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前菜《プロローグ》

 初投稿です。

 お目汚しの拙い文章力だと自覚はありますが、生暖かい目でご指導、ご指摘をいただけるとありがたいです。


 以下、作品への注意点

 ・作者に戦争を賛美したり喜劇化、悲劇化するといった政治的、心情的意図は一切ありません。

 ・時代背景を出すことから、男尊女卑の表現や非常識な表現があります。

 ・時代考証がしっかりとはできておりませんので、少々ズレがあるところがあります。

 ・職人言葉や訛りは土地を特定しないため意図的に入れておりません。

 以上をご理解いただき、読み進めていただければ幸いです。


 なお、誤字脱字等、あるかと思います。ご指摘いただけましたら、直していきたいと思います。よろしくお願いいたします。

 ――昭和20年8月某日――


「おい。打ち水をして、暖簾のれんを出しておけ」

「はい!」

 親方の低く太い声に威勢良く返事をし、俺――松永博巳まつながひろみ――は木桶きおけ柄杓ひしゃくを持って表へ出た。


 今日は朝から空襲警報が鳴り響き、貴重な涼しい時間が失われてしまったので、俺は暑くなる時間帯に店の準備に追われていた。

 朝に比べると、幾分雲が増えたものの、昼前とあって白衣からむき出しの肌がジリジリとした日差しに炙られる。


 暑いからと、まごまごしてると親方にどやされる事もあって、俺は足早に裏手に回り、蛇口を捻って木桶へ水を溜める。

 首に下げた手ぬぐいで汗を拭いながら、水が溜まるのを待つ。

 金属類回収令で大抵の金物かなものは回収されてしまったので、バケツは無いが、大きい街には水道があり、わざわざ井戸から汲み上げたり、手押しのポンプを使う必要が無いため便利だ。


 水が溜まった木桶を左手に持ち、店――俺が働かせてもらっている料亭“千歳ちとせ”――の前の通りへ水を打つ。

 空襲警報が解除されたことで、通りは工場作業に戻る学徒動員や女子挺身隊が行き来しており、一先ずは空襲の危険が去ったのだと思わせてくれる。

 そんな彼らを見て、俺にもう少し学があれば、彼らと同じように中学校――旧制中学。現在の高校――に通い、動員される事もあったのだろうかと、叶わなかった未来へ思いを馳せる。

 もっとも、俺は学問とやらが苦手だったため、進学できた可能性は無く、例え平時に進学できていても、もっぱら運動大会などの行事を楽しむ専門になりそうではあるが。


 ……おっと、戦時にこんな不謹慎な事を考えていては非国民のそしりは免れないな。


 今は戦時下。戦時詔勅により、中学校や女学校はおろか、国民学校(尋常小学校)高学年に至るまで授業などは無く、お国の為に工場へ動員されているのだ。

 来年には俺にも赤紙が届き、最寄りの部隊に出頭してお国の為に兵役に付くことになるだろう。


 徴兵されることは男子のほまれだが、不安材料が無いわけではない。

 先に徴兵されている兄――実家の跡取り――が無事に戻って来れるのか、俺の仕送りが無くなり弟や妹が更にひもじい思いをしないか……。

 今は戦時下で食料が不足しており“千歳”もそうだが、実家の料亭“松永”も献立の種類を減らし、海軍の将校さんを相手にして何とか成り立っている状態だ。

 食料さえ潤沢にあれば、俺だって父や親方に鍛えられた腕をいかん無く発揮でき、“千歳”の発展に貢献できるのに……残念な事だ。


 などと自分勝手な事を考えていると、雲の隙間から日が射してくる。


「やれやれ。今日も暑くなりそうだな」

 独りごちて、俺は木桶にある限りの水を柄杓ひしゃくで打つ。


 存分に打ち水をすると、表の引戸を開き、入口の脇に収納してある暖簾を引っ張り出す。


「おう、ヒロ。その暖簾な、大分汚れが目立って来たから、洗いに出して控えの暖簾に替えろ」

「はい! しかし親方、こんな普通の日に替えの暖簾を使っていいんですか?」

「バカヤロー! もう忘れやがったのか。今日は造船所のお偉いさんが海軍の将校を連れてお出で下さる日だぞ!」

 親方の怒声が飛ぶ。離れてなければ、拳骨げんこつも一緒に飛んでくるところだが、親方は調理場におり、俺は玄関にいるので怒声だけで済んだ。


「すいません!」

 俺はいそいそと暖簾を外し、控えの暖簾を店の奥の箪笥たんすから引っ張り出した。


「あ、お前、暖簾出したら、この切符――業務用米穀類購入通帳――を持って米、買ってきてくれ」

「はい!」

 威勢良く返事をすると、親方に手渡された米の切符と金を受け取り、暖簾を出しに入口へ向かった。


 目の前の通りには、昼の買い物に出ている近所のご婦人方や青年奉仕隊の面々が行き来している。


 そんな人々を尻目に、俺は暖簾を入口に下げる。


「ん?」

 ふと、背後から視線を感じ、俺は振り向く。

 今、誰か、知り合いが俺に声をかけてきた気がしたのだが……誰も居ない。


(知り合いがここにいるわけも無いか)

 と、思った所で、強烈な閃光が目を襲った。

 堪らず目を閉じ、両腕を目の前に交差させる。


 目を閉じてなお真っ白く塗りつぶされた世界で、俺は至近距離に爆弾を受けた事を悟った。


 至近距離で爆弾を喰らえば、閃光は目を焼き、熱線で服と皮膚がやられる。そして、炸薬により吹き飛ばされた数多の破片で身体をやられる。

 防災訓練で受けた説明が俺の頭を巡り、自分は助からないなと結論付けた。


 人は死ぬ前に走馬灯を見ると言うが、そんな時間も無いのか俺は、

(死ぬ前に、思う存分料理をしたかった)

 とだけ思い、意識が遠のいた。





 真っ暗でぼんやりとした意識の中、遠くで何か……声が聞こえる。


(……………………いちね…………だ……)

 夢でも見ているのか、全く聞いたことも無い声音こわねに、大分遠くで言っているのか、聞き取り難い声量せいりょうだった。


 何かを言われているのに、聞こえず、やきもきしていると、徐々にぼんやりとした感覚が消えて行く。

 これは……そう、夢から覚める時の感覚だ。


「っ!!」

 ずっしりとした自分の体重を感じ、気がついた俺は、目を開けて仰向けに寝ていた床から勢い良く起き上がった。

 至近距離に爆弾を受けたと思ったが、体に痛みを感じない。

 どうやら俺は、九死に一生を得たらしい。

 そうなると、人間、周りの事が気になるものだ。

 回りを見回すと、俺が寝ていたのは室内だったらしく、尻の下には布団と畳。回りは塗り壁に障子といった見慣れた風景が見える。

 どうやら、俺は親方に救われたのだと思い、口を開く。


「親方?」

 声を出すが、返事は返って来ない。

 親方は厨房にいるのかもしれないと思い、起き上がろうと腰に力を入れた時だった。


 スッとふすまが開き、和装の女が姿を現したのを見て、俺はここが“千歳”ではない事を知った。


「気が付いた? 具合、悪くないですか?」

 化粧っけがほとんど無いのに、若くて妙に色気のある……美しい女だった。年の頃は俺と変わらないくらいか。

 もしや、舞妓まいこさんかと思ったが、髪型があまりにも違う……舞妓にしては短すぎるのだ。


「助けてもらってありがとうございます。失礼ですが、ここは?」

 俺は女から渡された湯呑を受け取り、口を付けながら言った。

 山の清水のようによく冷えた水が口内に広がり、渇きを潤す。


 俺を見ていた女は、ちょっとだけ驚いた表情をしたが、直ぐに元の表情に戻り、口を開いた。


「ここは小料理屋“藤華とうか”です。貴方あなたはお店の前に倒れていたのだけど……覚えてない?」


 とうか? 近所にそんな料理屋などあったかと記憶の糸を手繰る……おっと、今はそんな事はどうでもいい。

「俺は至近距離に爆撃を受けたようで……閃光を見た以降は覚えていないのですが」

「爆撃……閃光……って。ちょっと、お父さん!」

 俺の説明に、女は顔をしかめて自分の父を呼ぶ。


「どうしたんだい?」

 料理人らしい割烹着――料理人用の白衣――に身を包んだ小父おじさんが現れた。

 女は何事か小父さんに耳打ちをすると、


「やっぱり救急車呼んだ方が……」

 と不安気ふあんげな表情で言っている。


「いや、お父さんの願いが通じて、頼もしい助っ人が来たのさ。だから大丈夫!」

 親指を立てた変わったこぶしを突き出し、小父さんが元気良く女に言い放った。


「何、ワケ解んない事言ってるのよ!」

 女は小父さんの頭を手ではたくと、何故か頭を押さえる。


「おい! 女子おなごが父を叩くとは何事か」

 近頃は戦時という事もあって、女子おなごも強くなっているが……娘が父を叩くなどもってのほかだと思い、俺は怒声を上げた。


「そうだ~。花も恥じらう16歳の娘が暴力なんていか~ん。どめすてぃっくばいおれんす、はんた~い!」

「ちょっと、お父さん! 一体、何杯飲んだのよ!?」

「ちょっとだよ、ちょっと~」

 俺の怒声を無視して、親子二人の会話が続き、それで俺は女が俺より年下だと知った。


 会話の内容から、どうやら小父さんは客に勧められたのか、酒を飲んでいるようだ。物が無い時に贅沢な(羨ましい)話だ。

 それに引換え、女の表情がどんどん険しくなる。これは……不味い。父が隠れて店の酒を飲んだのが発覚し(バレ)た時の母と同じ顔だ。


「酔っとるとはいえ、父は父だぞ」

 小父さんに父の姿が重なり、俺は庇うように言葉を重ねた。


「ちょっと黙ってて!」

 強い口調と共に、特高――特別高等警察の刑事――よりも鋭い視線が返って来た。

 それから何事か小父さんと女は言葉を交わし――と言うより、女が一方的に小父さんを叱りつけていた様にしか見えなかった――小父さんは隣りの部屋に引っ込んだ。


「……見苦しい所を見せてごめんなさい。それで、失礼だけど、頭とか打ってない? 大丈夫だったら名前と生年月日、住所を言ってみて」

 先程までとは打って変わって、女は人懐っこい愛らしい笑顔で……無礼な事を言ってきた。


「俺は正気だ! おっと、失礼。改めて、助けてくれてありがとう。俺は松永博巳。昭和4年1月1日の竹松たけまつ村生まれで、今は松丘の町内にある“千歳”の料理人をしている。これで正気だと解ってもらえると思うが」

 少々の怒りと威厳を込め、低い声で答えてやると、

「う、嘘……本当に、本当に料理人なんだ」

 と言ってへたりこんだ。


「なあ、先程の小父さんはお前さんの父親か? 助っ人がどうのと言っていたようだったが……お前さんが怒っていた事は、それと関係があるのか?」

「あー、うん。まあ……って、誕生日が昭和って何よ!? 一体何歳なのよ!」

「俺は現在18で、お前さんより年上だ」

 先程の小父さんが言っていた女の年齢を頼りに、俺は言い切った。


「今は平成よ。平和に成ると書いて平成、それも25年! 18なら昭和生まれなワケないじゃない。あんたやっぱり、頭打っておかしくなってるんじゃないの?」

「人を物狂い扱いするとは失礼な奴だ! そもそも、平成なんぞいつの年号だ。お前さんこそ敵の空襲で気でも違えたんじゃないのか」

「空襲って、今、日本はどことも戦争してないわよ! そりゃ、嫌われてる国はあるけど……それに、何でお前、お前ってそんなに上から目線で言われなきゃいけないのよ!」

「年下の女子おなごにはお前で十分だ。それに、お前さんの名前も聞いておらんしな」

 女は余程機嫌が悪いのか、俺と散々言い合いをした挙句に呼び方にまで話が逸れてしまった。

 俺は折角なので、名前から聞いてみることにした。

 しかし、ここまで女と遠慮無く言い合いをしたのは、いつ以来か。

 俺の脳裏には、幼い頃に姉や妹と遠慮無く言い合いをしていた光景が浮かんでいた。


「うぅ……そうだったわ。あたしは、小夜子さよこ藤原小夜子ふじわらさよこよ」

 怒った顔から一気に気まずそうな、しおらしい表情に変わった女――小夜子が言う。

 言い合いをしていると若干腹も立ったが、しおらしい顔を見てしまうと、何というか、美しい女性である事を再認識する。


 小夜子については、はっきりと言ってしまえば、俺の実家である“松永”や、修行している“千歳”で働いていた女中の誰よりも美人だった。

 艷やかな首までの黒い髪。前髪はまとめられ、コメかみの辺りで小さく上品な髪飾りで留められている。先程までは怒りで吊り上がっていた大きい目も、今は目尻が不安気に下がり、この季節に殆ど日焼けもしていない色白の顔、薄らと桃色に染まった頬と合わせて可愛らしい限りだった。


 俺の実家のあたりは昔の風習が残っていたこともあり、兄と共に実家の女中とよろしく(へ夜這い)していたこともあってか最近は『女はあの程度のものだ』と思うようになっていた。

 だが、小夜子とは言い合いまでしたにも関わらず、何というか……俺は、この女に対して格好つけてやろうと、欲のようなものが出てきた。


「では、小夜子嬢。失礼だが、松丘の町内に『とうか』という料理屋は無かったと記憶しているのだが……」

「そりゃ、ここは青葉町で松丘は隣の市にある町じゃない。あと、名前だったら呼び捨てで構わないわよ」

「では遠慮無く。小夜子、ここは青葉町なのか? 青葉町は知っている。竹松から出てくる時に汽車で通ってな。山ばかりの田舎町との印象だったが……料理屋があったのだな」

 小夜子に言いつつ、実家から修行に出てくる時に乗った、汽車からの景色を思い出す。


「青葉町が山ばかりだったのは大昔の話よ。今は……見せた方が早いか。歩ける?」

「ああ。怪我もしてないようだしな」

 答えると、小夜子の柔らかい手に引かれて俺は、料理屋二階の物干し場に連れ出された。


「もう夜だから、山の形は見えないと思うけど、山なりに明かりが沢山見えるでしょう? 全部が住宅団地になったところだよ」

 小夜子に連れ出された店先からは、山なりになった家屋の灯火が見える。これだけの規模で明かりが灯っていれば空襲を防ぐことなど不可能だろう。

 ……にも関わらず、警戒すること無く煌々と明かりつけたまま夜を過ごしている住人達。これだけの規模の明かりを俺などを騙すために灯す事は、一介の料理屋にはできないし、意味も無い。

 加えて言えば、目の前の夜景には爆撃される事への警戒や、恐怖といったものと無縁のようにも見える。


「……なあ、小夜子。ここは、本当に昭和20年の松丘じゃないのか?」

 街の明かりから目を逸らせず、正面を向いたまま小夜子に問う。


 俺は最初、小夜子が何らかの目的のために嘘を言っているか、朝の空襲で気でも違えたのかと思っていた。何と言っても、俺は平成という年号も、青葉町の内情も知らないのだから、嘘を付くのは簡単な事だろう、と。

 だが、目の前に広がる街の姿は、小夜子が言った『平成』という年号に現された通り、平和そのものだった。


「さっきも言ったじゃない。ここは平成25年の青葉町よ」

 自分が知らない世界(ところ)。それを前に情けなくも寂しさを感じる俺に、小夜子は優しく答えてくれる。


 頬を撫でる夏の夜風が、眼前の光景は夢でも幻でも無いのだと伝えてくる。

 風につられて横を向けば、小夜子の微笑みの浮かんだ顔を街の灯りが照らしている。

 知る者が誰もいないこの場所で、俺は……優しい微笑みを向けてくれた小夜子の事を、心から信じたいと思った。

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