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《2》





「おい、玄」

 帰りのホームルームが終了するや否や、近くの席に座る友人にさっそく声を掛ける。

 気付いた彼はすぐに立ち上がった。


「何だ?」

「何だじゃねえよ、明日家に来る約束だったよな?」

 佑真の席まで近寄った彼がすっかり忘れているようなので、呆れながら念を押し確認する。


「忘れてないよ、1時頃行く。お父さんにもよろしく伝えておいてくれ」

 佑真が心配しなくても彼はちゃんと覚えていたらしい、再び約束を繰り返すと父への心配りも忘れなかった。


「お前って本当に中学生? 全然子供らしくねえよなぁ……」

「そうか? 普通だと思うけど」

 佑真と同じ13歳の彼は、今年公立の中高一貫校に入学し仲良くなったクラスメイトだ。

 今の佑真にとって親しい友人だが、すでに1年近く共に過ごしても今だ彼に首を傾げる時もある。

 特に今のような中学生らしからぬ礼儀も、彼は平然とした顔で言いのけてしまう。

 こんなストレートな彼がどうして自分のような捻くれた子供と親しくしていられるのか、佑真は今だ不思議で仕方がない。



「佑真、今日中に復習な」

「一々うるせえ、わかってるって」

 来週訪れるテスト期間に向けて唯一苦手とする数学を明日家で教えてもらう身としては、ちゃんと従わなければならない。

 彼との約束に刃向かいながらも了解すると、彼もおかしそうに笑った。


「じゃあな、また明日」

「おう」

「部活頑張れよ」

 佑真に一言応援を残しそのまま教室を去ってしまった彼は、これから待つ自分の部活にも忙しいらしい。

 残された佑真はなんとなく心寂しくなる感情を持て余し、すぐに振り払った。

 中学生らしからぬ彼はいつも穏やかで優しく、そして時に冷静な部分も垣間見せる。

 友人として佑真を親しみ心配し、けれど去る時はあっさりと引いてしまう。

 未練を残さない彼に置いて行かれる感覚を今日も最後に味わった佑真は、今日もすぐに消し去る。

 ただ単純に、彼よりよほど依存している自分が悔しいからだ。



 佑真はさっさと自分も部活に向かうためカバンを持つと、席から立ち上がった。

 教室のドアを出る直前、その脇に数人固まる生徒達とすれ違う。

 佑真に気付いた生徒達の反応はそれぞれだ。

 当然目も合わせない佑真に対しそれでも恥ずかしそうに俯く生徒もいれば、明らかに機嫌を損ねる生徒もいる。

 前者は今までまったく関わりがなかった女子で、後者は一度喋ったが佑真の態度が気に食わず今では敵意を向ける、やはり女子だ。


 佑真は女子に興味がない。

 人間関係に煩わしさを抱く佑真の興味関心は極端に偏りがあり、小さい頃から大好きなバスケと数学以外の勉強、そして1人きりの友人だ。

 それ以外に目を瞑ってしまう佑真は女子だけでなく、おそらく男子生徒にも好かれていない。

 けれど露骨な女子と違いあからさまに嫌われないのは、佑真の強い印象のせいだ。

 別に骨太で粗野というわけではない。顔は女性のように比喩されることも常だし、身体つきも華奢な方である。

 それでも佑真の強い目に見つめられれば敵わないのだから、男子生徒はよほどのことがない限り佑真に刃向かわないし近寄らない。


 唯一の例外が友人だった。

 穏やかな性格の彼は、一匹狼の佑真すらそのまま受け入れてしまった。

 人に構えることをしない、彼は最初から佑真を対等に見ている。

 怖いもの知らずで、すべてのものを平等に扱う。

 いつも穏やかで優しい彼が、おそらく誰よりも強いことを佑真は知っている。


 そんな彼だから、周りの子供はいつしか惹かれてしまう。

 佑真にあからさまな敵意を向ける女子生徒でさえ、彼が佑真の隣に立つだけで大人しく赤くなる。

 男子からは素直に憧憬の念を抱かれ、女子からは純粋な好意を寄せられる。


 彼自身はまったく気にしない。人の愛情に無頓着なのだ。

 周りから嫌われたことがないから、人に嫌われることを怖れる必要がない。

 1人に愛情を向けられなくても、その他大勢の愛情を向けられる。

 そんな強みのある彼に、当然見てくれだけの佑真が敵うはずもない。


 彼は好意を持って近づく相手には平等に対応するが、それ以上相手が踏み込む前にあっさりと自ら去る。

 別に彼に悪意があるわけではない、ただ素直すぎるのだ。

 一番親しい友人の佑真にさえ去り際はいつもそうなのだから、彼に本当の意味で近付けた者などおそらくまだ1人もいない。

 けれど一番厄介なのはそんな彼の素直さにまんまと惹かれ、勝手に手懐けられてしまった情けない自分に違いない。

 それでもなぜか彼に気に入られただけマシだと、最近の佑真は卑屈にさえなってみる。

 そんな自分が悔しくもあるが。









「明日、友達来るから」

 部活を終え帰宅すると、すでに仕事から戻り夕食準備を始めていた台所の父に伝える。

 すぐに背後の佑真に振り返った父も考え始めた。


「友達…………こないだ来た礼儀正しい子か」

「うん」

「お昼はどうする?」

「午後から来るって」

「何だ、せっかくだからうちで食べればいいのに」

 少し前、初めて息子が連れてきた友人を一目で気に入ってしまった父は、やや残念そうに再び包丁を動かし始めた。


「佑真。もう少しでご飯ができるから、遥希を呼んできてくれ」

「………………」

「佑真」

 背後にいる佑真が答えないので、父はわざわざ再び振り返った。

 父と目を合わせる前に逃げることにすると、さっさと廊下を歩き始める。


 着替えをする為そのまま2階へ向かう。

 階段を上っている途中、視界の端に白い足が見えた。

 佑真が立ち止まらず一気に駆け上がると、白い足が小さく震えた。

 何も知らない佑真は脇を通り抜け、自分の部屋に入った。











「早かったじゃん」

 茶の間にいる父にしっかり挨拶を済ませた友人を連れ、再び階段を上がっていく。

 佑真に続き部屋に入った彼は、すぐに不思議そうな表情を浮かべた。


「……佑真の部屋が小さくなったみたいだ」

 元々12畳あった佑真の部屋が突然狭くなったと素直に呟く。

 以前彼が訪れた際にはなかったアコーディオンカーテンにもすぐに気付いた。

 めずらしく興味深そうに、さっそく近づき始める。

 彼がさり気なくそれに触れると、突然小さな足音が響いた。



「……カーテンの隣に誰かいたのか?」

 少しばかり驚いた彼が、すでにアコーディオンカーテンの向こう側から響かなくなった足音を小声で気にし始めた。


「知らねえ」

 素っ気なく答えた佑真はテーブル前に座ると、さっそく数学の教科書を開く。

 ようやくアコーディオンカーテンから離れた彼も、向かいに腰を降ろした。



「そういえば、庭に大きなバスケットゴールがあった」

「部屋じゃ飽きたから」

「佑真、昨日はちゃんと復習したか?」

「…………結局、気にしねえの?」

「何?」

「何でもねえ…………ここ教えて」

 隣を一度気にしたはずの彼は結局佑真が答えないと、それ以上深入りもしない。

 気にされたいはずもないのに彼の自分への関心が薄いようにも感じ取り、釈然としないままテスト勉強を始める。

 週末の土曜日、時々休憩と無駄口を挟みながら、彼は夕方過ぎまで佑真の部屋で過ごした。




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