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24話目

 筆記具を渡されたシャルロットは侍女の案内の下応接間を後にした。ルディも後に続いている。相変わらず長い廊下が伸びる中、ある一つの襖が二人の前で突然開いた。中から出てきたのはチュンである。彼女はルディに気が付くとまた少し頬を赤らめながらも、小脇の板を二人に掲げた。


『お二人とも。お話は終わったんですか?』

「ええ、終わったわ。あと、チュンちゃんだったわよね? 後で手紙の配達をお願いしたいんだけど、お願いできるのかしら?」

『了解です! あ、そうだ、式神さん。お二人は私が案内するので、後はお任せください!』


 式神は少しの黙考の後、ペコリと一礼して去って行った。チュンは二人を先導するように前に立つと廊下を歩いていく。二人も後に続いた。


『ところで、シャルロットさん、ルディさん。タケヒメ様からお部屋を用意するように言われてたんですけど、どんな感じが良いかご要望はありますか?』

「要望って、どこまでお願いして良いのかな? 家具とか?」


 後ろを振り向きながら見せてきた板に書かれた文字を見て、ルディが首をかしげて尋ねた。この屋敷の内装からして今まで暮らしてきた家とは異なる内装の部屋であることは確実だろうと予想していたからだ。

 しかしチュンは得意そうな顔で振り向くと、「フフーン」とでも言いたげな様子で板を掲げてきた。


『いーえいえ! ご要望とあらばどんなお部屋でもご用意させていただきます! 内装はおろか間取りさえも思いのまま! 当旅館「スズメのお宿」はお客様の一番安心できる空間をご提供しますよ!』

「そ、そんなこと出来るの?」


 シャルロットとルディの表情が驚きで固められた。間取りまで自由にできるとはどういったことなのだろうか。

 シャルロットの疑問にチュンは当然だと言わんばかりの様子だ。むしろ何を驚くのかと疑問に思っているようですらある。


『あれ、もしかしてタケヒメ様から何も聞いていないんですか?』


 きょとんとした表情で疑問される。その疑問にシャルロット達はさらに混乱した。


「聞いていないって、どういう事なんだい?」

『このお屋敷は私の創具なんです。創具【桃源郷】、ここは絶対不可侵の隠れ里。タケヒメ様の結界と合わせているので検知すら不可能です!』

「ちょ、ちょっと待ってよ! 創具って……あなた『登場人物アクター』なの!?」


 シャルロットが驚いた声を上げた。ルディも驚いている。シャルロット達が今いるこの屋敷は、なんと丸々チュンの創具だと言うのだ。創具と言う物がどんな物かよく知らない二人であるが、ここまで大きい物が存在するとは思いもしなかったらしい。さらに二人を驚かせるのはチュンが創具を扱える「アクター」であると言う事実だ。

 チュンは二人の驚きの声に少し照れ臭そうにしながらも語りだした。


『……昔の話です。私の物語は「舌切り雀」と言う物でした。えっと、その内容は』

「――待って。そのタイトルからは嫌な予感しかしないわ。」


 シャルロットが突然の動きでチュンを抱きしめた。チュンは驚いて板を取り落としてしまう。だが、シャルロットはそれに構わず優しい声で語りかけるのだった。


「……震えてるじゃない。無理しないで。あなたが、チュンが話してもいいって思った時、心の準備ができてからでいいわ。」

「ぁ……」


 チュンが笑顔を浮かべて目じりの端の涙をぬぐった。そのままと言わんばかりにシャルロットの手をどかし、落ちた板を拾った。そしてシャルロットとルディが後を追う中、後ろ向きに板を見せた。


『えっと、何でしたっけ……そうです! ここは私の創具なので、お部屋は私の自由にできるんです。どんな部屋がお好みですか?』

「そうねぇ……とりあえず内装は今まで暮らしていた感じが良いわね。えっと、どんな内装かって言うと……」

『あ、大丈夫ですよ! お二人のお家は仲間を通して知ってますから。では、あのような感じにしておきますね。二部屋共で良いですか?』

「あ、ちょっと待って欲しいんだ。」


 するとルディが突然声を上げた。二人が彼女に注目する。注目を集めて少し気まずいのか、ルディは頬をかきながら言葉を続けた。


「その……シャルルさえよければ、一緒の部屋が良いんだ。ダメ、かな……?」

「別にいいけど……どうしたのよ?」

「うん、僕、一人で暮らしてたんだけど……やっぱりその……寂しい、って言うか……その……」

「あぁ、はいはい。じゃあ、チュン。悪いんだけど二人一部屋でお願いできるかしら?」

『分かりました。ルディさんも可愛いところがあるんですね。』

「二人して酷いっ!?」

 

 一大決心とも言うべき覚悟で話した言葉は、いとも軽くシャルロットに受け入れられてしまった。更にはからかいの対象にもなってしまう。ルディは顔を真っ赤にさせて抗議した。しかし、シャルロットとチュンはニヤニヤとした笑みを浮かべるばかりである。


「あら? 寂しがりのワンコちゃんがどうしたのかしら? 本当の事でしょ?」

『ルディさんは意外と乙女っぽい一面もあるんですね。』

「いやっ……そのっ……! うぅ……」


 ルディが限界だとばかりに右腕で顔を遮った。わずかに見える顔は真っ赤である。ルディをからかえて満足したのか、シャルロットはチュンに向かって振り返り口を開いた。


「これ以上からかうと拗ねちゃうから、部屋に案内してくれるかしら?」

『了解です。フフッ、これから面白くなりそうです。』


 二人はルディを置いてスタスタと歩いて行ってしまった。ルディはそれに気が付くとその赤らんだ顔をそのままに二人の後を追いかけるのだった。



+・+・+・+・+・+・+・+・+・+



「あ、クレハ。」


 廊下を歩いていたシャルロットは、廊下の窓のへりに座って外の景色を眺めるクレハを見つけた。クレハは外の枯山水を眺めながら手にしたお酒を飲んでいる。この屋敷に到着してから、彼女は何かしらの酒類を常に飲んでいるような気がするのはシャルロットの気のせいではないのかもしれない。

 声をかけられたクレハはシャルロットの方へ顔を向けて、ニッコリと笑いながら手を振った。シャルロットが彼女の傍へ近寄る。クレハについて不思議なのは、こんなに酒ばかり飲んでいるにもかかわらず、酒に酔った様子も酒臭さも感じない点だ。


(お父さんがお酒に酔った時は、ものすごいお酒臭かったのにね。鬼ってやつだからなのかしら?)


「どうした、シャルロット? ルディはどうしたんだ?」

「あの子ならチュンと一緒に部屋の内装を考えてるわ。私は手紙を書くために場所を探してた所よ。」

「ふーん……なぁ、何かアタシに聞きたいことがあるだろ?」


 クレハが少しシャルロットの顔を眺めた後にそう切り込んできた。少し驚いたシャルロットだが、すぐに口元を緩めるとクレハに思いを打ち明けた。


「あのチュンって子についてなんだけど……あの子に何らかのトラウマがあって喋れないのは分かるわ。でも、なんか……放っておけないのよ。」

「アンタは本当素直じゃない人間だなぁ。」

「うっさい。」


 シャルロットが頬を赤らめながらそっぽを向いた。それを見てクレハは苦笑している。そして苦笑の表情のまま、しかして考えながら慎重に語りだした。


「あの子はなぁ……アタシから全部話すことは出来ないけど、あの子の物語の過程で舌を切られたんだよ。その時の事も含めてトラウマで喋ることが出来ないんだ。切れらた舌自体はタケヒメの薬で治ってはいるんだが……」

「……そう、なの。」


 シャルロットが暗い声で返答した。クレハの語る話は聞いていて気持ちのいい物ではない。それをクレハも承知しているのか、努めて明るい声で言葉を続けた。


「まぁ続きはあの子から直接聞きな。素直ないい子だよ、あの子は。ここを拠点に選んだのも、あの子の創具の力もあるが、一番はタケヒメがあの子を気に入ったからなんだ。あの人嫌いが珍しいよ。」


 クレハがグイッと酒をあおった。風が窓から入り込む。二人の髪を軽く揺らした風は、心地よさを残して消えていった。


「その点で言ったら、アンタ達もか。あのワガママ姫様も変わりつつあるみたいだし、アンタら主人公ってやつらはどうも人たらしなのかもな。」

「胡散臭い言い方はやめてよね。別にそんなことは関係ないわ。私は私だもの。例え私が『赤ずきん』でなくても、私は私のやりたいようにするだけよ。」

「いいねぇ、その割り切り具合。嫌いじゃないよ。……昔にも、アンタみたいな人間ばかりだったら良かったのにね……」

「え……?」

「何でもない。手紙を書きたいんだろ? ここの廊下を進んだところに書斎があるよ。そこで書きな。」

「そう……ありがと。」


 明らかに会話を打ち切りに来たクレハの様子に軽い疑問を抱きつつも、シャルロットは突っ込むこともなくクレハに別れを告げて廊下を歩いていった。

 颯爽としたシャルロットの後ろ姿を見ながら酒を煽るクレハは、誰にも聞こえないような小さな声でポソリと呟くのだった。


「……本当、どこで間違えちまったんだろうな、青葉……」


――続く

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