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31品目(1)

一話分にするつもりが、途中で切る羽目に……ごめんなさい。

「……中々どうして、料理(魚の調理法)に詳しいと思ったが、料理屋の娘さんだったとは」

 夏に行った海水浴場の傍にあるお宅にずうずうしくもお邪魔し、厚かましくも出してもらったお茶を手にしたまま、あたしはお爺ちゃん――伊嶋いじまさんの言葉に耳を傾けていた。


「昔、獲れた魚の全てを買い上げられた事は確かにあるが……」

 渋い顔のまま“親父の小言”と書かれた湯呑を口運ぶ伊嶋さん。


 漁と出荷を終え、家に戻ってきたばかりの伊嶋さんを捕まえ、かくかくしかじかと理由を話したあたしへの返答がこれだった。



 ――――――――――――――――――――



 ――皆がウチに来店した翌日。


「やっぱり課題は仕入れか……」

 放課後にメンバー――うちに食べにきた面々。脱兎のごとく逃げ帰った川中を除く――が集まっての開口一番が、松尾のこれだった。


 クラス担任の先生が担当する教科だった6限目を潰し、前日の報告と問題提起を行い、解決案を募集したのだけれど、仕入れに関する発案は皆無――というか、誰かが発案する度に、別の誰かが問題を指摘して纏まらずにタイムオーバーとなったんだよね。それで、主幹メンバーによる放課後の打合せとなったんだけど……つか、何で問答無用であたしがメンバーに入ってるのよ!


「それで、古賀は昨日何か思いついたんだろう? 何でさっき発言しなかったんだ」

 あたしの思惑など微塵も気付かず、松尾が続けた。


「あんな混沌とした場でアイデア出しても、難癖付けられるのが落ちだからに決まってるじゃない」

「じゃあ、どこで出すのよ!」

 ヤレヤレと文字が浮かびそうなポーズで茉莉彩まりあが言えば、即座に香澄が噛みついた。


「もちろん、ここで」

 相変わらず魔女様な事で、ニコリと天使の微笑みを浮かべた茉莉彩は発言を続ける。

 ……うぅ、あたし要らないみたいだからもう、帰らせてよー。ヒロの夕食の支度とか、ヒロの洗濯物の取り込みとか、ヒロとお店の仕込みとかあるのにぃ〜。

 心急くあたしは逃亡の機会を伺っているのだけれど、茉莉彩の発言はそれを許さないものだった。


「小夜子のお父さんが言った、仕入先に配達してもらうっていうのが一番現実味があるかなと思ったのよ。模擬店は一日目の午後から二日目の夕方まであるから、仕入れる量も相当なものになるのが予想されるじゃない。そんな量を注文する事になるのなら、配達くらい無料でしてもらえるんじゃ無いかって思ったの。それに、一番の課題になる生魚については、夏に直売している漁師さんのコネもあるし。ね、小夜子」

 突然あたしに振るな! と喚きたいけど、思い当たる節があるため、そうも言えず、あたしは――。


「海水浴に行った時のお爺ちゃんの事? あんなの全然、コネでも何でも無いじゃない」

「あのお爺ちゃん、小夜子の事気に入ったみたいだったし、あんたが交渉すれば大丈夫よ。――きっと」

 何を根拠に……とツッコミを入れたい所だけど、現金なあたしの頭はその先を考えていた。


 ――もし、模擬店で使う魚を仕入れさせてもらう事ができれば、次からはうちの店で使う魚を仕入れる事ができるかもしれない。


「……解った。いいわよ、交渉してみる。仕入れる量を決めたら教えてもらって良い? あたし、そろそろ帰らなきゃいけないから」

 了解の返事と共に鞄を手にして立ち上がる。背後からは茉莉彩の「OK〜!」という気前の良い返答が聞こえていた。



「はぁ……面倒な事引き受けちゃったかな〜」

 お風呂上りに確認したメールには、茉莉彩からの仕入れ量と当日の魚料理案が記載されていた。

 お刺身はもちろんの事、煮物、焼き物、お吸物……。どれだけメニュー豊富にするつもりなのか、呆れてしまう部分もあるけれど、お客様の立場で考えれば、多様なメニューは楽しめる要因の一つだよね。材料調達と調理は大変だけど。


「連続で溜息をいてどうした。何かあったのか」

 お父さんも千秋さんも自室に戻り――ヒロは一度戻ってまた出て来てる――、お風呂上りのあたしの様子を見ながら湯呑を口へ運んでいた。


「ちょっとね。学校での仕事が盛沢山になりそうで、つい」

「文化祭とやらはそれほど大変なのか」

毎年いつもはそこまででもないんだけど、今年はクラスの模擬店でウチの支店を出して一番目指すって、茉莉彩がぼうそ……じゃなくて、突っ走ってるからね」

 スマホを片手にもう一度深い溜息をついて言う。


「……責任重大だな。しかし、その話は親方の耳に入れてあるのか」

「うん。あたしと茉莉彩が責任持ってしっかりやるなら良いってさ。あまつさえ、店を閉めてまで手伝いに行くとかワケの解んない事まで言い出したからお盆で引っ叩いといたけど」

 今朝の出来事を簡単に説明したのだけれど、ヒロは思い当たる節があるのか、なるほどなと短く言うに留まった。

 大体、本職をそのまま助っ人で呼んでしまったら、三年生の模擬店と同じになってしまうし。


「しかし、親方までやる気になるなど、文化祭は収穫祭のようなものなのだな」

「収穫祭とはちょっと違うし、お父さんが異常なだけよ。まあ、お祭り騒ぎになる事は確かだけどね」

 こめかみをヒクつかせながら言い、最後はペロッと舌を出して言った。

 実際、文化祭が行われる二日間は学校へこれでもかと言うほどの人が殺到し、下手なお祭り並の人出となる。そのため、大抵の模擬店は大わらわになるんだよね。


「まぁ、高等学校の行事だから俺に手出しが出来るとは思えないが、力になれそうな事があれば……その、遠慮無く言ってくれぃ」

「本当は……料理人として助っ人に呼べれば一緒に居れるのに――」

 思いっきり口に出してしまって、慌てて俯いた。


「ご、ごめん。聞かなかった事にして」

「あ、ああ」

 気まずい沈黙――。だが、その沈黙はヒロによってあっさりと破られた。


「しかし、模擬店とやらの料理人は誰が務めるのだ。小夜子か?」

 普通はそう思うよね。ヒロにもお父さんにも頼んでないし。

 その疑問に対し、あたしは茉莉彩のメールの内容を、バツが悪そうに応えるのだった。


「……料理の種類事に分担する事になるわ」

 あたしが伝えた内容に固まってしまうヒロ。そうだよね……普通はそうなるよね。


「一応、事前に練習して味の出来不出来はあたしが見る事になるけど」

 コホンと咳払いをしてから追加した内容に、ヒロは珍しく眉根を寄せてしかめっ面をした。


「料理については小夜子が太鼓判を押せば良しとできるだろうが……模擬店とやらの大将、全体を指揮する者はちゃんと居るのか?」

 ごもっともな心配である。


「……居ない……かも」

「調理体制も問題だが、大将の居ない店なぞ成り立たんぞ」

「うぅ……」

「大体にして、大将が居なくては仕入れもままならん。女将をやっている小夜子らしくも無い」

 返す言葉も無く押し黙ってしまうあたし。

 そう、お店の大将――責任者が居ないということは、仕入れの全体量を把握する人間が居ないということでもあり、それは無駄な支出を増加させることと同義だ。

 考えても見て欲しい。

 お刺身を出す場合でも、魚だけではなくツマを付ける事が当たり前になるのだけれど、代表的なものだけでもダイコン、アオジソ、食用菊、ニンジンなど、多くの種類を必要とする。しかし、料理当りの必要量は少ないため、各料理で使う素材を共有して必要量を揃えなければ必要以上の食材を揃える事となり、無駄な支出の嵐になってしまう。


 なのに、何故その事を指摘しないのか……そう、だって――文化祭、あたしが一番やる気が無いんだから。


 本心の言葉を一度飲み込み、彼の顔を覗き見る。

 ……文化祭に取られる時間があるのなら、あたしは、ここで彼と――。


「……すまん。つい、言い過ぎてしまった。悪かった」

 黙ったままのあたしを見て、言い淀んでいると思ったのか、ヒロはポツリと言って視線を切った。


「……そんなこと、ない。ねぇ、ちょっと愚痴に付き合ってくれる?」


 文化祭で責任者不在を指摘すると、そのままあたしが仕入れの責任者をさせられる事が確実になってしまう。ただでさえ個室利用の対応に右往左往している状況なのに、そんな役まで受け持たされたら共倒れは必至だもん。第一、クラスの奴らだってきっと面倒事はご免被ると思っているに違いないし。それでなくてもウチの支店とかいう安直な選択肢に走ったうえに、魚の仕入れは半分は自分のメリットを見出したとはいえあたしに割り振られたワケだし。

 ……と、いうような内容をグチグチとヒロにぶつけたのだった。


「なるほど。小夜子からはそのように見えていたのだな」

「そうしか見えないわよ」

 ヒロとの時間を食潰されるとしか――という刺々しさ満点の二の句は、もちろん口に出さずにあたしは言う。

 それでも尖った空気は出ていただろうに、彼はそれをものともせずに続けた。


「店として成り立たせるのであれば、大将が必要になる事、大将が決まればその手足になる役どころが必要になる事を……そうだな、古賀と言った同級の女に話をしてみてはどうだ?」

 何で茉莉彩に? と思ったところで、追加があった。


「昨日の集まりを仕切っていたのが、あの女だったことと、もう一つは……一番小夜子を気遣っていたようだったからだ」

 考え込むことしばし。昨日から今日までの茉莉彩の行動を思い返してみたあたしは、ヒロの顔を覗き込みながら、

「…………そっか。うん、相談してみる」

 と返事をした。


「そうしてくれ。折角、高等学校の行事へ参加するのだ、思い切りやった方が良いじゃあないか」

「そうだね。出来る事だけでもやって、少しでも楽しんだ方が良いよね」

「ああ。その意気だ。では、週末の仕入れ先には俺も同行させてもらうとしよう」

 何だか手玉に取られたような気もするれど、それでも嬉しいことを言ってくれたヒロに、あたしは明るい笑顔で「うん」と頷くのだった。



 時間は瞬く間に過ぎて週末。

 ヒロに言われるがままに茉莉彩に相談――泣付き?――した所、料理関係の責任者は内容を熟知しているあたしという事になり、店内の雑務の責任者が茉莉彩、学校への諸手続きなどの事務等は松尾が担当するということになり、仕入れについては各料理担当にあたしから量を指示すれば各担当が仕入れることとなった。

 この時、一切の反論を許さない茉莉彩の統率力カリスマは本当に凄いもんだよ。


 まあ、そんな事がありつつも、魚の仕入れはあたしの担当という事で動かなかったので、日々の日課と各料理担当者との調整、へ材料の必要量を伝達を終わらせ、今朝も早起き――睡眠時間、約二時間――して家を出た。


 今回は車のアテも無いので、バス、鉄道、船を乗り継ぎ、夏に来た海水浴場――というか、隣の漁村へあたしとヒロは降り立った。


「……潮の香は変わらないものだな」

 船着き場に先に降りたヒロがそんな事を言う。

 今日の服装が長崎さんチョイスのジャケットとネクタイを基調としているだけに、えらく大人びた雰囲気が出ていた。


「確か、船着き場から北に少し行った所に居たのだったな」

 キザったらしく手を取るでもなく、自然体であたしの下船を待ってくれたヒロが言う。


「うん。そう」

 薄手のカーディガンにスカート姿のあたしは、下船の時の揺れと潮風でスカートが捲れないか心配な事もあり、短い返事をするに留まった。

 私服のスカートなんてかなり久しぶりにはいたのだけど、滅茶苦茶落ち着かない。やっぱり履きなれたジーンズにすれば良かったかな。

 何て思っても、後の祭りだ。浮ついて、予定より一時間も早起きし、お洒落しようなんて考えてしまった自分の所為にほかならないので仕方がない。

 ……でもさ、悪い足場に強い風、そして女らしい服装なんだから、手ぐらい引いてもらいたいと思ってしまうあたしは贅沢なのかとも思うけど、彼にそんな素振りは無かった。


 あたしが大地へと無事に降り立つと同時に、ヒロは港にあるお土産屋へと歩を進めていた。


「あ、ちょっと待って」

 慌てて追いかけて……その、隣へと並ぶあたし。

 ……だって、お土産屋の売り子は綺麗なお姉さんなんだもん。


 何か金魚でも眺めるような微笑ましい顔をされた気もするけれど、あたしとヒロは並んでお土産物屋の前へと立った。


「いらっしゃいませ〜」

 サービス業従事者の鏡の様に、にこやかな笑みを浮かべるお姉さん。それに対してヒロは遠慮のかけらもなく、

「訪ねたいのだが、夏にこの港の北側に居た魚売りの爺を知らないだろうか」

 などと、商品に見向きもせずに言ってのけた。


「ああ、それなら近所の――前の道を左に行って橋の点前に住んでいる伊嶋さんだと思いますよ」

 流石は接客のプロ。嫌な顔一つせずに答えてくれる。

 というか、あのお爺ちゃんに知名度があって助かった。


「橋の手前の伊嶋さんか。ありがとう」

 お礼だけ言って、店を出ようするヒロ。

 ……いや、聞くだけってのはまずいでしょ。と思いつつ、あたしは慌てて土産物屋のめぼしい商品へ目を向け、目に留まったべっ甲のストラップへと手を伸ばした。


 ――500円。

 ストラップの値段としては高い部類に入るけど、べっ甲を使ってる商品では良心的な価格だと思う。


「べっ甲のストラップは珍しいでしょ。日付と名前の刻印もできますので、いかがですか?」

 あっさりとあたしへと視線を切り替える売り子のお姉さん。

 日付と名前か、それなら高くても……。

 ヒロの顔をチラ見すると、何だ、何事だという顔をしていた。そんな彼の(表情)を確認し、あたしは決断する。


「これ、下さい」

 半分情報料、半分自分の為と言い聞かせ、あたしはストラップをお姉さんへ手渡した。


 先に精算をすると、お釣りと一緒に名前を書く紙を渡される。紙を受け取ると同時にもう一度ヒロの顔を見て、あたしは受け取った用紙へと記入した。


 刻印のされたストラップをスマホへと取り付け――自分の名前を刻印したのかって? 違うけど、何を書いたかは内緒――て、お姉さんの声に送られながらあたしはヒロと土産物屋を後にする。


 二人して通りを左に進んで行くと、大きく上に弧を描いた橋が見えてくる。その手前、通りから少し外れた所に一軒の古びた、昭和の雰囲気に包まれた家屋があり、家の大きさに見合ったささやかな門に表札が掲げてあった。


「ここのようだな」

「そうみたいね」

 異口同音で肯定する。だってね、立ち止まった先で目に入った表札には、黒字で“伊嶋”と書かれてあったのだから。



 ――――――――――――――――――――



「言っちゃあ悪いがね、お嬢さんに一船買ができるとは思えないんだ」

 湯呑をゆっくりと卓袱台の上に戻し、伊嶋さんは言う。


「ええ、あたしが反対の立場でもそう思います。だから――」

 一度言葉を切り、あたしは一度俯くと、ゆっくりとした動作で胸元のボタンへと手を伸ばした。

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