♯破談姫 アデン
「私と婚約したいのであれば、あなたの国に存在する全ての奴隷。
……いえ、獣族の解放を約束してください。」
そう言い残して見合いにきた他国の王子を突っ返した。
「今回はかなり積極的な方でしたね」
「大方、獣族と人間の間に生まれた混血の姫が珍しかったんでしょ」
私の名はアデン・リーガルト。
ここ、ルマリシアの第一王女であり、獣族と人間の混血と獣の耳を持つ。
そして私の隣で気怠そうな顔をして歩いているのが側近のマーシェ。
同じ混血だが、人間の方の血が強く、私みたいに獣の耳もないし、実際に獣に変身することもできないが、
夜目の利く《獣目》を持っている。
私は獣族である母上の血が強かったのでだいたいのものは私にはある。
そして私は今回も破談したということを母上と父上に伝えなければならない。
「マーシェ、母上と父上は?」
「クディン様は南方にあるブルべ三国への視察に、アランレスト様は今お食事をなさっている頃かと」
「ならこのまま真っ直ぐ行って、母上に伝えればいいな。ついでに食事も取ろう」
久しぶりに母上との食事をした。
とはいっても私は大食いなので母上の三倍の量をすぐ食べ終わってしまったので、ほんの少しの時間だけだったが……
「縁談の方はどうだった?」
縁談、とは言ってもただの私の奴隷解放提案会でしかないけど。
「丁重にお断りさせていただきました。
というか最近の男は何なのですか。頭が固すぎて話になりません」
「……大丈夫よアデン。あなたにもいつかきっとクディンのような心優しい男性が必ず現れるわ」
それが私の死に際じゃなきゃいいけど。
「会えなきゃ意味がないんですよ。会えなきゃ、………話は変わりますけど、母上」
母上が真剣な顔でこちらを見る。
「最近は北の方の獣族達の扱いが卑劣なものらしく、見るに堪えない状況だと調査隊から報告が入っています」
獣族というのは古来より人々の生活を支え、創り上げた神聖なる種族として昔は崇められていたが、近年は獣族の持つ人間が持たない特殊な力に貴族や奴隷商人が目を付け、あらゆる国の獣族達を片っ端から連れてきて《奴隷》として売買している。
中でもここ、ルマリシアから見て北方にある国々での獣族の扱いの酷さは耳にタコができるくらい聞いている。
だが、ルマリシアは王族であり次期国王とされていた父上が当時、奴隷として働いていた母上と恋に落ち、側室として迎えいれるために、2人で奴隷達に平等にあるべき自由を教え、国には同じ生き物として対等に接することを訴え、同じ場所で生きることが人間と獣族のお互いの理解に繋がるのではないか。
と十年も訴え続けた結果、民の心は揺れ、前国王は感服し、
国の全てが人間と獣族の平等を永遠に誓った。
その上で、獣族と人間の平和、及び平等の象徴とされたのが二人の間に生まれた混血である私。
それまで、獣族と人間の間に生まれた子と親は牢獄に入れられ、まともに食事すら与えてもらえない状態だったが、母上と父上により、すぐに解放され一族が生まれ育った場所に帰らせた。
その内の一人がマーシェである。
「奴隷の解放はとっても難しいことよ。
この国の場合は心の優しい民がたくさんいたからこそ、たった十年で私達の想いが届いてくれたけど……」
現時点で奴隷解放を行い、同じ生き物として生活している国はルマリシアと、二人の言葉を聞き、心打たれた隣国トマリと以前から友好条約を結んでいた南方の国ガスワットだけ。
十年で三つの国を変えた母上と父上はやっぱり偉大だ。
しかし、獣族はある一定の所まで成長すると老けない上に寿命が人間よりも長いため、
母上は父上と、私と過ごす一日一日をすごく大切にしている。
「姫様!」
物凄い勢いで、窓から獣族調査隊の隊長であるセセと副隊長のキルが入ってきた。
二人とも体は傷だらけで息も上がっている。
「何があった?」
マーシェがいつもよりも低い声で二人に言った。
「……申し上げます。
北方の…っ、クージャントのヤツらに私とキル以外の隊員が捕まってしまいました!」
「申し訳ありません!」
二人は顔を歪ませながら必死にそう言って頭を下げた。
北方のクージャントと言えば魔法を使うことのできる魔法連合国の中で最も力のある大国だ。
なので連合国で生まれた獣族や人間は当然魔法を使うことができる。
もちろん奴隷商人も、
調査隊はもしもの事を考えて、特殊な訓練を受け、優れた獣族のみで形成されている。
だから人間にそう簡単に見つかることはない。
例えそれが魔法使いだとしても、
「状況を詳しく聞きたい。
マーシェ、二人を医務室まで運びたいから手伝って。母上、私はこれで失礼します」
マーシェがセセを、私がキルを医務室まで運び、城に仕える専属の医師に手当をさせ、ベッドにねかせてから話を聞いた。
セセは傷が酷かったらしく、辛そうな顔をして静かに眠っている。
「キル、横になったままでいい。話してもらえるか?」
「――はい」
「私達は今回の遠征調査で北方のチェナス、ボイルデーダンガルシの二つの国の調査を終え、最終目的地であるクージャントに潜入しました」
「チェナスとボイルデーダンガルシは魔法連合国として名を轟かせている国として有名だが、二つの国は突破できて、なぜクージャントで捕まった?」
キルは一度下唇を噛んでから再び話し始めた。
「魔法を取り扱う国では国全体を守る魔法結界が張られています。
それは大変強いモノなので、入国するには真正面から入国門を通って行かなければなりません。
その門は普通、獣族は通れないのですが、我々は同族でも見分けがつかない程、高度に人間に化けてから初めて通ることができます。
なのでクージャントでもいつも通り人間に化けて、中に入り、三組に分かれて街を歩きながら同族の様子を見ていたんです。
もちろん捕まるという危険性も考えて連絡をとりながら……
ある程度一回りした所で途中から声が聞こえなくなって」
そこでキルは泣き始めてしまった。
「ありがとう、キル」
「っう、ずみま……ぜん」
コンコン。
部屋の扉が開いた状態で、ルマリシア騎士団第一次部隊、隊長のユセルがノックをして部屋の中に入ってきた。
「ユセル、場所を変えよう」
私の執務室に場所を変えてユセルの話を聞く。
「遠征お疲れ、遠征の報告ならいらないぞ」
「いえ、獣族調査隊のことでちょっと……」
ユセルには調査隊にラーラという恋人がいる。
気になるのも当然だろうし情報が入るのが早すぎる。
絶対盗み聞きしてたなコイツは。
「捕まった調査隊の安否は分かっているんですか?」
「分からない。
そもそもクージャントのどこの誰に捕まってどこにいるのかすら分からない。
帰ってきたセセやキルは傷だらけだったが、それは恐らく逃げてきたからで、捕まった奴らは怪我はしてない……のかもしれない」
「できることなら何でもやります。
ルマリシア騎士団第一次部隊、隊長の権力を使って」
堂々と権力行使宣言をするユセルの言葉を無視して棚からルマリシア騎士団第一次部隊の資料をとりだした。
第一次部隊は国の中で最も強い者達が獣族、人間、関係なく揃っている。
戦場では恐らく最前線に出て戦う立場にあるだろう。
さすがにそんな立場のヤツらが国から総出はキツい。
「ユセル、お前らみたいな場数踏んでる人間が行くとすぐ警戒されて危ないから、できれば騎士団候補生の方を借りたいな」
「……それは逆に危険なのでは?」
確かに遠征も教官に引率されながら指で数えられる程度しか経験していない。
しかも相手が魔法連合国のうちの一国なので正式に入国するためにはかなり手続きに時間がかかる。
「ま、候補生にもいい経験になるだろう。
と私は思うから、明日はマーシェとそっちに行く。だから話を通しといてくれ」
「……分かりました」
不貞腐れた顔をして、帰ろうとしたユセルに一声かけた。
「ラーラの安否は分かればすぐにお前に伝える」
それから調査隊のことは城内にいる全ての者に伝えられ、そのことは決して他言してはならないということになった。
○●○●
騎士訓練学校は入学試験を合格した訓練生と騎士団入団テストに合格した候補生の二つに分かれている。
今回ユセルには騎士団入団テストに合格し、かろうじて遠征経験がある候補生達を募らせた。
「にしても相変わらず凄い生徒量だな」
校内に入るとついさっきまで廊下で歩きながら話をしていた訓練生たちが道を開けた。
「そのまま真っ直ぐ進めば座学室です、そこに全員集めました」
座学室に入ると候補生達が一斉に立ち上がり、一礼をした。
「全員座って」
「アデン様」
「いいから」
少し戸惑いながらに候補生全員が椅子に腰かけた。
「あなた達、候補生の中から希望者だけを募って、私と共に北方の魔法大国、クージャントへの遠征を行います」
教室の中が一気にざわつく。
それもそうだ、候補生達は遠征に行けても安全な隣国のトマリまで、
クージャントなんて手続きの関係もあって第一部隊でも滅多に行けない場所だ。
でも、その反面、魔法という未知の力が怖いという者達も多いだろう。
獣族なら自分達の仲間の悲しい姿を見たくないと思うのも当然だ。
「――希望する者はその場に立て」
そのユセルの言葉に立ち上がったのは――
「はいっ!」
長身の獣族の青年だった。