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15品目

「お腹空いたー」

 第一声を上げたのはくるみだった。

 

「そうだねー。あたしもー」

 探し出したビキニトップを元通りにつけた茉莉彩まりあも同意し、あたしに視線を向けてくる。


「はいはい。それじゃあ、お昼にしようか」

 あたしは波打ち際で動かしていた手――水の掛け合いをやっていた――を止め、友人二人に提案した。


「あたし、場所取り行って来る!」

 言うが早いか、茉莉彩は休憩スペースへ向かって駆け出す。一人で行っちゃったけど大丈夫かな?

 心配しても始まらないので、残ったあたしとくるみは浜崎さんと岩村さんに昼食にしましょうと声を掛け、ヒロを連れてロッカーに向かった。


 ヒロに預けていたクーラーボックスをロッカーから持って来てもらうようにお願いし、あたしは自分で持っていた保冷バッグをロッカーから引っ張り出してくるみと休憩スペースへ向かったんだけど……そこにはお約束な光景があった。


「一人ならさ、俺らと遊ばね?」

 休憩スペースで机を陣取った茉莉彩を男達がナンパしているのだ。去年もそうだったけど、水着の茉莉彩は必ずナンパされ、適当にあしらった後で愚痴を聞かされる。今年は同じ轍を踏まないようにと思って、あたしは男達の声を遮るように茉莉彩を呼んだ。


「茉莉彩ー!」

 声につられて茉莉彩が顔を向けてきたんだけど、その表情は『あちゃー』と言わんばかりの渋面だった。


「マリアちゃんって言うんだ。あのコ達も誘ってどう? 3人同士でちょーどイイじゃん」

「いえ、さっきも言ったんですけど、男友達もいるから」

「でも、いないじゃん。マリアちゃん一人にするような奴らはほっといてさー」

 ……おかしい。去年はあたしが近づけばナンパは下火になったのに、何で? 男の言い方からすると、くるみは解かるにせよあたしまでがお誘いの対象になってるっぽいんだけど……まあ気のせいだ。うん。


「ちょっと御免なさい!」

 自分で納得したあたしは、空気を読まないオバサンのようにわざと音をたて、茉莉彩の前に保冷バッグを置いて中身を並べ出した。


「ほらほら、並べるの手伝って」

 男達を完全に無視して、保冷バックの中からおかずが詰まったタッパを8つと紙皿を並べるあたし。この露骨な行動には男達もさすがにゲンナリしたようで、少しずつだけど離れていった。


 ちょうど紙皿まで並べ終わったところで、クーラーボックスを持ったヒロがあたし達のところまでやってきた。


「待たせたな」

 ヒロは机の側にクーラーボックスを置くと、中から押し寿司を詰めた重箱を取り出して机の上に並べていく。

 その横では山内さん達が買ってきてくれた飲み物やアラカルトを並べてくれた。


「ね、開けていい? 開けていい?」

 机の上に並べられた重箱やタッパを前に、今にも飛びつかんばかりのくるみが言う。


「そうね。皆揃ったみたいだし、開けて食べよ」

 はしゃいで子供っぽくなったくるみに――いや、この場に居る皆にあたしは言った。

 一斉に重箱とタッパの蓋が開けられ、中からヒロとあたしの力作達が顔を出す。


「な、これ凄いんだけど!?」

 真っ先に声を上げたのは浜崎さんだった。

 他の三人も、うお! とか、すげぇ! とか、美味そう! なんて作り甲斐のある事を言ってくれている。


「ほほぅ。これが松永さんと小夜子の結晶なのね?」

 ……妙な言い回しをしながら、茉莉彩があたしとヒロを交互に見た。


「結晶というかお弁当。単にヒロとあたしで手分けして作っただけだって」

 全く、何でもかんでも妙な方向に持っていかないでよ! と抗議の意味も含めて茉莉彩には淡々と答えた。


「ふーん。でも、この押し寿司はお店のメニューに無かったよね?」

「そ。重箱に入ってる押し寿司はヒロが作ったやつで、先週からうちのランチメニューになったのよ」

 昔からうちに通いつめてる茉莉彩は、一発で押し寿司の存在を看破した。


「今日のお弁当はご飯物が松永さん作で、おかずが小夜子作ってこと?」

「ちが――」

「そうだ。小夜子が朝早くから作っていた」

 チラリとおかずを見て、茉莉彩が言った事を否定しようとしたあたしを、ヒロがサラリと遮った。

 何で嘘つくの!? 今日用意した8種のおかずも、2種はヒロが作ったじゃない。


「そうなんですか? 小夜子、頑張ったのね〜。これだけの品数を用意するなんて」 

「ああ。大分、早く起きていたようだった」

 あたしが何も言わないのを良い事に、ヒロは表情に全く出さずに茉莉彩に嘘をつき通す。


「女将さん凄いね!」

 浜崎さんの賛辞を皮切りに、皆から賞賛されるあたし。

 待ってよ。これはヒロのお陰だって。ねえヒロも自分も作ったってちゃんと言ってよ。と思い、ヒロの方を見ると、彼は素知らぬ顔で水筒のお茶を飲んでいた。


 今日、ヒロと作ったおかずは、鶏の唐揚げ、アスパラの肉巻き揚げ、小イワシのさつま揚げ、アジシソフライ、厚焼き玉子、グリーンサラダ、ゴボウとニンジンのキンピラ、オクラの胡麻和えの8種。

 この内、厚焼き玉子とキンピラの2種類をヒロが作っている。

 ちなみに、揚げ物が多いのはフライヤーを使った事に起因するのと、暑さで傷みにくい料理を多くするためだ。


 鶏の唐揚げは、うちで使っている地鶏のモモ肉、ムネ肉を醤油をベースに酒、みりん、生姜、極少量のニンニクを混ぜ込んだタレに漬け、小麦粉と片栗粉を混合した衣を着けて揚げているオーソドックスなもの。


 アスパラガスの肉巻き揚げについては、一度アスパラガスを下茹でし、同じ長さに切りそろえて薄切りにした豚バラ肉ので巻いて素揚げにするんだけど、アスパラと一緒に、拍子木切りにして下茹でしたニン

ジンを一本だけ加えると赤い色合いが加わって、切ったときの見た目が良くなる。


 小イワシのさつま揚げは、小イワシの頭と内蔵、皮を取り除いて叩き、すり鉢ですりながら細切りにしたニンジン、みじん切りにしたれんこん、そしてあたし流はひじきを加えて良くすり合わせ、小判型にして揚げている。


 アジシソフライは、三枚におろして腹骨などを取り除いたアジに塩を振り臭みを取った後、半分に切った大葉を重ねて小麦粉を着け、卵にくぐらせてパン粉をまぶして揚げている。開きじゃなくて三枚におろしているのは、容器に入れるのにかさ張らないようにするためだ。


 グリーンサラダは、ちぎったサニーレタスの上に千切りにしたキャベツ、パプリカ――赤、黄両方――を盛り、脇にミニトマトを並べれば完成の簡単なもの。ただし! 食べる前にドレッシング掛け、カリカリに揚げたタマネギとジャガイモのクルトンを散らすのを忘れてはいけない。


 オクラの胡麻和えは、塩茹でしたオクラを一度水に浸けて冷まし、斜めに三等分にして、ゴマ、醤油、みりん、砂糖を混ぜて作った和え衣(あえごろも)と混ぜ合わせれば出来上がりという簡単なものだ。


 厚焼き玉子とゴボウとニンジンのキンピラはヒロに任せっきりで、完成した所しか見れなかった。

 ……味見に少しだけ貰ったけど、厚焼き玉子は卵の風味を殺さないギリギリの甘さに仕立て上げられた優しい味で、後味に出汁の風味が抜けて行くのが心憎い演出だったし、キンピラは赤土ゴボウの柔らかく上品な風味に鶏の油がコクを与え、ピリ辛の味付けに負けない旨味を出していおり、ピリ辛の味付けの後にニンジンの甘さがくるのが辛くなり過ぎずに良い後味で締めくくられていた。


 まあ、ここまで詳しくはないけど、料理の説明をしてから箸を付けてもらうと、皆、凄い勢いで美味しい、美味いと男女共に口に出しながら皆食べてくれた。

 これに作り手としてはすっごく嬉しかったのと、皆の口に合ってホッとしたのと両方のキモチを味わったんだよね。


 ただ、特に美味しいと言われたのはヒロが作った押し寿司とキンピラで、男性に大人気のはずの唐揚げよりキンピラの方が人気だった事にあたしはちょっとショックを受けたほどだ。


 しかも、追い打ちをかけるように茉莉彩が、

「優しい彼よね〜。手柄は全て彼女のためにって気を使ってくれて」

 何て言って来るもんだから、あたしはヘコむやら恥ずかしいやら……精神に大きくダメージを受けてしまった。


 ……いいのよ。ヒロがそれだけ腕が立つ料理人って事が証明されたんだから!


「良かったね〜。松永さんが腕の立つ料理人さんで。小夜子の代まで藤華は安泰じゃない」

 茉莉彩は人の心を読んだのではないかと思ってしまうタイミングで、あたしに言ってきた。

 この魔女めぇ! とあたしは心の中で毒づくが、付き合いが長くて相談に乗ってもらってばかりの茉莉彩には見透かされる事が多いので何とも言い返せない。

 唯一の救いは、浜崎さんと山内さんが直ぐに茉莉彩を遮り、押し寿司がランチメニューになっている事を聞いてきて話が逸れた事だ。


「女将さん! この押し寿司がランチメニューになってるの本当?」

「てか、藤華ってお昼やってたの?」

 浜崎さんも山内さんも気に入ってくれたのか、そんな事を聞いてきた。


「え、ええ。うちは前からも10食限定でランチメニューを出していたんですけど、先週から押し寿司のメニューが加わって20食限定になったんです」

「「ランチメニューっていくら?」」

 浜崎さんと山内さんが見事に声をハモらせる。


「日替わり定食が600円で、押し寿司定食が700円、天麩羅定食が900円です。日替わりと天麩羅は各5食づつで、押し寿司は10食です」

 あたしは澱み無くお店のメニューを答える。

 大学生には少し高い値段設定かもとは思うけど、浜崎さん達が通う大学に入っている食堂より美味しい自信があるし、気後れは一切無い。


「学食の約2倍か……でもこの味だったらな」

 値段を聞いた山内さんはブツブツ言いながら腕を組んだ。


「そんなに値段の差があるんですか?」

 価格にもある程度の自信があっただけに、山内さんが口にした大学の食堂との差にあたしは驚き、ついつい聞き返してしまう。


 山内さん達の大学はあたし達が通う高校からほど近い立地で、中の食堂も一般開放されているんだけど、高校はお昼休みといえども外出できないため、あたしは一回も大学の食堂に入った事は無い。

 ただ、同級生の男子がお昼にこっそり学校を抜け出し、食べに行った事があると自慢げに言っていて、話のタネに聞いてみたら安くて沢山食べれたと言っていたのだけど……山内さんの話から考えれば、安ければ300円、高くても500円弱で昼食が摂れる事になり、料理屋からすれば安いどころのさわぎではない。

 どおりでうちの学校の近くには安いうどん屋か喫茶店、窯焼きパンなんかを扱う高級店しか無いわけだ。


「まあね。学食は安いけど、結局のところ味はそれなりなんだ。駅近くの飲食店の方が美味いんだけど高いし」

 先週、ヒロとあたしが利用した町内の駅まで行けば飲食店はそれこそ数多くあり、選択の幅も無数に広がるが、立地条件の良さから価格は高めだ。山内さんは学生食堂の味の評価に加え、それを付け足してくれた。

 今の大学生が近隣の飲食店をどう思っているかという情報は、あたしには非常にありがたく、ついつい仕事モードになって、更に質問を浴びせた。


「学校の食堂の値段帯を詳しく――」

「小夜子! そんなの後、後! わざわざ海でする会話じゃないでしょ」

 横から待ちくたびれたとばかりに茉莉彩が声を上げた。

 そりゃそうか。せっかく海に遊びに来てるのに、皆を仕事の会話に巻き込む訳にはいかないよね。


「学食の値段が気になるなら、今度写メでも送るから後でメアド教えて」

 にこにことした浜崎さんの提案に、あたしは二つ返事で即答した。


 重箱やタッパー、紙皿や割り箸を片付けてあたし達は休憩スペースを後にする。

 昼食中にそれぞれがお喋りを楽しんだ事もあり、くるみ、浜崎さん、山内さん、福田さんが砂浜で、ヒロは魚と貝がダメならと海藻を取りに向かい――干そうとまでしたのでもちろん止めたけど――、あたしと茉莉彩、岩村さんはネットの近くまできて泳いでいた。


「ごめん。ちょっとトイレ行ってくるわ」

 そう言って岩村さんが離れた時だった。


「小夜子、さっきの事だけど」

 と茉莉彩が真面目な顔で切り出してきた。


「ナンパされてる人の名前を呼んだらダメよ。名前、バレちゃうじゃない」

「そ、そうなの?」

「それに、今のアンタは自覚が無いみたいだけど、中の上には見られてるんだから、あの場面で出てきちゃうと飛んで火にいる何とやらよ」

「そんな事は――」

「あるの! 彼氏もできたんだから、もっと気を付けなさいよ」

 おろおろするあたしに、茉莉彩は諌めるような強い口調で言って来る。

 あたしは茉莉彩達のように若い女――ナンパの対象として見られる事なんて無いと思っている事もあって、あたしの頭は一気に混乱してしまう。


「だ、だって、あたしだよ? 男子からもオバサンがブレザー着てるって陰口叩かれるくらいなのに」

 だからか、あたしは学校で男子からされてる自分の評価を口にした。


「そりゃ、髪型もテキトーでお洒落もしなければそうなるわよ。そんなのあたしだって一緒だって」

「茉莉彩とは元が違い過ぎて――」

「まだ解んないの? 小夜子も元はいいんだからちゃんとお洒落しなさいって。女の身嗜みよ」

 茉莉彩は子供に言い聞かせるような口調でお洒落を強調した。

 結局はそこに結びつくのね……お洒落もお金かかるんだよね。


「どーせ、お洒落はお金がかかるとか悩んでるんでしょ。着替える時に教えて上げるから、今度はちゃんと聞きなさいよ」

「わ、解ったわよ……」

 茉莉彩の指摘通りに悩み込んでいたあたしは、彼女の剣幕に押し切られる形で首を縦に振った。





 お日さまが傾きだした頃、あたし達は他の海水浴客よりも早めの帰り支度を始めていた。

 シャワーを浴びて海水を洗い流し、更衣室で着替えを始めるのだけど、そこで茉莉彩と浜崎さんによるお金がかかってそうでかかってないお洒落講座なるものがあった。

 要約すると、日焼け止めの活用方法や自然素材系の少し高いお化粧の方が費用対効果が良いなどなど。

 しかもオススメのメーカーやあたしに似合うメイクの仕方なども教えて貰ってしまった。さらに、

「じゃあ写真撮っておくから小夜子、今のメイク練習するのよ」

 と言われ、あたしのスマートフォンには、茉莉彩と浜崎さんによってメイクされた自分の写真まで保存される。


 それが終わればさっさと着替えて更衣室を出て、男性チームと合流し、荷物をまとめて駐車場までのシャトルバスに乗るのだけど、気がつけばあたしはヒロとの相席になっていた。

 何で!? っていうか、そんな露骨な気遣いいらないから! と思うが既に遅い。


「「……」」

 結局気まずくて、ヒロもあたしもお互いに一言も口を聞かないまま駐車場に到着する。


 まだ帰り客より来る客が多い時間帯にあたし達は荷物を積み込み、混む前に出立しようとしていたのだけど、あたしはそこで見つけてしまった。

 駐車場の対岸でビーチパラソルを立て、貝や小魚なんかが入った木箱を並べて座ってるお爺ちゃんを。


「お爺ちゃん。そのサザエ、売り物?」

 あたしはビーチパラソルの下に駆け寄り、ヒロが食べたかったのであろうサザエを狙って、日焼けしてタオルを首に掛けたお爺ちゃんに声をかけた。


「ん? ああそうだ。いくついるね?」

 訝しげにお爺ちゃんが返答する。


「一ついくらですか?」

「この木箱一つで1,000円だ」

「ほ、本当に!?」

 お爺ちゃんが提示した金額にあたしは頓狂な声を上げてしまったのだけど、その声に茉莉彩とくるみが反応した。


「「何か掘り出し物?」」

 待って、何でハモるのがその一言なの!? と思っても仕方が無い。この二人とは付き合い長いからね。


「あー、うん。サザエがこの木箱一つ分で1,000円だって」

「なにそれー!?」

「えー安いー!」

 あたしの説明に、茉莉彩もくるみも驚きの声を上げる。

 これで十分にあたしが声を上げた理由を理解して貰えたと思う。


「あと、こっちの小貝と魚はおいくらですか?」

「小貝は500円で魚は1,000円だが、お嬢ちゃん、ちゃんと食べ方を知っているのか?」

 驚きの値段と共に、お爺ちゃんのある意味もっともな疑問が返ってきた。

 そりゃそうだろう。お爺ちゃんが並べている貝も小魚も、スーパーなんかでは売られることが無い種類で、一般の人は食べ方を知らない人が多いと思う。でも、小貝も魚もあたしはお店で出すことあり、料理方法を知っている。


「この小貝は塩水にお酒を足して茹でると美味しいですよね。あと、こっちの小魚――カサゴは味噌汁に、キュウセンは塩焼きにしたら美味しいです」

「よう知っとるな。それなら心配いらん。どれだけいるね?」

 すっかり表情を丸くしたお爺ちゃんが言った瞬間だった。


「全部!」

 茉莉彩が勢い良く言い放った。


「全部って……サザエも小貝も小魚も2箱づつあるんだけど?」

「ね、明日予約してた打ち上げ、今日にして、小夜子と松永さんでこの食材で料理してよ」

 茉莉彩が言った打ち上げは毎年この時期の日曜日に出かけて、次の日にあたしのトコで茉莉彩が予約を入れてやってるものだ。昔は茉莉彩の親がしていたんだけど、中学くらいから子供だけで遊ぶようになり、今の形になった。だけど、今日? お休みだから仕入も何もしてないけど大丈夫かな。


「ちょっと待って。お父さんに聞いてみるから」

 あたしは慌ててスマートフォンを取り出し、家に電話を掛ける。

 直ぐにお父さんが出て、あたしは今日お店の調理場が使えるのか、食材は何があるかを手短に確認した。


『小夜子〜お父さん寂しいからもう少し――』

 プツっ。

 必要な事を聴き終わったら、お父さんの長話が始まる前に通話を終了し、電話代がかさむのを回避する。

 確認の結果、何とか食材は確保できそうだったので、あたしは茉莉彩に、

「一応、大丈夫。でも、3人分だと全部は多すぎない?」

 と言った。すると茉莉彩は、

「何言ってるの。8人分に決まってるじゃない」

 と、ニンマリした顔で返してきた。


「……お爺ちゃん、並んでる分を全部下さい」

「全部で5,000円になるが……3人でそんなに食べれるのかい?」

 茉莉彩の一声に、電話などのやり取りを聞いてないお爺ちゃんが、心配そうにあたしを見てくる。


「あたし達の他にもいて、合計8人分用意しなきゃいけないんです」

 がっくりしながらお金を渡しつつ、あたしは答える。


「そうか。じゃあ、これもオマケで付けてやろう」

 そう言って、お爺ちゃんは椅子替わりにしていたクーラーボックスから、大きいカワハギを2匹取り出して木箱に放った。

 嘘!? これがオマケなんて何と豪勢な……。


「いいんですか? このサイズのカワハギなら、お刺身にするのに最高じゃないですか」

「ああ。お嬢ちゃんなら美味しく食べてくれるだろう」

「あ、ありがとうございます」

 あたしは深々と頭を下げてお礼を言う。

 だけど、これだけの量はとてもあたしが持ってる保冷バックじゃ入りきらないこともあり、あたしは茉莉彩に一声かけてクーラーボックスを取りに戻った。


「ゴメンなさい。クーラーボックス、また出して貰っていいですか?」

 あたしはちょうど、最後のスポーツバッグを積み込んでいた岩村さんに声をかけたんだけど、返事をしてくれたのは福田さんだった。


「クーラーボックスは山内の車に積んだから、ちょっと今無いよ」

「え? 山内さんはどちらに……?」

「料理人さん乗せてプラっと走りに行ったよ。もう戻ってくるとは思うけど」

 福田さんが言った瞬間だった。

 ガウン! という大きな音を立て、駐車場にもはや見慣れた黒いスポーツカーが入ってきた。

 あたしが車に駆け寄ると、車は一旦止まって窓を開けた。


「どうかしたの?」

 すっかり日に焼けた山内さんが運転席から声を出した。


「あの、魚を買ったので、クーラーボックスを出して貰いたいんです」

「もしかして、対岸の茉莉彩ちゃんとくるみちゃんがいる所?」

「そうです」

「じゃ、向こうで待っててもらえる?」

 山内さんはそれだけ言うと、一方通行の駐車場を回り、再び駐車場の出入り口に戻って来る。

 あたしが急いで対岸に渡るのと、山内さんの車がお爺ちゃんの前に止まるのはほぼ同じだった。


 ガチャリという音とともに車のトランクが浮上がり、車から降りた山内さんがトランクを押し上げてヒロが中からクーラーボックスを取り出した。


「魚を買ったと聞いたが……」

「うん。カサゴとかの小魚と小貝、あと……サザエ」

「磯のものなら、買わずとも獲りに行ったものを」

 ヒロは何で言ってくれないんだとばかりに、口をへの字に曲げてあたしを見ると小声で、

「……サザエ、ありがとうな」

 と言って、直ぐに顔を逸す。


 ……本当に素直じゃないんだから〜。

 あたしはそんな事を思いつつ、無意識に口元が綻ばない様に気をつけていた。

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