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10話目

 そして戦いが始まった。両者フッと姿が掻き消えたかと思うと、二人の中間地点あたりで先ほど同じように両腕で組み合う。だが、先ほどと違うのはその衝撃だ。あまりの勢いに地面は陥没し、花ビラが舞い散った。

 するとそれを見て何を思ったか、狼のバケモノは少し動揺のような物を見せた。そしてその隙を逃すクレハではない。右手を外し狼の胸倉辺りをつかむと、そのまま体を抱え上げて森の方へと投げ飛ばした。


「ォラァアアアアッ!!」


 先ほどの蹴りとは比較にならない速度で投げ飛ばされた狼のバケモノは、周囲の木々をなぎ倒しながら吹き飛んでいく。クレハはそれを追いかけて森の方へ走り出した。

 クレハがなぎ倒されてできた道を進むと、その終着点と思われる場所には何もなかった。どうやらあの狼のバケモノは場所を移したらしい。クレハは勘に従って横の森へと足を進めた。

 周囲は木々に囲まれて視界は不良。夜の闇も手伝って人間ならば身動きすら躊躇うレベルの暗さがクレハの周囲を包み込む。しかし、その暗闇はクレハにとって警戒するものではない。周囲を見回しつつ森を進んでいった。

 不意に、背後に気配を感じた。バッと振り返るとそこにはさっきまでいなかった狼のバケモノがしゃがみこんでいて、その鋭い爪をクレハ目掛け走らせていた。


「クッ……!」


 とっさに体を曲げて爪を避ける。しかし避けきれなかったのか、クレハの衣服を裂いて横腹の辺りに赤い線を走らせた。

 装束を切り裂いて垣間見える肌は白く、そして赤い紋様が浮かび上がっている。一見柔朱そうな肌に見えるがそれは鬼の身体。生半可な武器では傷をつける事すらできない硬度を持つのだ。しかし、かのバケモノの爪はその肌に傷をつけた。つまり、クレハであっても油断ができない相手であるという事だ。

 クレハも自身の身体に着いた傷を見て苦々し気な表情を浮かべた。


(クッソ、何だアイツ。寸前まで気配感じなかったぞ? 力はアタシの方が上だけど、素早さとか隠れる力は相手の方が上って事か……)


 改めて周囲を見回す。暗闇は厄介だが問題ではない。音も聞こえる。しかし、


(障害物が多いし、ここは相手の主戦場。どうしよっかな……と!)


 そう考えている間にも、また背後から攻撃が迫った。間一髪でかわすものの少し傷を負う。クレハはとりあえず場所を移動しようと走り出した。木々をよけ、時になぎ倒し少しでもシャルロットから離れようと試みる。

 しかし狼のバケモノは執拗に攻撃を加えてきた。背後から、死角から、時に直上から。まるで狩りをするように、獲物を少しずつ弱らせていくかのように。クレハの身体には小さな傷が目立つようになってきた。今はまだ余裕があるものの、反撃もままならないこの状況では防戦一方だ。

 だが、クレハとてただやられているわけではない。クレハがシャルロットから距離を取るのには確固とした理由があるのだ。


(……よし! そろそろ大丈夫だろ。これだけ離れていれば、攻撃も当たらない。)


 今まで動き続けていたクレハが不意に立ち止まった。まるで隙だらけのその仁王立ちの姿は格好の的である。クレハは防御の姿勢を取るでもなくただ真正面を睨みつけていた。

 クレハの右横方向。暗闇に潜む狼のバケモノはクレハの突然の行動に少し戸惑っていた。しかし絶好の好機と捉えたのだろう。ジリジリと距離を詰めるとその身を躍らせてクレハに襲い掛かった。

 だが、クレハはそれを待ち望んでいた。突如右手を前へ突き出すと、大きな声で叫ぶ。


「創具召喚! 来い、【閻魔刀】ッ!!」


 クレハの導きに応じ、闇を照らす爆炎がクレハの右手に舞い上がった。その爆炎を手に持ったまま、クレハは体をひねり、回転斬りの動きで腕を振り抜いた。

 すると、振り抜いた腕、手の先。舞い上がる爆炎の中から一振りの大刀が姿を現した。刀と呼ぶには装飾もなく、武骨で巨大なそれはまるで削りだしたばかりの鈍らのようだ。しかしその刃からは煌々と燃える灼熱の炎が立ち上がっている。見た目からして明らかに重そうなその大刀を、クレハは体のひねりで振り抜いた。

 振り抜かれた大刀は炎の刀身を伸ばし周囲の木々を炎斬していった。回転と共に同心円状に延びる炎の刃はかなり広範囲の木々を燃やし切った。その刃をすんでのところで飛び越えた狼のバケモノは隠れる闇が周囲にない事を悟るのだった。クレハからその姿は丸見えとなっている。

 そして、その隙を逃すクレハではない。瞬時に距離を詰めて狼のバケモノの顔面を左手でつかむと、握り潰さんばかりの力を籠める。


「さぁて……よくもやってくれたなぁ? こいつはお返しだよ。」


 短くそう言い捨てると、クレハは振りかぶった右手で、狼のバケモノを殴り飛ばした。ゴキリと言う骨を砕く感触が右手に伝わる。鬼の拳を受けて骨が折れる程度で済むその身体の丈夫さは感嘆に値するが、障害物のなくなった森の中でこの狼のバケモノがクレハに勝てる確率は大幅に減ってしまった。

 決着の時は、近い。



** * * * * * * * *



「まったく、夢でも見ている気分だわ。」


 時は少し遡り、花畑の中。気疲れした様子のシャルロットは、クレハが走り去った方向を見てため息をついた。目の前で起きた非日常の連続に脳の処理が追い付かない。もう夢と割り切った方が楽になれそうだと思ってしまうのも無理はないだろう。

 しかし、クレハに向かって色々と言い切った手前、目の前の現実から目をそらすわけにはいかないとシャルロットは考えていた。これは現実で、今や自分は非日常の中にいる。その実感はクレハの存在を抜きにしても、シャルロットの心がひしひしと感じるものだった。


(何となく分かる。今現在、物語が進んでいる事……私も何か行動を起こさくちゃいけない事。何故かは分からないのだけど、そうしなくちゃいけないような気がする。)


 そこまでシャルロットが考えたその時。不意に森の方向から恐ろしいまでの爆音が響き渡った。遠くが月の光とは別の明かりで輝いている。あれは炎だろうか。


「い、一体何をしてるって言うのよ……?」


 立ち上がったシャルロットは、炎で明るくなっていると思われる方向を凝視する。木々が倒れる重低音が響き渡った。そしてその後に何か堅いものを打撃したような鈍い音も響く。


「本当、目茶苦茶だわ……『鬼』って生き物はみんなこうなのかしら?」

「いーえいえ、あれと一緒にされては困りますよ。」

「え?」


――続く


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