34品目
短いですが、文化祭に突入できませんでしたので一旦切ります。遅筆で申し訳ございません。
夜道で盛大にツッコミを入れた声で、迎えに来てたヒロを驚かせたり、彼とベタベタしながら――本人が思ってるだけ――帰宅したりと、今日の出来事だけでも盛り沢山だっただけれど、ちゃんと帰ってからはヒロとできるだけの仕込みをし、日付を跨いでからあたしは倒れ込むようにベッドへと入ったのだった。
そして、容赦無く目覚ましのアラームが鳴る。
相変わらず短い睡眠時間に、身体は更なる睡眠時間を、心はベッドの温もりを求めてくじけそうになるけれど、明日まで頑張れと自分を叱咤して乙女らしからぬうめき声と共にあたしは起床した。
誰よりも早く起き、味噌汁を作ってから登校の準備を済ませるんだけど、いつもより早い事もあって、お父さんはおろかヒロすらも起きてはいない。なので、卓袱台に味噌汁が出来てる旨のメモを置いてから、静かに鞄とリュックを持って玄関へと向かう。
「もう、行くのか」
和室の襖を開けて踏み出せば、寝間着姿のヒロが部屋から出てくる。
「な、何で起きてるの?」
驚いて、危うく上げそうになってしまった悲鳴を止めれたのは、きっと奇跡的に違いない。
「物音がしていたからな。飯は食べたのか?」
「え? 食べては無いけど、途中で買うし……味噌汁は作っておいたから安心――」
「五分、いや、三分程待っていてくれ」
バタバタと寝間着のまま和室へと向かった彼は、真っ先に冷蔵庫へと足を伸ばして冷凍庫の扉を開けた。
中から拳大のナニカを引っ張り出すと、そのままレンジでチン――一月ほど前にやっと使い方覚えた――して、事前に広げておいたアルミ箔に包み替える。それをそのままビニール袋に入れて、こちらへと手渡してきた。
「やはり、電子レンヂとか言うのは便利に過ぎるな。……おっと、急ぐにしても、作業をしながらこれをつまんでもバチは当たるまい」
「え? え? これって……」
「残った飯を握って焼いて冷凍しておいたのだ。まあ、供は沢庵だけだがな」
ちょっとだけ照れくさそうに、そして何でもない事のように言う。彼だって、日頃忙しいはずなのに……はぁ、ここまで気を使わせちゃってるなんて、あたし絶対失格女将だよ。
「ご、ごめん……」
何とか絞り出すように一言謝ったのだけれど、直後に頬に温かいモノを感じてあたしは言葉を続けれなかった。
………………。
「……落ち着いたようだな。その、時間は大丈夫か?」
「あはは、ちょっとヤバいかも。ゴメンね、その、気を遣わせてばっかりで」
「あのな、謝らせる為にしている事ではない」
「え、あ、ありがとう……ございます」
ちょっとだけ強い語気に気圧されて、ついつい敬語でお礼を言う。
「人間、一人で出来る事には限界があるのだ。謝ってばかりでは持たんぞ」
ヤレヤレといった空気で彼は、ヒロは言ってのける。
「遅れないように気を付けてな」
最後に言ったのは心配からか照れ隠しからだったのか。ヒロはそれだけ言って自分の部屋へと戻って行く。
「あの、本当に、その、ありがとう」
閉まる襖にあたしは今度は自分の言葉で謝意を示し、今度こそ玄関へと向かったのだった。
あたしの為に気を配ってくれる人が居るというのは途轍もなくありがたいものだと、改めて認識させられる。
感謝、感動、感激……それらが一緒くたになったような気持ちを感じ、あたしは今日と明日、これと同じ気持ちを文化祭のお客様に供することができるのかと、道すがらに考えずにはいられなかった。
――――――――――――――――――――
ヒロの焼きおにぎりを口にしながら調理室へと赴けば、登校を待ってましたとばかりに香澄が手作りの味噌汁――豆腐とワカメとネギの代表的な具材の――を手にして待ち構えていた。
結論から言うにしても、彼女の味噌汁は何と言うかまあ……。
「あんた、出汁を取らずに作ったわね」
“味噌汁”とは程遠い“味噌湯”になっていた。
「え、出汁って何?」
マテ、毎朝食べてる味噌汁と味の違いを感じなかったの!? と驚いてもしてしまうけれど、グッと堪えて話を進める。
「出汁ってのは――」
味噌汁の出汁の代表格は煮干し、鰹節が挙げられ、他に具材から出る出汁があるけれど、今日作ろうとしているのは前者である煮干しをベースにした出汁の味噌汁だ。
その事を彼女に説明するのだけれど、最初はピンと来なかったようで、色々と聞き返されてしまった。その都度、細かく噛み砕いた説明を加えて今――。
「さっきワカメを入れたから、そろそろ火を止めて味噌を入れるのよね?」
「流石はウチのクラスの秀才。飲み込みが早くて助かるわ」
意識して微笑み、彼女の秀でた部分を褒める。
今日の味噌汁の具材は当初彼女が作ったのと同じ、豆腐とワカメとネギの三種。作業手順と併せて説明したら、元々もの覚えの良い彼女は一度で覚えてしまったらしい。
微笑みは意識したとはいえ、口に出した言葉そのままに、あたしは心の中で彼女への評価を一つ上げた。
本当にやった事が無いってだけのことで、料理の才能が無いわけでは無いのだ。横で黙って見ていると、香澄は火を止めて味噌漉しに少な目に味噌を入れて鍋で溶く。すっかりと“味噌汁”になった鍋の中身を、用意していた小皿で味見して、また少し味噌を足して調整していた。
香澄が味見してと差し出してきた小皿に口を付けると、腕どうのこうのより、手間――心を込めましたという味が口腔に広がった。
そう、味だけで言えば何ともない普通の味噌汁。でも、具材は一番豆腐が多くされていてボリュームが確保されており、誰にどれほど気遣っているのかが今のあたしにも理解できてしまうデキだった。
「寒、寒……理由は解ったけど、松尾の負担が全部俺にくるのはちょっとキツイかな」
短時間睡眠で寝不足状態の松尾のためにと香澄を言い包め、教室に二人きりにするためにあたしは登校してきた町田――仕入れのための荷物運び担当の一人――を引っ張って校門まで来ていた。
本来は荷物運びも松尾と町田を含めた男子数人でやる事になっていたハズなんだけど、朝イチで真面目に登校してきたのは町田一人だけという、何とも心もとない状態だった。
「……ごめん。ここまで誰も来ないとは思ってなかったわ」
受け取る量を考えれば、流石に一人だけというのは辛いだろう現状を見て謝罪する。
「支払が終わったら、あたしも一緒に運ぶから」
責任者として丸投げするのはどうかとも思うので、続けざまに言うのだけれど、予想外の返答がもたらされた。
「藤原さんが謝る事じゃないよ。来ない奴らが悪いんだし」
「でも、朝イチで来れる人は来てって曖昧な言い方したのはあたしだから。だから、来てくれてありがとね」
「そんな事無い……よ。それに、運ぶのは一人でもやるからさ、えーと、俺も朝飯食べたいんだよ」
あら? 町田のやつ朝食まだだったんだ。
なんか、右頬を指で掻きながらの仕草に違和感を感じるけれど、今は町田が朝食を取ってない事の方が大事だよね。朝食は一日を左右する重要な一食なんだから。
「だったら尚更じゃない。取りあえずあたし一人で何とかしとくからさ、あんたはコンビニにでも行ってきなよ」
ま、イザとなれば玄関の脇にでも仮置きさせてもらって登校してきた男子を片っ端から捕まえて――などという打算はあるんだけどね。
「いや、そうじゃなくて……その、藤原さんが作るご飯が食べたい……なって」
現物支給という路線ですか。でも、あたしは香澄と違ってお米持ってきてないしな~。それに、作ってもらうなら――
「そういうのは彼女に頼んでよね。聞いてるわよ、年上の綺麗なお姉さんだってね」
ニマニマとした興味本位の笑みを浮かべ、井戸端会議のおばちゃんよろしく言う。
うわ、きっと今のあたしは嫌らしい顔してるんだろうな~と自覚する。だってねぇ、あの町田ですよ。奥さん。
「………………いや、そんなのじゃ無いから」
「ほほぅ、いっちょ前に照れ隠しなんかしちゃって。んで、どんな女性なの?」
「本当にち、違う……。だ、だって、お、俺は――」
先程までのハキハキしていた話し方が急激に萎み、従来の聞き慣れた町田の、ちょっとつっかえるような話し方に戻ったのを付き合いが長いあたしの耳は聞き逃さなかった。
なのに、この時に脳裏を過ったのは言葉使いが戻った事への違和感では無く、やり過ぎたという自責の念だけであって、そっちをフォローする事に終始してしまっていた。
彼のこの重要な変化を見過ごしてしまったまま。