表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

チョコの味

作者: 乾 碧

「結城。傘」

雪が降ってきた。昨日の夜の天気予報でも、朝の天気予報でも、降ると言っていた。だから、私は鞄の中に折りたたみ傘を入れていた。

自分で使うためではない。

もちろん。

「え、貸してくれるの? 」

結城に貸すため。

「ん。風邪引く」

こんなにも寒い。その上濡れてしまったら、より風邪を引きやすくなってしまう。雪も強くなってきた。

「佐々木はどうするのさ? 佐々木も風邪引くよ? 」

「私はどうでもいい」

結城の左手を取って、無理矢理握らせる。

「佐々木……………………」

風邪を引かれたら困る。結城が勉強を頑張ると決めたあの日、クリスマスイブのあの日から、私は結城の勉強を見てきた。先生の代わりに教えたりもした。

「私と同じ大学、受けるんでしょ? 」

「うん。頑張るよー。あたしは」

「なら、風邪引いたら駄目。勉強出来なくなる」

何故だか知らないが、結城は私と同じ大学を受けると言う。それは、かなりの無茶でだった。だけど、結城が頑張ると言うから、そうなったら私自身も嬉しいから、頑張って教える。風邪を引いて、貴重な勉強時間がなくなってしまうのは厳しい。今のままの結城では足りないから。

「でも」

逆接の言葉がくる。何に対してだろう。

「でも? 」

「佐々木も風邪引くよ? そうしたらあたしも困るなぁ。だからさ、こうしようよっ! 」

「ちょっ………………っ!? 結城……っっ!!? 」

腕を引っ張られ、結城の方にもたれてしまう形になってしまう。

「相合傘しよ? 」

「……………………」

結城からの突然の提案。一つしかない傘を二人で使うとなると、これが手っ取り早い。手っ取り早いのは分かっているんだけれど。

「むぅ………………」

「いいでしょ? 佐々木? 」

「……………………分かった」

「ありがとっ」

結城の、私の腕を持つ力が緩められる。逃げようと思えば逃げられる。でも、そんなことはしない。温かいし、離れたくない。

「歩きにくい」

学校まではあと少し。だけど、時間がかかりそうだ。

「んー? 慣れたら大丈夫だよ。慣れたら」

「慣れるまでに着いちゃう」

「それはそれでいいんじゃない? 」

「……………………もぅ」

諦める。相手が結城でなかったら断っていたが、結城だからいい。結城だから許せる。


「寒い寒い寒い!! 」

教室に入った結城は、すぐに窓際に設置されているヒーターの方に暖を取りにいってしまう。

「はぁ………………」

いつもの結城。結城らしい結城がそこにいる。

コートを脱いで、自分の席にかける。左肩の部分が、雪によって濡れている。大きめの傘を持ってきたらよかったのだろうが、折りたたみ傘しか持ってきてなかったから、仕方ない。この寒さでもコートを着ていなかった結城。結城の制服の右肩のあたりが、自分のコートのように濡れている。あれじゃ、風邪を引いてしまうかもしれない。風邪を引かないようにするために渡したのに。

教室には私達しかいない。二人だけでしかいない。受験シーズン。三年生は自主登校になっている。それなのに学校に足を運ぶのは、補習があるから、国公立大学を受ける人は、学校に来る。それが普通。結城のために学校にくる。

クリスマスイブの補習の時同様、今の時間は八時。開始まで一時間ある。こんなに早くくるのは、私達しかいない。

「………………っしょ……」

鞄の中からノートと問題集を取り出す。数学。今日の補習は数学からだ。鞄は濡れてない。

「にししし」

「どうしたの? 」

「今日なんの日か知ってる? 」

問題を解こうとすると、目の前の席に座っている結城がこっちを向いて、にまーっと笑っている。何かをやろうとしている時の笑みだ。

「今日は煮干しの日」

「二月十四日だもんねぇ。……………………って、そうじゃなくてっ!! 」

とぼけてみたら、ノリツッコミが返ってきた。面白い。

「バレンタインデーでしょ? 今日は」

「そうだけど、私には関係ない」

「なんで? 」

きょとん、と不思議そうな顔をする結城。理由が分かっていないようだ。

「だって、好きな男の子いないし、渡す相手いない」

「それだったらあたしにもいないよ? 」

「じゃ、どうして、そんなに盛り上がってるの? 」

「あたしはねぇ、佐々木のためにチョコを作ってきたのだーっ」

「私のために? 」

「そそ。友チョコだよ? 友チョコ。別に男の子にあげないといけないわけじゃない。友達にあげてもいいんだよ」

「…………………………。だから、私に? 」

「友達でしょ? あたし達」

当たり前だ。友達。この関係を辞めるわけがない。友達より一歩先の関係を望む。

「………………親友」

「え? 何? 」

「……………………親友っ! 私と結城は」

私は珍しく声を大きく出した。結城のせいだ。いつもなら、こんなに大きな声は出さない。

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。佐々木は」

「ほ、本当のことだもん…………っ」

結城だから、親友でいたいと思える。ずっと、これからも。同じ大学。それはそのための布石でしかない。

「ほれほれー、あたしの手作りチョコだよぉ? 」

綺麗に包まれた袋から一粒チョコを取り出した結城は、それを、私の目の前まで持ってくる。

「甘い匂い」

「頑張って作ったんだよ? 佐々木のために」

「ありがと。結城」

「いえいえ。どういたしまして。あたしは何でもするからね。佐々木のためなら」

「ほんとに……? 」

「あたしが嘘つくと思う? 」

「思わない」

即答する。結城に嘘をつかれた記憶がないから。

「ほら、佐々木。口開けて」

「ん……………………」

目を閉じる。なんとなく。結城の行動を待つ。

「入れるよ? はい」

……美味しい……。

口に入れてもらったその瞬間。少しずつ、チョコが溶けてくる。チョコの甘さが口の中いっぱいに広がる。

「美味しいでしょ? 」

そう言いながら、結城も食べている。結城の口の中も、今の私と一緒のことが起きているだろう。

「うん」

「本当は、もっと沢山作ろうと思ったんだけどねぇ。あたし、苦手だからさぁ」

「十分だよ。私は作れないから。すごいと思う。結城は」

「照れるなぁ……」

苦手なのに作ってくれた。

「ありがと。結城」

自分のために頑張ってくれた。それだけのことが嬉しかった。

お返し。お返しをしないと。何で返すのか。それは、もう、決まっている。一つしかない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こういう話を読むとほっこりしますね^^ 返せるといいですね><いや、時間的にもう結果はでたのかな?どちらでも後悔のない結果だといいのですが。
[一言] え、すいません。何を返すのですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ