7品目
「「ただいまー」」
お父さんとヒロの声が玄関から響く。
少しすると、ビニール袋を左手に持ったお父さんと、ダンボール箱を担いだヒロが調理場へ入ってきた。
「おかえり。良いのあった?」
ちょうど小イワシの処理を終えたあたしは、手を洗いながら聞く。
「キュウリとインゲンの良いのがあったのと、何と小ナスが手に入ったんだよ!」
お父さんが嬉々として、本日の戦利品を並べる。
新鮮なキュウリが手に入れば、酢の物も美味しくなるし、小ナスがあれば、天麩羅の見栄えが一段上になる。素晴らしい!
……おっと、嬉しさで忘れる所だった。
「お父さん、領収書頂戴」
あたしはお父さんに向かって手を出す。
「……はい」
今、あからさまにビクッとしたよね? さてさて、今回は何をやらかしたのかな〜。
受け取った領収書を見ると、キュウリ、インゲン、小ナス以外にもつらつらと野菜の名前が並んでいる。野菜の名前が終わった一番下に、あたしはそれを見つけた。
「……高原のミルクココア?」
「いやぁ、ちょーっと喉が渇いちゃって」
苦笑いするお父さん。また自分だけ買い食いして……って、あれ? 数が2つになってる。
「ね、買った数が2つ買ってるけど、あたしの分……なわけないよね?」
「あー、いや。まあ」
お父さんの受け答えは何だか歯切れが悪い。これは何かあると思い、追求をしようとした時だった。
「それ、1つは俺だ」
ヒロが言った。
お父さんが百面相しながら『バカ、黙っとけば良いのに』と無言でヒロに伝えようとして、まったく伝わらなかったみたいだ。
「……ヒロの分だったらいいわ。今回だけは大目にみてあげる。次、自分だけ買ったら……お父さんのオヤツ、1ヶ月間無しにするからね」
あたしは凄みを効かせ、お父さんに宣言する。
あたしとお父さんの親子共通の好みとして、甘いお菓子やデザートが大好きな点がある。
件のココアも、200mlで200円と高価だが、良い牛乳を使っているだけあって下手な生菓子よりも美味しい。
ただ、そのココアは直売所でしか手に入らないこともあって、買ったら二人で半分づつ飲んでいたのだが、それをお父さんだけで1本。
あたしの声は意識せずとも低くなる……食い物の恨みは恐ろしいのだ。
まあ、今回はヒロに飲ませるという状況も加味して、大目にみた……だって、ヒロだけに買ってあげても、遠慮して飲まなかっただろうし。
「な……お父さんはダメでも、ヒロ君だったら良いのか……」
「当たり前でしょ! 無理言って今日の仕事を手伝ってもらうんだから、それくらいの役得はあって当然よ」
「うぅ〜。ヒロ君だけ特別扱いだ。お父さんへの労働差別だ」
「……ココアの代金は、お父さんの来月のお小遣いから引いておくから」
続けた追い打ちに、お父さんは恨めしそうにあたしを見る。
ただでさえ、甘えん坊お父さんなんだから、これくらい締めてて丁度良い。
頬っぺたを膨らませたって、ダメなんだから!
そう思っていると、野菜を調理場に運んできたヒロが、あたしを肘でつついて、
「俺のがあと半分あるから、飲んだらいい」
と、小声で言ってきた。
すごく気を使ってくれてるのは解るけど、あたしはそこまで食い意地は張って無い。
それに……あたしが気にし過ぎなのかもしれないけれど、お父さん以外の男の人が口を付けたのを飲むのもね。
か、間接キスになっちゃって恥ずかしいし。
「大丈夫、あたしが飲みたいわけじゃないから、全部飲んじゃって」
「そうか」
締まった口調を一転させ、普通の口調に戻してあたしが言うと、ヒロは短い返事を残して、野菜運びに戻っていった。
ヒロによって調理場に運び込まれた野菜たちを前に、親方が下拵えの指示を飛ばす。
「ヒロ君は天麩羅用のエビと野菜の下拵えを、小夜子は酢の物の下拵えを。俺はひとまず、豆腐とタイの下拵えにかかる」
「「はい!」」
親方から出された指示に返事をすると、見事にヒロと重なってしまった。
あたしの担当になった酢の物。
今日のはイワシをメインに据え、キュウリとワカメを添えたオーソドックスなやつだ。
まず、キュウリのヘタを取って縦半分に割ると、半月型の頂上部を褄切り用のピーラーを使って山形の飾りを入れる。続いて、薄くスライスしてボウルに入れていき、軽く水で洗って塩で揉む。水で洗うと栄養が流れ出てしまうのだが、キュウリの青臭さを取るためには、どうしても避けて通れない処理で、あたしとしてはちょっと残念な気分になりながらの作業だ。
キュウリの水気を切っている間に、乾燥ワカメを水で戻すのだけど、ワカメは一度ザッと水洗いし、戻す水に柚子果汁をほんの僅かに混ぜて塩臭さを和らげておく事を忘れてはいけない。
キュウリとワカメにひと手間かける事で、うちは家庭料理で出せない上品さを出すのだけれど、知ってしまえば実は大したことはないのはナイショだ。
ワカメの戻し時間を利用して今度は、イワシの酢〆にかかる。
下処理として、青魚特有の臭みを和らげるため、ザルに身を上にして並べて先に塩を振っておくのだが……均一に塩を振れるようになるまで、どれだけ親方に怒られた事か。
あの時は親方が鬼のように恐く感じたっけ。
でも、技術を習得できたのは親方のお陰なんだから、悪く言ったら罰が当たってしまう。
それで、残った時間でヒロの様子を見てやろうと、目を向けたんだけど……。
ヒロは既にエビの下拵えを終えたようで、野菜の処理に取り掛かっていた。
買ってきた小ナスのヘタが整えられ、見た目と火の通りを良くするために切れ目を入れられた小ナスがバットに並んでいる。予備になる21個目の小ナスの処理が、あたしの目の前で終わった。
続いて、オクラの産毛取り、カボチャのスライス、インゲンの筋取りと進み、流れるような手際で下拵えが終わる。
ヒロは相変わらず、肝心な作業の時――小ナスへの包丁を入れる時やカボチャを切る時――は手元を見せてくれない。けど、出来上がった物を見ればどれだけの腕前があるのか解かる。
小ナスは大きさの違いに合わせた切り込みの数、硬いカボチャも、筋と頭を取って半分にしたインゲンも、綺麗に大きさを揃えてある。
歳は1コしか違わないのに――ヒロの年齢は数え年だから、満年齢では17歳だと出口先生は教えてくれた。今だとあたしの1コ上、高校3年生だ――、彼の腕前は何年か修行した料理人とそう変わらなかった。
作業には無駄が無く、包丁に躊躇いが無い。悔しいけどあたしは、そんなヒロの動きに見入ってしまっていた。
「小夜子、イワシを放ったらかしてたら食えなくなるぞ」
もはや見とれていたと言ってもいいあたしに、ヒロがボソりと小声で言う。
「わ、解ってるわよ」
頭では解っていても、この飾らない言い方にはカチンと来てしまう。
いいのよ。塩が効き過ぎたらヒロの昼食になるだけなんだから!
あたしはプイっと目を離し、作業の続きに取り掛かった。
イワシの塩を酢水で洗い流し、布巾で水気を拭き取って皮も剥ぐ。
ボウルにキュウリとワカメを入れて和え、絞ってた後でラップをして冷蔵庫へ。続いて先程のイワシをバットに並べ、甘めの合わせ酢に漬け込んで、やはり冷蔵庫へ入れておく。
あとは夕方にキュウリとワカメを合わせ酢で和え、お客様に出す直前に盛り付ければ完成だ。
さーて、ヒロの様子をもう一度――。
って、あれ?
ヒロがさっきまで作業をしていたスペースには、切り分けられた鶏肉が入ったバットが、所狭しと並んでいた。
……すごい。どの鶏肉も大きさが均一で、ムラが無い。
しかも、ほのかに漂うこの香りは……お酒? 肉を柔らかくするのと臭み消しを兼ねた処理までもやってるとは……。
「さて、そろそろ乾いたか。しかし、この霧吹きというのは便利だな」
「そう? 普通だと思うけど……それより、これ、全部ヒロだけでやったの?」
霧吹きを手にしたヒロが、あたしに同意を求める。霧吹きなんて何処にでもある物じゃない。それよりすごいのはヒロよヒロ。何であんな短時間でここまでできるのよ!
鶏肉……例え部位で分けられていても、一枚一枚の肉は大きさも形も違う。それを同じ大きさと形に切って処理をしていくのは意外と大変なんだよね。
「これくらい、小夜子でもできるだろう」
「……あたしはヒロと違ってできませんよーだ」
腹立つー! あたしでもときたもんだ。
「そうなのか? 刷毛で塗りつければ時間もかかるが……霧吹きを使えば簡単じゃあないか?」
「そんなに、ヒロみたいに短時間で綺麗に切り分けれないの!」
「……そうか」
嫌味を言ったにも関わらず、妙に明るい声が返ってきた。
あたしってヒロに馬鹿にされてるのかな……何だか、子供扱いされているみたいで釈然としないんだけど。
ヒロは喋りながらも鶏肉の状態を確認する。
そして、手際よくバットにラップを――とはならなかった。
ラップを切るのに四苦八苦し、力ませに引きちぎっている。そんな事をすれば……。
「これは使い難い……布巾はないのか?」
ラップ同士がくっ付き、ビニールテープのようになった物体を手に、苦々しい声で言われた。
「それはね。こうするの」
あたしはヒロからラップを取り、箱から出した先端をバットにあてた。
スルスルとラップを伸ばし、バットの長さを過ぎた所で刃を回し、ビィッ! と切って見せる。
「どう? そんなに力はいらないし、便利だと思うけど」
ピンとラップを貼り、中が綺麗に見えるバットを手に、あたしはヒロを見た。
「……ラップとかいうのは、小夜子に任せた」
「ちょっと! 丸投げしないの!」
淡々とした口調であたしに丸投げしてくるヒロ。ラップするのなんて、そんなに難しく無いのに。
あたしはヒロにラップを持たせると、
「ほら、ちゃんとラップの箱持って」
と言って、上から手を重ねてやり方を教える。
小さい頃、あたしもお母さんに同じように教えてもらったな……なんて遠い昔の事を思い出す。
彼は目を白黒させて、そんなにくっつくなとか言ってきたけど、ラップの切り方なんて、口で教えるより手に動きを覚えさせた方が早いに決まってる。
「出来たじゃない」
あたしとヒロの目の前には、キッチリとラップされたバットが置かれている。
「コツが解かれば、確かにな」
言いながら、残りのバットにもラップを掛けていく。
元々手先が器用なのか、ヒロはコツを教えたらあっという間にラップできるようになった。
これで大丈夫と思って目を離し、今度は親方の様子を見る。……親方は包丁を握った右手を押え、タイを前に立ち尽くしていた。
本来なら魚の下拵えパート2として、三枚おろしに取り掛かる所なんだけど……まさかと思い、あたしは親方に声をかけた。
「親方、もしかして手が――」
「今頃になって、また痛んできやがった……」
右手で包丁を握る……それだけの事でも、捻った所にはダメージだったらしい。
親方の右手に巻かれた包帯の隙間から、青くなった皮膚が見える。
「親方、流石に病院に行って下さい! おろすところまではあたし、やりますから」
「ダメだ。今日は姿造りにするから、小夜子がおろしたら盛り付けにアラを使えない」
そう。姿造りにするには三枚おろしにしたアラを盛りつけの飾りに使うから、魚をおろす腕が最も表れる。
安いお店なんかに行くと、骨に身が残りまくってる姿造りを見ることがあり、見た目が損なわれると共にガッカリすることもあるくらいだ。
あたしの腕前でもそこまでは酷く無いが、親方と比べたら……ねえ。
でも、今はそんな事を言っている場合じゃない。
「それでも、できないよりは――」
「俺がやります」
言いかけたあたしの横から、ヒロが割って入ってきた。
昨日の鯖の刺身を見れば、年齢の割に凄腕なのは認めるが……今日のはお造りではななく、姿造り用におろす所からだ。失敗が許されない状況で、いくらお造りの腕が良いからと言っても、はいよろしくとは言にくい。
……あたしもそうだけど、お造りは綺麗に出来ても、魚をおろすのが下手な人は結構居ることだし。
「……昨日のアジが残っていたな。ヒロ君、アジをおろしてみてくれ」
「はい!」
威勢の良い返事をして、ヒロは親方と場所を入れ替わる。
「包丁はここに置いているのなら、どれを使ってもいい」
親方は流しの一角を指して言った。その場所には、親方が集めた種々の包丁が磨き上げられて収納されている。
……何よ、親方――お父さんの方がヒロを特別扱いしてるじゃない! 親方の包丁なんて、あたしでもロクに使わせてもらった事無いのに!
あたしはヒロを恨みがましい目で見ながら、冷蔵庫からアジの入ったバットを取り出した。
ヒロは、アジを瞬く間に2種類のおろし方で捌いて見せた。
1つ目は、一般的に言う三枚おろしの方法。腹骨ごと身を切り取るやり方だ。もちろん、姿造りを意識して頭は残してある。
2つ目は、活け造りなんかで良く遣われる方法。腹の部分を避けて身を取り、内蔵を傷つけないようにする方法だ。腹身の部分は食べれないが、活け造りにする時は文字通り、魚が生きたままとなる。もっとも、今回のアジはもう〆られているし、今日使うタイも生きてはいないけど。
「これは……」
ヒロがおろしたアジのアラと身を見比べ、親方が唸る。
ヒロがおろしたアジは、すっごく綺麗だった。不適切な表現かもしれないけど、まるで、骨から身を剥がしたかのように、中骨の一本一本、まな板の色まで透けて見える。
「親方、如何でしょうか?」
「腕は良いと思っていたが、これほどとは……。ヒロ君、タイをおろすのは君に任せる」
親方が目を見開いたまま、ヒロに言った。
彼の技術は凄い。あたしじゃ、あんなおろし方は出来ないから、戦力としてはありがたい。ありがたいんだけど……。
あたしは自分が及ばぬ悔しさから、ヒロがおろしたアジを拳を握り締め、親の敵のように睨みつけていた。
「しかし、どちらの方法でおろしますか?」
「ああ。普通に3枚におろしてくれ。……あと、盛りつけもできるか?」
「この形の姿造りでよろしければ」
言って、ヒロは三枚おろしにした方のアジを、平作りにしてまな板の上に置いた背骨に盛り付けた。
「……そ、それだけ?」
先ほどの、三枚おろしで魅せられた技術とのギャップに、あたしは堪らず、声を上げてしまう。
「姿造りはこうだろう?」
「それじゃ、活け造りか皿鉢の出来損ないじゃない! ちょっと、場所替わって」
あたしは残った方のアジの身を厚めのそぎ作りにし、背骨の上に扇のように盛り付ける。ヒロの平作りも2箇所に分けて並べた。これに大葉や小菊なんかの褄もあれば見た目がかなり綺麗になるんだけど……今は使えない。
「アジでもこれくらいはしないと」
「……ぅ」
得意げな顔であたしはヒロを見ると、感情を出さない無表情なヒロが、眉間に皺を寄せていた。
「ふむ。では、おろすのをヒロ君に、盛り付けを小夜子に――」
「親方! もう一度機会を下さい。小夜子の盛り付けで良いのであれば、俺にも心当たりがあります」
親方の言葉を遮り、ヒロは言い切った。
「解った。やってみて」
「はい!」
またも威勢の良い返事が響く。
…………。
「できました!」
「「……」」
ヒロのお造りの出来栄えに、あたしも親方も言葉を飲んだ。
「ね、ヒロ……」
「何だ?」
自信満々なヒロに、あたしは大きく息を吸って、
「これじゃ、お造りじゃない。姿造りにしたら上品過ぎるわよ!」
と、容赦無くまくし立てた。
「小夜子のも上品だったじゃあないか」
「限度ってものがあるでしょ! 限度ってものが!」
ヒロの盛り付けは、姿造りにしては上品過ぎ……いや、もはやアラを取り払ってお造りとした方が良い出来栄えだった。
平作りにして3枚と5枚の山に見立てた盛り付けに、そぎ作りにして重ね盛りにした丘、手前にはアジの銀色と赤色を美麗に盛り付けた花作り――刺身を巻いて花の形を作る盛り付け方法――と、一番奥にあるアラが霞んでしまう。
「ここまできたら、立派なお造りじゃない! 姿造りにしない方がい――」
「小夜子、そこまでだ」
ヒートアップしたあたしを、親方が手で止める。
……お父さんの手、さっきより腫れてる気がするよ。
「ヒロ君、今日のお客は姿造りを希望していて、お造りではダメなんだ。大人しく、盛り付けについては小夜子に従ってくれ」
「……はい」
うわ! ヒロの眉間にくっきりと縦ジワが……そんなに盛り付けをあたしに任せるのが嫌なのか……。
「では、俺は智の病院に行ってくる」
言いながら前掛けを取り、親方はお父さんに戻ってから調理場を後にする。
お店から出て行く時、お父さんは、
「あ、直ぐに戻ってくるから、昼ごはんの用意よろしく! 直ぐに戻ってくるからね。大事なことだから二度言ったよ!」
と、奇妙な事を言い残して行った。
「ヒロ……あたしに盛り付けを任せるの、そんなに嫌?」
お父さんが出て行った調理場で、まどろっこしい事が嫌いなあたしは、単刀直入にヒロに疑問をぶつけた。
「……嫌ではない。ただ、魚の事だったからな」
「魚の調理、自信があるんだ?」
「ああ。実家は海に近くて、魚料理を主にしていてな……言難いのだが……小夜子に負けたのは、な」
顔を逸らし、悔しそうにヒロは言う。
そうだろうとは思っていたけど、ヒロも根っからの料理人らしい。あたしよりも負けず嫌いなんてね。
でも、ヒロの考えはちょっと驕りだと思う。昨日からコテンパンに打ちのめされているあたしはどうなるんだと、あたしだって悔しさに任せて怒鳴りたい! 怒鳴りたいけど……悔しげで、それでいて寂しげな感情を醸し出しておるヒロに、そんな事はできなかった。
「盛り付けで、勝ったとか負けたとかは思ってないわ」
「……嫌味か?」
「違うわよ! あたしじゃヒロに勝てないもん。さっきの三枚おろしだって、その前の目利きや下拵えだって。だからね、ヒロの力を貸して欲しいの。ダメ?」
お父さんやヒロのような気難しいタイプの料理人には、下手に出るに限る。
彼らは総じて腕に絶対の自信を持っており、プライドも高いが良い仕事をする人が多い。幼少期からお父さんを見て育ったあたしは、条件反射と言えるほど彼らの性格を利用する術が身についている。
下手に出て、彼らを持ち上げて気持ち良く頼み事受けてもらうというもの……今回もまさにそれだ。
……あたしって絶対、性格悪いよね。
「俺は手伝う為にここに居る。何でも言ってくれ」
眉間の縦ジワを消し、顔を逸らしてヒロは言う。機嫌が治まったのか、口調も元に戻っていた。
そんなヒロに性悪女であるあたしは、
「ありがと」
と、言葉短く、営業スマイルを貼り付けたお礼の言葉を送るのだった。