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子供警察  作者: tkkosa
9/14

その8



○登場人物


  成宮保裕・なりみややすひろ(特別刑事課、過去に事件でトラウマを抱えている)


  金井睦美・かないむつみ(特別刑事課、成宮と同期、あっさりした性格)


  成宮心・なりみやこころ(成宮保裕の妹、兄と同じ事件でトラウマを抱えている)


  正代豪多・しょうだいごうた(特別刑事課、リーダーとして全体をまとめる)


  薬師川芹南・やくしがわせりな(特別刑事課、自分のスタイルを強く持っている)


  住沢義弥・すみさわよしや(特別刑事課、人間味のある頼れる兄貴肌)


  井角・いのかど(特別刑事課、正代とともにリーダーとして全体をまとめる)


  根門・ねかど(特別刑事課、頭脳班として事件に向かっている)


  六乃・ろくの(特別刑事課、頭脳班として事件に向かっている)


  壷巳・つぼみ(特別刑事課、成宮と同期、頭脳班として事件に向かっている)


  但見・たじみ(特別刑事課課長)


  筑城晃昭・ちくしろてるあき(麻布警察署少年課、成宮と過去に事件で接点がある)


  大床・おおゆか(麻布警察署刑事課、成宮と過去に事件で接点がある)


  鍋坂・なべさか(子供警察署長)





 福岡の街並みを走っていく専用車の中には重みのある空気が流れていた。空には色の


悪い雲が流れ、今にも雨が降りだしてきそうな雰囲気は今の心内を表されているように


も思えた。おそらく、それは助手席にいる金井も同じだろう。今までに感じたことのな


い潰れた気が車内にはあった。


 昨日の大阪でのタマゴの対象への事件の捜査を夜中までやった後、東京の特別刑事課


からは2つの選択肢を提示された。このまま大阪の子供警察と事件の捜査を続けるか福


岡で金井と合流して2人で行動するか。選んだのは後者だった。あんなやられ方をした


悔しさもあったがやはり馴染みのない地で居心地の悪い環境を続けるのは嫌だった。事


件なら大阪の子供警察も本腰をいれるだろうから任せられるし、自分一人がいることで


捜査に大きな進展があるとも思えない。きっとこれまでの事件と同様に解明への糸口を


見つけるのは難しいのだろう。それなら遠方で単独行動を続けている金井の手助けにま


わった方が余程いい。


 金井は福岡に渡ってから一人で動くことを余儀なくされた。福岡にいるサイト参加者


は源氏、その対象となるのは失踪中の父親。今回の連続殺人事件での応援要請は事前に


してあったものの、福岡の子供警察としては対象の所在地が不明なのでは警護にまわれ


ないことと家族から捜索願も出ていないので対象を捜せないことを告げられた。女性が


ストーカーに狙われていると訴えたところで事件にならないと警察は動けないと言いは


ねられるようなものだ。こちらには深刻な問題であっても遠くの人間にとってはそうで


はない。熱の入れこみの違いはこれまでの各地でも味わってきた仕方のないことと解釈


せざるをえない。そのため、金井は一人で源氏の父親の捜索をしてきた。


 今朝の新幹線で大阪から福岡へ向かい、昼頃に金井の車に合流した。新たな場所に心


機を一転させて臨もうという思いだったし、金井にしても一人から二人になることの加


勢は良いものだったろう。しかし、そういった思いは一つの報告によって一気に吹き飛


ばされることとなった。住沢さんがティアラに撃たれた、という衝撃的な報告だった。


 正代さんからの話によると、事件は今朝に起こった。リーフの入院している神奈川の


病院で住沢さんは地元の子供警察の刑事2人と警護にあたり、病院の2つの主な出入口


をそれぞれ監視していた。現場状況と野次馬からの聞きこみとそこからの神奈川の子供


警察による推測では正面の出入口を担当していた地元の子供警察の専用車にトラックが


衝突し、その処置に住沢さんが追われているうちに病棟から銃声が鳴り、院内へ対応へ


向かったところリーフの病室前で撃たれたらしい。そして、リーフも病室内で撃たれて


いた。


 これだけでは不可解な部分が多いが、特別刑事課が突きつめていくと一つの線にする


ことが出来た。トラックを追突させることで周囲の注目を正面の出入口に向けさせ、刑


事2人を行動不能にし、住沢さんや警備員も現場へ移動させて隙だらけになった職員用


の出入口から院内へ潜入することが出来る。個室の病室にいたリーフを撃つことはそう


難しいものではないだろう。心身ともに弱っている病人を撃つのは正面をきっても可能


な範疇だ。その銃声を聞いて駆けつけた住沢さんは不意を突かれたのだろう。撃たれた


のが左肩の裏の方であることから視界に入らない角度から狙われたはずだ。


 住沢さんは命に別状はなく、地元の子供警察の刑事2人も意識は保っている。被害を


受けた場所が病院だったので速やかな処置を受けることができたのがよかった。まだ話


を聞ける状態ではないが回復次第で実際の事件状況を聞くことになっている。


 リーフは助からなかった。心臓を一発されて即死だった。争った形式もなく、隣の個


室にいた入院患者の「銃声以外の音は聞こえなかった」という証言からリーフは抵抗を


しなかったことが分かる。自らそれを受け入れたのか眠っていたのか。ただ、30分前


に病室を訪れた看護士は「眠ってなかったし、眠るような様子でもなかった」と証言し


ている。なら、リーフは死を受け入れたというのか。そう遠くない未来に迎えるものだ


ったとしてもどうして。相手がティアラだったからか。仲間に撃たれるなら本望とでも


考えたのか。それなら、ティアラこそどうしてリーフは撃ったんだ。あれだけ仲間との


絆に執着していた者がたとえ相手が望んだとしても撃てるものなのか。ティアラは仲間


のためなら苦しみの対象を簡単に消してみせる人間、そこへ考えついたときにハッとな


った。リーフの苦しみの種は彼自身の病。つまり、ティアラはその苦しみの種から仲間


を解放させたことにはなる。ティアラは自らの任務を果たした。仲間の命をも引き換え


にして。その思いの強さがどれほどのものかを認識させられた。


 しかも、これまでは対象以外の部外者に危害を加えてこなかったが今回は違う。住沢


さんを含め、刑事3人が傷を負った。サイト参加者たちの苦しみの種にしかあくまで手


はあげないと思っていたがそうじゃなかった。計画に邪魔になる警察には容赦しないと


いうことかもしれない。


 いずれにせよ、ティアラという人物の危険性が強まったことを肝に銘じておく必要が


ある。住沢さんがやられたということは当然自分もそうなるかもしれない。こうしてる


間にもティアラは次の標的に狙いを定めてるだろうし、それがここ福岡である可能性も


充分ある。


 そう注意力を高めながら源氏の父親の捜索に走っていく。対象の通っていた場所や行


きつけの店や元の職場付近はすでに金井が調査していたので情報力としては薄い関連場


所をあたっていった。これという新情報も特に得られないまま、ただ時間だけが過ぎて


いく。


 結局、この日は良い成果を掴むことはできなかった。今朝の事件の報告で気が焦って


いる分、進歩のない現実に萎えてくる。そんな状況に配慮したわけじゃないだろうけど


金井から源氏に会いに行く提案をされた。金井は一昨日に話を聞いたようだが、自分に


も「直接話を聞いてみれば」と言ってくれた。何か一歩が欲しかったのでそれを受けて


源氏の家へと向かった。


 源氏の家は木造アパートの一室にあった。築何年か想像つかないほどのオンボロさで


余程の事情でもないと住むことはないように思えた。建物内もどんよりと外観をままに


表している。


 源氏は仕事場から帰宅して家にいた。仕事は建設現場の作業員。まだ慣れてない肉体


労働に体はボロボロらしい。精神的にも自分で進んでやっているものではないので気は


のらない。父親が勝手に作った借金の返済のためにやりたいわけじゃない仕事をしてる


のだから当然だ。やらなければ返せない、返せなければ取り立てに執拗に追われる、逃


げる術もなくはないが追われながら不安に怯える人生なんか嫌だ、そう仕方のなさで妥


協を続けている。


 六畳一間の部屋は閑散としていた。人間が生きていくうえで最低限必要な物ぐらいし


かなく、狭さはさほど感じられない。そんな中で源氏は日々薄い生活をこなしている。


同年代が普通にやっていることすら出来ない。贅沢なんて言葉は排除しなければならな


い。そうした方がむしろ楽だった。本人に非はないのにそう自らを落ちこませることが


必要だった。


 「ある程度の事は彼女から聞かれてるだろうけど」


 そう前置きして話を始めた。一昨日の金井の聞きこみは事前に聞いていた。源氏が掲


示板に行き着いたのは職場のパソコンを利用したとき。残業で一人きりになったときに


すがる思いでやりきれない現状をぶつける場所を探し求めてるうちに見つけたようだ。


積もり積もった感情を掲示板へ吐きだすとサイト参加者たちからのレスに心を温められ、


それからは残業のたびに書きこみをしている。環境や境遇は違えど深い傷を負っている


仲間たちの言葉は胸に響き、折れそうな心を何度も救ってもらえた。


 ティアラが起こしてるかもしれない一連の事件について話すと表情に揺れる様がうか


がえた。仲間の残虐な行為は受け入れがたい事実だ。だが、その対象が自分に及ぶと対


応に変化があった。


 「このままだと君の対象、つまり君の父親に矛先が向けられる可能性がある」


 そう促すと表情を崩さず口を開く。


 「死んで当然ですよ」


 あっさりと言い放った。重みのある言葉が軽く感じられるほど。


 「あいつのせいでどんな目に遭わされてるか。本当に辛いんです、毎日が。なるべく


考えないようにと思うけど現実があまりにも目の前にやってくるからそれも出来ない。


こんなに何もかも擦り減らしながら生きてるのにあいつはきっとどこかでのうのうと暮


らしてる。こっちの事なんて何とも思っちゃいない。そんな罪悪感があるなら最初から


俺を残して逃げてなんかない」


 一転して今度は感情を吐きだすようにしていった。彼の思いはもっともだ。親に逃げ


られ、残されたのは苦しみ。現実世界に信じられるものがなくなった。無の境地になれ


ればまだマシだったかもしれないがそれも許されない。塞がれそうな日々を仲間がなん


とか留めてくれている。認めるのは複雑な気分になるがボルト・フロム・ブルーが彼ら


を繋ぎとめてくれているのは事実だった。




 翌日は朝から対象の捜索にあたった。昨日よりもさらに細かな部分の情報なので期待


もそう持てない。借金を残して逃げるぐらいだからそうそう見つかりやすい場所にいる


ことはないだろう。我々が探しているようなゆかりの地にいたら知っている人間の目に


つく。危険に自ら入りこむようなマネだ。おそらく、誰にもバレない新しい場所へ行っ


ている。そして、そうされたら刑事2人の捜索では難しい。


 源氏から捜索願を出してもらえれば進展が望めると思ったがそれも難しそうだ。福岡


の子供警察は捜索願も出ていないので動けないと言っていたが言葉だけのものだろう。


提出したところでそのときは一般家出人として対処し、どちらにしろ動かないのがオチ


だ。厳しい状況を認識し、先の見えない様に息をつく。


 東京では事件そのものの進展はなかったが、昨日のリーフの一件で被害を受けた住沢


さんや神奈川の子供警察の刑事2人に話を聞くことができた。最初に起きたトラックと


警察専用車の衝突には、刑事2人は「何かが静かに迫ってくる圧を感じて横を向くと無


人のトラックがこっちに走ってきていた」と共通の証言をした。無人というのがどうし


ても疑わしくなるが2人ともそう見たのならそれを信じる気になってくる。トラックの


引っ越し業へ訊ねたところ、管理していたトラックの中から1台がなくなっているのが


発見されたらしい。なくなった車と衝突した車のナンバーが一致してるのも確認された。


それらの情報から推測すると、ティアラがトラックを盗んで何かしらの方法でトラック


を警察専用車へ目掛けて発車させたとするのが落ち着く。それによって周囲の全ての注


目を傾け、病院へ潜入してリーフを撃った。その銃声を耳にした住沢さんは直前の壷巳


からのティアラの掲示板への書きこみの電話と結びつけ、それがティアラによるものだ


として病院へ駆けこむ。慎重に一つ一つの階を調べながら進んでいくとリーフの病室へ


辿り着き、そこでリーフの死体を目にした。住沢さんは「言い表せない衝撃だった」と


証言している。結果、その瞬間を狙われて銃弾を受けてしまった。前傾に倒れたため、


発砲した人物を視界に捉えることは出来ていない。


 この事実と推測の結びつけが正しいのなら事態はティアラの思う通りに進んだという


ことになるのだろう。これまでと同様に誰の目に映ることもなく犯行を成し遂げ、警察


はまたもしてやられた。犯行を未然に防ぐために動いてるこちらを笑うように事件は続


けられていく。


 この日も一日中あちこちに車を走らせたが対象の居場所へ結びつく有力な情報は得ら


れなかった。やはり、もうここら一帯にはいないのだろうか。そうなら探しようがなく


なる。


 成果のあがらない捜査に慣れてないわけじゃないが今回はそれとはまた違う。過去に


経験してきた事件とは次に起こりうる事件の可能性の高さがをまったく違う。今回は次


の犯行がほぼ確実だ。それを防がなくてはいけない。


 ティアラは一体どこまで掴んでるんだろうか。我々と同じようにどこにいるのかと対


象を捜している段階なのか、すでに居場所を突きとめて犯行をやろうと思えばいつでも


やれる状態なのか。


 「ちょっと」


 そう肩を2回叩かれる。声で誰がやったのかは明確だ。


 「気持ちどっかに飛んでたでしょ」


 考え事にふけっていたのを金井に指摘された。福岡の子供警察から宿泊先まで歩く間


にいつのまにか深く入りこんでしまっていた。夜道は自分の中に入りやすい環境なので


知らず知らずのうちに心ここにあらずになっていたんだろう。金井には「別に」とだけ


言っておく。


 考えこんでいる間に屋台の並ぶ区域に到着していた。金井に指摘を受けたのはそれが


あってだ。単に店選びをする目的のため。それがなければ考え事をしてようと放ってお


かれたままだろう。別に仕事終わりに会話が弾むような関係ではないし、特に干渉する


ことはしない。


 宿泊先までの道の近くに屋台街があったので夕食はそこでとることにしていた。一日


の収穫の少ない捜索を終え、上がらない気分でいるのに夕食まで簡単に済ませられるも


のにするのは味気ないからという金井の案に乗った。店選びは基本的に任せてるが一応


の「ここでいいよね」の確認だけは取られる。今日はラーメンになり、屋台の外にある


テーブルの席についた。


 数分でラーメンが来て2人で黙々と食べていく。これといった会話は生まれない。金


井の小さな独り言のような言葉がたまに発せられるが大体は宙に浮いたままになる。返


答した方がよさそうな言葉にはそうするけど変に気をつかったりはしない。向こうもそ


れを分かっている。それでこの2人の間は成立している。ただ、今日に限ってはそれが


込み入った方へ向かっていった。


 「そういえばさ、妹いるんでしょ。何日も家あけちゃっていいの?」


 「大丈夫だよ。家に帰れないことは普段もあるし、一応毎日電話はしてるから」


 地方での捜査は4日目になる。ここまで長くなるのはほとんどないが妹からは何も問


題はないからと電話で返されてる。気をつかってもらってるのか本当にのびのびしてる


のかは分からないけれど。


 「でも、2人暮らしなんでしょ。ちょっとは兄っぽい事してんの?」


 「何だよ、兄っぽい事って」


 「知んないけど。両親もいないんならいざというときにあんたが守ってやらないとい


けないんでしょ」


 「お前に言われなくても分かってるよ」


 普通に返答していたけれど頭の中ではもっと繊細な場面が思い起こされていた。時間


がいくら過ぎようともふとしたきっかけで聡明に浮かんでくる場面。忘れない、忘れら


れない、忘れてはならない過去。


 「・・・・・・一度守ってやれなかったからな」


 独り言のように呟いていた。忌まわしい過去から強く自分自身に刻んだ信念。明確に


なった未来。


 「もしかして・・・・・・両親の事?」


 呟きが聞こえていたのか、金井から言われた。その言葉で入りこんでいた過去の中か


ら現実に戻される。


 「あぁ」


 「私もなんとなくしか知らないけどさ、事件だったんだろ」


 「あぁ。もう10年以上も前になる」


 その頃、自分はまだ中学生だった。ちょうど高校受験に向けて本腰を入れて得意では


なかった勉強に打ちこんでいた。妹はまだ幼稚園に通っていて来年から小学校へあがる


というときだった。年の離れた兄妹だったけどだからこそ素直にかわいがることができ、


今では考えられないぐらいの仲の良さだった。


 父親は刑事だった。少年課の係長をしていて、周囲の仲間から聞いた話によると罪に


はしってしまった少年少女に厳しくも熱く更生することを弁じるタイプだったらしい。


その熱さもあってか更生に向く者は多く、父親を教師のように頼ったり、父親も彼ら彼


女らをきちんと見守っていったようだ。信頼のおける人だった、そう耳にして悪い気に


なりはしない。


 母親はコンビニのパートをしながら主婦業をしていた。妹が幼稚園に入った頃から平


日のうち3日の数時間をパートにあてていた。家計の問題じゃなく気分転換にしていた


らしい。家の中では何ということのない普通の母だった。そして、一家としても普通の


家族だったと思う。


 歯車が狂ったのは夏も終わりかけの一日。自分は受験対策で塾に通いつめていて外に


いて、父親は非番で母親はパートがなく妹も夏休みで3人で一軒家の家でのんびりと時


間を過ごしていた。どこにでもありそうな家庭の風景だが脅威はすぐそこにまで迫って


いた。


 報せを受けたのは塾の講習が終わった後だった。毎日が勉強づくめで嫌になりそうな


思いの中で塾終わりに数人の友人と集まってする無駄話は数少ない楽しい時間で、この


日も同じくその流れの中にあった。携帯の着信があり、軽い気持ちで出るとあまりにも


重い事実を告げられていく。自宅に何者かが侵入して家族3人が撃たれたと言われ、心


が自分じゃないどこかへ行ってしまったような感覚に陥る。自分に言われてるのに他人


事のようだった。受け入れずに流してしまえばそのまま流れていってくれるんじゃない


かというおかしな思いだったんだろう。その後の電話口からの言葉は全て上の空で零れ


ていった。


 訳も分からないままに病院へ向かうと2人の刑事がかまえるように待っていた。連れ


られたのは救命救急室で、そこには妹がいた。画面で目にしたことがある医療機器に繋


がれている妹の弱った姿に目の前のガラスに張りつく。家を出た昼前まであんなに元気


だったのに。「お兄ちゃん」っていつものように無邪気な笑顔を見せていたのに。今す


ぐにこのガラスを越えて抱きしめてやりたい思いでいっぱいになりながら泣きそうにな


るのを堪えた。


 その後に連れていかれたのは簡素な部屋だった。特徴もない一室の中にあったのは両


親の死体だった。今朝の面影はない無の状態の2人に身体は冷えたようにキンとした感


覚に襲われる。無力だった。もう過去のものになってしまった両親の命に何もしてやる


ことは出来ない。いないのだ。ここにいるのにいない。その現実に空しさと悔しさが異


常なほど込み上げ、涙が出てきた。


 事件は夏の空が暗くなってから起こった。犯人は玄関から家の中へ入り、リビングで


家族3人を撃ち、自らも後を追った。犯人は無職の未成年男性。逮捕歴が何度もあり、


父親が少年課で担当していた人間だった。逮捕のたびに父親が厳しく更生への道を説き、


それを犯人が突きはねる連続だったようで口論の激しさは少年課では有名な場面だった


らしい。おそらくは道に行き詰まって父親ともども道連れにしてやろうという魂胆で犯


行に及んだのだろう、とされた。正直、ふざけるなと思った。そんなもん、自分の中で


勝手に済ませればいいだろ。他人まで巻き添えにするなんて御門違いもいいところだ。


それに、母親や妹は関係ないじゃないか。「ついで」のように撃たれた2人にどうして


解釈しろっていうんだ。憤りはあれから何度でもこの体の中に起こり、未だに解釈はさ


れてない。


 警察は事件を発砲の前に知っていた。通報が届いていたから。電話をとると口論が遠


めに聞こえ、何かの事態の途中であることを察すれた。発信が父親の携帯だったことか


ら、異常事態を感じた父親が犯人に気づかれないように発して通話状態のままにしてい


たものと思われる。すぐに現場の最も近くにいた警官へ向かうようにさせたが到着前に


銃声が響いた。警官が家に着くと悲惨な光景が広がっていたが妹だけは息があり、一命


を取り留めることができた。父親の機転と警察の迅速な対応がなければ妹の命も危なか


ったかもしれない。


 妹が助かったという現実は喜ぶべきものだったろうが素直にそうは思えなかった。無


傷でいる自分がその理由だ。無傷どころか現場にも居合わせていない。被害が一つ少な


くてよかったともできたが無理だった。自分が塾が終わった後に無駄話なんかせずに帰


宅しれいれば、としか思えなかった。自分のせいで家族みんなが、そう責めることしか


できなかった。


 あの事件以来、心が塞がれてしまった。友人の前では変わらぬ姿を見せていたけど本


当は立ち直っていなかった。それでも現実はやってくる。生きていかなきゃならない。


両親の双方の祖父母が協力して妹の治療費やその後の兄妹の面倒をみてくれたので生活


はさほど不自由なくいられた。もちろん自分が職に就いたら家を出て、お金も返してい


くつもりだった。実際、今そうしている。


 刑事になることを選んだのは事件がきっかけだ。自分なりの償いとして。ただ、どれ


だけの事件を解決しても報われる思いは起こらない。この先もそうだと思う。一体どう


すればこの胸につかえてるものは外れるのかと考えてきた。答えは分からない。ないん


だろう。


 妹は体が治ってからは普通に成長を重ねていった。事件について触れてくることはし


ない。命日には墓参りをするが特にといって踏みこんできたりしたことはない。こちら


が距離を開いてしまった分、昔のような関係ではなくなったが別に兄を邪険にすること


もなく普通に毎日を過ごしていっている。多分、心の中にはいろんな思いがあるんだろ


う。でも、それを表面に出すことはない。思い出したくないのかこっちに気をつかって


いるのかは分からない。その微妙な距離を10年以上も続けている。


 「よく知らないけどさ、そんな抱えこむなって。過去なんて変わらないんだからあと


は本人の気の持ちようでしかないんだし」


 金井はそう言ってくれたがその気の持ち方がうまくいかない。夕食を食べ終えて宿泊


先に戻ってからも過去の映像が頭を散らついていた。




 空を眺めると月が輝きに満ちていた。綺麗だ。おさまりつかない興奮を静めるのには


最適といえる。


 不定に振れる鼓動を感じながら現実と空想を行き交わせていく。現在の自分はあの月


なのか、その周りにある闇なのか。光と闇。希望と絶望。理想と現実。その狭間を揺れ


ていく心内を前者になんとか留めさせる。異質な場面に壊れそうになる正義心を防ぎ止


める。


 その繰り返しを続けていると携帯の着信が来た。誰からのものかは分かっている。玄


関扉を開けると源氏の姿があった。「やぁ」と小さく言うと「うん」と返してくれた。


仲間に会うと自然に表情が柔らかくなる。夜空を見てるよりも何倍もの効果をこの体に


もたらしてくれる。


 源氏は家の中へ上がると眉間に皺をよせた。その視線の先にあったのは彼の父親の死


体だった。なるべく元に近い状態で渡したかったから背面から心臓を一刺しで殺してお


いた。証拠が残らないように体はプラスチックシートで包んである。もう死んでから2


時間ぐらい経つだろうか。


 源氏には事前に対象の居場所と計画の詳細を伝えておいた。父親への制裁をどうする


か訊ねると「自分もやりたい」と言ったから。自ら手をくだすと決めたのはコンビート


だけだったから意外にも思えた。けど、すぐに理解した。あれだけのことをされたんだ


から当然だ。源氏がその手でやるべきだし、対象も源氏からやられるべきだ。ただ、源


氏は殺人行為そのものには後ろ向きだった。そこまで踏みこむ勇気は持てなかった。だ


から、それは代わりにやっておいた。後は煮るなり焼くなりどうしてくれても構わない


から。


 「殴りたいだけ殴っていいし、蹴りたいだけ蹴っていいし、刺したいならナイフを貸


すよ。今まで傷つけられた分、思いの向くまま懲らしめてやればいい。気が済んだなら


後始末はやるから」


 そう伝え、また窓の近くへ行って死体に背を向けて座る。しばらく源氏は何も動く様


子がなかった。今までの苦しみを思い起こしてるんだろう。そのうちに泣き声が聞こえ


てきた。辛かったんだね、これまで。源氏の思いを少しでも分け合えるように胸に手を


あてて目を閉じる。やがて、プラスチックシートの上から父親を殴打していく音もして


きた。何発も何十発も対象を痛めつけていく様に彼の重ねてきた我慢の大きさも感じら


れて悲しかった。


 連続していた殴打の音が止むと後ろを振り向く。死体の側に立っている源氏は息遣い


が荒く興奮状態になっていた。それをおさめようと近づき、小さく震える体を柔に抱き


しめる。


 「大丈夫。これでもう苦しみから抜けだせる」


 言葉通りになれるように心を込めて伝える。君は何も苦しまなくていいはずなんだか


ら。勝手すぎる悪によって理不尽な目にあっているなんておかしい。正義が犠牲をこう


むる矛盾は終わりにしないといけない。これ以上、こんな事が繰り返されてたまるか。


私が終止符を打ってやる。




 疼くように騒ぐ心を携えながら警察専用車を走らせていく。朝からパラパラと降る小


粒の雨が傷口に沁みるようにこの胸は安定をしてくれない。心情をどうしたところで結


果に変化はない。


 結果はさっき最悪の形で報告された。源氏の父親が死体で発見されたという地元の子


供警察からの電話だった。さすがにダメージは大きかった。もちろん毎回あるけれど、


そのつど蓄積されてきたものがズシンと重く圧し掛かってくる。


 またしても先を越されてしまった。今回は対象の行方が不明な分、長期戦になると踏


んでいたのに。警察が捜索をあぐねている間にあっさりと見つけ、手をくだされた。一


体どうやって見つけだしたというんだ。対象に繋がるような情報は何もなかったという


のに。


 整理しきれない思いのまま現場に到着した。対象が身を隠していたのは隣県の佐賀県


のアパートの一室だった。こちらが持ち合わせていた逃亡前の対象の情報からは発見は


難しかっただろう。少なくとも今日明日で見つかることはない。完全にティアラにやら


れた。


 対象の住んでいた部屋へと入っていく。死体はすでに運ばれていたが10人ほどの刑


事がまだ捜査を続けていた。その中の1人に声をかけ、詳細を訊ねる。対象の死体が発


見されたのは今から2時間前。浸水と思われる水が玄関扉の下のわずかな隙間からじわ


じわと流れ広がってきているのを見つけた住人がアパートの管理人を呼び、親鍵で開錠


したところ部屋は水浸しになっており、出元に向かうと風呂場の蛇口からゆっくりと水


は流れ、それが落ちていく浴槽に対象の死体があった。対象は体全体が浴槽いっぱいの


水の中に浸かっていたが水死ではなく、背中にあった刺した跡が致命傷だろうとみられ


ている。そして、その後に工作のために浴槽で水に沈めたということだろう。これまで


の事件のように計画的な犯行だ。


 長くはいずに部屋を後にした。地元の警察側から邪険に思われるのも嫌なので任せた


方がいい。専用車に戻ると大きく息をつく。3日前の昼にタマゴの対象をやられ、一昨


日の朝にリーフをやられ、今回は源氏の対象をやられた。ここにきて立て続けに事件が


起こっている。畳み掛けてくる相手に対し、こちらは何も防ぐことができない。空しく


なる現実。


 「今、どんな気分?」


 せめぐ心内に為されるままにしていると金井に聞かれた。


 「さぁ、分かんねぇ」


 適当に返答しておく。あながち遠くもない返答だけど。やりきれずにうごめく心の靄


を定めずにあえて流していたから。これという結論を出さず、分かろうとしないことで


揺れたままにしておこうとした。


 「私はかなりムカついてるよ。こんな感じは中々ないかな。こっちがあんだけ必死に


なっても手掛かりさえ掴めなかったのにこんなに簡単に見つけてくれちゃってさ。ナメ


んのもいい加減にしろってとこだよ。こうなったら何が何でも捕まえてやんないと気が


済まないね」


 金井の憤りは静かに確実に伝わってきた。その思いは痛いほど分かる。ここまでして


やられて正常でなどいられない。犯人の逮捕、それをもってしないとこの連続事件の終


結はありえない。




 その日は福岡の子供警察での捜査協力に一日を費やした。現場での捜査をすると地元


の刑事たちの連携を乱すことになるかもしれないし、中枢にいれば情報も集まってくる


のでいいというのもあった。


 一日をかけて得られた情報を集約しても不明な部分は多かった。対象が死に至ったの


はやはり背中を刺されたことによるものだったがそれ以外にも多数の殴打された跡があ


った。ただ、決定的な指紋はなかった。水に長時間沈められていたこともあるが直接は


対象の体に当てずに間になにかクッションになるものがあったんじゃないかとされた。


それにより証拠には繋がらなかった。


 犯行は夜中のうちにされたのが濃厚とされた。不審人物の目撃がないことと浸水の具


合を逆算するとそこへ行き着く。用意周到な計画的な犯行、抜け目のなさはこれまでの


通りだ。


 東京の特別刑事課へ報告すると正代さんは「そうか」と力弱く呟いた。先を越された


ことを謝ると「お前たちのせいじゃない」とかばってくれたけれどここまでの続けざま


に起こされていく様にはさすがに気の落ちようは否めないだろう。灯されている火が次


々に消えていくのを遠方から報告を受けるだけなのも辛いに違いない。東京のメンバー


だって必死になって捜査を続けている。正代さんだけでなく、井角さん、根門さん、六


乃さん、壷巳の頭脳班の面々も情報操作にあたっている。但見課長も子供警察に留まら


ない重要事件として捜査規模を拡大できるように鍋坂署長に掛け合ってくれている。そ


れぞれがそれぞれに強い思いを抱いてこの連続殺人事件に向かっている。折れてなんか


いられない。


 夜の22時頃にようやく源氏から話を聞けることになり、直接ここまで足を運んでも


らった。昼間に警察から仕事場の方にも行ったが仕事中は止めてほしいと拒まれ、仕事


が終わってからこっちから行くのでと言われていた。


 源氏は終始どこか落ち着かない様子だった。そわそわというほどじゃないが冷静では


なかった。地元の子供警察の面々はそれを挙動不審なんじゃないかと疑いを向けていた


けれどそれは違うと思った。憎むべき相手とはいえ父親が殺されたのだからそうもなる


だろう。事件当時のアリバイはないが一人暮らしの人間の深夜の動向に確証がないのは


普通だろう。仲間と遊びに行くだけの余裕さえ金銭的にも精神的にもない。それに、源


氏がティアラだとすれば今回以外の他の事件に対してのアリバイが成りたってくる。そ


れ以前に彼にはこれほどの連続殺人事件を企てるだけのゆとりがない。日々の生活だけ


で手一杯なはずだ。


 聴取の間、源氏は感情の起伏をあまり表そうとしなかった。父親がいなくなったこと


には「別に」とだけ呟いていた。恨んでいた相手の消失には本音はざまあみろと思って


いたところもあるかもしれない。天罰がくだったと仕切ったかもしれない。ただ、これ


で父親がつくった借金は今後も彼が返済していかなくてはならない。これまでの詰まる


ような日々がこの先も続いていくことを示している。それを考えれば心中は複雑だろう。


両極の感情が同時に湧いてくることでそれをうまく表せないのが本当のところかもしれ


ない。



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