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30品目(1)

「ではこちらお釣りとレシートになります」

 茉莉彩達の会計を終えたあと、残った町田の会計――牛筋の煮込みの分――をレジで清算する。


「……お釣り、多くない?」

 レシートに記載された金額と、お釣りを見比べた町田が即座に声を上げた。


「今回だけオマケ。次は無いからね」

 女将の顔から、学校の表情かおに戻ったあたしが言う。

 町田持ちで頼んだ牛筋は、結局全員でほぼ均等に食べてたし。ま、これも原価に対して収益率が良いからできる芸当なワケだけど。


「いいよ。ちゃんと払うって」

「はいはい、無理しないの」

 町田が差し戻そうとする小銭をあたしは両手で遮る。


「解ったよ……。気を使ってくれて、あ、ありがとう」

 戸惑いつつも(?)声音優しく、表情も柔らかく町田は言うのだけれど、目が怒っていたのは見間違いでは無いよね……。

 ヒロと一緒にいて、彼の目の光や微妙な表情から感情を読み取るようになったからか、町田の様にポーカーフェイスをされても、今のあたしは隠された感情が解るようになってきていた。


「それじゃあ、茉莉彩達の所に行きましょ」

 親方に一言断りを入れ、洗い物を二人に任せてあたしは町田と座敷へと行く。


「来た来た。それじゃあ、仕上げといきますか」

 相変わらず元気な、それでいて上品さを欠かないの茉莉彩の声に、今日集まった全員が頷く。


 結論から言えば、ウチのお店の味が再現でき、かつ、郷土料理をメニューに盛り込めれば、文化祭の模擬店としてかなり高いレベルになるとの意見が占めた。特に、三年生のお店の味を知っている茉莉彩とくるみ、松尾と川中――これにも驚いたけど――の評価が、疑わし気だった香澄の意見を捻じ曲げる事になった。『そこまで言われたら逆に三年のお店も味見してみたいけどね、お金があれば』と言って溜息をついていたのは、普段がクールな香澄だけに、ちょっと面白かった。


「小夜子や仲居さんのレベルからは下がるだろうけど、人数がいるから給仕は良いわ。でも、問題は次ね」

 一度言葉を切って、茉莉彩が続ける。


「料理のレベルをどう維持するか。まさか、小夜子のお父さん連れて行く訳にもいかないしね」

 ふぅっとついた溜息で、皆が静かになってしまう。


「……流石に凝ったのは無理っぽいけど、シンプルなヤツなら再現できそうだし、品数を絞れば何とかならんかな?」

「シンプルなのは良いと思うけど、凝った料理が無いと先生達の評価はキビシイんじゃないかな~」

 黙った空気が嫌いな順子が何とかと言った風に意見を出すと、両手で湯呑を包んだくるみが言う。


「あと、材料の仕入れだな。例の三年の模擬店が優勝できない理由もそこにあるって聞いた事もあるしな」

 眉間に皺を寄せた松尾がとつとつと語る。

 三年生の模擬店は材料一式をお店の物からそのまま流用しており、その事も先生達の評価を下げる要因になっているのだとか。実際、何のお店をするにしても、商品になるモノ――材料や製品――の仕入先を確保するのが大変になるワケだからね。

 ウチだって、安価な料理を出そうとした時は、市場はもちろん、直売所や農家まで回ったくらいだし。


 まったく同じように模擬店の為に仕入れ先を確保し直せとは言われないだろうけれど、親のお店で多く仕入れてもらい、安価で模擬店の材料に流用しましたでは評価が低くなるのは予想できる事ではある。


「あり得る話よね。去年優勝した“郷土研きょうどけん――郷土料理研究クラブの略称――”も食材の仕入れと搬入のためにって、助っ人枠を使ったって言ってたし」

「料理人に仕入れに搬入にとなると……ね、今からでも別の模擬店に考え直さない?」

 皆が頭を抱えている事を良いことに、あたしは方向転換を提案するのだけど……。


「他の案にロクなのが出なかったし、今更考え直す労力を掛けるのなら料理人確保と仕入れに頭使う方が良いかな。それが解決できれば料理屋系の模擬店なら何でもできる事になるし」

 松尾に即刻否定されてしまった。

 まあ彼の言う通り、料理人と仕入れが解決しなければ料理屋系は不可能と言えてしまうか。


「大分遅い時間になっているけど、皆大丈夫なのかい?」

 皆の思考が袋小路にハマってした時、大盆に人数の丼を持った親方――いや、閉店したからお父さん――が突如として現れ、これはサービスだから遠慮無く食べてと、丼に入ったかけ蕎麦を皆に配った。


 お父さんの様子から、視線をスマホの時計に移して見みれば、後一時間程で日付が変わろうかとしている時間になっている事に気が付く。


「明日もあるし、流石にマズイ時間だよ」

 まだまだ片付けやら何やら、やらなきゃいけない事が目白押しのあたしは慌てて言った。


「そうねぇ、流石にマズイ時間よね」

 チラリとスマホの時計とお父さんを交互に見た茉莉彩が言う。


「ね、おじさん」

「ん? 何だい」

「おじさんも修業時代は仕入れに行かれてたんですか?」

 お父さんから蕎麦を受け取り、他愛もない世間話といった口調で聞く茉莉彩。


「おじさんが修業していたお店は仲買人に注文して持ってこさせてから、修業時代に仕入れに行った事は無いね。それがどうかしたの?」

「文化祭の模擬店で、仕入れに行き詰ってしまって。ほら、私たちじゃ車とか使えないじゃないですか」

「なるほど。だったら仲買人に頼むか、仕入先に配達してもらうとかかな。仲買はプロ規格だから特に割高にはなっちゃうけど、他の作業に時間を当てれて色んな物が一気に揃うのは魅力だよ。」

 お父さんの説明に、箸を握ったままの茉莉彩がそんな考え方もあるのかと頷く。


「おじさん、ありがとうございます。お蔭で良い事考え付きました」

 ニッコリと微笑み、彼女は蕎麦へと箸を付けた。



 ――――――――――――――――――――



 皆も流石に帰り――何人かはお父さんが送っていったけど――、お店の後片付けを終えたあたしは、最近では一日で唯一ゆっくりできる時間である入浴を終えて浴室から脱衣所へと出てきた所だった。洗面台に備え付けた時計が無情にも日付が変わった事を示している。


 明日もあるし、さっさと寝ようかと思ったところで、ふと、ある事を思い出して着替えの横に置いていた可愛い柄のビニール袋を手に取った。

 帰りがけの茉莉彩から風呂上りに直ぐ開けろって言って渡されたんだよね。でも何だろう? 忙しくしてるあたしを気遣ってハンドクリームとかのプレゼントかな。やっぱり持つべきものは友達だよ。

 茉莉彩さまの糧に感謝を――何て冗談めかした事を考えつつ、袋の中身を取り出すと……これ、リボン? でも、レース生地の部分もあるし……って、えぇぇぇっ! コレ下着じゃないですカ。しかもエロい。

 な、何考えてんのよ、あの女ーっ!!


 広げてみた中身は、白リボンのような紐にレース多めの布地、アクセントにピンクのリボンやフリルがあしらわれたブラとパンツだった。ご丁寧にも布地面積は少なくて、どういう目的の品か否が応でも解ってしまう。

 あたしは心の中で、さっきの感謝を返せー! と盛大に茉莉彩に向かって怒鳴っていた。


 大体、まだ隣の部屋にヒロが居る――日課にしているレシピ帳及び日誌の作成をしているのだ――のに、こ、こ、こんなアブナイ下着なんて、えっと、あのその……。


 ……………………。


 真っ向否定できずに盛大に悩んでしまった挙句、あたしは着替え用に持ってきた下着と見比べ、自分への言い訳を並べ立ていた。

 そう、最近、かなりの使用頻度でローテしていた下着は、端々《はしばし》が擦り切れたりほつれたりしていたのだ。これはこれで、見た目的に問題があるし、自分でボロボロの下着はダメだって言った点前もあるし――ヒロも古くなってる下着より新しい方が良いよね。

 などと考えてしまい、恐る恐る茉莉彩プレゼンツの下着の方へ手を伸ばしているあたしが居たのは脱衣所だけが知っている出来事のはずだ。



「上がったか。それでは寝るとするかな」

「ね、寝るっ!?」

 思わず裏返った声を上げてしまう。


「もう、いい時間だからな」

「そう、そうだよね……」

「……?」

 寝間着の下の落ち着かない下着のお蔭でしどろもどろになっているあたしの顔を、ヒロは首をかしげるようにして覗き込む。


「まだ、眠くないのか。では、少し付き合ってもらおう」

 ボソリと言って、ヒロは自分の湯呑に加え、もう一つ湯呑を食器棚から引っ張り出して急須のお茶を注ぐ。


「昼の茶請け用に作ったものなのだがな」

 と言って、冷蔵庫からタッパを取り出し、卓袱台ちゃぶだいの上でふたを取った。

 中には細長い茶色い物体が乱雑に入っていた。


「これ、柚子を使ったお菓子?」

「ああ。柚子の皮を砂糖で煮て乾かしたものだ。茶請けに良い」

 一拍置いて、あたしはお菓子へと手を伸ばす。最近、カルメラ(カルメ焼き)と言いヒロの作ったお菓子を貰ってばかりだな〜。

 などと考えつつ、お菓子とお茶を口へ運ぶ。

 あぁ、何でだろう、ほろ苦いのに甘くて後味で柚子の風味が鼻孔を抜けて……お腹の底からホッとする味だよ。


「美味しい、それになんだか懐かしい気がする」

「俺が知っているくらいだ、子供の頃に何処かで食べた事があるのかもしれんな」

 えっと、そういう事ではなくてですね、味への評価なんだけれど。

 むぅ~と言いたい表情でもしていたのか、ヒロからの言葉が続けられる。


「少しは落ち着いたか」

 確かに、脱衣所から出てきたばかりのように、冷や冷やとした感じは無くなっていた。


「そうね。何だかホッとしちゃった」

 お菓子の後味の余韻と、お茶の温かさを感じたことを表すように湯呑を両手で持ちつつ答える。

 だからだろうか、あたしはその場のノリで彼に向けて言葉を重ねた。いや、続けてしまった。


「ね、やっぱり、ヒロの時代はこういったお茶菓子とか食事とか、女の方が用意するのが当たり前なんだよね……」

「場所や状況によりけりだ。大体にして、兵隊になれば身の回りの事や上官の小間使いが務まらねば話にならん」

 もっとも、例外はあるようだが……っと、小夜子は忙しいの身空なのだから気にするなと、微妙な(表情)で言っていたけれど。


「うぅ……何か、前も貰って何も返してないし」

 言いつつ、はたと、あたしはヒロへとお返しに出せそうなモノを思い出した。


「ね、ヒロは……その、未成年だけど、お酒って好き?」

「……そうだな、この時代が年齢の決まり事に厳しいのは聞き及んでいるが……好きだな。尤も、ここに来る直前は不味い酒が出回っていて呑もうとも思わなかったが」

 よっし。第一関門クリア。あと少し、あと少しだけ勇気を出せ、あたし!


「そっか。じゃあ、その……少しだけ……呑まない?」

「どう……したんだ」

 流石に驚いたのか、口調が乱れるヒロ。

 だってねぇ、これまでヒロの前――というか茉莉彩達の前――で散々に未成年の飲酒がどうのこうのと、小言を並べてきたあたしには警戒心も湧こうというものだ。


「あのね、ヒロが来る前に漬けた梅を漬けたお酒があるの。練習のつもりで漬けたんだけど、焼酎じゃなくてお酒(日本酒)を使った珍しいヤツなんだけどね」

 半ば、お願いと思いつつもヒロに説明するあたし。

 これで要らないって言われたら……。


「何、酒で梅を漬けたのか!?」

 珍しく眉根を寄せて驚くヒロ。


「うん。少しだけ舐めてみたけれど、美味しくできてたわ」


「だが、酒か……なぁ小夜子、頼みがある。一緒に呑んで貰えないか」

 彼の逡巡してからの提案に、あたしは思いっきり驚いてしまう。

 そう、あたしは口酸っぱく周りに言いながらも、自身はお酒が好きという体質を自覚しているからだ。


「で、でも……」

 言い淀み、悩んでしまうあたし。

 だって、あたしはお酒を呑んで酔うと、えっと、かなりオープンな性格(ノリ)になるらしいし……。


 かなり昔、お屠蘇とそで酔ってしまった事があるあたしの脳裏に、懐かしいお母さんの声が蘇ってきて、なおのこと悩んでしまう。万が一、酔ってヒロの前で変なノリになってしまったら……。

 でも、これでヒロが呑まないって言われたら、それはそれで凹んでしまう。 


「お酒の席だから、その、無礼講でも良いかな?」

 えーい、ままよ! と心の中でわめきつつ、一応の予防線は張っておいた。


「それはむしろ、こちらから頼みたい。酒の席は何があったとしても無礼講でな」

 この言葉に決定打を得たあたしは、調理場の隅に寝かせている梅のお酒をヒロの前まで引っ張り出してきた。


 加えて卓袱台ちゃぶだいに置いたのは冷酒用のグラスが二つと、シラスおろし――シラスに大根おろしを和え、刻みネギを一つまみと醤油を垂らしたもの――を肴として用意する。


「お待たせ。肴がちょっと渋いかもしれないけど」

「いや、これは良い肴だ」

 グラスに注いだ常温の梅酒――便宜的に“うめざけ”と呼んでいる――を手に、ヒロは乾杯を求めてくる。


「お疲れ様」

 短く応えたあたしは、彼のグラスにカチンと音を立てるように合わせ、同時に喉へと液体を運ぶ。


「――美味いな。梅酒うめしゅにこのような作り方あるとはな。目から鱗の境地だ」

 喉を鳴らし、ほぼ一気にグラスを空けたヒロが言う。


「あたしも、教えてもらった時は同じ気持ちだった。でも、面白い味でしょ」

「謙遜が過ぎるぞ。お代わりをくれ」

 はいと返事をしてお酌をするあたし。

 自分が作ったモノ(料理)を美味しいと言ってもらう……自身の原風景を再確認できたような気がして嬉しくなり、饒舌になってきているあたしがいた。


「ヒロこそお世辞が過ぎるんじゃないの?」

 ふふふと、微笑みを浮かべてグラスに口を付ける。


 そんな、ちょっとした嬉しいやり取りが数合続いて、まあ、何と言うか、二人とも疲れていたからか、結構酔いが回ってきていた。


「しかし、どうも酒が入るといかん」

 視線を下げたヒロが、突然言い出した。


「どうしたの?」

「……無性にお前を抱きたいのだ」

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