関係ないわよ。」

「そればっかりはアタシにも分からんよ。多分だけど、狼を先に殺しておこうとしたのをどこかで知って、それでそれを阻止しようとしたんじゃないかな。」

「でも、ルディは昼ぐらいから行方知れずなのよ? 私があなたに会ったのはその後だわ。つじつまが合わないわよ。」

「あーそっか……正直なところ、センサーじゃないと真意は分からんさ。」


 そこまで話したクレハは「よいしょっと」と言う掛け声とともに立ち上がった。丁度ワインもなくなったのだろう、寂し気な表情でワインボトルの底を見つめている。そしてシャルロットの方へ向き直った。


「あいつらの思惑に乗るのは癪だけど、人質を取られている以上とりあえずはこの物語のあらすじに従った方が良いだろうね。」

「でも、それじゃあ私死ぬじゃない。」

「そこで、アタシの出番だよ。おばあさんにお見舞いに行くんだろ? その時にアタシが付いて行って護衛する。そうすればアンタが死なないで済むだろ。」


 クレハはドンと自分の胸を叩いて主張した。しかしシャルロットはいまいち信用できないようだ。今までのクレハの行動や姿を鑑みれば致し方ないのかもしれないが。


「本当にあなたで大丈夫なんでしょうね? 自慢じゃないけど、私は本当に弱いわよ? 別に鉄砲が使えるわけでもないし。」

「大丈夫だって! 信用ないなぁ……」

「自分の今までの行動を振り返るのね。それに、人の事『アンタ』って呼ぶ人は信用できないわよ。私にはシャルロット・デュヴァラって名前があるんだから。」


 ツンとした態度でそっぽを向くシャルロットに、呆気にとられるクレハ。プッと噴き出すと苦笑しながらシャルロットに話しかけた。


「悪かったよ、シャルロット。その代わり、アタシの事も名前で呼んでくれよ?」

「いいわ、とりあえずは信用してあげる。よろしくね、クレハ。」


 右手を差し出して握手を求めるシャルロット。しかしクレハは意味が分からないのか首を傾げた。それを見たシャルロットは軽くため息をついて手を戻す。


「……クレハ、あなた本当にこの国の人じゃないのね。一体どこから来たのよ?」

「んー、知らないだろうけど『扶桑』……いや『日本』って国だよ。知らないかな?」

「聞いたこともないわ。因みにここはフランス王国よ。太陽王の治める偉大な国ですって。私は興味ないけど。」


 本当に興味なさげにシャルロットはそう言い放った。シャルロットの住むこの街は辺境の森と谷に囲まれた街である。自分の国などと言う帰属意識は、庶民にはあまりないのだろう。


「んじゃあ、当初の予定通りシャルロットは明日お見舞いだな。お見舞いに行く前に一回あの噴水の広場に来てくれ。アタシもついていくから。」

「そうね……って、あっ!」


 突然シャルロットが何か思い出したように叫び声を上げた。クレハも驚いたように目を白黒させている。


「お、おいおい。どうしたって言うんだよ?」

「私、ここに来る時、家を飛び出して来ちゃったのよ……すっごいカッコつけてきちゃったから、どんな顔して帰ろう……」

「なんだ、そんな事か……」

「そんな事かじゃないわよ! 一大事よ!?」


 憤慨したようにシャルロットが頭を抱えたその時。突如教会の上部に掲げられた天窓のガラスが大きな音を立てて砕け散った。外は満月。青白い月の光を浴びて降り注ぐガラス片は、まるで急転直下の輝く雨の如くシャルロット目掛け降り注いだ。


「キャッ……!」


 音に反応して叫びをあげたシャルロット。すくんで動けない体に幾枚の刃が降り注ぐかと思われたが、引っ張られるような衝撃の後に自分の身体が何かに包まれるのを感じた。恐る恐る目を開けると、いつの間にかシャルロットはクレハの腕の中に抱かれて浮いていたのだ。


「おう、無事だな。」

「え、え……え? な、何が起きたか分からないけど……あ、ありがと。」

「どーいたしまして。で、どうやらあの窓を割って何か入ってきたみたいだ。」


 クレハが親指で示した先を見ると、教会の天窓からちょうど直線軌道の終点に当たる位置の壁に何かが突き立っている。地面に下ろしてもらったシャルロットはクレハと共に恐る恐るその物体へ近づいていった。

 近づいてみると、それはどうやら矢であるようだった。この地方ではあまり見ない形である。矢じりに鳥の羽のような矢羽もあった。そしてその矢の中ほどに紙が括り付けられている。


「何、あれ……?」

「……矢文だ。」


 クレハが驚愕したように言葉を失っている。困惑するシャルロットを置いて矢に近づいたクレハはためらいなく矢を引き抜くと、括り付けられた紙をほどいて広げた。それは手紙であるらしく黒いインクで何かが書かれている。シャルロットが急いで近寄りその手紙を覗き込むと、そこにはまるで絵のような文字が書かれていた。見たことのない文字である。

 だが、クレハはその文字が読めるようだ。視線がその文字列を上から下へなぞっている。そしてその表情を段々歪めると、遂には手紙をぐしゃぐしゃに握り潰してしまった。


「ちょ、ちょっと! 何しているのよ!?」

「……いや、ごめん。でも、どうせ読めなかっただろ?」

「それはそうだけど……で、何て書いてあったのよ? と言うより誰から?」


 シャルロットはクレハに尋ねる。クレハはため息を一つ漏らすと驚くべき言葉を呟くのだった。


「さっき話していた、センサーの奴からだよ。今からお前のおばあさんの家まで来いだとさ。」


 ――続く


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