第四話 危機は去った?
この部屋には扉は一つしかない。その扉の前に騎士が立っているのだからこの騎士を倒して逃げるなど絶望的だろう。死にたいとは思わないがこれでは殺されるしかないようだ。
私は勇者では無かった。だが、せめて死ぬ前に平凡ではない体験ができて良かったと思う。
だが、元の世界に残してきた家族のことが思い出される。最近ちょっとツンデレぎみな妹の彩弓、表情がくるくると良く変わる弟の知理、いつも厳しいけど飽きっぽいところがあるお母さん、いつもニコニコしているのに怒るときは怖いお父さん。
私がこの短い人生を振り返り始めた時だ。扉がノックされ、先程のメイドさんが入ってきた。私が首をかしげていると、騎士が一歩進み出て話しかける。
「コネルさん、いきなりどうされたのだ?」
騎士がそう問うと、
「騎士副団長のアルディナンド様、わたくしは姫様のお達しにより参りました。この者には気になる事がありますので、一時姫様が身柄を確保するそうです。お引渡し、いただけますね?」
コネルさんは迫力あるニッコリ笑顔で騎士に言い放った。おもわず、いつの間にか、さんをつけて呼んでしまう逆らえない迫力である。
その迫力に負けず、騎士はコネルさんをじっと見つめた後軽く肩をすくめた。
「やれやれ、姫様にも困ったものだ。後でクルルサーガ様にどやされる未来が見えるよまったく。今度娘の誕生パーティーに来てやってくれないと割に合わないよ。」
「姫様にお伝えしておきます。」
コネルさんはすました顔で答える。実は仲がいいのか?
コネルさんは私の方へ歩いてくるとついてくるように言った。どうやら命の危機は去ったらしい。良かった・・・。
騎士の前を通ろうとしたとき、騎士が突然跪いた。驚いておろおろしていると
「申し遅れました、私は騎士副団長を務めております、アルディナンド・デラティルでございます。先程から無礼な物言いをしました。申し訳ありませんでした。」
どうやら、本当にいい人のようだ。わざわざ言葉使いを私なんかに謝るとは。
そう考えているとコネルさんが横で耳打ちしてくれたので、言われた通りに、
「許します。」
とだけ答えておいた。
騎士では名を名乗ってから許しを請うことで、逃げも隠れもせずに報いを受けます。という最大限の謝罪なのだそうだ。・・・なぜそこまで謝られるんだ。
螺旋階段をさらに降りてゆくと、突然コネルさんが止まって私の方を向いた。
「キノ様、申し訳ございませんが、この服に着替えてくださいませ。」
そう言ってコネルさんが差し出したのは、コネルさんと同じメイド服であった。黒いワンピースに白いエプロン、勿論ロングスカートであるが。メイド服が着れるのは嬉しいけども、つまりこれって変装だよね。ていうか階段の途中だし。
私が着替え終えるとコネルさんにさらに髪を結われた。瞬く間に見事に美しく髪がアップにされ、いつも髪をおろしていたから、うなじがスースーする。メイドが髪をおろすのは、仕事内容から禁止されているらしい。
螺旋階段を降りきった先には、これまた大きい扉が構えていた。仰々しい扉の前には、アルディナンドさんと違い、胴体を覆う皮鎧を身に着、簡素な長い槍を持った兵士が立っている。
「では、おとなしくついてきて下さいね?」
「・・・は、はい・・。」
相変わらずコネルさんの迫力はすごいです。
私はコネルさんの後を、出来るだけメイドらしく、優雅を心がけて歩き出した。