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織姫に花束を

作者: OKK

色々な方に読んでもらい、少しでも暇つぶしになればと思います。

 これは、二人の悲しい恋の物語。


 やわらかく暖かな光と、夏のにおいを感じ、目を覚ます。まだ虚ろうつろな状態であることを自覚しながら、流れ作業のようにケータイの電源を入れる。

 ―まだ六時か。

 そう心の中なかでつぶやいた。

 少しずつ目が覚めてきて、昨日の就寝前にセットしておいたアラームを思い出し、七時にセットされているアラームを解除する。

 気だるげな気持ちと、まだ寝ていたいという欲をベッドに置き捨て、体をゆっくりと起こす。

 ―また一日が始まる。

 再び、心のなかでつぶやいた。自分に、むりやり気力をつかせるように。


 いつもより、少しだけ早く起床したため、登校時間まですこし余裕ができた。この時間で何をしようか、と考えた結果、母の昼飯を作り置きしておくことにした。

 うちには父がいない。いわゆるシングルマザーだ。祖父母はいるが、あまり仲が良くないため別居しているし兄弟はいない。

 母は、いつも帰りが遅く、この時間は爆睡していることだろう。帰りが遅いゆえに、昼食や夕食はコンビニや簡単なもので済ませることが多い。だが、今日は時間ができたので久々に、なにかつくっておいてやろうと思った。


 シンプルな炒飯に、煮物などのおかず。それらにラップをかけ、簡単に食べれそうな果物をテーブルの上に並べ終え、一息ついた。

 そろそろ支度をはじめないと。重い体を起こし、自室へともどる。

 制服を着終え、身だしなみを確認し、靴をはく。

 ―いってきます。

 と、心の中で声を発する。口に出しても、かえしてくれる人などいないからだ。こういう習慣がついたのがいつからなのかも、自分ではわからなくなっていた。


 学校へつき、いつものように席につき、いつものように授業をうける。

こんな退屈な日々は、いつまで続くのだろうか。いつまで、続けられるのだろうか。

そんなことを考えてばかりいる。

 昼休みの時間になり、購買へ向かう。そして、いつものパンを二つほど手に取り、屋上へ向かう。そして屋上の端のほうへ座り、外の風に当たりながらパンをほうばる。

 これも、日課になっていた。一緒に昼食を食べられる友人はいるが、食べようとは思わない。その程度の友達付き合いしかしていない。


 パンも食べ終え、午後の授業が始まる時間になる。自分でもわかっていたが、立ち上がる気力が湧いてこなかった。かっこ悪く言えば、授業をさぼりたかったからだ。

 結局、サボることにした僕は、プールで授業をうけている生徒たちを屋上から眺めていた。


 突然、屋上のドアが音をたてて開いた。

 教師か、と内心ビクビクしていたが、でてきた人物をみてホッとため息をつく。もちろん友人ではなかったが、制服をきていたため、この学校の生徒なのだろう。

 『おさぼりしてらっしゃるんですか?』

 「…えっ?」

 僕に声をかけてきたのは分かったが、サボっていることを聞かれたのと、なにより初対面だったせいで驚き、情けない声で聞き返してしまう。

 『おさぼりさんですか?』

 さっきと質問の仕方をすこしだけ変えてきた彼女は、首をかしげ、こちらを見つめている。

 「…そうだよ。あんたは?」

 最初の問に答えると、彼女はすこしだけ嬉しそうな笑みを浮かべ、言った。

 『そっか。あたしもサボり組だよ、一緒だね。』

 「あんた、真面目そうなのに。なんでサボってるんだ?」

 『あなただって不良には見えないよ。理由なんて、大体は¨面倒¨だと思うけど?』

 「…確かにな。」

 前後の言葉に対して、一つの言葉で返すと、彼女は体育の授業をしているプールのほうへと視線を向ける。

 『授業をサボるときもちいいね。優越感というかなんというか。風もきもちいい。』

 そう言った彼女の顔は、どこか儚げで、とても綺麗で。


 二人は少しの間、無言のまま風にあたっていると、彼女のほうから口を開いた。

 『プール、いいなあ。楽しそう。』

 「もうそんな季節だな。」

 『わたしも小さい頃は水泳を習ってたけど、もう最近はプールにも入ってないなぁ。』

 「あんたもプールの授業を受ければいいだろ?ここの学校の体育は選択科目なんだから。」

 『そうなんだけどねー。色々とこちらにも理由がありまして。』

 そう答える彼女の表情は、少し曇っていた。

 プールの授業が片付けを始めているのをみて、自分も腰を上げる。

 「そろそろ次の授業だから行くよ。」

 そう言うと、彼女も自身の鞄を手に持ち、笑顔で返事をくれる。

 『うん。お互い、頑張ろうね。』

 それが、俺と彼女の出会いだった。…あの笑顔に一瞬、見とれたのは内緒にしておく。


 それから、度々、俺は屋上で授業をサボり、同様に授業をサボる彼女と、他愛もない会話をするようなった。好きな食べ物の話から、趣味の話や好きなTVの話など。そして、彼女の病気のこと。

 彼女は、重い病気を患っている。特徴は、体のどこかに浮かぶ、ほんの小さな紋。昔に、この病気にかかった患者が国外にいたらしいが、細かい記録はどこの大きな病院にも残っていないらしい。ただ、一つ分かっていることは、彼女の寿命は、その病によって、あと半月しか残っていないということ。


 とある日、また彼女と屋上で他愛もない会話をしているときのこと。

 『この前、病気のことは言ったよね。覚えてる?』

 「もちろん。あんなこと教えられて、忘れるわけがない。」

 『それでね、その病気に私なりに名前をつけてみたんだ。』

 「なにをのんきな…。」

 彼女は、言いたくてたまらないような、かわいらしい顔をしてこっちを見つめる。

 「なんてつけたんだ?」

 『七夕病』

 「…たなばた?」

 思わず、聞き返してしまう。

 『そう、七夕病。』

 なぜだろうと頭で考えるより、聞いたほうが早いだろうと質問をする。

 「なんで、七夕病なんだ?」

 『わたしの寿命が終わりを迎えるっていわれてるの、七月七日なんだ。前の事例でいえば、だけどね。』

 「ああ、そういうことか…。」

 『うん。私も難しい名前はつけられないし、どうせならロマンチックな名前にしたいなって思ってね。』

 ロマンチック、なんて彼女の口から発せられるのが不思議でたまらなかった。

 『昔から、ロマンチックな物語が好きでね。シンデレラとかの童話が小さい頃からたまらなく好きで。』

 「…なるほどな。」

 「でも、七夕病なんて聞こえがロマンチックなだけだ。実際は童話みたく幸せなものじゃないだろう?」

 とても自分では理解できず、彼女に問う。

 『そうだね。でも、私のなかではもうけじめはついてるんだ。けじめというか、決心かな。』

 『私はもうこの病気と向かい合うことができた。だから、最後は精一杯、¨ロマンチックな物語¨にして終わらせたいんだ。』

 それが私の夢、と力強く言い放った彼女の表情はとても勇ましく、とても脆そうにみえた。


 彼女は言った。

 残り僅かな人生を、最高のものにしたい、と。

 俺は答えた。

 できる限りのことはするよ。君に尽くす、と。


 彼女とデートをする約束をした。それが今日、七月二日。

 五分前に待ち合わせ場所につくと、彼女はすでにそこにいた。

 『おそいよ。待ちくたびれちゃった。』

 「ごめんごめん。」

まだおどけない会話をし、僕らは目的地へと歩き出した。

 ついたのは大きなテーマパークだ。

 大きな湖を見に行き、ボートを漕いだ。彼女の初ジェットコースターデビューも済んだ。彼女と自分初のティーカップやお化け屋敷デビューも。そして、中にある少し小洒落たレストランで食事もした。

 お互い満腹になり、レストランをでると彼女は言った。

 『私、観覧者も乗ってみたいな』

 「いいよ。行ってみよう。」

 そして乗った観覧車は、辺りが暗くなっていたということもあり、七色のライトがあちらこちらで主張するように点滅し、幻想的な雰囲気を創り出していた。

 『綺麗だね。』

 「ああ、ものすごく。」


 しばらく二人して景色に浸っていると、彼女は優しい声で口を開いた。

 『そういえば、まだちゃんと聞いてなかったね。』

 何をだろう、と考える間もなく彼女が問いかけてくる。

 『あなたは私のこと、好き?』

 突然で、いつもの俺なら驚いて情けない声で、聞き返していただろう。だが、綺麗な夜景を観ながら、二人で観覧車にのっていれば、こういった雰囲気になることは自分自身、気づいていた。

 『…ああ。ずっと、一緒にいるよ。』

 問いに対して答えるまで、少し間ができた。

 決して、彼女の寿命が残り僅かな事に、可哀そうと哀れみの目を向けているわけではない。もちろん、同情から¨好き¨という結論に至ったわけでもない。

 自分は他人を好きになったことがなかったため、完全に自信をもてているわけではなかったからだ。

 しかし、彼女とずっと一緒にいたい。彼女が最期を迎えるその時まで、傍にいたい。そういった気持ちが自分のなかにあることは、絶対をもって言えることだった。

 その気持ちは、自分の言葉にきちんとのせられたとおもう。

 『そっか。わたしも好きだよ。』

 その言葉を聞いた自分の顔は、火照っていたことだろう。直後の、彼女の小悪魔的なニヤつきで、確信へとかわる。

 『私、最期まで一人でいるんだろうなぁって思ってたんだ。』

 彼女は綺麗な夜景をバックに、話し始める。

 『でも私には、あなたという存在ができて、想像してたものとは一変したよ。』

 彼女は嬉しそうな笑顔で言った。でも、彼女のその瞳の奥に、薄暗い闇が広がっていることに、俺は気づいていた。

 『灰色の人生がね、バラ色の人生に変わったような。今、とても幸せなんだ。』

 ¨死ぬ¨という事実は変わらないのに、こんなにも笑っていられる、こんなにも自分に笑顔をみせてくれる。そんな彼女の局面を考えていたら、いつの間にか、自分は泣いていた。

 『今が幸せでたまらない。たまらないから、辛いんだ。』

そういった彼女の顔は、前に一度見た、精一杯強がっている、脆く壊れそうな彼女そのものだった。

 『私も、泣いていいかな』

 その言葉を聞いた途端、俺は思わず彼女を抱きしめていた。


 お互い涙を流し終え、観覧車を降り、近くのベンチに座る。

 『次に会えるのは、七日だね。』

 彼女の表情は、さっきまでと比べ、ほんの少しスッキリした表情だった。おそらく、俺もそうだろう。

 『ああ。俺が独占しちゃってたからな。』

 「その言い方、なんからしくない。」

 と彼女は笑みをこぼす。

 彼女は六日まで、家族と過ごすそうだ。親孝行もしなきゃね、と彼女は冗談ぽく話していたのを覚えている。

 『あなたも親孝行しないとだよ。私を見習って』

 また冗談ぽく言う彼女に、俺は精一杯の作り笑顔でかえす。

 俺は、自分の家計などについては彼女には言っていない。¨普通¨ではないことは自覚してはいるが、自分自身慣れてしまっていること、なにより彼女に余計な事を話したくなかったからだ。

 「それじゃあ、暗くなってきたから帰ろう。」

 『うん、またね。』

 帰る際の足は、重りがついたように重かった。まるで、磁石のように。彼女と距離がはなれるたび、重くなっていった。


 七月七日。午後十二時半。


 彼女とは、近所にある小さな橋を渡った先の公園で待ち合わせていた。

 彼女はどこにいるのかと、公園内を探し、ようやく見つける。彼女は大きな花畑の近くの、大樹に寄り添うように座っていた。  

 「こんなところにいたんだね。」

 声をかけると、彼女は少しうとうとした様子を見せながら返事をする。

 『やっと会えた。ひさしぶりだね』

 おう、と返事をし、彼女の横に腰をおろす。

 会えたのはいいが、自分の頭の中は考え事が多く、パンクしそうなほどだった。

 容態は大丈夫なのか。痛みはないのか。心配事はないか。数えきれないほどの、彼女に対しての不安が募っていた。

 すると、彼女は察したように口を開いた。

 『不思議とね、痛みはないんだ。』

 その言葉を聞いて、ひとまず安心する。

 『でもね、なんか変な感じ。』

 続けるように、彼女は話す。

 『私はもう終わりなんだって。死ぬんだって。』

 そう言い放つ彼女の顔は、青白く、いつもの力強さを感じることができなかった。

 「無理はするなよ。してほしいことがあったら言ってくれ。できることでもいい。」

 『うん。ありがとうね。』


 沈黙が続いた。その間も、今までにないくらい頭を回していたと思う。しかし、自分の無力さを改めて思い知っただけだった。そんな弱い自分からでた精一杯の強がりの言葉を、言わずしていられなかった。

 「さて、今日はどうしようか。」

 彼女は、あまり力の入っていない声で答える。

 『もう、あんまり歩けそうにないや。お話を聞かせてよ』

 俺はこみあげてきた涙を必死にこらえる。今日は、彼女より先に泣かないときめたのだ。

 「わかった。じゃあ思い出の話をしよう。」

 そして俺は、彼女との今までの日々を思い返し、思い出として語る。

 初めて屋上で出会ったこと。その時の彼女の笑顔を今でも覚えていること。退屈だった日々に、いつの間にか光がさしてたこと。それは、彼女のおかげだったこと。彼女と会えるのを楽しみに、学校へ行っていたこと。彼女と一緒に、色々なところへ出掛け、色々なものを知れたこと。一緒に、観覧車に乗ったこと。好きと言えたこと。二人で、泣きじゃくったこと。

 『わたしも話したいな』

 そう言った彼女の、小さくかぼそい声に、必死に耳をかたむける。

 彼と出会ったこと。彼と他愛もない話を度々するようになったこと。だんだんと、惹かれていったこと。灰色の人生に光がさしたこと。それは彼のおかげだったこと。彼と会うのを、学校へ行く理由にしてたこと。一緒に観覧車にのったこと。告白したこと。二人で泣くじゃくったこと。

 彼女からきく想い出は、自分の想い出と移り変わりないけれど、同じ道をあゆみ、同じ時間を共有してきたということを、改めて強く実感できた。


 『私、きちんと向き合えてなかった』


 『まだやりたいことたくさんある』


 『あなたと、もっと色々なところへ行きたい』


 『もっと、色々な世界をみたい』


 『あなたともっと話したい』


 『死にたくない』


 『死にたくないよ』


 彼女は泣いていた。気づけば自分も、涙があふれてとまらなくなっていた。

 どっちが先に涙を流したか、なんてわからない。もう、こらえきれなかった。


 『…でもね、幸せだったよ』


 「もちろん。俺も幸せだよ。」


 『…あなたは、わたしの彦星さんだね』


 「こんな時でさえ、貫くのか」


 『あはは』


 『ありがとうね。』


 「おう」

 彼女は安心したような表情で、満面の笑みを浮かべる。今までで、一番かわいらしい、綺麗な彼女だった。

 彼女の体から力がぬけていく。腕を回し、必死に抱きとめる。


 彼女は強かった。病に立ち向かい、今を楽しもうと努力をしていた。半面、脆くはかなげな彼女を見たときは守ろうと思えた。近くでずっと彼女を見て、自分の弱さを知り、彼女の弱さを知れた。

 もっとできることがあった、なんて考えちゃ、彼女に失礼だ。

 彼女に言わなきゃいけないことがある。

 『俺こそ、ありがとう。』

 彼女のまぶたをゆっくりとおろす。

 『幸せな時間を、ありがとう。』


 服をまくり、自分の肩にある紋をみる。

  ―もうすこしだけ、がんばらなきゃな。

 そう心の中で呟き、彼女の額にキスをする。


 『もうすこししたら、会いにいくよ』




 これは、二人の幸せな恋の物語。


読んでいただき、有難うございました。

テーマは「七夕」。

しかし、彼らは一年に一度などではなく、たくさんの時間を、残された寿命の中で共有しました。

たとえ、結末を変えられなかったとしても彼らにとっては、とても幸せなものだったのでしょう。

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