22話目
「あ、どこか行っちゃった……」
「まったく、節操ないんだから……」
シャルロットが呆れたように呟いた言葉を残し、板張りの廊下を歩き始めた。ルディもその後を急いで追いかける。
屋敷の室内は外観と同じように、二人がそれまで見たことのないものだった。土の壁だろうか、ザラザラとした見た目の壁に紙のような物で出来た引き戸が点在している。その引き戸のどれにも色鮮やかな装飾が施されており、この屋敷の敷居の高さを示すかのようだった。
「これ……廊下の先って言ってたわね。それにしても長いわ。」
「うん、それによく注意すると他の人の気配もするよ。でも、普通とは違うみたい……」
ルディが頭の上の耳のようなくせ毛を揺らしながら周りを観察している。その様子をチラリと一瞥したシャルロットはルディの手を取って歩き出した。
「シャ、シャルル?」
「な、何よ。別に怖くなんて無いんだからね。ほら、早く行くわよ!」
「……はいはい。」
二人は長い廊下を仲良く歩くのだった。
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廊下を進んだ先に、ひと際豪華な装飾が施された引き戸があった。先ほどのチュンと言う名の少女の言っていた部屋はこの先だろう。
「これって、横に開けるんだよね?」
ルディがそう呟きながら引き戸を開けた。彼女たちの国では馴染みのない形式なのである。
戸の先にはすでにクレハがいた。部屋の中心の大きな机の上にあるお菓子をかじっている。
「お、遅かったな。待ってたよ。」
「暢気な物ね、まったく……」
シャルロットがため息をこぼしながら部屋に入った。ルディも後に続く。二人が入った部屋の中は、全体的に明るい印象のある少し広めの部屋だった。それは部屋の一角が庭とつながっているからなのだろう。先ほど二人が見た庭園はどうやらこの部屋の方まで伸びていたらしく、竹林を通した優しい日の光が部屋を明るく照らしているのだった。
部屋の奥、二人が入ってきた側とは反対に当たる壁際に一人の女性が静かに座っていた。まるで人形のように静かに座っていたので、二人は始めそれを装飾品か何かだと思っていたほどだ。それが間違いだったと分かるのは、その彼女がこちらを向いて話し始めたからである。
「……さて、これで役者はそろったかの?」
「「――!?」」
まさか生きている人間だと思っていなかった二人は露骨に驚いて身を跳ねさせた。鋭敏な感覚を持つルディですら分からなかったのである。
「ま、座れよ。歩き通しで疲れてただろ?」
「え、ええ……そうね。」
クレハの隣辺りに座った二人は、見たことのない平らなクッションの上でクレハと謎の女性を交互に眺めた。女性からは底知れない雰囲気を感じる。二人がひっそりと緊張の汗を感じていると、不意にその女性が再び口を開いた。
「ふむ、そなたらが我々の仲間になると言う者らで相違ないな?」
女性の言葉はどこか聞き取りづらく、聞いていても何を話しているのか分かりにくかった。しかし、不思議とシャルロットとルディは彼女が何を尋ねているのかを理解することができたのである。そう、例えるならまるで頭の中に直接語りかけてきているかのようだ。
「そ、そうよ。私の名前はシャルロット。シャルロット・デュヴァラよ。で、こっちが……」
「は、初めまして、ルディ・ヴォルフガングです。」
二人は緊張が解けないのか、言葉少なめに自己紹介を果たした。二人の言葉に謎の女性は一人、「シャルロットに、ルディじゃな……」と頷いている。そして今度はこちらがと言うように自己紹介を始めるのだった。
「妾はこの屋敷の主、タケヒメじゃ。それ以上でも以下でもない。そこの紅葉の仲間じゃの。」
「おいおい、タケヒメ。別にこの屋敷の主人って言う訳じゃないだろ?」
「同じような物、問題ないわ。さて、シャルロットにルディよ。改めて聞かせておくれ。何故そなたらは我らに与するのじゃ? そこの紅葉に語ったであろうが、おぬしらの口からきちんと聞きたいのじゃ。」
タケヒメ言う名の女性がゆったりとした口調で、二人にそう語りかけてきた。その言葉には語りの緩やかさとは真逆に、有無を言わさぬ力強さも感じられる。
二人は一瞬顔を見合わせると、アイコンタクトでどちらが先に話すかを決定した。口を開いたのはルディだ。
「えっと、僕はそこのクレハさんに弟子入りしたんです。シャルル……シャルロットを守るため、僕の力の使い方を学びたいんです。」
「そうか。聞くと、おぬしは人狼と呼ばれる存在らしいの? そこの紅葉もまた人外の存在じゃ。多くの事が学べるであろうよ。その過程で妾達の力になっておくれ。さて……おぬしはどうなのじゃ?」
タケヒメがシャルロットの方を見て問いかけた。シャルロットはタケヒメの見透かすような視線に軽く驚きながらも、負けじとその目を見返して話し出した。
「私は、私と同じような存在の力になればと思ったからよ。物語のいざこざに巻き込まれた人たちの力になれたらって思ったの。それに、ルディとの約束もあるから。」
「ほう、力になりたいとな? 珍しい者じゃ。まぁ……もっと奥に別の真意がありそうじゃがの?」
タケヒメが初めて表情らしいものを見せた。含みを持ったニヤリとした笑みである。その笑みにシャルロットは「う……」と少し体を引かせた。
タケヒメは二人の回答に満足したのか、幾回かの頷きを見せた。そして再び口を開く。
「では、改めて。『竹林亭』へようこそ、異国の少女らよ。妾達はそなたらを仲間として迎え入れようぞ。」
「あれ、ここって『スズメのお宿』って言うんじゃないんですか? さっき『チュン』って言う女の子がそう言ってました、って言うか見せてくれましたけど……」
ルディがそう疑問の声を上げた。その言葉にシャルロットも内心疑問に思う。その言葉にタケヒメがあっさりと答えを返した。
「なに、どちらも合っておるよ。ここは『スズメのお宿・竹林亭』と言うのじゃ。そんなことはさて置くとして……まず第一にじゃが、ここはそなたらの住んでいた国ではない。それは薄々感じておったかの?」
「ええ、まぁ……そうね。ただ疑問なのは、何時の間に私たちは別の国に連れてこられたかという事だけど。」
シャルロットが少し不機嫌そうにそう語った。その言葉にタケヒメが愉快そうに笑う。
「まぁ、知らなければ気づくまいの。あれは妾の仕業じゃ。竹林を介し、異なる時も空間も繋げる。そなたらの良く知る森と竹林亭を結んだのじゃ。」
「どういう事……?」
「いまいち理解しておらぬの。不思議な力でそなたらを運んだと理解せよ。」
シャルロットがいまいち納得していない表情で頷いたところで、クレハやタケヒメと同じような装束の女性が数人、引き戸を開けて部屋に入ってきた。そして各人の前に湯気の立つ見たこともない緑の液体を並べ、お茶菓子らしきものを置いて退室していく。
シャルロットはお茶菓子を手に取って眺め、ルディは緑の液体、緑茶の入った湯飲みを手に取って匂いを確認している。
「安心しろよ、毒じゃないさ。」
クレハがそう言って緑茶を飲んだ。それを見た二人は恐る恐るお茶を口に含む。今まで味わったことのない味だった。
それを微笑まし気に見ていたタケヒメが話し始めた。
「さ、茶でも飲みながらゆるりと聞いておくれ。順を追って説明しよう。妾達の生きる世界を。何故妾達が物語を変えようとするのかを、のぅ。」
――続く