全力でぶち壊す事にした
よく乙女ゲームに転生しちゃったお話とかあるじゃないですか。私苑宮波音にもそんな馬鹿みたいな状況があります。
前世の記憶はよく思い出せないけど、この私のいる世界についての記憶がばっちりと。しかもゲームでやったって記憶が。ただし妹が。
そしてもちろん私には役割があったのも――いわゆるライバルキャラってやつでね。
さて、そのライバルである私と主人公が取合うのは鳥海夏樹という所謂お金持ちの息子で、私にとっては親の決めた許嫁になる訳です。でも、彼には色々と不幸が積み重なって許嫁すら信じられなくて自暴自棄になっていた所を主人公によって救われるという王道かつ悲劇的な定めだった。
で、だ。思い出したのが五歳の時だったけど、色々考えて私が出した結論が、とりあえず鳥海夏樹の不幸をなるべく少なくしてあげよう、だったりする。
だって考えてみてよ、許嫁はともかく小さい頃の幼馴染が辛い目にあって苦しむのをわかってて傍観とか出来る? 出来る訳ないじゃん――ここで私も彼も生きてるんだからさ。
だから、なるべく彼の不幸な出来事を片端から潰してった。それでもどうしても避けられなかったものはあるんだけどね、お母様の死とか。でも、それはちゃんと受け止めて乗り越えられたと思う。
つまり高校生となった今、多少の哀しい過去はあるものの鳥海夏樹は酷くぐれたりすることもなくまっとうなまるで王子様のような立派な青年となった訳です。
うん、今目の前で主人公の可愛い女の子とキャッキャウフフしちゃってるけどね。そこだけ抜き出すと残念な男の子だけど、まあ幸せならいいでしょう。
その為に私は何年もかけて準備をしてきたんだ。大事な大事な幼馴染がどうか幸せでありますようにってね。
さてと、それじゃあそろそろこのゲームを現実にする為に、全力でぶち壊す事にしましょうか。
「ちょっと、よろしいかしら」
「波音。何の用だ」
「まあ、私が来るなりあからさまに顔を顰めるのですね」
私の登場にムッとした顔の夏樹にちょっと笑っちゃう。その後ろで他の所謂攻略キャラに囲まれて目をぱちくりさせている主人公こと澤尻桃香の可愛らしい事ったら。
多分、だけど。この桃香という少女には私と同じように前世の知識がある。記憶とは言わない、私のも記憶とは言い切れないような気がするから。
でも、この子はとてもいい子。なるべくイベントを起こさないように気をつけているのも知ってるから。というか誰もいない廊下で失敗しちゃったどうしよう発生しちゃったよって半泣きだったところを見ちゃったんだよ。あれは確か生徒会長ルートのイベントだったと思う、時期的に。
まあ、ともかく。私が懸念していたような、自分の為ならゲームと思うキャラの気持ちを一切考えずに欲望だけで過去を引っ掻き回すようなあばずれではなかったのだ。
だから、大丈夫だと思った。だから最後の計画を実行できたんだ。
「まあいいでしょう。この会話を最後に私と夏樹さんの関係はただの幼馴染になりますから」
「……は?」
「私、両親と夏樹さんの御父様に許嫁を解消して頂きましたの」
にっこりと殊更意識して微笑んでやれば、呆然とした夏樹の顔が見える。
うん、まさか私がそんな暴挙に出るとは思わなかったって顔だよね。でもその方が都合良いでしょう?
「なん、で」
「羨ましくなりましたの。私だって、恋しい人と一緒になりたいなって」
本当はただのいい訳なんだけど、こう言ったら何故か溜息を吐きつつも許可してくれたんだよねー。
「桃香さん、とお呼びしても?」
「え? あ、はいっ!!」
「初めまして、苑宮波音と申します。近頃は元許嫁の鳥海夏樹さんと仲が良いようで、私羨ましくなりましたの」
「あ、あの、何がでしょう」
ビクビクと怯えたような桃香さんと何を言われてるのかわからないって顔の夏樹にわかるよう、私は殊更優しい声音を意識して言葉を続ける。
「私ね、近頃あなたと一緒にいて楽しそうにしている夏樹さんの顔を見ていて、恋する事って素敵なんだなぁって思いましたの。そう思ったら、私も恋をしたくなりまして」
「え」
「元々家同士が決めた許嫁、私達は所詮幼馴染でしかないんですの。嫌いではないですし一緒になってもいいかなと思っていましたが、なんだか恋をして幸せそうな夏樹さんが羨ましくて。だったらもういっそ許嫁なんてやめてお互いに恋しい人と一緒になった方がいいですわよね、と。そう言ったらすんなり許可が下りましたの。なので、誤解のないようにと」
「ご、誤解?」
「ええ、もしも桃香さんが夏樹さんを好きになった時、許嫁がいるからと思ってしまってはいい事がないでしょう? なのでこの場をお借りして皆様にも宣言しておきますね。私、苑宮波音と鳥海夏樹さんは昨日付でただの幼馴染となりました。それを引き合いに恋の駆け引きから夏樹さんを落とそうとしても無駄ですわよ」
ふふ、目をそらした数人、そのつもりだったでしょう。そうはさせないですよ。
私の望みは夏樹が幸せになる事、なんだから。その為に桃香さんの人柄を確かめてこの手を打ったんだからね。
「という訳で、夏樹さんも心置きなく恋愛を楽しんでくださいませ」
「待ってくれ、波音!!」
「そのように慌てなくても、私は一生貴方の幼馴染である事には変わりありませんわ。これきり縁が切れる訳ではないのです。ただ、私にも恋をする権利をくださいというだけで――貴方だけ恋を知って幸せだなんて、フェアじゃないでしょう?」
そう言ったら完全に固まった夏樹にしょうがないなと苦笑する。
本当はこれ、言わないつもりだったんだけどさぁ。なんだか呆然とした夏樹がかわいそうだし。
ありえないとは思うけど、まあ選択肢としては示しといてもいいか。
「ちなみに私、まだ恋はしていませんの。だからもしも、そんな事絶対にありえないだろうなとは思いますしただの独占欲だったら許しませんけれど、もしも私を望んで下さるのなら、私を惚れさせてくださいね」
にっこりと笑ってそのまま踵を返す。よし、これで五歳から企てていたフラグの回収終わった!!
さあ、こっから先は間違いなくゲームにはなかった未来になる。その先に何があるのかはわからないけど、とりあえず。
「この世界、とことん楽しんで生き抜いてやろうではありませんか」
だって、私はここでこうして生きてる一人の人間なんだから。
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