第一話 始まり
ごく普通の女子高生である香椎紀乃は、目の前の不思議な光景に心をときめかせていた。思わず紀乃は持っていた鞄と楽器を強く抱きかかえる。これが、飽き飽きしていた平凡を、平穏をぶち破るのだと。
いつも教室の隅でひっそりと本を読んでいるような少女が(だからと言って友達がいないわけではない。読んでいた本はおもにライトノベルである)このときばかりは歓喜に打ち震えていた。
──── 吹奏楽部所属の私は、いつものように屋上で個人練習を行っていた。中学生の頃からの相棒であるトランペットをかまえる。屋上で演奏をすると音が空に吸い込まれるようで、なんだか神様なんかに聞いてもらえる気がする。我ながらかなりメルヘンである。どうぞひかないでください。
集中するために大きく息を吸い込むと、周りの音が感じられる。運動部の掛け声、階下から聞こえる他の楽器たちの音、教室に残っておしゃべりに花を咲かせえる女子たちの声、じゃれあう男子たちの声。
さて、この全員に聞いてもらえるだろうか・・・・神様に、聞いてもらえるだろうか・・・。
演奏するのは今度のコンクールの課題曲「勇者のマズルカ」である。
明るく、元気よく・・・。
五分間の演奏が終わると、私は長く息を吐き出した。そして部分練習を再開するのである。
そこから運動部の撤収作業が始まったのは一時間ほどしてからだ。うちの学校では練習の後の個人練は一時間までと決められている。さっさと私も帰ろうとして明日提出の課題に使う資料集を教室に置き忘れたのに気づいたのはほとんど必然としか言えない。と私は思っている。
教室にはクラスメイトの浅野祐司とその取り巻きである井上美穂、加藤修輔、桐嶋碧、そして浅野の幼馴染である(これは割と有名な話であるから知ってているだけである)この学校で一番女子に騒がれ、男子には憧れられる男、超絶美形な爽やか系男子、田中良樹その人である。平凡なのは名前だけだ。
きっとこいつらはテストがあと二週間に迫っているのにこんなところでだべっていたのだろう。まあどうでもいいけど。
私が教室に入ると、彼らはこちらを一瞬向くがすぐにおしゃべりに戻った。と思っていた。だから、この時も見られていたなんて思っていなかった。
そのとき、突然教室の床が光りだした。なんだこの怪奇現象は。床にはびっしりと蔦のような文様が敷き詰められ、教室の中心のほうに集まっている。幾何学模様が幾重にも重なり輝いている。薄い青色を帯びた光はちょっと綺麗だと思った。
他の五人も驚きの声を上げ、みな一様に突っ立ったまま動けないでいた。
だが私はこの目の前の不思議な光景に目を奪われていた。そして心臓の鼓動が速くなり思わず鞄と楽器を強く抱きしめる。そして気づいたのだ。私がこんなにも刺激を、心をときめかせる体験を渇望していたのだということを。
頑張って投稿しますのでよろしくお願いします(^^)