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20話目

「よし、二人で結論は出たみたいだな。」

「はい。まぁ、納得は完全にできたわけじゃないですけど……」


 クレハの言葉にルディが頬をかいて返答した。その顔はしてやられたと言わんばかりの苦笑だ。軽く横腹をさすっているのは先ほど小突かれた痕だろう。シャルロットはまだ先ほどのやり取りを引きずっているのか、顔を赤らめたままそっぽを向いている。

 クレハもその様子を眺め軽く笑いながら、しかし場を遮るかのように少し声を張り上げた。


「よーし! それじゃあ、家も近いんだろ? すぐに帰って準備しな。アタシはここで待っているよ。」

「あ……シャルル、実際ついて行くのは良いんだけど、今から帰ると多分おじさん達起きてるよ。っていうか、僕たち昨日から行方不明みたいなものだから下手に帰るとまずいんじゃない?」


 ルディが今更とも思える言葉をシャルロットにかけた。その言葉にシャルロットが「あ……」とでも言わんばかりに口を開けた。どうやらそこまで考えていなかったようだ。脂汗を垂らしながら、しかして何とか口を開き、考えを絞り出した。


「だ、大丈夫よ! 家の裏に梯子があったから、それで私の部屋に入って荷物だけ持って行くわ。すぐに準備すれば分からないわよ……たぶん。」

「た、たぶんって……それにそれだと手紙を書くような余裕ないよね。どうする?」

「あ、そーか……うーん、どうしよ……」


 泣きっ面に蜂とも言うのか、荷造りの問題を何とかしたら次の問題が生じた。どうした者かと腕を組むシャルロットに延びた救いの手は、一人傍観していたクレハからだった。


「あー、手紙なら後から送れるよ。何ならある程度の荷物も後から送ってもらえる。そこは心配いらないよ。」

「あら、そうなの? 助かったわ……」


 ほっと一息つくシャルロット。同じく安心したように苦笑を浮かべるルディがシャルロットの肩に手を置いて言葉をかけた。


「よし、じゃあ行こっか。」

「そうね。」


 二人はクレハに挨拶をすると一路、帰宅の路をたどるのだった。



+・+・+・+・+・+・+・+・+・+



「で……どうだった、シャルル?」


 幾日か分の着替えを入れたナップを担いだルディが目の前いるシャルロットへ尋ねた。今は先ほどの花畑へ戻ってきている。シャルロットは慣れない梯子の上り下りに隠密行動で疲れたのか、少しぐったりした様子だった。しかしそれでもルディの言葉にしっかりと答える。


「な、何とかなったわよ……疲れた……」

「お、お疲れ様……で、おじさん達どうだった?」

「うん、お父さんは家にいなかったわ。たぶん私たちを探しに行っているんだわ。お母さんが一階にいるのはそうっと確認したんだけどね。」

「まぁ、おじさんがいたらシャルルの気配に気づきそうだし、助かったね。」


 ルディがそう笑いながら語った。実際彼女の猟師の師匠でもあるシャルロットの父は、ルディ程でもないにしろ気配などには敏感である。更には自らの娘とその親友が行方不明と言う緊急事態、その感覚は鋭敏であるだろう。


「私はお仕事のお父さんを知らないけど、ルディがそう言うなら家にいなくてよかったわね。ま、何にせよこれで準備は終わりよ。後はクレハを待つだけね。」

「そうだね。」


 すでに朝日は山の端からその姿を現し、まばゆい光を二人に届けている。すっかり夜は明けたようだ。爽やかな風が二人の髪をなでる。静かな花畑はまるで昨夜の喧騒など感じさせない穏やかさを感じさせた。小鳥の鳴き声が心地よい。


「……ねぇ、シャルル。」

「何よ。」

「クレハさん、遅くないかな?」


 ルディの言葉に、二人の胸中がある不安に染められた。それはとある懸念。

 ――もしや、私たちを置いて行ってしまったのではないか?


「は? いやいや、まさか……そ、そんなはずないわよ。ここまで準備させておいて置いていくとか……」

「いやでも……僕はあまりあの人の事知らないけど、優しそうな人だしあえて嘘ついて僕たちのこと置いていきそうじゃない?」

「ルディ、あなたあれだけボコボコにされておいて優しそうとか……」

「そんな事言ったらシャルルだって僕の事容赦なく撃ったじゃないか。」


 ルディの言葉にシャルロットはプイとそっぽを向いた。無言を貫き通す。ルディはその様子に目を細めるも、小さくため息を漏らし森の方向を見つめた。


「遅いねぇ……本当に置いてかれたんじゃないかな……?」

「もしそうなら、どこまでも追いかけてやるわ……」

「怖いよ、シャルル……って、その心配はないみたいだ。来たよ。」


 ルディのその言葉にシャルロットが振り返る。すると、ルディは森の一角を指さしていた。シャルロットがその方向を注視していると、うっすらと黒い森の中に赤色が現れるのが見えた。


「あ……本当ね。というより、よく分かったわね、ルディ。」

「うん。昔から感覚が鋭かったんだけど、今考えれば人狼だったからかもね。」


 そんな会話を交わしていると、いつの間にかクレハは二人の傍まで近づいていた。二人の持つ手荷物に目を向けると満足そうに頷く。


「よし、準備は出来てるみたいだな。」

「当然よ。と言うよりも、遅いわよ。なにしてたのよ? 女の子を待たせるなんて非常識にもほどがあるわ。先が思いやられるわね……」

「い、いや……アタシにも準備があるんだって……わ、悪かったよ。」


 クレハの言葉にクレハの顔が引きつる。まさか少し遅れただけでこんな非難されるとは思ってもいなかったのだろう。

 一方のルディはクレハの事を疑っていた後ろめたさがあるのか、ただひたすらに苦笑いを浮かべているだけだった。内心では冷や汗をかいている。


「ま……まぁまぁ、シャルル。こうしてキチンと来てくれたわけだし、いいじゃない。」

「おぉ! さすが我が弟子だ! 私の事師匠って呼んでいいぞ? よしよし、さぁ行こうじゃないか!」


 ルディの助け舟に全力で乗るクレハ。その表情は助かったと言う心境を雄弁に物語っていた。ルディの肩を抱き右手を高くつきあげている。

 シャルロットはその寸劇にため息を一つ漏らすと、二人の前に出て腰に手を置き自分より高い位置にある二人の顔を見上げながら言った。


「なに下らない事言ってるのよ。ほら、連れて行ってくれるんでしょ? 案内してちょうだい。」

「はいはい、お嬢様。仰せのままに。」


 クレハが苦笑しながら返事を返す。ルディは笑いながらシャルロットの分の荷物も持つと、歩き始めた二人を追いかけた。歩く三人の姿は朝日に溶けるかのように消えていくのだった。



――続く


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