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14品目

「小夜ちゃーん、おそーい!」

「ゴメンゴメン!」

 ヒロの歓迎会から一週間後。

 あたしはそのヒロを連れて、近所の開店前の大型スーパーの駐車場に向かっていた。

 そこには友達の古賀茉莉彩こがまりあ福丘ふくおかくるみの姿がある。ちなみに、あたしを“小夜ちゃん”と呼んでいるのがくるみだ。


「くるみ、小夜子は朝まで大変だったんだから、これくらいの遅刻で責めちゃダメだって」

 この、ワケの解んない事を言っているのが茉莉彩なんだけど、茉莉彩の発言にくるみはあっさりと

「あ、そっか」

 と同意し、二人揃ってニヤニヤとしたイヤラシイ笑みを浮かべ、舐めるようにあたしとヒロを見てきた。


「全く、何ワケ解んない事を言ってるんだか……。ヒロ、この二人があたしの友達の――」

「古賀茉莉彩でーす。茉莉彩って呼んで〜」

「福丘です。あ、下の名前はくるみって言いまーす」

 あたしのセリフを横から押しのける様に二人が自己紹介する。


「藤華にお世話になっている、松永博巳です」

 少々……いや、結構飛ばした感のある自己紹介をする美少女二人を前に、全く調子を変えずヒロは淡々と自己紹介を返した。


 あたしが言うのもなんだけど、茉莉彩もくるみも相当可愛い部類の女の子だ。

 茉莉彩は背中までの栗色のロングヘアにアイドル顔負けのルックスで、うちのクラス――いや、うちの学校が誇るモテ女だ。あたしが知るだけでも過去に付き合った事のある男の数は両手じゃ全く収まらない。告白された数なんて中学生の時には数えるのを止めてしまったほどだし。

 対してくるみはセミロングの髪を首元で二つに結び、ジュニアアイドルでも通じそうな程の童顔なんだけど、その愛くるしい性格も相まって、男だけではなく、女にも人気者という秀逸っぷりだ。惜しむらくは、告白してきた男達が全て“アブナイ趣味の持ち主(ロリコン)”で、クラスの女子で構成された『くるみを野獣から守る会』により、男が近付けなくなったことかな。まあ、本人が構わないみたいだからいいけど。


「えーと、松永さん。あたし達ちょっと飲み物を買ってくるので、ここで少しだけ待っててもらっていいですか?」

「構わないが……」

 あたしの腕をガッシリ掴んだ茉莉彩が言う。

 ヒロは気付いていない――気付くワケ無い――けど、これは……あたしを連れ出し、根掘り葉掘り聞く気だ。そうさせてなるものか!


「あたしお茶持ってきたし、茉莉彩とくるみで行ってきたら?」

 これで茉莉彩を押さえ込めると、勝者の余裕で言い返したあたしに、顔を寄せてきた茉莉彩が耳打ちしてくる。


「ほぉう。彼の元を片時も離れたく無いと言ってるのね」

 ……茉莉彩の方が二枚程上手だった。


「そ、そんな事言ってな――」

「じゃ、いいわね」

 あたしは茉莉彩に有無を言わせてもらう間もなく、スーパーの中へ引きずって行かれ、入口にある軽食コーナーの椅子に投げ捨てられるように座らされた。


「小夜子好みの真面目そうなオトコじゃない。今までのオトコと違ってさ」

「確かに真面目だけど-―」

「で、どこまで進んだの?」

「は?」

 ニコニコした茉莉彩があたしに容赦なく質問を浴びせてきたんだけど、何のことか解らずに間抜けな返事をしてしまう。


「彼氏と一つ屋根の下なのよ? そんなんで誤魔化せると思ってるの?」

「だから、彼氏じゃ無――」

「くるみー、写メの用意できた?」

「うん! 一気には5人までしか送れないから、不幸のメール形式にしてみた」

 元気良くくるみが返事をする。

 マテ。何であたしは友達二人に脅されなくっちゃいけないのよ!


「本当に彼氏でも何でも無いんだってば!」

「あら、彼氏じゃないの? じゃあ、旦那?」

 大わらわで止めるあたしの態度に、茉莉彩は意外とでも言わんばかりの顔をして、意地の悪い笑顔を向けてきた。


「電話でも言ったじゃない! あの人はうちで働いてくれる料理人さんだって」

 茉莉彩の態度にイラっときたあたしは、少しだけ怒気を孕んだ口調で返したんだけど、これくらいで堪えてくれる茉莉彩ではない。


「へぇ〜。あくまでもシラを切り通すわけね。解った、取り敢えず尋問はここまでするわ。そろそろ迎えが来るし」

 と、言いながら、茉莉彩はあたしに向けていた疑いの眼差しを一旦止め、駐車場へと視線を移した。


「って、今日は大学生に車頼んだって言ってたけど大丈夫なの?」

 茉莉彩の言う迎えに来てくれる人を聞いた時、正直、あたしは今日の海水浴をヤメようかと思った。だって、あたしは茉莉彩が頼んだという大学生――男――を全く知らないのだから。


 まあ、そんなに心配なら、なおさらヒロを連れて来いって押し切られてしまったんだけどね。


 そんなこともあって、あたしは恐る恐るヒロに、日曜日海水浴に来れるかと聞いてみたんだけど、ヒロはあっさりと承諾というか、心配事があるなら付いて行くと言ってくれた。

 しかも、今日は早く起きてお弁当の用意まで手伝ってくれたのだから、あたしは逆に恐縮してしまったくらいだ。

 もちろん、付いてこようとしたお父さんには家の掃除を命じて黙らせたけど。


「うん。藤華の娘も来るって言ったら、よろしく伝えてくれって言ってたわ」

「へ?」

「小夜ちゃんて実はユーメー人?」

 茉莉彩からの情報にあたしだけではなく、くるみまで驚く始末。

 って、藤華を知ってる大学生ってかなり少ない……どころか、前回の団体さんにしか心当たりがない。しかも、あたしを知っているとなるともしかして……。


 まさかと思いながら飲み物――ちゃんと買いましたよ――を手にスーパーを出ると、聞き覚えのある爆音が駐車場に響いた。


 真っ黒いゴテゴテしたスポーツカーがあたし達に一番近い駐車スペースを陣取り、その隣りにはミニバンタイプの車が停まる。

 スポーツカーからはまさかと思った人物――山内さんが、そしてミニバンからは岩村さんが姿を現した。


「……」

 絶句するあたし。


「女将さん、おひさ〜」

 更に追い討ちをかけるかのごとく、スポーツカーの助手席からは見覚えがあり過ぎる女の人――浜崎さんまで顔を出す。


「小夜ちゃん人気者だね」

「……な、何で!?」

 あたしは半ばパニックになりながら、何とか声を絞り出したのだった。



 ――――――――――――



 青葉町から車で1時間程の海水浴場。

 駐車場でのドタバタを落ち着け、山内さんと岩村さんの車に乗せてもらって、あたし達はそこにやってきた。

 この海水浴場を選んだ理由は、管理の行き届いた海水浴場で海水浴客向けに多種の店舗が揃っている事と、整備された綺麗な砂浜と海な事にある。

 特に、昨今は温暖化がどーのという理由で海水浴場に鮫が現れる事があるらしいのだけど、ここは遊泳スペースとその沖に二重のネットが張ってあることに加え、昔の防波堤に設置された監視所にシーズン中は監視員が常駐しているという安全面への徹底ぶりが素晴らしい。

 そこまでくると懸念するのは遊泳料なんだけど、遊泳料は無料。ただし、休憩所はスペース単位で有料だし、シャワー室の料金が若干高かったりする。まあ、そうしないと維持費だけでも大変な事になってしまうしね。


 そんな海水浴場を横切り、あたし達は更衣室へと向かう。

 道すがら見えた遊泳客は若い男女が多く、泳ぐためというより、もはや種々の水着を見られるファッションショーと化している。


「……何だ女子おなご達の格好は! 裸と変わらんじゃあないか」

 あたしの横では、ビキニやワンピースタイプの水着女性を見たヒロが、苦虫を噛み潰したような顔で悪態をついていた。


「今はあれが泳ぐときの普通の格好なんだってば」

 小声で現代の常識を耳打ちするあたし。


 えっと、ヒロの時代の水着って今の普段着と変わらないデザインのものだったっけ?

 あたしは茉莉彩に読ませて貰った事がある、歴史漫画の一コマを思い浮かべた。


「今はと言ったな。まさか……小夜子もあのような格好をするとは言うまいな?」

 低い声を出し、険しい表情のヒロの視線の先には、かなり布面積の少ない水着姿のないすばでぃーなお姉さんがいる。

 逆に、あんな格好を期待しているのかと疑いたくなるセリフに、あたしはジト目でヒロを見て、

「……ヒロが思ってる程派手じゃないわよ」

 と、釘を刺した。





「……で、小夜子は17になろうってのに、去年と同じ水着とも言えないような水着なワケ?」

 無料の更衣室――鍵付きロッカーは有料――で、愛用しているセパレートタイプのフィットネス水着を取り出したあたしに茉莉彩が言ってきた。


「当たり前じゃない。まだ使えるし、買い換えたら高いし」

 最もらしく言い返すあたし。


 いくら通販とかで安くなってきたとはいえ、貧乏料理屋の娘であるあたしのお小遣いではまだまだ高い。通販だと送料もかかっちゃうし。


「いいの? せっかく彼と来てるのに」

「だ、だから――」

「あの料理人さん、やっぱり女将さんの彼氏だったんだ」

 あたしの否定を打ち消し、浜崎さんが割り込んできた。

 浜崎さんは茉莉彩と行きの車中ですっかり仲良くなってしまい、今や昔からの友達だったんじゃないかってくらい意気投合している。


「ほら、浜崎さんもそう思いますよね。そんなオトコと海に来てるんだからビキニくらい着てあげたら良いじゃない」

「ビキニなんてムリムリ。茉莉彩と違ってスタイル良くないし」

「スタイルねぇ。小夜子だったら大丈夫よ」

 着替えるためにシャツに手を掛けたあたしを余所に、茉莉彩は自分のバッグに手を突っ込むと、白っぽい布切れを取り出していた。


「小夜子のために一着用意してみたから、こっちに着替えて」

「は?」

 あたしの目が点になった。

 茉莉彩が取り出したのは淡青色――ミントという色名らしい――のビキニトップとミニスカートタイプのボトムの水着で、要所にレースもあしらった上品で可愛いものだった。


「これならそんなに派手じゃないから大丈夫でしょ」

 茉莉彩はあたしに水着を押し付け、そんな事を言う。


「……なんで茉莉彩があたしに水着を?」

 一応、受け取りつつ、あたしは疑り深く茉莉彩を見た。


「んー。あたしの水着を買うついでかな。安かったし。それよりさっさと着替えた着替えた」

 半ば茉莉彩に押し切られるように、渡された水着に着替えるあたし。

 何故か茉莉彩だけじゃなく、くるみも浜崎さんもあたしが着替えるのを確認してから着替え出したのにはビックリしたけど。

 で、着替えてみてもう一度ビックリした。

 この水着、なんだか肌触りがすごく良い。ただ、残念なのはあたしのサイズじゃ折角のビキニトップでも、えっと、その……谷間ができないのだ。これではただの残念な人になってしまう。


「予想通り、それは小夜子に似合うわー。でも、谷間を作ってないじゃない」

 バッチリとビキニ――結び紐が細くあたしのより布の面積が小さい――を着こなし、たわわな果実を揺らしながら茉莉彩が言った。

 嫌味か! と言いたくなるけど、あたしの考えを先読みしてか茉莉彩は、大きくてもちゃんと着こなさないと、見た目は綺麗にならないんだからと言って、あたしの傍まで来た。


「ほら、こうして」

「ひゃっ!」

 言うが早いか、茉莉彩はあたしの胸元に手を突っ込み、寄せては整え……見事に谷間を作ってみせた。


「……おおー! 何ということでしょう。匠の技により小夜ちゃんに谷間が!」

 テレビで聞いたような口調でくるみが言うんだけど、元がペッタンコみたいな言い方は止めてよ。

 本人には悪いけど、4人の中でペッタンコなのはくるみだけじゃない。


「ほら、バッチリ! あと、日焼け止めクリームとかリップでメイクすればOKね」

「メイクするなら本物があるけど使う?」

「是非!」

 浜崎さんの一言に、茉莉彩が全力で乗って方針が決まる。

 待った待った待った! あたしの意向とかは聞かないの? 無視ですか、ええ、そうですか。

 あたしはがっくりとしながら、でも、お洒落な二人ならもしかしてと、ちょっとだけ期待を込めて何も言わないでいた。





 結局あたしは3人のお人形にされ、ナチュラルメイクを施されたり水着や髪型を整えられたりして更衣室を後にした。

 茉莉彩が言うには、中の上にはなってるそうで、これを機に年相応の化粧の仕方やお洒落も覚えろとまで言われてしまったんだけど……だからって、何でもかんでもヒロを引き合いに出すのは止めて欲しい。


 いざ外に出ると、ヒロをはじめとした男性陣が待っており、圧倒的なプロポーションに布面積も少ない色香漂うビキニの茉莉彩、ジュニアアイドル顔負けのルックスにワンピースタイプの可愛い水着のくるみ、引き締まった身体に黒をベースにしたスポーツタイプの水着の浜崎さん、あたしを含めた4人の水着姿に容赦無い視線が注がれる。

 あたしは恥ずかしさから一番後ろに隠れようとして……茉莉彩に腕を掴まれて問答無用であたしはヒロの前に送り出され――

「きゃ!」

 小さく悲鳴を上げる。


 うわ。今すぐ走って逃げたいくらい恥ずかしいんだけど。絶対、顔とか赤くなってる!

 あたしはパニックになりそうな頭を小さく振って、おずおずとヒロへ顔を向けた。


 ヒロは一瞬だけ目を見開くと、眉根を寄せて険しい表情であたしを見回し――

「……凄い時代になったものだ」

 と低い声で言った。


 三人にメイクをしてもらってる間、あたしは鏡で自分が変わっていく姿を見つつ、普段と少しだけでも違うヒロの反応を期待していたのだけど……見事に宛が外れてしまった。

 まあ、慣れないことはしても、あたしが変身したワケでもないしね。うん。大丈夫! ……って、あたしは何考えてんだか。


 そんなヒロも、紺色の短パンタイプの水着――お兄ちゃん用に買ってあった新品――へ着替えており、無駄のない締まった身体を晒していた。

 ちなみに、大学生の3人は半ズボンタイプの水着――サーフパンツとか言うんだっけ?――を着用している。


 茉莉彩の『早く泳ごうよー!』の発声を合図に、それぞれが希望のポジションで泳ぎだした。

 あたしとヒロに続き、浜崎さん、福田さんが沖に向かって泳ぎ出す。

 ヒロの反応が薄かった事に安心――多分落胆――して、メイクや髪のセットが乱れるのもかまわず、あたしは一気に50mくらい泳いだ。

 早速、1つ目のネットにあたったんだけど、そこから先は水深も2mを超える事もあり、安全の為に乗り越え禁止となっていて、あたしはネットにくっついてるブイにしがみついて顔を上げ、小さく息を吐いた。


「ぷはっ!」

 周りを見渡せば、浜崎さんと福田さんがほぼ同じペースで泳いで来ており、あたしから遅れること30秒程度で顔を上げた。

 って、待った。あたしと同じくらいに泳ぎ出したヒロが居ないんだけど?

 心配になったあたしが潜ろうとしたその時、目の前の海面が盛り上がって、パシャリという音と共にゴーグルを付けたヒロが浮上した。


「なあ、小夜子。この海岸は網の内と外で海底が大きく変わるのだな」

「そりゃ、人造の海水浴場だし、砂浜なのは泳ぐスペースだけよ。って、そんな事を調べてたの?」

「ああ。調べていたというよりな……」

 ヒロの行動に驚きつつも呆れるあたし。そんなあたしの前で、ヒロは腰元をゴソゴソすると、突起の付いた巻貝を結びつけた紐を引っ張り出した。


「えっと、サザエ? どうしたのそれ?」

「小夜子を待ってる間に網の先で採ってきた」

 しれっと、ヒロが言った。

 待ちなさい。今、網の先で採ってきたとか言ったよね……それって密漁じゃない!


「……ヒロ、それって密漁になるから今すぐ戻して」

「公共の海の物は見つけた者勝ちだ。だから多くの人が来ているのではないのか?」

 あー。そういう考え方でいらっしゃいましたか。見事に間違えてます。


「あのね。ここは泳ぐか、海で遊ぶだけの目的で皆来てるの。魚や貝は地元の人が放流してるらしくて漁どころか、この近辺じゃ釣りも禁止されてるわよ」

「……糧を得る訳でも無いのに泳ぐのか。よほどのもの好きだな」

 あたしの物言いに、ヒロの方が呆れたとばかりに言った。

 呆れたいのはあたしだって。ヒロからサザエを没収して、ネットの隙間からあたしは海底へ戻していく。確かに買えば高いし食べれば美味しいけど、持って戻れば確実にバレるし、いくら貧しているあたしでも、そこまで落ちぶれてはいないつもりだ。

 サザエを海底に放りやり、あたしはヒロの手を取る。


「今はもの好きの方が多いのよ。さ、一緒に泳ご」

 何だか、ヒロが顔を逸したような気もするけど、そんなにサザエが食べたかったのかな?


 それからあたし達はネットの周辺を泳いだり、波打ち際ではしゃいだり、今年の夏の海を精一杯楽しんだ。

 流石にスイカ割りとかはできなかったけど、茉莉彩のビキニトップが外れて女性陣が総出で探すハメになるなどのハプニング(お約束)が起こったりしつつ、午前中が過ぎていった。

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