15話目
「ちょちょ、ちょっと! こいつぁ一体どういう事だ?」
クレハが混乱の極みと言った様相でシャルロットに対し疑問を投げかけた。アオバに至っては言葉も出ない様子で半ば呆然としている。
だが、シャルロットはその疑問に答えることはなく、慎重にルディの様子を観察した。体に傷をつけてしまってはいないか、新たに血を流したところはないか、目を皿のようにして確認する。
ルディの無事を確認した後、シャルロットはようやく胸をなでおろすように一息ついた。そしてようやくクレハの方へ振り向くと、自身の創具を頭の高さへ上げて説明を始めたのだ。
「ルディが死んでいないのは、私の創具【ヴェルトロ】の力よ。これは精神力を弾丸にして放つ私の猟犬。弾丸を対物質系から対精神系に変えて撃ったの。その弾丸はルディの内に住む人狼だけを攻撃した。だからこうしてルディは元に戻ったのよ。」
「マ、マジかよ……」
クレハが信じられないと言った様子で呟いた。シャルロットの説明が真実だとするならば、何とも汎用性に優れた創具であろう。先ほどまでただの少女であったはずのシャルロットだが、今や一騎当千にも値する力を持っているのだ。
(まったく……バケモノじみた創具だね。アタシのなんかただ丈夫で炎が出る程度だって言うのに。これが「主人公」ってやつか。)
自身の特殊性は棚に上げて嘆息するクレハ。彼女は創具の力よりも「鬼」という種族の力が強力無比であることをいまいち自覚していないようだ。彼女の創具自体、十分伝説級の代物であるが、彼女自身の力の前に霞んでしまっている。
「……認めませんよ。」
不意にクレハの背後から暗い声がかけられた。シャルロットとクレハがそちらの方向を見る。二人の視線の先では、アオバが顔を俯かせた状態でフラフラと力なく立っていた。自身の創具【悲哀丸】地面に突き刺し、杖の代わりに体重を預けている。クレハとの戦闘は彼女に確実なダメージを与えていたのだ。ただ、それだけではないのであるが。
「そんな結末、認めません。物語を改編して、自分の運命を変えるだなんて……! 私たち『センサー』はそれを防ぐためにあるんです! 今ここであなたを見逃すことは、それは私の過去を否定すること……それだけは、認められないんですッ!!」
「青葉……」
クレハがアオバを憐れむような目で見た。しかし、その中には後悔の念が感じられる。彼女たちの過去にあったことを知る者は、この場には当人以外には誰もいない。故にシャルロットは前に出て、クレハに声をかけたのだった。
「……クレハ。あなた達に何か因縁があることは何となく察しているわ。だけど、ここは私に任せてちょうだい。」
「シャルロット……それは別に構わんが、大丈夫なのか?」
「フン、だれに向かって言っているの? 私は『赤ずきん』の主人公よ? あんな脇役に遅れは取らないわ。」
口の端を軽く釣り上げて不敵な笑みをこぼすシャルロット。その様子にクレハも笑いをこぼした。
「言うねぇ……人間の小娘が。そんじゃ、あとは任せたぜ。初陣を飾ってこい!」
クレハはそう言ってシャルロットに道を譲った。静かに頷きをクレハに帰したシャルロットはまっすぐにアオバを見つめながら近づいていく。
対するアオバは自身の計画が狂ったことを悟り半狂乱の様相を見せていたが、近づいてくるシャルロットに気が付くと表情を一変させた。何の感情も見られない虚無の顔だ。
「……何の真似です? ただの人間のくせに、鬼である私に歯向かうつもりですか?」
その言葉はまるで人が虫に向けるような眼差しだった。自分よりも弱い存在が歯向かおうとしているのを見つめる、どこか憐憫すら籠もった眼差し。窮鼠は猫を噛むと言うが、後の窮鼠がいかに残酷な死を迎えたか想像すら出来ないのかと、訴えかけているかのようだった。
だが、その眼差しを受けてもシャルロットはひるまなかった。むしろ両手に持った創具【ヴェルトロ】を構え、その銃口をアオバへ向けた。そして、その小さな口から啖呵を切る。
「鬼だか何だか知らないわよ。そんな事より、私はあなたに対して一発入れなくちゃ気が済まないわ。覚悟なさい。」
「……フフフッ! 長い事生きてきましたが、ここまでコケにされたのは初めてです! そうだ、ここであなたが死ねば物語は何とか整合するじゃないですか……ねぇ、私の目的の為に死んでくださいよ。」
カチャリと【悲哀丸】の切っ先をシャルロットへ向けてそう言い放ったアオバ。その表情は先ほどまでの無表情ではなく、泣き笑いのようなおかしな笑みだった。構え合う二人。不意に風が二人の間を通り抜けた瞬間、シャルロットの発砲を引き金に二人の戦いが始まった。
*
(さて、正直シャルロット一人だけじゃ不安だが……それよりもこっちだ。)
二人の戦う音を背景に、クレハは一人戦いとは反対の方向へ向かっていった。向かう先は倒れ伏すルディの下である。
「うわぁ、我ながらエッグいなぁ……うう、ごめんよぉ……」
自ら傷つけた相手ではあるが、こうして改めて見て自分の付けた傷の生々しさに申し訳なさが胸を締め付けているようだ。いくら相手を敵と思い込んでいたとしても、あまりに容赦がない。
(これもアタシが鬼だからなのかな……なるべく自重しているつもりなんだけど。この姿になると、どうも抑えがきかない……っていうか、そろそろ力を抑えるか。)
クレハはルディの傍に立つと両手を前に柏手を一本。小さな声で何やら呟き始めた。
「【一二三四五、六七八九十。布留部、由良由良止布留部】」
突然クレハの目の前に、先ほど虚空に消えた勾玉の首飾りが浮かび上がるように現れ出た。二礼二拍手一礼の後にそれを取ると、おもむろに首へそれを取り付ける。すると、クレハの全身に浮かび上がっていた赤い紋様が蒸発するように消えていき、角も瞳も元の姿になった。
自らへの封印を行ったクレハは急いでルディに近寄り懐から巾着袋を取り出すと、何やら不思議な壺を取り出した。そしてその中にある丸薬を取り出すと、ルディの口の中に無理やり押し込んで顎を持ち、無理やり咀嚼させた。
「そら、飲め。飲まんと死ぬぞ? 二つの意味で。」
「ん……ぐ、ぬ……ウッ!!?」
丸薬をかみ砕いた瞬間、今まで瀕死の状態だったはずのルディが飛び起きた。そして涙目で叫ぶ。
「に……苦ッ!! な、何これちょっと意味わかんない!? オ、オエェエエェ……」
「おーおー、元気だな。やっぱタケヒメの薬はよく効くよ。」
「ゲホッゴホッ……オエ……ん? あれ、あなたは……?」
ようやく口の中が平和になった様子のルディは、こちらを見るクレハの姿に気が付いたようだ。状況がつかめないと言った表情である。
「え? もしかして何も覚えていないのか?」
「覚えてないのかって、別に何も……ん? あれ? いや、違う……」
クレハの言葉にルディが何かを思い出しかけた。それを見たクレハが言葉を続ける。
「その様子、覚えているみたいだな。」
「……うん、覚えている。霞がかかっているみたいに、全部は思い出せないけど……って言うか、あそこで戦っているのは……シャルル!?」
「混乱するのも無理ないだろうが、落ち着いて聞いてくれ。教えてやる。お前に何があったのかを。この夜のすべての真実を。」
――続く




