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音楽は世界を救う!  作者: 御神楽 緋
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第八話 脱走

 俺は田中良樹という。自分で言うのもなんだが、人よりいろんな分野に秀でていると思う。そんな俺には、少しばかり気になる女子がいる。“気になる”と言っても恋愛感情の“気になる”ではない。あえて言うなら、そう、“気がかり”なのだ。そしてその気がかりな女子というのは香椎紀乃という名前らしい。どこが気がかりなのかというと、自分でも上手く説明できない。

 初めて香椎さんを見たのは高校一年生のころ、幼馴染の浅野祐司に連れられ、吹奏楽のコンクールに行った時のことだ。(当時の祐司の彼女が吹奏楽部員で、その彼女の友達が俺を連れてきてと言ったらしい。)

 そのときのは、吹奏楽と言ってもアンサンブルコンクールというのだったらしくて、出てきたのは八人の男女だった。それぞれ、サックスとかフルートとか分からないが、違う楽器を持っている。その中に香椎さんがトランペットを持って立っていた。


 演奏が始まった。初めは、祐司の彼女のサックスが目立っていた。が、トランペットが出てきたとたん、何故か空気が変わった気がした。冷たい?いや、涼しく心地よい風が通り抜けるような、森の中にいるのだと錯覚した。森の中に実際立ったことなどないから、適切な表現ではないかもしれないが。そんな音が他の楽器を優しく包み、導いている。

 だが、聞きほれていられる時間は、そう長くなく、その清らかな風の様な演奏はすぐに終わってしまった。


 結局その時はそれで終わった。ただ、トランペットの音がしばらくの間耳に残っていて、風が頬を撫でる様な感覚は度々思い出された。


 そして、二年生になったばかりの頃、昼休みに昼寝でもしようと初めて屋上に行った。そこに、彼女がいた。久々に聞いた彼女の音は、空気に溶け込んでいて、とにかく目立たなかった。すぐそこにいるのにあまりにも自然で、まるで透明人間みたいだ。


 それから昼休み、放課後もほとんど彼女は屋上でトランペットをひたすら吹いていた。練習、ではなく吹いていた、演奏していたのだ。

 そこらへんから、俺は彼女の姿を探すようになった。傍から見ると好きな子を探す高校生男子だが、実際は、香椎さんを探せ!とゲーム感覚である。このゲームはなかなかに難易度の高いものであった。空気が薄いというよりは彼女は自ら人目を避けるのだ。親しい人は何人かいるが、お互い気のままに思いついたときに会いに行くようで、普段見る女子たちのようにいつも一緒というわけではなくて、不思議な光景だった。

 高校二年生になって、クラス分けの表に、彼女の名前を見つけた。なんと祐司の同じクラスである。というか、同学年だと気づいたのはこのときである。(一年生がいきなりコンクールに出ていると思っていなかったのだ)

 しばらくして祐司に彼女のことを聞いてみたら、そんな奴いたっけ。と言われてしまった。記憶力の良い祐司がクラスメイトの名前を覚えていないとは・・・とその時は驚いた。



 そして、俺は今、香椎紀乃を探している。

 別にゲームをしているわけではない。なぜこんなことになったのかというと・・・先程、俺は勇者として異世界に召喚された。どうやら夢ではなく現実らしい。俺はびっくりしたが、とりあえず従うほかなかろうと、召喚をした彼らにゆだねていた。本当は勝手に召喚されるなどたまったものではない。と憤慨しているが、最初は冷静でなかった。だがおかしいと思ったのは、香椎さんが別に連れていかれた時だ。おかしいと思ったが、クルルサーガとかいうおっさんにグイグイ押されて声をかけられなかった。

 お城っぽい建物に入って、仕方がないので、クルルサーガにトイレに行きたいといってみた。

「ああ、はい。・・・おい、案内してやれ。」

 一瞬いやそうな顔をしたが、騎士に行ってくれた。たしかにいきなりトイレに行きたいと言うのは失礼だったかもしれないな。だがこの方法しか思いつかなかったのだ。刑事ドラマの見過ぎだと言ってくれて構わない。だが一応弁明しておくと、刑事ドラマが好きなのは俺じゃなくて姉だ。

 トイレにつくと、騎士は扉の前で止まり、

「ここです。扉の前にいますので。」

 と言って扉まで開けてくれた。この若い好青年が後で俺を逃がしたと怒られるかもしれないと少し心が痛いです。

 そしてあった。通気口的な穴が。小さいが、ギリギリ通れそうだ。って突っ込まなかったがトイレはどう見ても日本にある水洗トイレだ。異世界だよな?ここ・・・。


 通気口から通ってそこらへんにあった穴から、人がいないのを確認して出ると、広くて豪華な部屋だった。どうやら誰か高貴な人とかの部屋かもしれない。家具はすべて高そうだが、重厚な机と天井まで届きそうな本棚があり、書類が机に積まれていた。執務室とか書斎とかそんな感じだ。部屋の周りは静かだが、一つの分厚い扉に耳を当てると、話し声が聞こえた。

「姫様、大丈夫かしら。あんな正体も知れない女・・・。」

「大丈夫よ。ユリス様もいらっしゃるし、コネルは強いし。異世界人でもどんと来いよ。」


 異世界人?祐司たちか?それとも・・・俺はもう一つの扉のほうに耳を当てた。何も聞こえない。よし、俺はゆっくりと扉を押し開けた。扉を開けたとたん、トランペットの音が耳に届いた。そこにいたのは、先程、召喚の塔であったお姫様と銀髪の男とメイドさん、そして、トランペットを吹く香椎さんであった。



扉に耳を当てても音が聞こえなかったのは、結界があったからですので。

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