19品目――箸休め-親友達の密談-
暖簾が降りている“藤華”から二人の少女が出て来る。
交流会と言う名の打ち上げがお開きとなり、帰路へとつく古賀茉莉彩と福丘くるみだ。
「またね、小夜子。頑張りなよ~イロイロと」
「バイバイ。小夜ちゃん頑張って!」
「はいはい。またね」
ウンザリしているのか、出入り口に後から立った和装の女――小夜子は低いトーンで投げやりな返事をすると、手を添えていた引戸を躊躇無く閉める。
親友の顔が見えなくなったことで、家路への歩を進める二人。あたりは住宅街という事もあり、日が落てしばらく経った今の時間帯は明りは見えても喧騒はない。
そんな寂しい風景だったという事もあってか、自慢のロングヘアを揺らした茉莉彩はその艶のある唇を開いた。
「途中で小夜子に止められちゃったから、飲み足りないわ。ね、うちで飲み直ししない?」
「えー。だったらカラオケ行きたいよぅ~。茉莉ちゃん持ちで」
小柄な体と愛くるしい表情で希望を訴えるくるみ。
姿も口調もジュニアアイドル顔負けに可愛らしいのだが、言ってる内容は容赦が無い。
「往復のタクシー代、くるみが出してくれるなら良いわよ」
「無理」
即答。
それもそのはずで、基本が住宅街であるこの青葉町には、バスも通ってない山手の方へ行くか、隣の市に出ないとカラオケボックスというものが存在しないからだ。
「で、どう? うちで良いの?」
「今日はもうお腹一杯だしいいかな~」
「そっか。じゃ、コンビニまで行ったら今日は解散だね」
二人の共通の帰路が続くのは先にあるコンビニまでだ。そこまでの道程を視野に入れ、茉莉彩が提案すると、小柄な少女は歩きながらコクリと無言で頷いた。
「……小夜ちゃん、メロメロだったね」
店内に居た時のフワフワとした足取りは何処へやら、しっかりと歩を進めながらくるみはポツリと口を開いた。
「やっぱり、くるみもそう思ったんだ」
アイドル顔負けの美貌を曇らせ、一度閉じた顎に指を当てて逡巡した茉莉彩は小さな溜息と共に言葉を吐いた。
「まあ、いつもならお洒落させようとしたらキレかける小夜子が素直に言う事聞いてたし、目線は完全に恋する乙女だったし普通はそう思うよね」
「全くの同意だね。小夜ちゃんも素はイイんだから、身嗜みを少し覚えただけで男子の評価なんか覆せるのにね」
「確かにそれは言えるわ。それに、松永さんも今日一日、小夜子ばかり見てたくらいだから脈はあると思うんだけどな」
今日の出来事を思い出し、若干の呆れが入った表情の茉莉彩と、同じことを思っていたのかくるみの視線が見事に重なった。
「これはトモダチの為にも一丁やりますか」
「トモダチの恋路は応援するに限るよね」
麗しい友情の言葉を口にする二人だが、その顔には含みのある邪な笑みが浮いていた。
「学校が始まるまであと一週間しか無いからね。さて、どうやって小夜子の夏を忘れられない熱い夏にするか……」
「あと一週間しか無いのが残念だよね」
「あたしが小夜子と同じシチュエーションなら、即刻色仕掛けでも何でもして迫るのに」
じれったいとばかりに茉莉彩が声を上げ、容姿に似合わぬ事を言うと、隣りを歩く少女は耳聡くその言葉尻を拾った。
「同じならって、茉莉ちゃん、いつの間に気になる男が出来てたのかな?」
良い事聞いたとばかりに、くるみの目が爛々と輝く。
対して茉莉彩は、しまったと心の中で毒づくが、もう遅い。一応すっとぼけてみるが、この小動物のような見た目に似合った少女の嗅覚――カンの良さは誤魔化せないだろうと半ば諦める。
「言葉足らずだったわ。あたしに好きな人が居たとして、小夜子と同じシチュエーションだったらよ」
「で、その好きな人はどんな人かな?」
言葉の大半を無視したくるみが、ニコニコとした人の良い笑みを茉莉彩に向ける。
「仮定の話よ」
「なるほど。小夜ちゃんの前でその話をしなかったって事は、小夜ちゃんが知っている人なのね」
「何か話が噛み合ってなくない?」
半ば諦め気味に言葉尻を下げるが、追求は止まらなかった。
「でも、今日の三人は茉莉ちゃんの好みじゃ無いっぽいから違うし、小夜ちゃんに紹介した男達も除外すると……小夜ちゃんのお父さん、お医者の先生、議員の先生の内の誰か?」
「まあ、そう思ってて」
自分の親と同世代の二人や、下手をすればお爺ちゃん世代に近い人選に、内心安堵の息を吐きつつ、茉莉彩は投げやりな返事を返した。
これで追求もひと段落するかと思っていたが、愛くるしい少女は、持ち前の小動物もかくやといった直感で追撃を放つ。
「……確か、小夜ちゃんってお兄ちゃんが居たんだよね?」
「……」
一安心した直後だったこともあり、茉莉彩は反応出来ずに黙ってしまう。
「ふ~ん。そうなんだぁ。そっちもバッチリ協力するから心配しないでよ~」
ニンマリとした底意地の悪い笑みを一瞬だけ浮かべ、くるみはトドメの一言を口にした。
「バレたものは仕方無いか。小夜子には黙っててよ」
ふぅ、と大きな溜息を吐き、観念した茉莉彩は概要を口にした。
「小夜子の親が離婚した後くらいから、メル友みたいな感じでやり取りしだして、最近イイかなと思いだしたのよ。小夜子は兄妹バラバラなのに、あたしだけくっついちゃうのもちょっとねって思ってね。それもあるから小夜子の恋は成就させたいの」
「そっか。茉莉ちゃんと小夜ちゃん、二人のためにも頑張らないとだね」
「協力、期待してるからよろしくね」
何のかんのと言っても友達で、茉莉彩もくるみの性格を理解しているため、追求したことを責めたりはしない。
愛くるしい見た目に似合わない耳年増の少女は、暴露してしまえば頼もしい味方になることも知っているからだ。
「いっその事、残り一週間じゃあまり進展しないだろうし、夏は諦めて秋に狙いを定めたらどうかな? 学校の行事も目白押しだし」
「そうね。体育祭も文化祭もうちの学校、秋にあるしね。くるみ、冴えてるじゃない」
機嫌を取るようにわざとらしく褒める茉莉彩。褒められた方も理解しているのか、余計な謙遜などはせずに話を続ける。
「秋だと美味しいモノも多いし、お弁当用意してもらってお出かけとか企画すれば、小夜ちゃんの料理の腕を活かすチャンスだよね。例え失敗しても、それはそれ、彼の優しい指導が入って二人の距離は一気に縮まり、夜には燃えるような大人の時間到来――ふふふふふ」
可愛らしい顔でとんでもない事を言い出す同級生に、麗しい口元を引きつらせながらの止めを入れる。
「くるみ、あんたの可愛い顔が台無しになってるって」
「えー。わたしの顔なんてどうでもいいよ~。でも、料理イベントいいな……今度のネタにしよーっと」
手に下げていたバッグからスマートフォンを取り出し、メモ帳機能を呼び出して高速で文字を打ち込むくるみ。その手つきは熟練の領域に達していた。
「うわ〜。あんた、友達使って漫画書くの止めなよ。バレたら小夜子といえどもキレるわよ」
「大丈夫だって〜。ちゃんと小夜ちゃんを♂化してバレないようにするんだから」
茉莉彩の忠告に嬉々とした表情で反論するくるみ。
あまつさえ、どちらが攻めでなどと、ブツブツ独り言まで始めてしまう。
茉莉彩だけが知っているくるみの本性、毎度の事とはいえ、彼女は美しい顔を歪ませ、低い声でツッコミを口にせずにはいられなかった。
「…………腐ってやがる」




