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39品目――後の祭り――

 生ゴミ関係の後片付けだけをさっさと終わらせ――文化祭の後片付けは後日時間を取ってあるので、今日中に処理が必要な生ゴミや残った食材の整理だけを終わらせた――、皆が帰った教室の火元を最後に確認して出ようとしたところだった。


「あの、藤原……さん」

 担当した調理で出た生ゴミを捨てに行って、そのまま帰ったはずの町田があたしの前に立っていた。


「……どうしたの、忘れ物?」

「あ、うん、いや、えーと」

 できるだけ平静を装ったつもりだったんだけど、刺があったのかな? 町田の話し方に少し前のつっかえた感じが戻ってる気がした。


「その、昨日は……ご、ごめん」

 文字通り、喉から搾り出したかのような苦しそうな声で謝罪を口にし、深々と頭を下げられた。

 昨日って事は、茉莉彩まりあが言っていた告白未遂の事を言っているんだろうと思うんだけど……。何と返していいのか判断がつかなかったあたしは、つい、そのまま黙り込んでしまう。


「えと、藤原さんてさ、お兄さんと仲、い、良いんだね……」

「え? お兄ちゃんとは最近、会っても無いけど?」

 突如、大きく逸れた話題に、驚くと同時に現状をそのまま伝えてしまう。

 それに対して更に町田が驚き返すのだけど、続く会話の中で勘違い――町田の都合の良い解釈?――に気づく。


「お、お店に行った時も居たし、親しそうだったし……」

「ああ、あれはお兄ちゃんじゃ無いよ。大体、少しも似てないじゃない?」

 目を見開いて止まってしまった町田を見て、あたしはチャンスとばかりに、昨日の一部を無視して帰り際の話題だけを振ってみた。


「例えるなら、昨日、あんたが校門で会ってた女の人を実のお姉さんだって言うのと同じだと思うけど」

 今度はあからさまに動揺の表情が浮き上がる。


「えっと、昨日のお姉さん……あんたの彼女だっけ? 野暮な話なのかもしれないけど……人妻みたいよ。今日、手伝いに来てくれてたアキさんのお母さんだって」

「あ、う、うん。し、知ってる。いや、な、仲居さんのお母さんだとは知らなかったけど」

「略奪愛は関心しないわよ?」

 しどろもどろになった彼を前に、あたしは容赦なくズケズケとものを言う。

 だってね、このチャンスを逃せば、千秋さんに迷惑しかかけない気もするし、もしも町田が変なことに首突っ込んでたら放っとくのも目覚めが悪いし。


「ち、ちが――」

「それとも覚悟が――」

「違うよ!」

 あるのかと聞こうとして、あたしの言葉は彼の叫ぶような否定にかき消されてしまった。


「あの人は、あの人は相談に乗ってもらってただけなんだよ! だから、まったく関係ないんだ」

 ぜいぜいと息を切らせながら、町田があたしの顔、瞳をじっと見つめる。


 そこで一旦言葉が区切られ、彼は小さく息を吸い込むと、しどろもどろにゆっくりと、けれどハッキリとあたしの目を見て、

「その、話ついでみたいになるんだけど……お、屋上、行かない?」

 と言った。

 町田が口にした“屋上へ行く”というのは、この日、この場所では“好きです”という告白と同義になる。

 元々は、文化祭で出た木材の廃棄物をグラウンドで燃やす炎――現在は粗大ゴミとして処分しているため行われていない――を見ながら屋上で告白する。というのが伝統となり、今では男女問わず好きな異性を屋上に誘って夜景を見ながらの告白になっている。これを聞いた去年はクラスの女子と大層盛り上がったものだけど、今は気持ちが盛り上がるどころか急落してしまう。


 その急落した気持ちが関係しているか、あたしは急激な体調の変化に晒される。

 ――背筋を恐ろしく冷たい汗が滴り落ちて行く。

 ――胸もムカムカして吐き気までこみ上げてくる。

 ――そう、昨日と同じ症状があたしを襲ってきたのだ。

 ……このまま具合が悪くなった事を伝えればうやむやにできるかもしれない。


 そんな人としてどうかという考えが浮かび上がると同時に、

 ――ここでハッキリさせなくちゃいけない。という考えも浮かび上がって来た。


「……ごめん。あたし、好きな人いるから」

 少し悩んではみたものの、気の利いた断り文句なんて浮かばず、オーソドックスな断り文句が口から出た。

 途端に、さっきまでのムカツキが弱まり吐き気が消えていく。


「でも、ちゃんと言ってくれてありがとう」

 何とかフォローまで伝える事ができてホッとする。

 昨日といい、今日といいあの体調変化は何だったのかと思うけど、それを考えるのは後だ。


「………………そっか。ごめん、迷惑かけて」

 恐らく言葉を選んでいたからなのか、暫くの沈黙の後に町田はきちんとあたしの目を見て丁寧に言葉を綴った。


「迷惑なんて思わない。それに、妙に自信満々のあんたより、前の――その、今みたいに相手に気を使って話してる町田の方が良いよ」

 気付けばこれまでずっと抱いていて言えなかった事が口から出ていた。

 そう、従来の町田は大人しく、どもりながら話す癖があったのだけど、その実、かなり気を使いながら話をしていたのだ。一緒に日直をしたり、お弁当のおかずを分けたりした時にちょこちょこと話すことがあったのだけど、それらの時に一度として不快な思いをさせられたことはない。だから、お弁当のおかずを上げるのが長く続いてしまったというのもあるんだけど。


 そんな回想が浮かびつつも、町田は引きつった笑顔のまま、ありがとう。短くそれだけ残して彼は教室から去っていった。

 遠くから聞こえて来た何かを吹っ切るような叫び声に、あたしは気付かない振りをして教室を後にし、職員室へ鍵を返却してから帰路へとついた。



 ――――――――――――――――――――



 最後の教室の明かりが消えた校舎を眺める影が一つ、佇んでいた。

 手には新型のスマートフォンが握られ、かなりの早さで動く指が正確に文字を入力している。

 持ち主である女の細い指が不意に止まる。入力していたメールの文面には『千秋へ。今日も連絡をもらえなかったみたいなのでお母さんからメールします。色々と不満もあるでしょうけど、メールの返事だけは下さい。無事でいるのかそれだけが不安です』と重々しくそれでいて簡潔な内容が入力されていた。

 確認が終わったのか、女の指が送信アイコンへと触れ、メールは電波の波間へと流れていった。


「……返事が無い相手へのメールも、こう毎日だと文面がパターン化してしてしまうわ」

 ため息に混じりに吐いた言葉と同時にスマートフォンを収納し、今はシルエットだけになった校舎に再び目を向ける。


 上手く行っていれば今日、あるゲームのサイトで知り合った気弱な男の子が、新たな門出の切符を掴んでいることだろう。可能性は半々と言いたいところだが、情報が彼視点に偏り過ぎていたため、もっと低いかもしれない。

 でも、当初のオドオドして会話するのにも一苦労だった状態では限りなくゼロに近い可能性しかなかったが、今は自信を付けてあげてハッキリとモノを言える状態に持っていったのだ。現状で半々の可能性だとしても、当初を鑑みれば頑張って上げた方だろう。例え上手く行かなかったとしても、少ない情報で男の子に自信を付けさせ、願いが成就する可能性を上げれたのは他でもない自分なのだと彼女は自賛の思いに酔う。


 校舎からその彼が満面の笑顔で出てくるのか、はたまた失意の底といった顔で出てくるのか、結末を見届けたい気もするが、それを打ち消すかのように彼女は寄りかかっていた車のドアを開ける。


「……お祭りは、準備と当日が楽しいのであって、終わってしまえば後処理に追われるだけだからね」

 誰に言い聞かすでもなく、運転席に座って口にした。


(どっちに転んでも、最後まで居るとあたしにはロクな事にはならないから、ここでサヨナラよ)

 結末は見ない。

 自分は頑張って助言したり手伝ったりしたのだから、上手く行けば向こうから感謝が伝えられるだろうし、上手く行かなかった時の責任は当事者が取れば良い。

 労力に見合う夢を見させてもらい感謝されるのは介助者の特権だ。そう信じて疑わない彼女はハンドル横のスイッチを押して愛車のエンジンをかけた。


 親に頼まれるまま結婚をした。結婚式と披露宴は自分の希望通りで楽しかったが、翌日から家事という面倒事を全て押し付けられた。

 夫の希望通りに子を産んだ。妊娠中は我が子の将来に思いを馳せ将来を夢見る事ができたが、出産時は痛みと苦しみに苛まれ、後には育児という責任が覆いかぶさってきた。


 ――なんで。結婚式と披露宴はあんなに楽しかったのに。

 ――なんで。妊娠中はあんなに未来にワクワクしたのに。

 ――どうして。地味で面倒な家事や出産の苦痛、自分の時間が無くなる育児の責任を自分が負わねばならないのか。


 それらの責任や面倒から逃げるように、彼女が乗った車は夜の闇へと消えて行った。



 ――――――――――――――――――――



「女将さん、こんな所で寝てしまわれたら風邪を引いてしまいますよ。え? お、親方、松永さん!」

 何だか慌てた千秋さんの声が遠くに聞こえる。

 バタバタと荒っぽい足音を立てているのは、お父さんなのかヒロなのか。


「すごい熱ですよ。ひとまず和室にお布団を敷きますから、お二人で抱えて頂いてもいいですか」

 熱? 抱える? 千秋さんが言ってる意味が分かんない。あ! あたしが眠いのを見越してお布団を敷いてくれるの? それは助かるよ、だってこんなに眠いし。

 本当に、今日は疲れたな~。でも、千秋さんももっと疲れて――。


 ここであたしの意識は一旦途切れた。


「過労……だと思う。念のために点滴を一式持って来るよ」

 聞き慣れた出口先生の声がしたかと思うと、その気配は遠ざかっていった。

 どうしたんだろう? 誰か病気になったのかな。

 あたし? ここ数年風邪すらひいてなかったんだから大丈夫。

 この通り元気――あれ? どうして? 何だかふわふわするだけで体が動かない。


「小夜子……」

 思い通りにならない体にやきもきしていると、小さな、ほんの小さな声が耳に届いた。

全話に入りきらなかった町田君の結末までをようやく掲載させて頂きました。切れ切れになった上に、二話連続で料理の話が無くて申し訳ありません。


遅筆な上に次の話からの書き直しを行っておりますので、投稿まではまた少しお時間を頂く事になるかもしれませんが、今後とも何卒、よろしくお願いします。

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