6話目
「え……そ、それってどういう事?」
シャルロットの心に暗雲が立ち込める。不快なざわめきが精神を乱す。自分でも分かるぐらいに血圧も上がり、軽く頭がクラクラした。
しかし、発言元の父親はその様子に気が付くことなく言葉を続ける。
「いや、昼頃に手分けして罠を見に行ったんだが、こっちの分を見終わった後ルディの方を見に行ったんだ。そしたらどこにも姿が見当たらなくてな。いつもの卸店にも立ち寄っていないみたいだし……心配しているんだよ。」
何が起きているか分からない。だが、一つだけおぼろげながら理解できることがある。何かが、何かが動き出している。続くはずだった平凡な日常が終わりを見せかけている。
(……どうやら、運命ってのはよほどせっかちなのね。)
シャルロットは内心の嘆息を飲み込み、選択を思う。ここでルディを見捨て、平凡な日常まがいの堕落を続けるのか。それとも、激流を覚悟で大切な人を探しに行くか。
(そんなの、選ぶまでもないわ。)
「……お父さん。」
「ん? なんだい?」
「私、ルディを探しに行くわ!」
「は? お、おい! シャルル!?」
突然の宣言。シャルロットの父親の驚愕は想像に難くないだろう。父の制止も振り切って、シャルルは家を飛び出した。空の端に太陽が沈み、天頂の深い闇色から地平線の茜色へかけてのグラデーション。遠くに見える街並みは家屋の明かりのみ見えて、全てがシルエットに沈んでいる。家の周りの木々はその「黒い森」の名に相応しい黒々とした色でシャルロットを囲む。
シャルロットは乱れる髪も苦しい呼吸も置き去りに、ただただ走り抜けた。木々に囲まれた自宅周辺を抜け、街の端にたどり着く。その頃にはすっかり日が暮れていた。街の街灯が暖色の光を暗闇に届け、人々は光と安全の保障された僅かな闇を楽しむ。
しかしシャルロットはそんな人々には目もくれず、穏やかな賑わい溢れる街を一人疾走する。中には彼女を知る者もいるのか、あまり見ないシャルロットの姿に思わず振り返る者もいた。だがそんなことに頓着する余裕は、今のシャルロットにはない。街の中央の噴水広場も抜け、市場の並ぶ商店街も抜け。シャルロットは街の外れの古びた教会の前へたどり着いた。普段は明かりもなく街はずれと言うこともあってどこかうら寂しい雰囲気なのだが、今は割れた窓の隙間からかすかな光が見て取れる。
シャルロットはその光に少しの安心を感じながら、柵の周囲を回り入口から中へ入る。重く大きい扉をやっとの思いで開くと、そこにはランタンを照らし買ってきたのであろう食料を食べているクレハがいた。何処で買ったのか、この地方の特産でもある山ブドウのワインも買って飲んでいた。
その呑気な姿に思わずシャルロットはため息を漏らした。するとその音で気が付いたのか、こちらをみたクレハがシャルロットへ声をかけた。
「お! シャルロットじゃないか! どうしたんだ?」
「あなたって人は……そのお酒とかはどうしたの?」
シャルロットは訝し気な、いわゆる「ジト目」でクレハを半ば睨んだ。睨まれたクレハはたじろいだ様子で弁明を始める
「い、いや……あの……お腹、減ったから買い物に行ったんだけど、その、美味しそうなお酒があったから……」
クレハがまるで叱られた子供のように弁明を重ねた。視線をそらし、口を尖らす。どうやら彼女は酒類に目がないようだ。シャルロットは頭を抱えるようにため息を漏らすと、真剣な顔つきになって口を開く。
「聞いてちょうだい、クレハ。私の幼馴染のルディが帰ってこないの。」
「――!」
シャルロットの真剣な様子を感じ取ったのか、居住まいを正してシャルロットの方へ向き直った。相変わらずワインボトルを片手に持ったままだが、顔だけは真剣である。
「……クレハ、私真剣なの。ふざけてはないのよね?」
「当たり前だ。ふざけて良い場面かどうか位は弁えている。で、その幼馴染が帰ってこないって、大変な事なのか?」
右手に持つボトルに真剣みが感じられないものの、これが文化の差なのかと無理に納得するシャルロット。説明を続ける。
「……まぁいいわ。ルディは昔に両親を亡くしていて、ご飯とかは必ず家で食べるのよ。それに夜遊びなんかするタイプじゃないし、そもそも森で仕事をしていた時から行方が分からないらしいの。」
「そうか……それはもしかすると、センサーの奴らの仕業かもな。」
「センサー……?」
聞きなれない単語がシャルロットに届く。オウム返しに聞き返したシャルロットにクレハが説明を加えた。
「この前アンタに見せた本、覚えているか?」
「ええ、あの私によく似た女の子が主人公の話が載ってるやつでしょ?」
「そうだ。実はこの本は魔法の本なんだ。」
クレハの言葉はとても突飛なものだった。場所や状況によっては一笑して終わりの発言だ。しかし、今のシャルロットはその言葉を笑うことができなかった。
「そう……まぁ何となく普通じゃないとは思っていたけれど。」
「この世界には、アンタみたいな少し変わった奴らがいる。異様な出自だったり、経歴だったり、そして人外の存在だったりだ。そうじゃない奴らもいるけどな。この本には、そう言ったやつらが主人公となる話がいつの間にか記されているんだ。」
そこまで話したクレハは懐から本を取り出す。ページをペラペラと繰ってその箇所を開いて見せた。そう、『赤ずきん』である。
「そしてその作品って言うのは、決して幸せなものばかりじゃない。これだっていい見本だな。アンタが死ぬことになっている。」
「べ、別にそれは私じゃ……」
戸惑って否定するシャルロットだが、いつの間にかすぐそばまで近づいていたクレハが開いたページを眼前に突きつけて言葉を続けた。
「いいや、これはアンタだ。アンタが『赤ずきん』だ。内心分かっているんだろ? 自分の周りで運命が動き始めているのを! だからアタシの下まで来たんだ。幼馴染が消えたのだってその一部だろ!」
「分かった! 分かったから!」
クレハの肩を両手で押して距離を取るシャルロット。肩で息をして余裕のない表情である。一方のクレハはされるがままに押され、シャルロットと距離を取った。そしてそのままシャルロットの言葉を待つ。
しばらく息を荒げていたシャルロットだったが、深呼吸をして呼吸を整えた。顔を上げ、覚悟を決めた表情でクレハをまっすぐに見据えて口を開く。
「……分かってるわよ、何かおかしなことになっている事くらい。だから、教えてちょうだい。何をすればいいの? どうすればあの子、ルディを救えるの!?」
――続く