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33品目

 脱衣籠を顔面に受けても町田は平謝りだったし、あたしは取りあえずそれ以上怒る事は無かった。

 最後に向けられた視線が妙に浮かれていたように感じられて気になったけれど、それは置いておくとする。


 着替え終わってから鍵を返却する時、先生には手違い(・・・・)で男子シャワー室のカギで女子シャワー室のカギが開き、同じである事が判明したと報告しておいた。

 けれど、先生からは「そうか」の一言だけだった。……うわ、何かすんごいひっぱたきたい気になるわ。


「それで着替え終わってたってワケだったのね。折角のチャンスだったのに」

 職員室からの帰路に、茉莉彩まりあが妙な事を言う。

 こいつ……またろくでもない事を考えていたな。

 あたしが町田を追い出してすぐ、茉莉彩はシャワー室から出てきた。そう、一糸纏わぬ姿で堂々と。

 前くらい隠せと突っ込めば、知った仲なんだから気にしないと返され、あたしは久しぶりに彼女の芸術らたいを見てしまった。出るとこ出て、引っ込むとこは引っ込んでる黄金比と、全体が丸みを帯びた女性像を。

 少し太ったのかとも思えるけれど、そうじゃない。何と言うかそう、幸せが滲み出ている丸みだと思う。


「何がチャンスよ、まったく」

「ま、いいわ。成長してるのは解るし」

 ロクでもない笑みを浮かべて言われる内容に、ちょっとした頭痛を覚えてしまう。でも、言われるままにはされるまい。


「それを言うなら、あんたの方が夏よりも成育してるじゃない」

「そりゃあ、まだまだ成長期ですから。小夜子みたいに揉んで貰わなくても大きくなってたし」

 ……こ、こいつ! 実際はそんな暇が無くて凹んでたりするというのに。

 でも待て、何か今過去形のような言い方をしなかった? もしかして、この聖女(魔女)にもとうとう彼氏ができたのかな。うわー、誰なのかすっごい確認したい。確認したいけど……確実にはぐらかされるしなぁ。

 思いっきり溢れてしまいそうな好奇心を飲み込み、あたしは平静を心掛けて、

「なるほど、揉んでもらったのが成長促進理由ってわけね」

 と、だけ返しておいた。


 ロクでも無いやり取りをしつつも、教室へと鞄を取りに戻ると次の頭痛の種があたしを待ち受ける。


「泊まって徹夜って、マジ!?」

 戻ってきた途端に声を上げていたのは春子だった。

 何、徹夜? さすがにそこまでは手伝えないからねと無音で吐き出し、春子とその相手――香澄を見やる。


「内装組――模擬店の内装を担当している男子達――が終わらないって言ってるのに、女子が帰っちゃうのは無いんじゃない?」

 当の香澄は聞いただけなら正論といった内容を広げているけれど……そうね、内装組の陣頭指揮を執っているのが松尾じゃなければね。本当にもう、一途というのか盲進というのか。


「だからと言って、全員残すことは無いでしょう? 明日からは接客があるんだから、徹夜明けの悲惨な状態をお客様に晒す訳にはいかないわよ」

 充血した目とその下クマだらけという状況を思い浮かべ、香澄に言う。

 うん。自分ならそんな店員がいるお店、入った瞬間に回れ右だっての。

 あたしも譲る気がない正論で返した事もあって、回りからも『そうだそうだ』という声が上がり、若干空気が尖り出す。


「何かあった?」

 重くなり出した空気を一蹴するかのように、そいつは現れた。


「あ、ちょうどイイトコに来たわ、内装って徹夜しなきゃ終わんない感じなの?」

 良過ぎるタイミングで現れた松尾に、すかさず茉莉彩が確認を取る。


「流石に徹夜はしないけど、バスとか電車無くなる奴らを帰すから日付は跨ぐかな。……女子は作業終わったのなら、ただでさえ遅くなってんだし帰れよ」

 日付を跨ぐのくだりで、香澄の表情が動いたのを察したのか、松尾は続けて帰れと言ってのける。


「そういう事なんだ。じゃ、あたしらもバス無くなる前に帰るね」

 ほっ。と息を吐いた春子が真っ先に鞄を取って歩き出す。


「おう、お疲れさん」

 すかさず松尾は片手を揚げ、ねぎらった。

 春子と松尾の行動に後押しされたのか、バラバラと遠距離通学組が続いて教室を去って行く。

 もちろん、あたしもその流れに乗るようにして教室を――。


「あ、藤原と古賀は残っててくれ」

 去れなかった。

 何でー! と思いっきり抗議したいが、委員(役職付)だからなんだろうなと簡単にできる予想でそれを飲み込んだ。


「明日の確認とかしときたいからな」


 殆どの女子が帰り、教室の隅であたしと茉莉彩、松尾の三人に加え、香澄とくるみ――香澄は強固に残ると主張し、くるみは茉莉彩と一緒に帰るから待つと主張した――の計五人が適当な椅子に腰かけていた。


「確認なんだが、仕込んだ料理は調理室で保管してるんだよな?」

「うん。常温保存しなきゃいけない料理以外は冷蔵庫――業務用の大型――に入れてる。調理室のカギはあたしが持ってるから、施錠して帰る」

 制服のポケットから出した鍵を見せながら言う。後はこの鍵を帰りに職員室に返して、明日、朝一番で来た時にまた受け取って開ければいい。


「接客用の衣装は結局決まったのか?」

「着物と作務衣に統一したわ。基本的には着物で、足りない分や小夜子以外で調理も担当するコは作務衣ね」

 最後まで洋装案やコスプレ案まで出てもめた衣装も、何とか和装で統一するように持って行った茉莉彩が回答する。


 ……と言った感じでそれぞれが担当した内容を確認し合い、最後の質問が松尾から出る。


「明日、最後の食材が入荷するんだよな。保管する場所や受け取りはどうなっているんだ?」

「保管は調理室の冷蔵庫で、受け取りと会計はあたしが担当する。それで食材を運ぶのを男子達にやってもらうようになってたと思うんだけど……明日の早朝なのに大丈夫なの?」

「ああ、少なくとも俺は今日泊まり込みになるから何時でも居る。いざという時はたたき起こしてくれ」

 え? 徹夜はしないんじゃ……というあたしの疑問を、香澄が口にする。


「それって、松尾君は徹夜するって事?」

「いや、徹夜はしない。ただ、俺が帰るためのバスはもう無いんだ。だから許可取って泊まる事にしたのさ」

「だったら私も――」

「帰れる奴は帰ってくれ。特に調理と接客を担当する女子は明日が本番だし」

 香澄の希望を遮り、松尾は言い切った。

 なるほど、覚悟の上だったってワケ……。


「俺と午前様組は明日、無事に開店したら爆睡するからな。先に言っておくぞ」

 でも無いのか! あたしの心配を返せと言いたい気がするけれど、松尾には事務と内装を任せっきりだったからな~。文句言えないかな。


「「いいわよ」」

 珍しく茉莉彩と了承の声がハモる。

 チラリと彼女はこちらを見てくるので、あたしは無言で頷き先を促す。


「松尾、頑張ってるからね。何なら添い寝に前田さんも付けようか?」

「ちょっと!」

「寝るならシノブちゃんの所に行くからいい」

 椅子から落ちそうになりながらも、抗議の声を上げる香澄を無視してげんなりした松尾が否定した。

 彼が言ったシノブちゃんとは保健室に居る若い先生の名前なんだけど、生徒は何故か名前にちゃん付けという失礼極まりない呼び方をし、あまつさえ、保健室に行くというのを“シノブちゃんの所に行く”と言うようになってしまっているのだ。それもこれも、先生の若さと天然入ってるほんわかしたキャラクターの所為なのかもしれない。


 ……ちなみに、シノブちゃんこと中森忍なかもりしのぶ先生はれっきとした男性教諭なんだけどね。


 とまあ、最後にしょーもない話に逸れてしまったけれど、前日の準備は以上を持って終了となり、女子4人は帰宅の途につくことになった。まあ、作業に戻る松尾から、半ば強制的に教室を追い出されただけなんだけど。

 教室を出てあたしは職員室へ鍵を返しに行き、先に帰るかと思っていた3人が玄関で待っててくれたので、一緒に出る。揃って校門を抜け、夜道をしばらく歩いてコンビニ――香澄の家へ分岐するポイント――まで来た時に香澄がポツリとこぼした。


「私、戻る」

 でも、それって追い返されるだけじゃない? と反射的に思ってしまうけど、彼女の瞳は本気マジだった。

 そこまで真剣なのなら、止める理由は無いと送り出してあげたいけれど、事務調整に抜群の適正を発揮している松尾の事、香澄を言いくるめて再び帰途へと促すことが安易に想像できるだけにね。そうなれば香澄は、今度こそ夜道を一人で歩いて帰る羽目になってしまう。それは彼女も薄々解っているだろうし、そうなれば暗い夜道を一人だと不安も大きいだろう。

 こんな時、あたしが香澄の立場だったなら……。


 ごく短い時間で考えを整理し、あたしは香澄を見やる。それと同時に横から刺さる視線に気付いた。

 視線に主は茉莉彩で、あたしがチラリと目線だけを移すと彼女は小さく頷く。


「ね、香澄。冷たい言い方かもしれないけれど、今からあなたが戻っても手伝える事なんて何一つないわ。それでも戻りたい?」

「そんなの解らないじゃない。何か手伝える事があるかもしれないし」

「そうね、その可能性もあるけれど、邪魔になる可能性も大いにある。だから、今から言うのはあたしからの提案なんだけど、これは確実に松尾の助けになる」

 訝し気な視線が正面から飛んでくる。それを飲み込むように一息置き、あたしは続ける。


「明日、朝食を作ってあげなよ」

「え? ええっ!?」

 解りやすいほど驚きを顔に出して狼狽える、恋する乙女。

 事前に担当を割り振る時、彼女は調理班ではなく小物や衣装を担当する班へと割り振られていたんだよね。本人からの申請で、調理より裁縫とかの方がまだできるからって事だったから、料理は自信が無いか苦手なのかなとは思っていた。


「ご飯って、私、他人に作った事なんて……」

「心配しなくても、あたしが横で教えるって。だからね、あとはやる気の問題。頑張ってる男子――というか松尾――を応援したいんでしょ、どうする?」

「あ、う……や、やる」

 赤い顔で狼狽えながらも、彼女はしっかりと話に喰らいついてくる。

 そう、その意気だ。頑張れ、香澄。


「明日、5時までに調理室に集合。だから今日は帰って早く寝てね、いい?」

「う、うん!」

 しっかりと頷き、彼女はまた明日と元気に言うと家路へと急いだ。


「……流石に彼氏がいる女の言う事は説得力があるわね~」

「彼氏云々は置いといて、香澄を帰らせる理由に説得力があったのなら良かったわ」

 茉莉彩のニヤニヤした表情に付随したセリフを軽く受け流して、短く息を吐いた。


「それでも一目散に走って帰るとはね」

「本当、小夜子といい香澄といい若いって良いわね~」

 どこか好々爺を彷彿とさせるような言い方で茉莉彩が茶化す。

 あたしは関係無い上に、あんたも同じトシでしょーが! とツッコミを入れたいけれど、それよりも先にツッコミを入れる先があるのでそっちを優先した。


「くるみ、ワケの解んないメモ、取らなくて良いから」

「えぇ~。ワケ解んなくなんてないよぅ」

 ヘラヘラと笑いながら“ネタ帳”などと書かれたアヤシイ手帳をポケットに仕舞うくるみ。この台無しの笑顔をしてる時はロクな事考えてないんだよね、この娘。


「でも、小夜子に始まり町田に続いて香澄も、か。青春だね~」

 くるみに気を取られてる間に、冗談半分といった口調で茉莉彩が言った。

 ま、町田が? あの町田が、嘘でしょ!? と驚いたけれど、そう言えば別人の様に逞しくなりつつあるのを見ているし、それはそういう事だったんだと納得もしてしまった。

 しかし、町田がね~。相手は誰なんだろう?


「小夜子? 何、百面相してんのよ。言っておくけど、町田のお相手は結構年上のお姉さまみたいだから、ふさわしい相手か学校の女子を探って締め上げようとか考えても無駄だからね」

「……確かに、相手は誰だろうとは思ったけど、相手を締め上げって、あたしゃ子離れできてないダメ親か!」

 今度は間髪入れずに、あたしは茉莉彩へ向かって思い切りツッコミを入れた。

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