犯人はチョコレート。
〈取調室にて〉
「早く白状しろよ」
『だから、ボクは何も……』
「お前がやったんだろ」
『何でボクのせいになるんですか』
「俺の娘をよくも」
三十代後半の刑事さんは右手の拳を握りしめて、デスクを殴りつけた。
『娘さんが悪いんじゃないですか』
「うるさい、言い訳するんじゃねぇ。お前が犯人だって分かってるんだ」
怒鳴る刑事さん。
怒っている相手は、チョコレート。もっと詳しく言えば、板チョコ。
何でチョコレートが話しているのか、そこは暗黙の了解。
「おい、チョコレートのせいで娘がどんなに苦しい思いをしたか分かるか?」
『そんなの知りませんよ。だって、娘さんが食べたチョコレートはボクとは違うやつですよね』
「でも、お前の仲間なんだろ?」
『それはそうですけど……』
「だったら、早く罪を認めろ」
『認めたら、ボクはどうなります?』
「ゴミ箱行きだ」
『それは辛いです』
デスクの上に置かれているチョコレートはおびえています。
どうして、チョコレートがおびえているのが分かるのか、そこは暗黙の了解。
「お前のせいで娘が虫歯になったじゃないか。しかも、二本だ」
『自業自得ですよ』
「何だと?」
『ちゃんと歯を磨かないのが悪いんじゃないですか』
「娘のせいにするのか。もう許さない」
刑事さんはカバンから、ドライヤーを取り出した。
「こうなったら、温かい風でお前を溶かしてやる」
『い、いやああああ。やめてください。お願いします』
「何だ、溶かされるのは嫌なのか」
『当たり前じゃないですか!』
「でも、女子が手作りチョコレートを作るときにお前らチョコレートは溶かされるぞ」
『それはいいんです。溶かされても、また違う形のチョコにしてくれるので。要するにイメチェンです』
「イメチェンだと」
『はい。ちょっとしたオシャレですよ』
チョコレートは顔を輝かせて言う。
「だったら、溶かしてもいいだろ」
『ダメです。刑事さんはボクを溶かしたら、どうします?』
「ぞうきんで拭き取る」
『だから、嫌なんです。食べ物を粗末にしないでください』
刑事さんはドライヤーをカバンの中にしまった。
『やっと分かってくれましたか』
「ああ、ドライヤーだと時間がかかるから、やっぱり電子レンジで溶かす」
『全然分かってないじゃないですか!』
チョコレートは嘆く。
「お前は分かってない。娘が初めての歯医者でどれほど泣いたかということを」
『良い経験じゃないですか』
「何だと」
刑事さんは、デスクの上に置かれた板チョコを半分に割る。
『な、何するんですか!』
「食べてやるよ。お前なんか」
『嬉しいですね』
「嬉しいだと?」
『はい。美味しく食べていただけるのが本望です』
「口の中に入れたら、吐き出す予定だが」
『そういうことをされるのが一番辛いです』
「辛いか」
『当たり前じゃないですか。よくナスくんやゴーヤくんも嘆いてますよ。子供に吐き出されるのは辛いって』
「じゃあ、お前にも同じことをしてやるよ」
『いやあああ』
刑事さんはチョコレートを食べようとします。
『分かりました。ボクが悪かったです。すいませんでした』
刑事さんの動作が止まります。
「ようやく認めるのか」
『はい。ただ、一つだけ言っときますよ。娘さんが食べたチョコはボクではない違うチョコです。たとえボクと同じ系統のチョコでも、ボクとは何の関係もありません』
「知っている。娘が食べたのは棒状のチョコだ。お前は板チョコだし」
『何でボクなんですか。棒状のチョコに言えばいいじゃないですか』
「スーパーで最初に目についたのがお前だったんだ」
『無茶苦茶ですね』
「何か言ったか」
『いえ、何でもありません』
チョコレートはついに諦める。
そのときだった。
ぐうぅぅぅ……。
お腹の鳴る音がした。
チョコレートがニヤリ。
『あれ、刑事さん。お腹が空いているんですか』
「う、うるさい。黙れ」
『いいんですよ、無理しなくて。ボクを食べてくださいよ』
「誰がお前なんか……」
ぐうぅぅぅ……。
また、刑事さんのお腹が鳴る。
『言葉とは裏腹に、お腹は正直ですからねぇ。だから、ボクを食べてください』
チョコレートが甘い誘惑を始める。
「お、お前なんか食べるもんか」
『いつまで我慢できますかね』
「何だと」
『肉汁がたっぷり入ったステーキ。こんがりと焼けたハンバーグ。そして、脂がのってる大トロ』
「美味しい料理を言って、俺のお腹を空かせるつもりか」
『その通りですよ。だから、想像してください。ラーメン、天丼、エビフライ……』
「やめろ。頼むからやめてくれ」
なぜか刑事さんとチョコレートの立場が逆転しました。
『そうですか』
「ああ、俺が悪かった」
『じゃあ、食べてください。それがボクの幸せですから』
刑事さんの心が折れました。
恐る恐る、チョコレートを口に運びます。
『娘さんにも、チョコを食べさせてくださいね』
「分かったよ」
そして、刑事さんはチョコレートを一口、かじりました。
「やっぱり、うまい。誰もが思わず食べてしまう、このうまさ!」
◆
〈茶の間にて〉
『やっぱこれだね~ ノッテのチョコ』
わたしは夕食に手を付けるのをやめて、テレビを見ている姉に聞いた。
「何なのこれ?」
「CMでしょ」
「長いわ!」