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23話目

 タケヒメはシャルロットとルディに対し、自分たちの住む世界の説明を始めた。その話はとても荒唐無稽で信じがたいものである。しかし、一連の事件を経験した二人にとってその話は、すんなりと受け入れられるものだった。

 彼女いわく、タケヒメやクレハがいる世界には彼女らを含め四つの「登場人物アクター」の派閥があると言う。それぞれの長の思想の下に集まった軍勢であり、それぞれが特徴を持つ。

 改変派とも言うべきクレハやタケヒメら「レジスタンス」、そして敵対する原典派の「センサー」。センサーと提携を結んでいる主戦派の「ヴィランズ」と、反対にレジスタンスと同盟を結ぶ穏健派の「ファミリー」である。

 この四つの集団はそれぞれが一冊ずつ魔導書を持っている。「レジスタンス」は『御伽草子異本』、「センサー」は『グリム異本』、「ヴィランズ」は『イソップ異本』、「ファミリー」は『アンデルセン異本』である。この四冊の魔導書は名前や装丁こそ異なるものの、どれも同じ力を持っていた。


「まぁ、アタシ達はその中でも一番新しくて一番小さい集団さ。なにせ戦闘要員がアタシぐらいしかいないからな。」

「されど、この紅葉の存在こそが妾達を一つの軍勢として成り立たせておるのよ。それは無論紅葉の持つ『御伽草子異本』の存在もあるが、紅葉自身の力も一騎当千じゃからな。」


 タケヒメの言葉にクレハが照れたように頭をかいた。実際「センサー」のメンバーであるヘンゼルが警戒するほどの存在であり、暴走したルディをものともしない戦闘力を有しているのである。その創具との相乗する戦闘力は計り知れない。

 すると、半ば蚊帳の外に置かれつつあったシャルロットが会話に割って入った。


「ねぇ、あなた達みたいのが他にもいるのは分かったわ。そいつらの関係ってどうなってるのよ? まさか、全員敵って言わないわよね?」

「無論じゃ。簡単に言えば勢力は二分されておる。」


 そこまで言ったタケヒメは両の手をパンパンと打ち合わせた。すると再び部屋の襖が開いて侍女たちが姿を現す。彼女らはすっかり空になったシャルロット達のお茶を補給していくと、一礼を残して部屋を去っていった。


「へー、やっぱり他の人もいたんですね。」


 ルディが補給された緑茶を飲みながら呟いた。シャルロットも無言で緑茶をすすっている。初めて飲む緑茶だったが、どうやら気に入ったようだ。独特の渋みとすっきりとした味わいが癖になる。

 ルディの質問にはクレハが答えた。


「流石にこの大きさの屋敷を回すには人数がいるからな。でも、さっきのは人間じゃないぜ。」

「え、じゃあ何なのよ? どう見たって人間じゃない。」


 シャルロットが声を上げた。先ほど目の前を通り過ぎた人物はどう見ても人間にしか見えなかったのだ。


「まぁおいおい説明するが、アイツらは『式神』っていう物でそこのタケヒメの術……魔法みたいなもんだ。」

「この国の者ではないそなたらには理解しがたいだろうよ。さて、説明を続けるぞ。」


 タケヒメが持っていた扇子を開いた。ただそれだけの動作なのに洗練されて見惚れるものがある。


「勢力は妾達と『ファミリー』、それに対する『センサー』と『ヴィランズ』じゃ。」


 タケヒメが再びパンパンと手を叩いた。すると先ほどお茶を入れに来た侍女らが硬質な見た目の真っ白な板を持って現れた。タケヒメが侍女から手渡された棒を手にして、侍女らの持つ板をコッコッと叩く。

 すると、まるで浮かび上がるように真っ白な板に文字や図が現れた。シャルロットとルディが驚く前で、タケヒメは浮かび上がった文字や図の中のとある一つを指し示した。


「まずはこの『ファミリー』と名乗る集団じゃな。妾達と同盟関係にある彼女らは、物語の穏便な収束やアクター達の保護を目的としておるのじゃ。妾達との違いはなるべく戦いを避けようとするところじゃな。穏健派よのぅ。」


 タケヒメが再び板を叩くと「ファミリー」の文字の横に「穏健派」の文字が浮かび上がった。それと同時にとある女性のイラストも浮かび上がる。


「その長は『人魚姫』と呼ばれる、その名の通り人魚の女性じゃ。彼女も昔はアクターであり、その物語は悲劇に終わった。じゃが、彼女は自身の経験を活かし他のアクターに同じ経験をさせまいと活動しておるのじゃよ。特に悲劇に終わりそうな物語のアクターの保護や物語の改変に乗り気なんじゃ。戦いは苦手らしいがの。」

「ふーん、ご立派な人物ね。」


 シャルロットがあまり興味なさげに呟いた。一見冷たく感じるが、彼女自身人魚姫の境遇に同情していないわけではない。だが、いくら同情した所でどうしようもない事も理解しているのだ。

 それを分かっているルディも苦笑を浮かべていた。


「本当、シャルロットはリアリストだよね……」

「じゃが、その考えは大切よの。所詮他人じゃ、同情程度しかできんよ。それだけで十分じゃ。」


 タケヒメが遠くを見つめるような目をしてそう呟いた。何か思うところがあるのだろうか。すぐにコホンと小さく咳ばらいをすると、先ほどの説明を続けた。


「さて、続きじゃが……とは言ってもこやつらの事はよく分からぬ。敵対しておるわけじゃしな。分かっている範囲じゃと……」


 タケヒメが棒で板を叩く。その先にあったのは「センサー」の文字だ。


「今回そなたらが戦った相手よのぅ。こいつ等は物語に忠実であることに固執しておる。『原典派』と言った所じゃ。それ以外はよく分からぬ。詳しいメンバーもその規模もな。分かっていることと言えば、こいつらと連携しておることよ。」


 タケヒメが新たな場所を棒で示す。示されたのは「ヴィランズ」である。


「こやつらの事はそれなりに分かっておる。一番古くからあるアクターの集団であり、その創具の異能力を用いて裏社会で幅を利かせておるそうじゃ。『センサー』とも金でつながっておるらしいの。」


 侍女たちが持つ板に厳めしい顔をした二人の男のイラストが浮かび上がった。


「長はこやつ等『北風と太陽』の二人じゃ。自らの正体を隠そうともせぬ。いわく、最強のアクターと噂されておるわ。」

「一回でいいから戦ってみたいんだけどなぁ……」


 不意に声が上がった。シャルロット達三人がそちらに顔を向けると、なんとクレハが一人酒を飲んでいるではないか。顔を赤らめて、すでに何杯も飲んでいるようだ。タケヒメが呆れたような声を出す。


「紅葉……あまり飲みすぎるでないぞ。それに、妾達にとっておぬしは生命線に等しいのじゃ。変な気は起こさぬようにな?」

「分かってるよぉ~」


 その返答にその場にいた侍女を含めた全員の心中に不安が広がったのは、言うまでもない。その渦中のクレハは我関せずと言うように、一人酒をあおっていた。

 タケヒメがその場の空気を換えるようにパンとひと際大きく手を鳴らした。全員の注目が集まる。


「さて、妾が説明できることは以上じゃ。何ぞ質問はあるかの?」

「あ、じゃあ……えっと……」


 シャルロットが反応した。タケヒメの方を見て口ごもっている。それを見て何かを察したタケヒメはシャルロットの言葉を促した。


「妾の事はタケヒメと呼んでおくれ。で、どうしたのじゃシャルロットよ。」

「タケヒメ、私家族に手紙を出したいのよ。クレハがどうにかできるって言ってたんだけど、本当かしら?」

「ああ、仔細ないぞ。手紙を書いて、チュンに預ければよい。あの子の仲間のスズメが手紙を運んでくれる。」

「そう、良かったわ。」

「よし、それではこれで話は終いじゃ。これ、二人を部屋に案内してやっとくれ。シャルロットには紙と筆……はマズいかの。何か書くものを。」



――続く


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