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《14》


「寒いなぁ……もうすっかり夜じゃん」

「うるせえ、勝手に付いてきたんだろ」

 佑真が放課後いつも立ち寄る図書館で遅すぎる受験勉強を始めると、なぜか今日は仲間も一緒に付いてきた。

 親にとって1人息子の仲間は佑真と同じ地元の大学を仕方なく目指すが、やはり焦る気持ちは同じらしい。

 佑真と違いいつも早く帰宅しているせいで、図書館を出てすっかり暗くなった冬の帰り道を隣で歩きながら身震いしている。


「お前はまっすぐ帰ればよかったじゃん」

「……なんか、最近あいつらといても楽しくないんだよね。佑真が一番気楽でいいわ」

 他の仲間と一緒に帰ることを今日ばかりは逃げ出したらしい。

 受験が間近に迫り周りは揃って難関大学を目指すお蔭で、表面上にもピリピリと苛立ち始めた。

 勝手に自分と図書館で勉強し始めた隣の仲間に迷惑そうな表情を向けつつ、結局佑真も気持ちは一緒だ。

 最近は学校でもこの仲間とばかり過ごしている。



「ふーん……この時間初めて乗った。こんなに空いてんだ」

 部活に入っていなかった仲間はいつも佑真が帰宅する電車に初めて共に乗り込むと、新鮮な様子で車両内を眺めた。

 確かに下校時間はとっくに過ぎ他の高校生の姿はすでに少なく、空いた席もちらほらと見られる。

 相変わらず佑真がドア手前を確保すると、仲間も特に文句なく隣に並んだ。


「あ、今日も可愛い子発見」

「呑気だよなぁ……お前ほんとに受験生?」

「別にいいじゃん、目の潤いくらい。彼女もいないしさぁ……」

 車両内のわずかな女子高生に振り返りさっそく小声でチェックする仲間に呆れると、1人身の侘しさを愚痴り始めた。


「大学入ったら作れば?」

「本当、佑真は女子にドライだよね……あ、でもあいつは意外だったかも」

「……あいつ?」

「あいつだよ、あいつ。学年1位」

 隣の仲間がなぜか不意に友人の彼を思い出したので、すぐさま訝しげな視線を向ける。


「なんで突然あいつ?」

「あれ、知らねえの?……まあ佑真は知らねえか、いつも一緒に帰らねえもんな。あいつ、俺らと同じ電車なんだよ」

「……電車? あいつはバスだろ」

 仲間から初めて教えられた彼の情報を信じることなく、すぐに否定する。


「絶対電車だって。いつも帰りは同じ時間だし……まあ、あいつは俺らに全然気付いてねえけど」

「………」

「……ほら、あの子だよ。あの制服。あんな真面目な奴がさ、こないだあの制服着た子に必死で声掛けてんだよ。ビビったね……俺ら遠くからマジマジ観察しちゃったもん」

 隣の仲間が視線で教えてくれた先を振り返ると、車両の真ん中程に1人の女子高生が背を向け佇んでいた。

 女子高生の制服は確かに佑真にも見覚えがあった。



「なあ……あいつが話し掛けたのって、どんな子だった?」

 佑真は無意識に震えた声で、隣の仲間におそるおそる尋ねた。


「……どんな子だっけ。結局俺らからは背中しか見えなかったし……確か細くてけっこう小さかった気がするけど」

「髪は? 長かった? 短い?」

 佑真は震えた声をすぐに無くし、再び念を入れ確認する。


「けっこう長かったよ。背中くらいの茶髪」

 佑真は最後にとうとう安堵の息を吐き出した。


 仲間の目撃証言によると彼が声を掛けた女子高生は華奢で小柄、そして茶髪のロングヘアー。

 制服以外、どれもあいつには当てはまらない。


 当たり前だ。

 あいつはもうとっくに電車を降りた。

 偶然自分を一度見かけただけでさっさと逃げ出したあいつは、翌日にはまたバスに乗り始めた。

 今さらあいつが再び電車に乗るはずがない。


 じゃあなぜ彼は電車に乗っている。

 それまで乗っていたバスに戻らず、電車に乗り続ける。

 あいつはとっくにいなくなったのに、どうして彼は今も変わらず電車から降りない。


 さっき安堵の息を吐いたばかりの佑真は、久しぶりに嫌な予感を覚えた。

 再びさっきの仲間の言葉を急いで振り返り始める。


 彼はなぜ女子高生に声を掛けた。

 わざわざ電車の中で何を尋ねた。

 彼はあいつが乗っていた電車で、あいつと同じ制服の女子高生に、一体何を必死に聞く必要があった。


 じっと窓だけを見つめる佑真は彼のことを考えるあまり、いつも目を瞑る無人駅がすでに目の前にあっても気付かなかった。

 再び電車が動き出し次のアナウンスが耳に響くと、ようやく勢いよく我に返る。


「おい佑真! どうしたんだよ!」

「……悪い、俺降りる」

 いつのまにか隣で必死に呼びかける仲間に一言だけ呟く。


「は……? 佑真次の駅だったの? お前の家もっと先じゃなかった?」

 呆気にとられる仲間の問いかけに答えない佑真は、たった今目の前で開いたばかりのドアからすぐさま飛び出した。


 


「佑真……」

 玄関から兄に呼ばれた彼がわずかに驚いた表情を浮かべ、佑真の前に佇んだ。

 今だ息切らし玄関ドアの前に佇んだ佑真は、昨日会ったばかりの彼と再び向い合った。


「どうした、佑真」

 彼は突然家を訪れた佑真に対し、すぐ冷静に用件を尋ねた。


 本当にわからないのか。

 彼はまだ本当に気付かないつもりなのか。

 昨日久しぶりに自分と再会し普通に会話したように、今もまた平然と繰り返すつもりなのか。


「ふざけんな……お前、俺を馬鹿にしてんのか」

「…………」

「最後まで俺を騙すつもりか。最後まで俺に黙るつもりか。俺には何も聞かず、あいつのダチから居場所聞き出しやがって。また俺には内緒であいつを見つけるつもりだったんだろ!」

「…………」

「結局何も言わねえのか? もう言い訳もできねえのか? 今まで散々俺にバレないよう必死でコソコソあいつを探してたくせに、お前はもう誤魔化すことすらしねえのかよ!」


 佑真がすべての怒りを爆発させると、それまで黙って佑真を見つめていた彼が頷いた。

 佑真の怒りに頷き1つで答えた。

 彼は言葉にもせず、あっさりと佑真に肯定した。


 彼は認めてしまった。

 佑真に黙ってあいつを探したことを。

 今までずっと佑真に黙って、何度もあいつを探したことを。

 これからも佑真に黙って、ずっとあいつを探し続けることを。


「玄、お前は無理だ。お前だけは無理だ。お前には絶対あいつなんて無理だ。もうわかってんだろ? 俺が離れないからだ。俺が離れてやらねえからだ。俺を怖がるあいつは絶対お前にも近づかねえ。俺が怖がらせるあいつは、絶対お前にだけは近付いちゃいけねえんだ」


 まだ佑真を見つめた彼は、また頷いてしまった。

 彼はそれでもいいと、また肯定してしまった。

 彼はそれでもあいつの傍に行きたいと、とうとう片思いも否定してしまった。


「俺は見てやらねえよ。お前の気持ちなんて絶対見てやらねえ。お前があいつを見つけても、俺だけは絶対あいつを見てやらねえ」

 最後にはっきり言葉を残した佑真は最後に彼が頷く前に、目の前から立ち去った。


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