9. お・で・か・け ♪
日差しが強くなる手前の過ごしやすい朝方、私はアボン村と近くの街をつなぐ唯一の街道を駆けていた。
初夏を思わせるさわやかな風が全身を撫でる。視界は良好。それもそのはず、私が今いるのは馬上である。
「疲れたか」
頭のすぐ上から聞こえるルイ先生の声。
村を出てから一言もしゃべらない私を心配してくれたのだろうが、シチュエーションに浸りすぎて思わず無口になったしまっただけだ。
「大丈夫です」
短く返す。
上下に激しく揺れているため、短いセンテンスしかしゃべれないのだ。
さて、皆さんは経験がおありだろうか。
学生カップルによる、自転車でニケツして放課後デート。
むろん、私はない。
ないが、そんな古臭いうれし恥ずかし少女漫画あるある、別段してみたいとも思わなかった。
私は今、ルイ先生と馬に乗っている。
前方は普段より高い視界、手綱と、それを握る先生の腕に囲われ、まるで絵本の中の騎士とお姫様。
あ、ちなみに横乗りではなく、がっちり馬にまたがっている。横乗りはさすがに不安定すぎて怖い。
ある意味チャンコでニケツよりもより恥ずかしいかもしれないが、この世界に自転車はないし、徒歩では移動だけで半日かかってしまうので仕方がない。うん、仕方ない。
馬は軽快に速歩で進んでいく。
先生一人だったら、駈足をさせていただろうから、私を気遣って速度を落としてくれている。
私は前かがみにならないように上半身の姿勢に気を付けつつ、下半身は馬の動きに逆らわず、寄り添うように余計な力を抜く。
昔、乗馬が趣味の同僚に進められて、乗馬クラブ通ってたこともあるので、これくらいなら余裕でついていける。
が、通っていたのは1年以上前だし、月謝が高くて続けられず3ヶ月経たたずに辞めたので、知ったかぶりはせずに大人しく一緒に乗せてもらった。
初心者が調子に乗ると危ないからね。うん、危ない。
「もう少しで街が見えるはずだ。だが疲れたら遠慮なく言え」
「…はい」
街まであとわずからしい。
残念だ。
▽▽▽
日が登りきる前に街についた。
描写はあまりうまくないので、一言で表現しよう。
マジ ファンタジー!
赤い屋根のかわいらしい煉瓦造りの建物が並び、大通りには露店が立ち並ぶ。人通りは多く、そこかしこで呼び込みやら値切り交渉の声が聞こえ、活気がある。
馬は街の入り口の預かり所で置いてきた。
下馬の際、先に降りたルイ先生が姫に手を差し伸べる騎士様よろしく手を貸してくれて、マックスだった私のテンションは今や限界突破だ。
「素敵な街ですね!」
「そうだな。辺境だが一通りの物は手に入る。質は低いが」
やはりここは都市部からは離れているらしい。
まぁ、私にとってここは、ゲームで言うところの「はじまりの場所」なのだからむしろピッタリだ。
迷いなく足を進める先生の一歩後ろをついていく。それほど歩かず1軒の店にたどり着いた。
年期の入ったドアをくぐると独特の臭いが鼻につく。ところどころ乾燥させた草がぶら下がり、左右の棚には何かの粉末だか、種だかを入れた瓶がみっちりと並べられている。薬屋だ。
先生は手早く数種類の薬草と瓶を手に取りあっという間に会計を済ませて店を出る。私も後に続いた。
「何を買ったんですか?」
「解熱や痛み止め、整腸、殺菌効果のある薬草に、代謝を上げる薬の原料だ」
回復と解毒が使えれば薬なんかいらないような気がするが、魔法も万能ではないらしく、時折先生が調剤をしている姿を見かける。
薬草は森でも採取できるらしいが、森にはモンスターがいる為、店で購入するのが基本らしい。
採取は新米の冒険者用の依頼としてギルドで常時募集されているのだろうか。
そのミッションぜひやってみたい。夢が膨らむ。
「あの、今度薬草について教えてくれませんか」
「構わないが…」
なぜ?と視線で問われる。
「もっとお手伝いがしたんです」
「お前は真面目だな」
「いえ、当然ですよ」
将来の医者の嫁としては。うふ。
「さて、それよりも。どこへ行きたい?」
本日のお出かけの目的。それは薬草の補充ではなく、私の買い物だったりする。
実は、スライム討伐の報奨金をもらったのだ。
村からの正式な討伐報酬ということでありがたく頂戴することにした。
報酬額は銀貨1枚
銀貨ですよ奥さん!
この世界の硬貨は以下5種類
鉄貨 100円
銅貨 1000円
銀貨 1万円
金貨 10万円
大金貨 100万円
日本円に換算すると大体こんな感じ。
ちなみに大金貨は大商人の大口取引にしか使われないようで、一般市場ではお目にかかれない。
スライム1匹の報酬が高い気もするが、子供たちの親からの謝礼も含まれているらしい。
私は全額ルイ先生へ献上したかったのだが、受け取ってもらえなかった。
いわく、家事や患者さんの相手で普段十分すぎるほど働いてもらっているとのこと。
逆におこずかいを渡されそうになったので、全力でお断りした。
仕方がないので今までどおり体で払うことにする。先生の為ならなんでもやる所存だ。下心はない。
「えっと、洋服と靴と…あと石鹸がほしいです」
最初に洋服屋で下着を数枚購入。
服は高かったので予算上断念し…たのだが、ルイ先生が知らぬまにクリーム色のワンピースを購入していた。
それ、一度手に取ったけど、値段見て元の場所に戻したやつですね。
先生は女の買い物に興味が無い、という風に今まで一切口を挟まなかったのに、こんな不意打ちかっこよすぎて
「困ります!」
「私が小娘一人養えない甲斐性無しだと、村の者に思わせたいのか?」
そう言われたら何も言い返せない。
恐縮しながらお礼を言って受け取った。
続いて靴屋、編み上げのショートブーツを購入。
最後に雑貨屋で花の香りのするちょっとお高い石鹸を2つ。1つはメアリーさんへ服のお礼にするのだ。
残金は残りわずか。
「先生、リーズナブルで美味しい食事処ってありますか」
実は個人的にはこれが本日のメインだったりする。
諸々のお礼に、食事くらいは私がごちそうをしようと思っていたのだ。
先生は大通りから脇道にそれた、穴場的な1件の宿屋に連れて行ってくれた。
そう、RPGと言ったら宿屋件酒場。三日月と星がモチーフのお休み処っぽい看板がかかっていて、私のテンションは第二限界突破を記録した。
顔に出ていたのだろう、ルイ先生は顔をそらしてフッと息を漏らした。笑われた。
先生の後に続いて扉を抜けた先で
━━━私は勇者に出会った。