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38品目――お客様も店員も人間です――

「……小夜子、このペースでお昼もとか無理だって」

 二日目の朝、満席の店内で給仕をしている順子――中野順子なかのじゅんこ――がこっそりと根を上げた。

 根性論を旨とする彼女が言い出したという事は余程のことだと思い、あたしは改めて店内を見渡してみる。

 相変わらず満席の客席に、大わらわの給仕達。そして、あたしはその原因を教室の入り口に見つけてしまった。

 相当数のお客様をさばいたにも関わらず、一向に減らないお長蛇の列……。


 あたし達の模擬店は朝っぱらだというのに、過ぎる程の大盛況だったのだ。


「調理の方に大きく人員を回した影響が思ったより早く出てる。このままだと、給仕は皆、お昼前にはヘトヘトになるわよ」

 お客様が食事を終えたお膳を下げてきた茉莉彩まりあの声が、あたしの考えを代弁した。


 開店前から長蛇の列が形成されたのを見て、御膳モノが無ければ話にならないとの合意の元、給仕担当から調理ができる達に調理担当へ回ってもらったんだけど、そのツケが今になって現れてるんだよね。


「確かに、未だに減ってないしね……」

 流石のあたしも苦虫を噛み潰したよう顔になっているのを自覚しつつ言うのだけれど……さて、どう打開するものか。


 調理担当達を見渡してみても、そこはさながら戦場の様な有様だし、洗い物担当は元々の数が少ないから、内装などを担当していた男子達までも洗い物の処理に動員している状況なんだよね。

 ……仕方がないか。

 それだけ思うと、あたしは口を開いた。


「順子から順に給仕は5分づつ休憩に入って」

「うん。……って、はぁ!? こんだけお客さんがいるってのにあんた何言って――」

「その間、あたしが給仕に入るから」

 わざと彼女には、余裕の表情で言ってのけるんだけど、どこかしら納得してないといった表情を返される。


「大丈夫よ、あたしはプロなんだから」

 だからだろう、あたしは不安を浮かべた彼女へキッチリと、そして余裕を浮かべた女将スマイルで言い返した。



 多人数のお客様にはあたしが、個人のお客様には他の女子達に入ってもらうようにし、彼女達は一人一膳づつ、自分は二膳運ぶようにする。そうしてできるだけ皆の負担を軽くしたつもりだったのだけど、あたしは今の(・・)自分の体力ありきで物事を考えていた事をすぐに思い知らされることになったのだった。


「……ごめん。もう、無理」

 朝の営業を終えて皆に片付けにかかってもらっている時だった。ポツリと給仕を担当していた女子の一人が言う。

 顔だけを件の女子に向ければ、彼女の額には汗が浮かび、小刻みな呼吸音が聞こえていた。何だか、顔色も青みがかって悪く見える。


「あたしも……」

「え?」

 続けてもう一人声が上がった所で、あたしはお昼の仕込みをしていた手を止める。

 給仕の女子達が休んでいる一角を見れば、まるで一日が終わったかのようにどんよりと、笑顔が消え失せた暗い表情が一所に集まっていた。しかも、その内の何人かは一人目の女子と同じくらい顔色が悪く見える。


「……この中で具合悪い人、正直に手を挙げてみて」

 控え目に胸のあたりまで数人の手が上がるんだけど、冗談でも嘘でも無いのが、彼女達の表情から読み取れた。


 ……そう、彼女達が抱えている疲労には身に覚えがある。あまりにも昔の事だったため、すっかり忘れていたけれど。

 慣れない接客と作業によるストレスと、立ちっぱなし歩きまわりっぱなしの肉体疲労。その両方が重なった上に、昨日、気分が高揚した状態で感じていなかった過労と、興奮して熟睡できてなかったのであろう影響が今日、まとめて出ているのだろう。今ではすっかり克服したそれは、慣れない内はなりきつい。


「昨日に引き続きだからね。給仕の責任者としては、皆を休ませる事を提案するけど、小夜子はどう?」

「言われるまでも無く賛成だけど……」

 言いきれなかった、残った人にしわ寄せが行く事になる。という文言を飲み込み、あたしは茉莉彩に回答する。

 彼女もそのあたりは察したのか、給仕の皆へ休息を言い渡す。


「それじゃあ、具合が悪い人はシノブちゃんのトコに遠慮なく行って休んでね。後は……座敷で休憩させてもらおっか」

 彼女の言葉に、安堵の溜息をついた女子達のうち2人が保健室へ、残りがパラパラと座敷へと入り込んで行く。何も言わないあたり、相当疲れてるんだろうなぁ。


 その後、調理担当達を見渡してみると、給仕達程ではないにせよ、こちらも疲労の色が濃く出ていた。

 接客よりはマシとはいえ、慣れない事――衛生基準の遵守とか――してるしね。だから、あたしも皆に30分づつの交代で休憩するようにと言い渡したのだった。



 かなりペースを落として進めた仕込みにも何とか目処が立ち、そろそろ昼の開店準備時間になろうかという頃、聞き慣れた上品な声があたしを呼ぶ。


「女将さん、遅くなりました」

 あくまで自然に、それでいてしれっと調理室へと入って来た私服姿の千秋さんだった。

 昨日、具合を悪くしたあたしは、流石に今日のことに不安をおぼえ、念の為に彼女に来ておいてもらうよう頼んだのだ。少ない休みに申し訳ないと頭を下げると、彼女からは何を言ってるんだとばかりに呆れられ、こんな事ならいくらでもお手伝いさせて頂きますから、もっと自分を大事にして下さい。女将さんが仰ったことですよと、怒られてしまった。

 ……でも、迷惑かけてゴメンナサイ。

 これが今の偽らないあたしの気持ちです。


「今は休憩に入りましたから、こちらに座っててもらっていいですか」

 椅子とお茶を勧めつつ言うのだけれど、彼女はそわそわして居心地が悪そうだった。

 それもそのはずで、千秋さんにお茶菓子を持ってこようと彼女から離れたあたしには、男子達から、そのは誰だだの、紹介しろだのとひっきりなしに質問(?)が飛んできていたんだから。

 つか、何でそんな男友達に妹紹介しろ! みたいなノリであたしに言うのよ。それに、あんた(男子)達はこっそり言ってるつもりかもしれないけれど本人に丸聞こえなんだからね!

 まったく、と言わんばかりにあたしが溜息をついた時だった。


「あれ? 藤原のも来たのかよ」

 今まで行方不明だった川中が入ってきて言った。

 …………いもうと? 今のって聞き間違いじゃ無いよね?


「前、見た時に思ったんだけどよ、妹の方が美人――」

「うちの仲居さんは先輩だっ!」

 ヤツが言い切る前に目の前にあったお玉を掴み、あたしは言いかけた本人目がけて力いっぱいに振り下ろした。

 川中の絶叫と女子全員の侮蔑が広がる中、千秋さんは全てが無いものの様に、優雅な姿勢でお茶を口にして男子の視線を一手に引き受けていた。


 ひとしきりのたうち回った川中が落ち着く頃には昼の仕込みが終わり、無事に開店準備を終えることができたのは、はたして誰の行いのお陰だったのか。



 ヘル(地獄)……じゃなかった、昼。

 時間が引き連れてきたお客様――失礼極まりないないけれど、給仕には魂を刈り取りに来た死神の列にしか見えない――を前に、復活できた少数の給仕担当はおろか、調理担当までもが絶望を覚える。


「……これ、どこまで続いてるのよ」

 昼までに回復できた数少ない給仕でもある順子が、入り口にランチメニューを書いた黒板を置いて戻ってくるなり、虚ろな瞳をあたしに向けてくる。

 今、この場に立っている給仕担当は茉莉彩とあたしを含めても僅か5人。全員がプロなら全く問題無い人数だけど、今の状態では全くもって足りないのが現状だったりする。何と言っても、何回ローテーションすれば終わるのか、最後尾が見えていないんだからね。


「女将さん、ちょっと」

 項垂れる順子に声を掛けあぐねていたあたしに、こっそりと声がかかる。

 声の方に目をやれば、千秋さんが調理室の隅で手招きをしていた。


「あ、どうかされました?」

「その、お忙しそうなので、何かお手伝いできることがあればと思いまして」

 チラリと町田を一瞥し、千秋さんは申し出た。

 釣られてあたしも視線を町田の方に移したためか、例の彼は今のところ携帯を触っている様子はありませんよ。と言われてしまった。

 そっか。町田のヤツ、昨日の事など無かったように登校してるし、何事も無く調理をこなしているけれど……。ちなみに、あたしは朝からお客様が多かった事もあって、今日は町田と一言も言葉を交わしていない。

 まあ、そんな町田のことよりも、今は接客っという頭になっているところでの申し出だ。ありがいことこの上ない。この上ないのだけれどもだ。


「その、申し出はありがたいんですが、あたしの一存では決めれませんから、えと、ちょっと待ってて下さいね」

 それだけ言って、あたしは茉莉彩と松尾を招集する。こればかりは専決権は誰にも無いしね。


「……と言うワケなんだけど、どうかな。あたしはここで使ってしまっても良いと思うんだけど」

 休日まで仕事をさせる千秋さんには申し訳なさを感じるのだけれど、給仕を担当する女子達の疲労度合いと、彼女の仲居としての能力を考えると、甘えれるなら甘えてしまっても良いかと思い、今まで使っていなかった助っ人枠の使用を提案する。

 この埋め合わせは後日、絶対にしようと心に決めて。


「「……うーん」」

 そんなあたしの決意をよそに、茉莉彩は頬に、松尾は顎に指を当てて唸っていた。


「これまでの仕入れや準備に相当コスト掛けてるからな」

 助っ人にかかるコストを考えてか、松尾が言う。


「それもあるけど……このまま助っ人を使わずに行けば、優賞も狙えるかもしれないし――」

「な――」

「それマジか!?」

 のほほんと言いかけた茉莉彩の声と、驚いたあたしの声を遮り、松尾が大声を出す。


「マジよ。川中に敵情視察をさせてみたんだけど、客入りや商品の価格を勘案すると、ウチ、かなりイイ線いってるっぽいの。しかも、他の模擬店は全部助っ人枠を使い切ってるみたいだったし」

 それこそマジな顔して言ってのける茉莉彩を前に、あたしも松尾も絶句する。

 ……川中のヤツ、クソ忙しいのに居ないと思ったら。

 こほん。じゃなくて、いくら忙しくしていたとはいえ、そんな上位争いに食い込んでいるとは思いもよらなかった。


「だから、このまま助っ人無しで行けば、かなり有利になるかなってね」

「「……」」

 午前中は給仕の事も考えてと言っていたハズの茉莉彩からの情報に、今度はあたしと松尾が黙ってしまう。

 確かに、現状で“イイ線”いっているのであれば、このまま助っ人を使わないことで、支出――助っ人分は人件費として仕事内容に応じた一定の金額が支出に加算される――を抑えられるし、生徒達だけで切り盛りしたという良い印象も付くだろう。

 そして――。


「有利どころか、優賞――最優秀模擬店への選出――の可能性が大きくなる……ということか」

 平静を装ったのだろう松尾から、生唾を飲み込む音が聞こえた。


「そ。だからね、多少の無理は承知でこのままいけば――」

「ダメ」

 どこか興奮した様子の茉莉彩を前に、急激に冷めてしまったあたしは、彼女の言葉を途中で遮った。


 確かに、お金の収支だけを考えれば、疲労によるミスがあろうとこのままのメンバーで切り盛りした方が良いだろう。だけど、今、残っている給仕担当も、調理担当も、皆一杯一杯で頑張ってるのだ。これ以上の負担を強いれば、それは過労の領域になってしまう。そうなったら……きっと、誰も楽しくないし、接客業は苦しいだけの仕事だと思われてしまうから。

 大体、店員が辛そうな表情でミス頻発するようなお店には、誰だって行きたいと思わなくなっちゃうしね。

 その事を二人にも伝えるんだけど、目に¥マークを浮かべた茉莉彩が予想通りに難色を示したのだった。


「優勝するためには多少の無理も必要!」

 勢いに乗った声が耳に木霊する。

 ……何だろう、これが単にクラス行事と割り切っている普段なら、あたしはここまで言われた時点で引いていただろう。だけど、今、この時は何故かその選択肢は頭には無かった。


「だからって、皆に無理な労働を強制するの? そんな考えには賛成できないわよ!」

 これまで自分は無理をしても、それを他人には強制しないように気を付けるようにしてきた――甘えん坊お父さんは除く――からだろうか、無理をクラスの皆に強いることに、あたしはかなりの嫌悪を感じていた。


 大体、無理というのはやむを得ない場合にお願いするもの――当然、諾否の決定権は相手にある――であっても、それは強いるものでは無いというのがあたしの持論だ。

 それに、自分ができるから従事している者(プロ)が皆ができるという考えは間違っていると思うし、そんな自分本位の考え方は他者に強制してはいけないと思う。朝の営業時間でもそれは実感したしね。だから……あたしは強く言ってしまったのかもしれない。


「……小夜子、怒ってる?」

 驚いたのだろうか目を見開いた後、茉莉彩が珍しく神妙な声で問うてきた。


「あ、う、いや、そうじゃないけど……その、ごめん。でも正直、皆にこれ以上の無理はさせたく無い」

 彼女の声にハッとなり、沸騰状態から一気に冷水状態まで頭の温度を変化させたあたしは謝り、大人しく考えを伝えた。

 その内容に反応したのは意外にも松尾だったのだけど。


「一理、あるな。皆から不平不満が出るような運営をすれば、マイナス点を付けられてもおかしくは無い。なら、無理せずに助っ人を使ってしまってもいいな」

 先ほどまでの表情から一転し、かなり冷静な目をした松尾が現状を口にし、助っ人使用への同意を示す。


「待って、皆の不平不満によるマイナス点って何?」

「ほら、授業中にブラック企業と労働基準法の話をした先生がいたろ? 模擬店を評価する先生達も色んな考えを持っているだろうから、単純に料理の味や接客態度のマイナスだけじゃなく、職場環境みたいなのも点数があるんじゃ無いかと思ったんだ。昨日、それらしい話をしてる先生もいたしな。休み時間やローテーションがどうとかって」

 茉莉彩の質問に丁寧に答える松尾。そんな彼を見て彼女は何を思ったのか、唐突に

「無理させてマイナスが付くくらいなら、助っ人使っちゃおうよ」

 とあっさり意見をひっくり返したのだった。



「「改めて、ご協力をお願いします」」

 あたしと茉莉彩が揃って深々と下げた頭の先には、珍しくオロオロしている千秋さんがいる。


「そんな、頭をお上げ下さい」

 お白州の罪人よろしく面を上げ、揃って千秋さんに視線を向ける。


「えと、いつも通り仲居のお仕事をするという理解で良ろしいのでしょうか?」

「ええ、賃金が出るとはいえ、いつも通りに働かせてしまって申し訳ないのですが……お願いします」

 いくら買って出てくれた事とはいえ、ついつい罪悪感からあたしは目を逸らしたくなるけれど、そこはグッと堪えて彼女を見据えたまま、再び謝罪と依頼を口にする。


「いえ、そんな事は無いですから。それに、お給金は必要無いですから」

「「それは規則ですから、絶対に受け取って下さい!」」

 また、茉莉彩とハモる。

 ちなみに、賃金を出さずに助っ人を使った場合は、評価すらしてもらえなくなり、俗に言う失格となる。事前に口酸っぱく説明がされるのだけど、実際、何年か前に一度、一年生の模擬店はで勘違い――友達の好意だから無給でいいだろう的な――がおこり、失格になった店舗が出たらしい。


「え? え? そんなお顔(必死の形相)で言わなくても……」

 困惑した表情を浮かべる千秋さんに茉莉彩が失笑したりしつつも、給金は受け取って貰って手伝ってもらうという事で了解を得た。


 ま、そんなやり取りを終えた頃には開店1分前となり、慌しく給仕の皆に千秋さんを紹介して開店へと突入したのだけれど。



 人、人、人。――ご来店されたお客様達に調理、盛付け、給仕、会計と忙しなくこなす事一時間。徐々に行列の先が見えてきた事を、あたしと給仕に走り回っていた女子達は松尾からすれ違い様に聞いていた頃合の事だった。


「いらっしゃいませ〜」

「頑張っているじゃあないか。昼の繁忙も、もう少しの辛抱だ」

 恐ろしく聞きなれた声があたしの耳へと届いた。


「へ!? な、何で……」

「小夜ちゃん、三人ね」

 もはや条件反射になった来店歓迎の意味を持つ文言を口にしたあたしの前に、ヒロ、出口先生、お父さんの三人が私服姿で並んでいたのだ。


「三名様ですね、ご案内致します」

 素を出してしまった頭を慌てて切り替え、短く返すと、三人を伴ってテーブル席へと案内し、お冷とおしぼりとメニュー表――給仕三種の神器――を運ぶ。


「お決まりになりましたら、お呼び下さいませ」

 給仕三種の神器を配置し終え、一声かけて場を辞そうとしたところで、

「秋御前三つ!」

 お父さんから即決の注文が飛んで来る。


「かしこまりました。秋御前を三膳。以上でよろしいでしょうか?」

 注文の復唱に三人が頷くのを確認して、あたしは今度こそその場を辞した。



 ――――――――――――――――――――



(客入りは満席。内装も模擬店としては上出来と言える程度で、接客態度は学生レベルにしては良くやっている。もちろん、小夜子と千秋ちゃんは除いてってところかな)

 注文を終えた席で目だけを動かしながら、小夜子の父である藤原賢介ふじわらけんすけは他店へ来た時のクセを発動させていた。

 元々が和風から程遠い造りである教室を、何とか落ち着いた雰囲気にしている上に、座敷まで用意しているのには驚かされた。僅か一日強で用意したとは思えない程に。


 また、接客する仲居についても、学生服にエプロンなどという雰囲気ぶち壊しを回避しており、雰囲気に沿った和装を何とか用意している。接客についても、挨拶を含めた定型句はそれなりに使いこないしているし、受け答えもノリでカバーといった危うい接客方法は取っていない。ダメ出しをするならば、給仕を人海戦術に頼っている事と、仲居が笑顔で疲労を隠そうと努力はしているものの、隠しきれていない事だろうか。もっとも、次のお客のためにと、全力疾走を思わせる前向きな姿勢がマイナス点を帳消しにしているのだが。


(新人アルバイトの仲居と思えば、相当頑張ってると言えるな)

「――かた、親方?」

 思ったよりも真剣に見ていたのか、うっかりと愛弟子の声を疎かにしていた自分に苦笑する。


「何かありましたか?」

「いや、何でもない。ちょっと昔の悪いクセが出てただけだよ」

 多分、意味は解らないだろうから、もっと突っ込まれるかと思ったのだが、律儀な弟子はそれ以上何も言ってこなかった。


「……俺は頑張ってると思うけどね」

 付合いが長いということもあり、何か感じるものがあったのだろう、対面に座っている出口がボソッと言う。

 尤も、この男の場合、小夜子が絡んでいる事に対しては否定したり貶めるような発言は絶対にしないが。


「ああ。頑張っている方だろう。頑張れていない部分や人件費分を潔く料理の単価から差っ引いていることも含めてな」

 仕事時の顔になりかかっていたのを意識して戻しながら、出口に返答する。


(もちろん、最終評価は実際に料理を食べてみて、ってとこだけど。値段の分、味も落ちてますってことは無さそうだけどね)

 満席にも関わらず、あまり時間を置かずに運ばれてきた御膳に箸をつけても、父は娘への評価を変える事が無かった。

 やはり娘には甘い評価をしてしまうのだろうか。そんな考えが浮かぶ自分に苦笑してしまう。


 店を構える自分が食べても合格点を出せる味の料理――店のより極僅かに薄味ではあるが――をつつきながら、娘達の頑張っている姿を見ていると、どこからか、ここまでやれるようになったのかと思う嬉しさがこみ上げてくるものだ。


 店内を右に左にと素早くかつ、シッカリとした給仕をこなして見せ、時に調理場に下がり――おそらく調理の指示と自分の作業をこなしているのだろう――仲居が客あしらいに困れば飛んで行って対応する。


『料理屋は接客も含めて料理屋だ。だからな、接客は頑張ってやってるんじゃない、お客様の為に頑張らせてもらっているんだ。お客様も人間、対価を払う以上は自分の為に頑張ってくれれば嬉しいのだから、それを絶対に忘れるな』

 かつて、接客態度を教えるときに口酸っぱく言った事が頭を過ぎる。


 その言葉を実践し、今や“頑張らせてもらう”から“懸命に努めさせていただく”まで昇華させた娘達の文字通り一生懸命な姿をもっと、もっと間近で見ていたいとも思うが、用が無くなった――食事を終えた――客が無為に長居をしてもお互いのためにならないという経営者らしい思考もあるため、会計を近くの仲居に頼み、そして財布を愛弟子に渡して彼は友と連れ立って店を出た。


「……良かったのか?」

「良くは無いが……まあ、いい」

「青筋浮かべながら言われると言葉通りには取れないが」

 込み上げてくる怒り(?)を押さえつけながら吐き出した台詞に、呆れ声が返ってきた。


 それもそのはずで、愛弟子がレジへと向かうと同時に、愛娘がすっ飛んで来たのだ。ワザワザ別の仲居に声を掛けたのに、しっかり無駄になってしまったという思いが一つ。もう一つは、娘の表情だ。

 隠す気もないのか、楽しそうな、加えて疲労に一切負けていない幸せそうな笑顔を浮かべて愛弟子の前に立ち、何やら嬉しそうに言葉を交わしている。直ぐにも飛んで行って間に割って入りたいくらいなのだが、ここ最近の娘は帰りが遅く、彼女が好意を抱いている――認めたくは無いが――愛弟子と禄に会話もできていないようだった。そのため、今は邪魔しないでいるのが娘のためにできる親の務めかと思い、歯を食いしばって我慢しているのだ。


「凶悪なくらい忍耐力が必要だからな。青筋くらい浮く」

 自分に言い聞かせるためもあったのだろう、父は顔と頭から一切の感情を消し去って、何とか親友に言葉を綴るのだった。



 ――――――――――――――――――――



「ありがとうございました〜」

 にこやかな、そして足が浮いていそうな程軽やかに、昼からそんな調子のあたしは本日最後のお客様への謝意を口にする。

 その要因は、お昼の会計をする時にヒロから『煮物の小鉢は小夜子が作ったのだな。……美味かった』と褒めて貰えたからだ。おかげで、ついつい私語を挟んでしまったけれど、それくらいは自分でも大目に見よう。うん。


「皆、お疲れ様!」

 お客様の姿が視界から消え去った所で、茉莉彩が間髪いれずに言い切った。

 本当に、こういうタイミングをしっかりかっさらっていくヤツである。いや、良い意味で言ってるんだけど。


「本当、皆、良く頑張ったよ。ほんっとうにお疲れ様でした」

 先ほどの軽やかな調子のまま、茉莉彩の言葉尻を継いだあたしは頭を下げる。


「……でも結局、お客の半分はアキさん小夜子の二人でさばいたんじゃない? 昼以降も大変だったけど、朝より楽になったもん」

「本当。お陰で最後の方はお客さんの顔見る余裕も出てきたし」

「そーそー。余裕が出てきたら自然に笑顔も出せるようになったし。あたし、さっきとか笑顔が素敵ってお婆ちゃんのお客に褒められちゃった」

 などなど、順子を口火に、千秋さんの価値を皆が認めるような発言が続いた。


「でもなー。ちょっと悔しいな。あたしもあんた達の半分でいいから接客をこなせてれば……って思ってしまうよ」

 皆がきゃいきゃい騒ぎ出す中、ポツリと順子が言った。

 再び場が静まろうとして、誰かが、それはまぁ……ね。などと追従しちゃうもんだから、沈んだ声がヒソヒソと囁かれ合った。

「それもこれも、アキさんが手伝いに入ってくれたからだよね」

 お通夜の時のヒソヒソ話みたいだ――などと不謹慎な感想を抱いていたところで、順子がポツリと、それでいて通る声で言う。しかも、ヒソヒソ話中に打ち合わせでもしたのか、順子が

「ありがとうございました」

 と口にした途端に、給仕をしていた女子達もそれぞれお礼を口にしだした。


「いえ、こちらこそ皆さんの行事に混ぜて頂いてありがとうございました。でも、今日は皆さんが頑張ったから、お客様が楽しく美味しく過ごせたのだと思います」

 ねえ、女将さんと続けて、春の陽光のように微笑んだ千秋さんは持ち前の柔らかさで場の空気を和やかにした。


「そういう事。接客は、誰か一人でもやる気を失えば、お客様の評価はゼロだしね。アキさんとあたしの二人だけだったら、途中で破綻してるって。皆で頑張って、皆で笑顔を出せたからこそ無事に終われたし、お客様からも褒めて貰えたんだよ」

 向けられた水繋げて言い切り、あたしはこれでおしまいとばかりに、続けざま皆に帰り支度をするように伝えた。

長らく空けまして申し訳ありません。

やっと1話投稿します。入り切らなかった分もすぐに投稿したいのですが、現在も入院生活が続いているため、数日程お時間を頂けたらと思います。

今回は、スマホを経由して投稿しておりますので、脱字等が多いかもしれません。容赦無くご指摘頂けると有り難いです。結構本気で。


しかし、ブラック勤務時代は朝3時頃の帰宅途中にいつも病院を見ながら『入院できたら小説書き放題なのにな〜(まともな思考能力が残っていない)』 などと不謹慎な事を考えていましたが、いざ入院したら、苦しいわ痛いわ大変だわで、それどころではないですね。

ブックマークして頂いてる皆様には大変申し訳なかったのですが、以上の理由で更新を大きく開けてしまいました。重ねて、申し訳ありませんでした。

時間はかかっても書き上げる所存ですので、今後ともお付き合い頂ければと切にねがっております。

……見捨てないで下さいね(涙目)

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