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17話目

「ルディ!」

「イタタ……ごめんね、シャルル。迷惑かけて。」

「……いいのよ、あなたが無事ならそれで。」


 飛び込んできたのはルディだった。シャルロットは自身も確認したであろうが、ルディの傷の事などすっかり忘れて力いっぱい彼女を抱きしめる。ルディも優しく抱きしめ返した。その抱きしめられた手を見たシャルロットはルディのある変化に気が付く。


「ルディ……あなたその身体、どうしたのよ?」

「うん、僕もシャルルと同じように創具が使えるみたいでね。これは僕の中の人狼の力を制御するための物なんだ。【ズューネ】って言う名前だよ。」


 そう言ってルディは自身の首元を撫でた。そこにはルディの創具【ズューネ】が革特有の輝きを見せている。


「【ズューネ】って……『贖罪』って意味よね? なんでそんな名前の物を……」

「良いんだ。これは僕の覚悟みたいなものなんだよ。シャルル、君を生涯をかけて守るって言う意味も込めてね。」

「ば、ばか……!」


 二人がそんな会話を繰り広げていると、不意に二人の下へ決して小さくない石が豪速球で投げつけられた。ルディがそれを片手で受け止める。

 石が飛んできた方向を見ると、そこには額に青筋を浮かべたアオバが肩で息を突きながらこちらを睨んでいた。ルディはシャルロットをかばうように彼女の前に立つと、油断なくアオバを睨みつけた。アオバもルディを厳しい目で睨み返す。


「あなた達……場所もわきまえずイチャついてんじゃないですよ! 分かってます!? 命の危機ですよ!? 爆発しろ!」

「命の危機? それはないね。だって、シャルルは僕が守るから。」


 ルディはすっかり人間とは異なる姿となった自身の右手を突き出した。突き出されたその腕を見てアオバは少し顔をしかめた。しかしその動揺を悟られまいと刀を正眼に構えて言葉を返す。


「フン、紅葉に手も足も出なかった人狼さんが私に勝てるとでも? また同じようにボコボコにされたいんですか?」

「それはお互い様だろ? それに、今の僕はさっきの人狼とは違う。人の持つ『技』ってやつを見せてあげるよ。」



 二人がにらみ合い、一触即発の空気が場を満たした。そして最後の戦いが始まるかと思われた、その時。突然アオバが咳き込みだした。苦しそうに、口元を抑えて。少し収まったかと手を離すと、その手のひらにはびったりと吐血の跡が残されていた。


「え? ど、どういう事?」


 相対するルディが思わず心配するように疑問の声を上げた。アオバは手のひらを憎々しげに見つめるだけで答えようとしない。しかしその答えは思わぬところから帰って来るのだった。


「あーぁ、アオバさん、限界ですよ。これ以上はマズいです。」


 ルディたちの背後から若い男、いや少年の声がかけられる。二人がそちらを振り向くと、そこにはその声と思わしき一人の少年が立っていた。茶色の髪の、どこか純朴そうな雰囲気を残した少年だ。格好だけ見れば街のどこにでもいるようなごくありふれた少年であろうが、ルディとシャルロットの二人は彼から目を離すことができなかった。

 それは彼の目が特殊だったからだ。彼の目は深い深い絶望に沈んでいた。口元は笑っているのに目元からはおよそ負の感情以外の物が感じられない。そのちぐはぐな印象からは、どこか不気味なものを感じずにはいられない。

 その少年はルディとシャルロットの二人には目もくれず、二人の下を通り過ぎるとアオバの下へたどり着いた。そしてズボンのポケットから小さな小瓶を取り出すと、ふたを開けて中身の怪しい薬を無理やりアオバの口の中へ流し込んだ。

 抵抗も見せずにその薬を飲みこんだアオバ。すぐにその身体に変化が現れる。今までのバケモノじみた姿は元に戻り、初めてシャルロットに見せた姿に戻った。


「す、すみません、ヘンゼルさん……」

「いいんですよ。今ここであなたに死なれたら困るのは僕たちですからね。」


 アオバは相当に無理をしていたのか、【悲哀丸】を虚空に消すとそのまま地面に座り込んでしまった。それをみたヘンゼルと呼ばれた少年は、シャルロットとルディの方へ振り返ると深々とお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。僕の名前はヘンゼル。『センサー』と呼ばれる組織の一員です。この度は僕たちの者が大変ご迷惑をおかけしました。僕たちはこれで失礼しますので、どうかここは僕たちの負けという事で納得していただけないでしょうか。」


 そのあまりにあっさりとした敗北宣言に、シャルロットとルディは呆気に取られてしまう。そしてその宣言に納得できないのか、座り込んだアオバが顔だけ上げて反論した。


「ま、待ってください! 私はまだ負けていません! すぐに『赤ずきん』を殺して見せます。それにここにはヘンゼルさんもいますし……」

「アオバさん、引き際を見極めてください。相手も消耗し、アナタだって限界でしょう? 偶然にもあの赤鬼もいませんし、退くなら今です。それに、もう『赤ずきん』の物語は決定してしまいました。これ以上終わった話にこだわる暇はないんですよ。分かりますよね?」

「で、でも……!」


 アオバがそう反論を返そうとしたとき、突如ヘンゼルを中心として禍々しい殺気が放たれた。それはクレハが見せたような苛烈なものではなく、臓腑の底から這いあがるような重たく暗い殺気だった。鬼であるはずのアオバでさえそれに恐怖を覚えてしまう。


「……アオバさん。あまりワガママを言わないでください。置いていきますよ?」

「わ、分かりました……申し訳ありません。」

「ん、よろしいです。」


 ヘンゼルは満足そうに笑顔で頷くと、パチンと指を鳴らした。すると、まるで地面から生えるかのようにぬぅっと大きな扉が花畑の中に出現した。ヘンゼルはアオバに肩を貸すと二人そろってその扉の方へ歩き出した。そして、扉のノブに手をかけると少しだけ二人の方へ振り返り、すぐに扉を開けて中へ入ってしまった。二人が扉をくぐり戸が閉まると、扉は初めからそこにはなかったかのように消え去ってしまった。


「な、なんだったのかしら、あの男の子……明らかに敵なのは分かったけど。」

「うん……とんでもない殺気だった。」


 二人が呆気に取られていると、遠くからクレハが駆け足で近寄ってきた。二人の下へ到着すると辺りをきょろきょろ見回す。


「あれ? 青葉は?」

「えっと、何か知らない子……ヘンゼル、だっけ? そんな名前の子が連れて帰ったわよ。」

「アイツかぁ~」


 ヘンゼルと言う名前を聞くと、途端にクレハは渋い顔をした。その顔は明らかに何かを知っている顔だ。


「あの、クレハさん? ヘンゼルについて何か知ってるんですか?」

「いや、アタシもあんまり知らないんだけど……アイツなんか苦手なんだよ。なに考えてるか分かんないし。青葉の仲間だって位しか知らないんだ。」


 クレハは頭をかきながらそう困ったように言った。その言葉に嘘などは感じられない。シャルロットとルディの二人は互いに顔を見合わせた。


「しかし、他のメンバーが助けに入ったって事は青葉の奴、結構ギリギリだったんだな。」

「ギリギリって、どういう事?」

「アイツは、アタシと違って鬼の力を完全に制御できていないんだよ。アタシはむしろ鬼を封印しているけど、アイツはクスリの力で無理やり引き出している。もし、あのまま戦い続けたら最悪死んでただろうな。」


 重要な事実をさらっと語るクレハ。その様子にシャルロットはため息を禁じ得ないようだ。クレハの人となりをまだよく知らないルディは苦笑いを浮かべるだけにとどめている。


「ま、何はともあれシャルロット。これでアンタは無事助かったって訳だ。安心しろ、物語もしっかり改変されていたよ。」


 そう言ってクレハはシャルロット達に本を開いて見せた。二人はそのページを覗き込む。そこにはシャルロットが過去に見た物語とは違う結末が記されていた。


『――赤ずきんは悪いオオカミと仲直りをしました。オオカミも元々は悪者ではなく、誤解があっただけなのです。協力して自分たちを襲ってきた悪者を撃退した二人は、仲良く暮らしていくのでした。』



 ――続く


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