1話目
はじめましての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。『白銀物語』を書いています、梅村秋水と申します。
後書きにて詳しい挨拶などありますので、どうか、まずはご一読ください。それでは。
――「おばあさん、おばあさんの手はなんて大きいんでしょう!」
「それはねえ、おまえをしっかりだいてあげるためさ。」
「おばあさん、おばあさんの足はなんて大きいんでしょう!」
「それはねえ、はやく走るためさ。」
「おばあさん、おばあさんの耳はなんて大きいんでしょう!」
「それはねえ、よく聞くためさ。」
「おばあさん、おばあさんの目はなんて大きいんでしょう!」
「それはねえ、よく見るためさ。」
「おばあさん、おばあさんの歯はなんて大きいんでしょう!」
「おまえを食べるためさ。」
そう言うと、悪いオオカミは、とびかかってきて、赤ずきんを食べてしまったのです。
シャルル・ペロー『赤ずきん』より――
あるところに「赤ずきん」と呼ばれる、いつも赤いフードのついた服を着ている少女がいた。風になびく金の髪に真っ赤な瞳。その可憐な容姿も相まって、彼女は街でも有名な少女だった。それはもちろん、彼女の父親がかつて街を襲った狼のバケモノを退治した英雄でもあるからである。
「赤ずきん」こと、シャルロット・デュヴァラは町はずれの森の傍に両親と共に住んでいた。彼女の事を「シャルル」と呼ぶ幼馴染も近所に住んでいる。森の中には病気を患い療養する祖母もいた。それは変化のない退屈な日常。そんな過ぎゆく日常を、彼女はただただ愛していた。いつまでもこんな日が続くと信じていた。
――だがそれは、何の根拠もない幻想に過ぎなかったのだ。
*
始まりはなんて事のない日常のある日だった。シャルロットは一人街中を疾走していた。少し息を切らしながら走るシャルロットは険しい視線を街の隅々に向けている。有名な彼女が街を行けば、自然と声をかけられたり注目を集めたりとしていた。だが、現在彼女に声をかけたり視線を向けたりする者はいない。むしろ積極的に目をそらしている。
現在の彼女の視線は、控えめの言っても殺意に満ち溢れていた。誰かを探し求めるかのように視線をさまよわせている。
(信じられない……! どこ行ったのよアイツ! お使い頼んだって言うのに……!)
鷹のような鋭い目つきを向けるシャルロット。不幸にも視線があった人の中には、短く悲鳴を上げるものもいた。しかし、彼女はそんな些事には目もくれずに誰かを探す。すると、とうとう目当ての人物を見つけたのか、土煙を上げる勢いで急停止した。
シャルロットが厳しい視線を向ける先。そこにはすらりとしたシルエットの人物がいた。肩口の長さの髪はまるで闇夜のような色である。シャルロットの位置からは見えないが、整ったその笑顔の顔立ちは目の前の少女に向けられている。高い身長と相まってまるで物語の王子様のようだ。
「ああ、やっぱり君は可愛らしいよ。初めて会った僕だけど、君との出会いはまさに運命だね。どう? これからお茶にでも行かないかい?」
壁際に少女を追い込み、手をついて覆いかぶさるようにしている。所謂「壁ドン」と呼ばれるものだろう。されている少女も満更ではないようで、頬を赤らめながら「えー、でもぉ……」などと呟いていた。
しかし、そんな少女だが、自分に向かって詰め寄る殺意をむき出しにしたシャルロットに気が付いたようだ。「ヒッ!?」という短い悲鳴を残して去ってしまった。
「ああ! どうしたって言うんだい、子猫ちゃん! って、なんだこの寒気……は……」
逃げ去った少女を惜しむように声を上げたその人物だが、自分に向けられる殺意に背筋が凍ったようだ。恐る恐る背後へ振り返る。そこには、怒りをみなぎらせまるで仁王のごとき表情のシャルロットがいた。
「シャ、シャルル……!?」
「こんの……クソスケベオオカミ女がぁっ!! お使い頼んだって言うのに、なんでこんなところで油売っているのよ!? だいたいアンタ女でしょ!? なんで毎回女の子口説いてんのよ!?」
そう、シャルロットの怒号を一身に受け身を縮こませている彼女こそ、シャルロットの幼馴染のルディ・ヴォルフガングである。一見するとハンサムな青年にも見える彼女だが、立派な女性である。女性に人気の中性的な顔立ちは、今やまるで悪戯を見つかった子供のように青ざめていた。
「や、あの……もちろんお使いは済ませているさ! ただ、帰り道で可愛い子を見つけてね? やっぱり出会いは一期一会って言うじゃないか。だからここは声をかけねばなぁって思って……」
あたふたと言い訳を連ねるルディ。その姿はさながら浮気の見つかった彼氏のようだ。無論そんな言い訳を真に受けるシャルロットではない。底冷えするような視線と声でルディを追い詰めていく。
「ふぅん……じゃあ、そんなクソみたいな理由で長い時間待たされた挙句、アンタが声をかけた女の子に『さっきルディ君にナンパされちゃった♪』って言われた私のこの殺意はどこへ向かえばいいのかしら? ねぇ、答えてくれる? ルディ?」
「え!? いや、あの、その……えっと……怒った顔もまた素敵だよ、シャルル!」
「よっしゃ、死ね!」
ルディの返答を半ば待たず、握りしめた拳をルディの腹へと叩きこむシャルロット。その怒りの鉄拳は、女性にしては鍛えられているルディの腹筋を穿った。
「うぐぅっ!?」
くぐもった悲鳴と共に崩れ落ちるルディ。涙目でシャルロットを見上げ、おなかを抱えている。だが、シャルロットはそんなルディに頓着せずに言葉を続けるのだった。
「さ、行くわよ。ほら立って。」
「ぼ、僕の事女だって言うんだったら、もうちょっと手加減してくれないかな……?」
「知らないわよ。アンタのせいで夜ご飯が作れないんだから。お母さんだって心配して待ってるのよ? ほら立ちなさい。」
「イ、イエスマム……」
フラフラとした足取りで立ち上がるルディ。それを確認したシャルロットはスタスタと立ち去っていった。こわごわとその様子を眺めていた周囲の人々は、やれやれいつも通りかと日常に戻っていく。そう、これはもはや街の名物になっている夫婦漫才とも言うべき光景だったのだ。
「……ねぇ。」
シャルロットが不意にそう口を開いた。その言葉に後をついて歩いていたルディがビクッと身をすくめる。
「な、なんだい? まだ何か?」
「その……さっきのパンチ、痛かった……? 痕とか残ってないよね……?」
「……大丈夫だよ。そうやって大人しくしていれば、シャルルは可愛いんだから。」
「ばか……」
ポンポンと頭に手を置いてそう言うルディに、ポツリとそう呟くシャルロット。どうやらシャルロットも素直になれない性格のようだ。どうやら機嫌を直したらしいシャルロットはルディの手を取って歩き出す。
「ところで、今日のご飯は何かな、お姫様?」
「シチューよ。手伝ってくれないとご飯抜きね。」
「料理自体は手伝えないけど、それ以外なら喜んで手伝おうじゃないか。」
「ちょっとぐらい料理覚えたらどうなのよ?」
呆れたようにそう呟くシャルロット。その言葉にルディは真顔で言葉を返す。
「僕には料理を作ってくれる人がいるからね。シャルルの料理が食べられるのに、わざわざ僕が作らないよ。」
「アンタねぇ……そんなんじゃ嫁の貰い手無いわよ?」
「大丈夫、僕はシャルルをお嫁さんにもらうから。」
冗談のように聞こえたその言葉だが、当のルディの顔は大まじめである。シャルロットは顔を真っ赤にしながらルディを小突くのだった。
「ば、ばか……!」
「うぐぅっ!?」
――続く
さて、改めまして。
梅村秋水と申します。この作品『アザーズ ~四つの異本の物語~』は、拙作『白銀物語』の第三章を書いているときにふと思いついて書いてみた作品です。異世界転生でもない、チートでもないものを書きたかったんです。
実はこの作品、先にも上げました『白銀物語』の第四章と同時投稿をしようと画策した物でありました。が、つい昨日書き終わりまして辛抱たまらず投稿してしまった次第であります。まぁ、あまりに投稿していないと私と言う存在が忘れられてしまうかも……と言う懸念もありました。
これから投稿していく間に『白銀物語』の第四章を書いていきます。構想はあるんですよ。本当に。形にできていないだけで。この作品のイラストも、一つは仕上げたいものです。
では、最後に謝辞を。この話を、この後書きをここまで読んでくださった皆々様方、誠にありがとうございます。これから毎日投稿して参りますので、なにとぞ約一か月お付き合いくださいませ。
それでは。
あ、ちなみに。今回参考にしたのは『赤ずきん』シャルル・ペロー著です。面白かったです。




