19話目
「え……ちょ、シャルル? ごめん……な、何て?」
ルディが汗をたらたらと垂らしながらシャルロットの肩をつかんで尋ねた。その背後のクレハも同じように驚愕の表情だった。
二人の視線を一心に受けているシャルロットは、しかしてその注目などどこ吹く風と言わんばかりの厚顔である。むしろしてやったりと言わんばかりの得意げな笑顔すら浮かべていた。
「あら? 聞いてなかったの? なら、何度だって言うわ。付いて行くの、私も。あなたと一緒に私も戦う。」
シャルロットの言葉に、ルディはめまいを覚えたかのように頭を抱えて数歩後ずさった。そして、先ほどとは別の意味で覚悟を決めたような目になると、シャルロットに向かって口を開いた。
「な、何でそうなるんだよ、シャルル!? 僕の話聞いてた!?」
「もちろん聞いてたわよ。聞けば聞くほど自分勝手な話だわ。久々にキレそうだもの。」
「うっ……」
シャルロットの言葉にルディがひるんだ。彼女自身自分の言葉が自分勝手なものだとは分かっていたのだろう。さらにはシャルロットの怒りを孕んだ凄みのある笑み自体、とても怖かったのも理由かもしれない。
押し黙ったルディに対して、シャルロットの言葉の連撃は止まらない。
「だいたい、ルディは本当に自分勝手ね。私を守りたいって言うその気持ちは嬉しいけど、だからって街を出ていくことはないわ。むしろ、万が一また私を狙って『センサー』が来る時の為に私の傍で私を守るのが筋でしょ。違う?」
「お、仰るとおりでございます……!」
ルディが自分の胸を押さえながら気まずそうに眼をそらしている。まるでその言葉には質量があるかのように、シャルロットの一言一言がルディに届くたび、ルディは少しずつ後ずさっていた。だがシャルロットの言葉は、いや口撃はまだ終わりを見せない。
「それに、あの時の約束だってルディの一方的な物じゃないでしょ? 私だって女の子っぽくなるって言う約束したじゃない。ルディが約束を守るためにこの街を出るなら、誰が私の成長を見るのよ。」
「でもシャルルあんまり女の子っぽくないって言うか……」
「はぁ?」
「いえ何でもありません。」
もはやルディに反撃する力はないようだ。うなだれてKO寸前の様相である。そのやり取りを傍で眺めていたクレハが苦笑しながら会話に割って入った。
「おいおい、そこまでにしてやんなよ。本当アンタ容赦ねぇな。」
「あら何? クレハもアタシが付いて行くことに反対なの?」
「いいや? むしろ逆だよ。アタシとしては戦力になるやつが増えるのは大歓迎だからね。」
「ちょっ!? クレハさん!」
ルディがクレハの言葉に驚きの声を上げる。ルディはてっきりクレハもシャルロットを引き留めてくれると思っていたのだろう。予想外の言葉に焦るほかない。
だが、クレハは先ほど同じようにルディの言葉を、片手を上げることで止めてしまった。彼女のその動作は不思議な抑制力があり、つい黙ってしまう。言葉を止められたルディは大人しくシャルロットとクレハの会話を聞いているしかなくなった。
「なぁ、シャルロット。確かにアタシはアンタが来てくれることに賛成だが、でも、一個だけ聞かせてくれ。」
「何よ。」
「アンタ、どうしてアタシ達についてくるんだ? さっき話してた理由も嘘じゃないだろうけど、本当の理由じゃないんだろ?」
クレハの言葉にシャルロットが黙った。クレハは笑っているが、その言葉は真剣そのものである。ここではぐらかすこともできただろうが、シャルロットはそれをしない。今ここではぐらかそうものなら、それこそ選択を間違えることになると直感で悟ったのだ。
「……私だってね、今回の件で何も思わなかった訳じゃないのよ。今まで普通に暮らしていたのに、それが突然こんな風に命を狙われることになる。身近な人にも危害が及んだわ。私は、私みたいな人を増やしたくないの。あなたについて行ってそんな人たちの助けになれるなら、私は力になりたい。だからついて行くのよ。」
「そうか……それなら文句はねぇよ。よろしく頼むぜ。」
「ま、待って待って!」
話が収まりかけていたが、そこへルディが割って入ってきた。このままだと本当にシャルロットが一緒について来てしまう。もはやそれが確定事項ではあるのだが、諦めきれないと言うように食い下がるのだ。
「シャルル、ダメだよ! ついて来ちゃダメ!」
「あら、どうして?」
「え!? え、えぇっと……だってほら、危ないし! 今日みたいに戦うことだってあるんだよ?」
「大丈夫よ、私だって戦えていたじゃない。これが見えない?」
そう言うとシャルロットは両手を前に出して、自身の創具「ヴェルトロ」を召喚した。その重厚な輝きにルディは押し黙ってしまう。実際シャルロットはアオバとの戦いでは立派に戦っていたのだ。覚醒した「登場人物」としての力もあるのだろう。
しかし、それで納得してしまってはいつも通りである。ルディは諦める訳にはいかなかった。彼女を守るために街を出ると言うのにその本人がついて来てしまっては意味がない。せめて彼女を守れるくらい強くなってからと考えていたのだ。
「で、でも……やっぱりダメだよ。僕は良いけど、おじさんとかおばさんがいるじゃないか。」
「大丈夫よ。手紙を出すわ。」
「いやいやいや! そんなんじゃダメだって! ほら、やっぱり帰った方が……」
「あーもー!」
そこまで食い下がったルディだったが、遂にシャルロットが我慢ならなくなったようだ。
イライラしたように声を上げると、ルディの傍まで駆け寄ってその両手を取った。そしてそのままルディを見上げて言葉を続ける。
「守ってくれるんでしょ、ルディ! あなたが守ってくれるんだったらお父さんたちだって納得するし、どんな敵が来たって怖くないわ!」
その言葉にルディが黙ってしまう。目をそらし、そして空を見上げる。そして、苦しげな様子で声を絞り出した。
「ずるい……ずるいよ、シャルル。そんな風に言われたら、断れないよ……」
「でも、守ってくれるんでしょ?」
シャルロットがいたずらっ子のような表情で、小首をかしげながらルディにそう言った。その言葉にルディが苦笑しながらクレハを抱きしめる。
「……もちろんだよ、シャルル。あの日の約束に誓うさ。」
花畑の中で抱き合う二人。まるでその場所だけが物語の一ページのようだ。かすかに見える山の端には朝日の光が届きつつある。二人は目を合わせると、何を思ったのか同時に笑い出すのだ。
だが、それを少し離れたところから見るクレハは疎外感の中で気まずそうに苦笑いを浮かべていた。
「……あー、何? アンタらそういう関係だったの?」
二人きりの世界を世界を作り上げていたルディとシャルロットだったが、クレハの言葉に顔を真っ赤にさせると慌てて離れた。
「そ、そういう関係って……あの、その……!」
顔を真っ赤にさせるシャルロットを他所に、ルディは同じく顔を赤くさせながらも再びシャルロットを抱きとめて高らかに宣言する。
「そうです! シャルルは僕のお嫁さんですから!」
「ば、ばか……!」
「ぐふぅ!?」
ルディの宣言にシャルロットは顔をそれはもう真っ赤にしながらルディの腹を小突いた。どこかで見たような光景、今ここにシャルロットとルディが待ち望んだ日常が帰ってきたようだ。
――続く




