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2話目

本日2回目の投稿です。明日からは1日1話となります。

「やーい、やーい!」

「お父さんとお母さんがいないなんて変なのー!」


 小さな子供の声が聞こえる。それはまだ相手の気持ちを察するような気配りのできない年頃の子ども特有の、無邪気で残酷なからかいだった。


「ひっく……グスッ、や、やめてよぉ……」


 その言葉を受ける少女は言い返すこともできず、ただただ泣いているのだった。それに気を良くしたのか、周りの悪ガキたちは付け上がり更に罵倒を重ねていく。少女の周りに味方はいない。少女はもはや立ち上がることもできず、無情にもその言われない非難を受けるしかなかった。

 しかし、救いの手はいつも唐突に現れる。


「ッこらぁ!! お前ら! 何虐めてんだ!!」


 不意に響いたのは悪を糾弾する正義の叫びだった。その声に周囲の悪ガキたちが一斉に振り向く。

 そこに立っていたのは彼らよりも少し背の高い少年のような身なりをした少女だった。見た目だけは男の子みたいだが、その声はすでに女性のそれになりつつある。


「ゲッ!? あ、あいつは!?」

「お前ら……この前もとっちめてやったのに、まだ懲りてないみたいだな?」


 眉間にしわを刻んでゆっくりと近づくその影に、悪ガキたちはすっかり気勢をそがれたようだ。蜘蛛の子を散らすかの如く三々五々に散っていった。


「フン! 全く、次見かけたらぶんなぐってやる。」

「あ、シャ、シャルル……」


 頭を抱えて耐えていた少女が顔を上げて半べその表情を向けた。その顔を見てシャルルと呼ばれた少女が「プッ」と軽く噴き出して駆け寄る。


「大丈夫だった、ルディ? 怪我はない?」

「う、うん……ごめんね、助けてもらっちゃって……」

「いいんだよ、ルディは大切な友達だもん!」


 その言葉にルディと呼ばれた少女は安心したような、少し残念そうな顔を浮かべた。しかし、すぐにその表情を曇らせてしまう。


「あたし、ダメだな……いっつもこうしてシャルルに助けてもらってばかりだもん。情けないよ……」

「そんなことないよ! ルディは優しいもん。あたしと違って女の子っぽいし、あたしもそうなりたいって思ってるもん!」


 ルディの言葉にシャルルは必死になって言葉を返した。目の前の少女の困った顔が見たくなかったのだろう。また、自分が密かに思い悩んでいたことも暴露してしまう。お転婆であることを少し悩んでいるようだった。

 だからだろうか、シャルルはある言葉を続けたのだった。それは、二人の人生を大きく変える言葉となる。


「そうだ! じゃあ、こうしよう? あたしはルディみたいに女の子っぽくなるように頑張る! お菓子作りとか練習する! そのかわり、ルディはもっと強くなるんだ。あたしのこと守れるくらい。ね、どう?」


 シャルルの言葉にルディは呆気にとられたようにポカンと口を開いていた。しかし、すぐに決心したような表情になると、しゃがみこんだままではあったが力強い言葉で返したのだった。


「う、うん! 約束する! あたし、強くなるよ! シャルルの事、守れるくらい強くなる! 大きくなっても守り続ける!」

「よし、じゃあ約束だね。」


 そう言うとシャルルはルディに右手の小指をだした。ゆびきりげんまん。幼いながらの約束事である。

 その約束が互いの人生を大きく変えることになった。ルディは翌日から自身の事を「僕」と呼ぶようになり、食わず嫌いをなくし、よく食べるようになった。ちょうど成長期だったのか、少女はグングン成長しいつしか周囲から、からわれることもなくなっていった。

 シャルルは徐々にお転婆も形を潜め、いつしか立派な少女となっていった。生来の性格は残るものの、いわゆる女の子っぽくなっていったのだった。

 二人は今でもこの約束の事を覚えていた。しかし、それを口にすることはない。すでにこの関係が当たり前のものになりつつあったから。この関係が、この日常が続くことを疑う事すらなかったのだ。



** * * * * * * * *



 シャルロットの家で食事を終えたルディは自宅に帰ってきていた。両親を幼いころに亡くしたルディにとって、シャルロットの家のほど近くにあるこの家はもはや悲しみよりも寂しさを感じてしまうものだった。だからだろうか、十年近く前の懐かしい記憶を思い出してしまう。その懐かしさに頬を緩めながら、ルディは部屋の明かりをつけて家の中を見渡した。

両親が死んで数年間こそはシャルロットの家で暮らしていたルディだったが、成長して猟師になり、ある程度一人で稼げるようになってからは元の家へ帰り、食事などのみお世話になっていたのだった。


(やっぱり、何時までもおじ様とおば様のお世話になるわけにもいかないしね。でも、かと言っても心細いのには変わりないわけで。)


 脱衣所で服を脱いで風呂へ入る。この地方の習慣として、ジャグジーはなくシャワーのみであった。


「ふぅ……」


 シャワーを浴びるルディの身体は、スレンダーだが確かに女性の体つきである。張り詰めた肌は水を弾く。彼女は別に同性愛者と言う訳ではない。しかし、初めて好きになった人が偶然女性であり、それ以降男性より女性を好む傾向にあるだけだ。そして自分の容姿を客観的にとらえ、女性に声をかけている。


「……ん? え……だ、だれかいるの?」


 だが、浴場のすぐ傍の窓の外に何者かの気配を感じ、すこし怯えたような声をだす彼女はやはり一人の少女だった。浴場に取り付けられた、小さな窓へ目を向ける。しばらくの間、物音を探っていたルディだったが、すぐに気のせいだったと判断し浴場を出た。

 服を着て寝室へと向かうルディ。ベッドにもぐりこんんで目をつむった。明日がどんな日になるかは分からないが、今日よりも良い一日になることを願って。



** * * * * * * * *



 ここは、町はずれの黒い森。月の光すら阻む樹木のドームが漆黒の闇をもたらす。そう、家の中のような安全が保障された闇ではない。すぐそばに命の危機が同居する、真なる闇だ。

 だが、その真なる闇にも息づく者がいる。森の住人たる動物たちと、闇をものともしない闇の住人たるバケモノたちだ。


「フフッ、あの子が今回の登場人物のひとりですか……まさか気配を消していたのに勘づくなんて。上手く私たちの側に取り込めると良いんですけどねぇ。」


 ルディの家から少し離れた森の中。木の幹に座り遠くから眺めている影があった。あまりの暗さに、それが誰かは分からない。しかし、薄く届く月明かりの背後にするそのシルエットは、異国の装束をまとう女性であるようだ。


「さぁて、行動を開始しましょうか。」


 森に一陣の風が吹き抜ける。そして木々が風に吹かれてざわめいた。先ほどまで謎の人物が腰かけていた場所、そこにはもはや誰もいなかった。ただただ真っ暗悩みがぽっかりと口を開けて待ち構えているだけだった。



** * * * * * * * *



 一夜明け、翌日。峡谷と森に囲まれたこの街にも朝がやってきた。小鳥の鳴き声が爽やかな朝を感じさせる。人々は無事に朝を迎えられたことに感謝しながら、今日も活動を始めるのだ。

 そして、街はずれに住むシャルロットも出かけようとしていた。身だしなみを整え、お気に入りであるフードのついた赤いケープを羽織る。大好きな祖母からもらった赤ずきん。着替えを終えたシャルロットは自分の部屋を出て一回のリビングへ向かった。


「あら、おはよう。シャルル。」

「おはよう、お母さん。お父さんはもう仕事?」

「ええ。昨日仕掛けた罠を見に、ルディちゃんと向かったわ。」


 シャルロットの父親は猟師であった。その昔は街を襲った狼のバケモノを退治したこともある英雄的人物である。歳を経た現在は一線を退いており、後進を育てることに従事していた。

 そして、その後進と言うのがルディの事なのだ。女性ながらもその恵まれた体型は猟銃を扱うのに十分であり、不思議と夜目が効く体質は天賦の物だと称されていた。かつて街を襲った狼のバケモノに両親を殺されたルディにとって、猟師と言うのは憧れのあるものなのだろう。シャルロットの父に猟師の仕事を教わりながら、自身も生計を立てていたのだ。

 シャルロットは内心、過去の辛い記憶にも負けず自分の力で生きているルディの事を尊敬していた。言葉や態度でこそキツく当たるものの、彼女に全幅の信頼を向けている。


(本当、あの女癖の悪ささえなければ完璧なのにね……でも、ああやって誰かを求めるのも寂しいからなのかな? 考えすぎか……)


 一人で自己完結しながら、シャルロットはトーストを頬張る。母親の用意してくれたホットココアの入ったカップを手に持って一息ついた。トーストの乗っていた皿を片付けに来た母親がシャルロットに話しかけた。


「ねぇ、シャルル。」

「ん、なぁに? お母さん。」

「知っているかしら。昨日街で、何と言うか、目立つ格好をした人がいたらしいのよ。」

「え、何それ怖い。私今日街へ行くんだけど……」

「別に何かしてくるって言うわけじゃないらしいのよ。でも、ここはあんまり外の人は来ないでしょ? ただでさえ目立つのに、見たこともない格好しているから余計に目立つのよ。まぁ、シャルルも気を付けてね?」

「はぁーい。」


 そう返事を返したシャルロットは使い終わった食器を台所へもっていった。自分の分の食器は自分で洗うのだ。こういったマメさをルディは「さすがシャルル! 僕のお嫁さんになってよ!」などと称している。それを思い出したシャルロットは少し頬を緩めるのだった。


(本当バカね、アイツは。でも、嫌な気持ちじゃないけど。)


「あ、そうだ、シャルルー?」

「ん、なぁーにー?」


 リビングから声がかけられる。手が離せないシャルロットは声を上げて答えた。


「今日はお婆ちゃんのお見舞いに持っていくパイの材料を買いに行くんでしょー? ついでにクッキーの材料もお願いできるかしらー?」

「分かったー。」


 食器を洗い終わったシャルロットは布巾で手を拭きながらそう返事をした。玄関へ向かう。リビングを通った際に母親から「お願いね。」と渡されたお金を財布にしまって、家を出た。家の外は天気も良く、森の傍と言うこともあり近くの木にはリスがいた。太陽の光が爽やかにシャルロットを包む。


「んー! いい天気ねぇ。これならルディも仕事がしやすいでしょ。さ……てと、お婆ちゃんのお見舞いの材料買いに行かなくちゃ。」


 そう呟いたシャルロットは街へ向かう道を歩いて行った。完全に森に囲まれた自宅周辺だが、歩いていくにつれて民家や建造物が増えていく。十数分歩けば周りはすっかり街並みだ。そこまで大きくない街なので顔見知りも多く、昨日とは違い平静の表情のシャルロットに話しかける人も多い。

 適度に会話を楽しみながら街を歩く。街の中は今日も平和で、愛すべき日常が続くことに満足しながらお店を目指した。

 だが、街の中央当たりの広場まで来た時だった。いつもは人々が行きかったり休憩したりしている噴水のある広場であるのに、今日この日に異様な雰囲気が満ちているのをシャルロットは感じ取った。人が満ち満ちているわけではない。むしろ普段よりも少なく、それでもそこにいる人々は遠巻きに広場中央をよそよそし気に見ていた。

 その異様な雰囲気をひしひしと感じつつも、シャルロットは果敢に広場を目指した。元来そういった周囲の空気などは気にしない質である。ルディなどはそんなシャルロットを見ては「シャルルの心臓は鋼で出来ているんだろうね……」と、半ばあきらめたような表情で呟いていた。

 さて、そんなシャルロットが広場の中央まで来ると、異様な雰囲気の原因とも言うべき存在に気が付いた。

 それは、一人の女性だった。とても鮮やかな赤毛の長髪を風になびかせて座るその姿は何とも現実離れした光景だ。そしてそれは、彼女の纏う見たことのない異国風の装束がその雰囲気を増長させているのだろう。まるで燃え盛るかのような真紅は、地味な色合いの街並みに浮かび上がるように輝いている。


(わぁ……すっごいきれい……見たこともない服ね。もしかして、この人がお母さんの言っていた人かしら?)


 視界の端に女性の姿を捉えながら心の中で嘆息する。見ると、自分よりも多少年上であろう位のまだうら若い年頃のようだ。大人びて見える端正な顔立ちは誰かを探し求めるかのようにきょろきょろと左右している。


(誰か探しているのかな? でも、話しかけるのもなぁ……そもそも言葉通じるかわかんないし。)


 そう考えたシャルロットが通り過ぎようとしたその時。不意にシャルロットの方を向いたその女性が慌てた様子で立ち上がった。そして内心驚いて焦るシャルロットを他所にずんずんと近づいてくる。


「え、え……え? なになに!?」


 あっと言う間にシャルロットの傍まで来たその女性は、シャルロットの近くでよくよく彼女の事を見回した後に、たどたどしい言葉でシャルロットへ話しかけた。


「あー、おはようございマス。あなたは、『赤ずきんちゃん』ですか?」

「……は?」



――続く


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