5. 心理士 レベル1
柔らかな午後の日差しが差し込む窓辺。
木製の机の上にはアンティークな分厚い洋書、液体の入ったいくつかの小瓶、羽ペン、羊皮紙と、ファンタジーな小道具が並ぶ、診療所の一角。
「…大丈夫そうだな。動かした時に痛みはあるか?」
「ううん。もう痛くないよ。先生ありがとう」
ルイ先生は治療の真っ最中。
ざっくりと右肩でまとめた銀髪が日の光に反射してキラキラ輝いている。
今日も麗しすぎます。
先生の向かいに座っている5歳くらいの男の子の肩は、少し前まで痛々しく腫れあがっていたのだが、今は何事もなかったのように綺麗に治っていた。
いやー回復魔法って、何度見ても感動するな。魔法の代表格はやっぱりファイヤーボールとヒールだよね。
ああ、すいごく教えてほしい!
でも今は無一文のただの居候だし、ずうずうしいよね。ああ、日本人の変な遠慮癖が邪魔すぎる。でもでも、「少しでもお仕事の役に立ちたいんです」と健気なこと言えば、案外快くおしえてくれちゃったりしないかな。そんでもって、だんだん二人の距離も近づいちゃったりなんかして…
「ねぇ、リアちゃんそれでね。私がせっかく心配してあげてるのに、『女のくせに仕事のことに口出すな!』って取りつく島もないのよ。それにガーって怒ったかと思えば、次の瞬間には『俺は何をやってもダメな人間なんだ』って落ち込んじゃうの。もう私にどうしろっていうのよ。これってただ家族に甘えているだけよね?『子供の為にも頑張って』って励ましてもますます落ち込んじゃうし、ホント頭痛いったらあらりゃしない」
私はというと、ルイ先生といい感じに(妄想で)距離を縮めつつ、慢性片頭痛で受診待ちのメアリーさん(三十代後半、3児の母)の話し相手をしていた。
うむ、話を聞いていると旦那さん躁うつっぽいな。それに家族が引きずられてイライラしてる感じ。
こういう時は下手に原因の追及や解決策を講釈してはいけないと、何かの本に書いてあった。
まずは好きなだけ話させて、ストレスを解消させてやることが大切だ。話すだけでもずいぶん気持ちが軽くなることはある。
悩みに効く一番の薬は、励ましではなく共感なのだ。
「そうなんですか。それは大変ですね」
「そうなのよ!私だって毎日家事と子供の面倒でくたくたなんだから、自分ばっかり大変みたいな態度やめてほしいのよね」
「わかります」
「わかってくれる?あん!リアちゃんだけよ。私の話聞いてくれるの。それに比べて子供たちなんか…」
うんうん、そうだよね、わかるよと聞き役に徹すること約2時間。
メアリーさんは来た時よりすっきりした顔で
「リアちゃんも大変なのに、私なんかの愚痴を聞いてくれてありがとうね」
とお礼を言ってくれた。
「いえいえ、こちらこそ。素性もよくわからい私に親切にしていただいて、本当に感謝しています」
実は、今私が着ている服はメリア―さんのお古だ。
白地の簡素なロングワンピースに革のコルセットに(背中の編み上げがきゃわいい)深緑の前掛けを腰に巻いている。酒場のウェイトレスさんみたい。古着だがそれがかえっていい味を出している。
ちなみに、私の設定は
異国の裕福な貴族のお嬢様。お家騒動で暗殺されそうになり、海を渡って逃げてきたが、村の近くで悪漢に襲われ従者は皆殺し。自分は命からがら逃げ延びたが、ショックで記憶の混濁が激しい為、診療所でしばらく療養させることになった。
と、いうことになっている。
結構嘘くさいと思うのだが、村の人はこちらが恐縮してしまうくらい親切にしてくれるので、疑われてはいないようで一安心だ。
「それでは先生も空いたようなので、診察台の方へ…」
「う~ん。なんか話してたら痛みが引いたみたいなのよね。気分もいいし、今日は大丈夫よ」
そう言って立ち上がるメアリーさん。
「え、でもお薬きれてるんじゃ…」
「そうなんだけど、最近頭の痛いことが多くて、薬の使用量が多すぎるって先生にも怒られてたとこなの。だから今日はいいわ」
「そうですか。でも無理はしないでくださいね。つらくなったら我慢せずに来てください。いつでも待ってますから」
「リアちゃん!あなたいい子ね」
感極まったように抱き着かれた。3児の母の胸は柔らけえな。うぷ。
「私、今夜は冷静になって夫と話してみるわ」
「いいと思いますよ。旦那様も何かに悩んで、苦しんでいるのかもしれません。
イライラした態度を取られるとこちらもカッとなってしまいますが、そこをぐっとこらえて優しく話を聞いてあげください。きっとうまくいきますから」
「わかったわ。今日はありがとうね」
小さな子供にするようにおでこにチュッとキスをして、メアリーさんは帰っていった。
ちゅうにハグだよ、アメリカンだね~。それにしても、私、一体何歳だと思われるんだろう。
日本人は若く見られるらしいが、それにしても…
「リア」
「は、はい!」
思いのほか近くからいい声が聞こえ、驚いて振り返る。
「長いこと相手をさせてしまってすまない。だが助かった。あの人の診察は時間がかかるから手を焼いていたんだ」
そうでしょうね。メアリーさんに必要なのは、薬じゃなくてきっと診療内科だ。
「いえ、私は話を聞いていただけですから。それで役に立てるならうれしいです」
殊勝なことを言って、好感度アップを狙ってみる。
あ、でも嘘ってわけじゃないよ。
自慢じゃないが、自己啓発系とか心理学系のハウツー本は結構読んでたのだ。なんかこう、読んだだけで変われる感じ、するじゃん。書いてあること実践はしたことないから、本当に感じだけなんだけどさ(ダメ人間)薄っぺらい知識でも、こうして役に立って恩返しできるなら万々歳だ。
あーついでに好感度も上がったらいいな。好感度のステータスもあったりしないかな、早速オープン。
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【名前】リア
【レベル】6
気力:16
体力:10
魔力:10
攻撃力:1
防御力:1
俊敏性:1
【職種】心理士 レベル1
【スキル】カウンセリング1
【職種】家事手伝い レベル5
【スキル】掃除4 料理1
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職業が増えている。
心理士って、確か診療内科でカウンセリングとかする人のことだよね。確かに今それっぽいことしたけどさ。
職業を掛け持ちできる点は救いだけど、どうでもいいなこの職業
せっかく異世界に来たというのに、冒険に不必要なものばかり増えていく。
ああ、何度でも言うけど最初は魔導士、百歩譲って剣士がよかったよ!
うぅ。まあ、ルイ先生のジョブは多分魔法医だから、サポートとしてはいいのかな?イケメン魔法医とそれをそばで支える心優しい女医。うん、いい。いつしか、二人の距離は近づいていき…
「リア。…リア?やはり疲れたのか」
「あっ、いえ大丈夫です」
は、先生の前なのに、いかんいかん。
「そうか。今日は本当によくやった」
さらっと、私の頭をひとなでする大きな手。
うん、攻撃力は上がらなかったけど、好感度は上がったから、いいかな。