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子供警察  作者: tkkosa
7/14

その6


○登場人物


  成宮保裕・なりみややすひろ(特別刑事課、過去に事件でトラウマを抱えている)


  金井睦美・かないむつみ(特別刑事課、成宮と同期、あっさりした性格)


  成宮心・なりみやこころ(成宮保裕の妹、兄と同じ事件でトラウマを抱えている)


  正代豪多・しょうだいごうた(特別刑事課、リーダーとして全体をまとめる)


  薬師川芹南・やくしがわせりな(特別刑事課、自分のスタイルを強く持っている)


  住沢義弥・すみさわよしや(特別刑事課、人間味のある頼れる兄貴肌)


  井角・いのかど(特別刑事課、正代とともにリーダーとして全体をまとめる)


  根門・ねかど(特別刑事課、頭脳班として事件に向かっている)


  六乃・ろくの(特別刑事課、頭脳班として事件に向かっている)


  壷巳・つぼみ(特別刑事課、成宮と同期、頭脳班として事件に向かっている)


  但見・たじみ(特別刑事課課長)


  筑城晃昭・ちくしろてるあき(麻布警察署少年課、成宮と過去に事件で接点がある)


  大床・おおゆか(麻布警察署刑事課、成宮と過去に事件で接点がある)


  鍋坂・なべさか(子供警察署長)




 翌々日、朝から軽快にスピードにのって専用車で移動する。向かっている先は埼玉。


ボルト・フロム・ブルーの参加者のうちのクライスのところに。


 昨日は終日アシュリの対象の事件の捜査に動いた。様々な状況や視点から推測を並べ


ていっては複雑な渦に呑まれていく連続。聞きこみや証拠などから組み合わせると可能


性が高くなるのはやはりマンションの住人だ。ただ、それ以外の人物による犯行が難解


というだけのこと。対象に恨みを持つ者やトラブルのあった者は全くいない。あくまで、


そうであるのが捜査側にとっては理想的な筋書きだということ。結局、コンビートやマ


ジュニアの対象の時のようにティアラの足を掴めるものはなかった。追っても追っても


その姿は見えてこない。それどころか相手のやりたいようにやられている。不甲斐なさ


にため息は何度と出た。


 コンビートはそんなこちらの思惑を把握するような態度を続けている。適当な質問に


は返答するが一線を超える質問には黙秘しかしない。我々にとっては今一番近くにある


ティアラを掴むための情報を持った人物のはずなのに一向に聞きだすことが出来ない。


ただ闇雲に時間が過ぎていくばかりのような取り調べばかりだ。おそらく、このままの


展開が続くのならコンビートは鑑別所へと送られることになる。それまでの一週間で成


果をあげたい。


 マジュニアは仙台の事件についての聴取が終わり、3日前に埼玉へ移った。事件で家


族を失ったため、父親側の兄夫婦のもとへ引き取られることとなった。聴取において、


彼はまったくの被害者であることを貫いている。サイト参加者との直接の係わりはなく、


それ以外で家族が事件に巻き込まれるような理由も思い当たらないと言っている。コン


ビートのようにティアラへ繋がるものを模索したが彼のアリバイは確かだし、疑わしい


点も残らなかったので向こうの警察も彼の言葉を信じる意向を示した。


 アシュリは今回の事件への関与の否定を続けている。彼のアリバイも確かで、マジュ


ニアと同じくサイト参加者との直接の係わりはないと断言している。ティアラによる連


続殺人事件の可能性を示唆した後での事だっただけに驚きは否めない様子だったが。彼


からもまた進展に繋がるものは得られなかった。


 ボルト・フロム・ブルーは今も変わらずに継続されている。日々スレッドは作られ、


それに答えるレスも送られている。ティアラからの投稿はコンビートの対象への事件以


来ない。当然、コンビートからの投稿もない。マジュニアとアシュリは警察からの他言


無用の申し入れがあったため、事件にまつわることは隠した発言を続けている。コンビ


ートやティアラの不投稿を心配する声にも彼らがうまく対応してくれていた。ティアラ


もどこかからサイトを見ているのだろうか。


 過去の事件からティアラの新事実を発見するのは難しかった。そこに何かはあるのか


もしれないがうまく進んでくれない。しかし、そうしてる間にも次の展開へ目を向ける


必要がある。サイト参加者は8人、その対象が始末されたのは3人。そう、まだ5人分


の対象へ矛先が向けられている可能性がある。いつまでもそこに固執していられない。


過去の事件を調べるのも大事だが、今は次に起こりうる事件を未然に防ぐための行動の


方が大事だ。


 そのために今こうして埼玉にいるクライスのもとへ向かっている。運転が自分、助手


席には薬師川さん。金井と住沢さんは神奈川のリーフの方を任されている。正代さんと


井角さんは引き続きコンビートの取り調べ、但見課長は事件対策の統括、根門さんと六


乃さんと壷巳の頭脳派チームはこれまでの事件やサイト参加者たちの情報を集めてくれ


ている。


 薬師川さんとペアになることは多い。大体、事件になると実績派の4人が現場に出さ


れる。ペアに分かれるときは先輩と後輩、男女で分けるべきだろうとなってこういう組


み合わせになる。運転は当然後輩の仕事。朝一からの長距離移動はきついがブラックの


コーヒーを体に一発入れれば目は覚めてくれる。その薬師川さんは助手席でぐっすりと


眠りについていた。発車してすぐに「私、寝るから。ナビがいるようなら起こして」と


言い捨てられて。文句は言わない。言わないというかない。あったとしても消えてしま


う。育児をしながら、家事をしながらの刑事の業務は多分こちらが思う以上に重労働に


違いない。それをこなしている薬師川さんには尊敬の念ばかりが浮かんでくる。だから、


責めるどころか「どうぞ今のうちに寝ておいてください」という気になってしまうのが


常だ。


 目的地の埼玉の子供警察には無事に到着できた。2回来たこともあったし、近場では


薬師川さんにナビをお願いしたから問題はなかった。


 署内へ入ると刑事課へ案内してもらう。事前にコンタクトは取ってあったので、刑事


課に通されると課長から「あぁ、どうもどうも」と軽いタッチの挨拶が飛んできた。側


にあった来客用のソファへ座ると接待に近い感じの応対を受けていく。課長からの話に


よると、埼玉の子供警察がクライスの対象につけている警護は2名。「フレッシュさの


ある若手をつけた」と言われたが要は新人に押しつけたということだろう。新人をロー


テーションで警護につけ、時間も対象が家を出る時間から帰る時間まで。どうやら、形


ばかりの警護のようだ。後でこうして警護はしていると報告が出来るための。事件その


ものに係わりがないからだろうがこちらとの温度の差が感じられた。


 「ダメですね、これは」


 課長からの説明が終わり、引き続きの応援要請をお願いし、刑事課の部屋を出た後に


言いもらした。まったく重点の置かれていない実態に失望に近い感情だった。事件を未


然に防ごうなんて思っちゃいない。ティアラが本当に攻めこめば破ってしまえるものだ


ろう。


 「まぁ、しょうがないね。ウチが逆の立場なら同じことしてるだろうし。こりゃ、他


のところもこんなような対応されてそうだね。結局は自分たちでなんとかするのが一番


いいってことかな」


 薬師川さんは現状を受け入れるように諦めていた。そうしてしまうのが手っ取り早い


のを知っている。でも、普通の人間はそれを知っていても素直には受け入れられない。


複雑に受け入れ、沸々と感情を湧かせていく。人間らしくもあり、刑事としてはまだま


だともいえる。


 その後、専用車でクライスと対象の通う高校へ向かった。学校から一定の距離に車を


停めると近くにいた埼玉の子供警察からの警護の車にいた刑事へ挨拶をする。車へ戻る


と2人が姿を現すまで待機となった。


 試験期間は終わってるようで校内には通常の授業風景がうかがえる。自分も数年前に


経験したあの風景。傍から眺める分にはそれとなんら変わりはない。普通の高校生たち


が普通の高校生活を送っている。この中で陰湿ないじめが行われているなんて思いもし


ない。当人とその周りにいる人間にしか分かりはしない。教室単位の狭い囲いの中で行


われているため、その外にいる人間には伝わらない。もしかしたら、自分が高校生のと


きにも同様の事が近くで行われていたのかもしれない。気づかなかっただけで、自分の


近くにもいじめは存在していたのかもしれない。そう思うと遠くに感じていたものが急


に近くにある気になった。


 「成宮くんも妹さん同じぐらいなんでしょ」


 「はい。高校生です」


 「大丈夫? 曲がったりしてないの」


 曲がってるかと言われるとどうか。感情を素直にさらける関係ではないから掴みきれ


てはないが思春期特有の複雑なものもあるだろうし、見てるかぎりでは非行に進みそう


な気配はない。さっきの言葉じゃないが普通の高校生で普通の高校生活を送っていると


思う。


 「大丈夫ですよ。そういうタイプじゃないですから」


 「そう。仲良い?」


 「いや、そういうのとはまた違いますね。特に会話とかもないですし。でも、別に仲


悪いわけじゃないし」


 言ってみれば微妙なところ。こうやって人に説明するには言葉を濁して逃げておきた


くなる程度の。


 「ふぅん。まぁ、一応気を張っておいた方がいいわよ。そういう子の方が危なかった


りするし。ほら、急にキレる子って最近よく聞くじゃない。あれ、別に急にキレてるん


じゃなくて溜まり溜まったものがたまたまそのときにリミットをオーバーしただけだろ


うから。最近の若者は感情を表にあらわにするのが格好悪いとか恥ずかしいとかで普段


はおとなしくしてるからそういうふうに傍目には見えるんでしょうね」


 「そういうもんですかね」


 「人によりけりだろうけどね。コンビートとかそうじゃない。普通にしてたらどこに


でもいそうな中学生でしょ。実際、彼の周りにいた人間には彼の本質を掴めてた人はい


なかったわけだし。難しいのよ、今は。そこらの道を歩いてる誰が心に爆弾を抱えてる


かなんて判断できないんだから。ましてや、それがいつ着火して爆発してしまうかなん


て余計にね」


 その通りだった。我々が何気なく歩いてる道にもそういう若者はいるはずだ。その子


の横を通り過ぎたり、擦れ違ったり、視線の中心におさまったとしてもきっと心の中に


ある爆弾には気づけない。あまりにもの無力。多分、コンビートの周りにいた人たちも


そうだったんだろう。そして、きっと・・・・・・。


 「ティアラもそうだってことですよね」


 「かもね」


 薬師川さんは視線も表情も変えずにさらりと言った。確かにそうだ。一連の連続殺人


事件で勝手に凶悪な犯人像を描いていた部分があったがあの生徒たちのように何気ない


通常の日常の中に身を置いている可能性は充分ある。極端な話をすれば、あの校庭で体


育の授業を受けている生徒たちの中にいるかもしれない。どこにでもいるような学生の


中の1人なのかもしれない。そんなことを言いだしたらキリがないがそうであるかもし


れないのは確かだ。


 15時半を過ぎた頃、クライスと思われる人物を発見した。授業が終わり、流れ出て


くる生徒たちの中にそれらしき女子生徒を見つけると「私が行く」と薬師川さんが車を


降りて悟られないように後ろに着いていく。自分と金井がアシュリにしたときのように


して話を聞くために。遠方まで行くとやがて2人は見えなくなっていった。ここからは


また窮屈な時間になる。クライスの対象が出てくるのを待つ大事な仕事があるが、彼女


は部活で当分は学校にいるはずだ。クライスと対象は同じ部に所属していたが関係の捩


れからクライスは部活には顔を見せなくなっているらしい。


 45分ほどで薬師川さんは車へ戻ってきた。学校から充分な距離を歩いて周りに他の


生徒が見当たらなくなった頃合をはかってクライスへ声をかけ、無事に話を聞けたよう


だ。突然刑事が目の前に現れた驚きをなるべく取りのぞけるように説き、近くのファミ


レスへ移動した。適当に飲み物を頼み、簡単な自己紹介をして本題へ入っていく。


 「ボルト・フロム・ブルーというサイトを知ってますね」


 質問から間があいてから「はい」と返答がくる。疑いのこもった表情を浮かべながら。


自分がサイトを訪問していることをどうして刑事に聞かれてるのか、という当然な疑問。


何かまずいことでもあったんだろうか、という不安も伴った。


 「あなた、そこにクライスというハンドルネームで投稿してますね」


 また力のない「はい」という返答がくる。この刑事はそんな詳しいところまで知って


いる。だんだん不気味な思いに襲われてくる。警察がそこまで調べてるってことは何か


があるってことに違いない。あのサイトで自分は何をしたんだろうか、何もしていない


はずだ、と言い聞かせる。


 「それについていくつか聞きたいことがあります」


 連続殺人事件とサイトとのかかわり、事件のこれまでの経過を話せる範囲で伝えてい


く。クライスは不安げな表情のままで聞いていた。この非日常的な状況になぜ自分が関


与してしまったのかを把握して整理させようと。一通りの話を終えるととりあえず自分


と事件との直接の繋がりはないことを納得できたようだった。


 「掲示板を通した係わりの中でティアラという人物はどう映った?」


 「なんていうか、分かってくれる人だなって。掲示板のみんながそうなんですけど。


優しさっていうのとはまた別の、あの人たちとだから分かり合えるっていうものがあり


ました」


 「ティアラからコンタクトがあったりは」


 「いいえ。何も」


 何かを隠しているようには見えなかった。本当に何もないのだろう。その後の質問も


同じように進み、ティアラについての新しい情報は得られなかった。どうにも進展して


くれないもどかしさが残った。


 「ティアラは今もどこに潜んでるか分からない。まだ推測の段階だけど、あなたの憎


んでいる相手が狙われる可能性も充分ある。これまでの傾向からいけば危険な状況だと


思う。警察としても出来るかぎりの対策はとるけれどあなたにも協力してもらいたい。


ティアラからもしも連絡が来るようなことがあったらすぐに私たちに知らせて」


 そう喚起して名刺を渡すがクライスの表情は浮かばない。連続殺人事件と自分が繋が


ってるなんて状況に不安を拭えないでいる。


 それがクライスと薬師川さんとのやりとりだった。クライスの率直な印象は気の弱そ


うな子らしい。元々がそうなのか、対象からのいじめによってそうなってしまったのか


までは分からないが。


 クライスの対象である同級生の姿が見えたのは17時半だった。持っていた写真と本


人を照らしあわせ、その一致を確信した。停車していた車の横を通りすぎていくまで注


意深く眺め、少しの距離をとって発車させる。埼玉の子供警察の警護の車も動くので不


自然にならないように距離感には気をつけて。対象が徒歩通学なのは調査済みなので微


速を保ったままで自宅まで追っていく。結局、帰宅の通学路では何も変化は起こらなか


った。


 「あれが対象か。見た感じ、そんないじめなんかしそうじゃないですけど」


 「まぁ、おしとやかそうに見えるわね。でも、さっき言ったでしょ。そういうふうに


見えない子にかぎって、って」


 薬師川さんの言葉に納得させられるのと同時に、普通に道にいる少年少女もその可能


性を秘めてるのかと目を細めてしまいそうで怖くもあった。何もかもを疑う現実なんて


悲しい。


 この日は夜まで何も起きなかったので警護は埼玉の子供警察へ任せ、東京へ戻った。


特別刑事課の方にも進展はなかった。




 翌日、朝も早めの新幹線で大阪へ向かった。目的はタマゴの対象の警護。昨日のクラ


イスの対象への埼玉の子供警察の警護の粗略さを目の当たりにし、地元に任せておくわ


けにはいかなそうだと結論にいたった。神奈川のリーフのところへ行っていた住沢さん


と金井も近い印象を受けたようで、遠方だからと直接は手をまわせていなかったタマゴ


と源氏のもとにも足を運ぶ必要があると決まった。そこで、関東の近場である埼玉には


薬師川さん、神奈川には住沢さん、遠方である大阪には自分、福岡には金井があてられ、


それぞれの対象への警護に加担することになった。


 早起きの分を新幹線の中での睡眠で補い、昼前には大阪の子供警察へ到着した。埼玉


のときもそうだったが別の警察署に入るのはどこか萎縮してしまうところがある。部署


や構造に大きな差はないのになぜか別物のような気にさえなってしまう。空気感が違う


というか自分はよそ者という概念が強く感じてくる。


 刑事課へ案内してもらうと課長から「おぉ、来た来た」と軽いタッチの挨拶が飛んで


きた。応接用とまではいかないほどの部屋へ通され、来客用といった接待に近い感じの


応対を受けていく。課長からの話によると、大阪の子供警察がタマゴの対象につけてい


る警護は2名。うまい説明に逃げていたけれど、埼玉と同じように新人に押しつけたと


いう印象だった。やはり、どこも形ばかりの警護にしかなってないようだ。別所からの


応援要請にそこまでの配慮は出来ないということだろう。遠方まで来て正解だったみた


いだ。


 引き続きの応援要請をお願いし、警察を後にするとまず東京の特別刑事課に報告の電


話をいれる。正代さんと話したが、予想はできた事態だったので向こうもさほど驚きは


ないようだった。


 大阪の子供警察から専用車を借り、タマゴのもとへ向かう。運転席から見える左右の


景色には見慣れないものが多く、新鮮な気分に浸れた。大阪っぽいなと思える賑やかな


ものもあり、東京と変わらないなと思えるうるさくも涼しげなものもあった。その土地


特有のもの、どこにでもあるもの。その両方を確認できて満足感と安心感をそれぞれ胸


に入れた。


 タマゴの働く飲食店に到着すると距離を置いた場所へ車を停め、近くにいた大阪の子


供警察の警護担当者に挨拶をして様子をうかがっていく。店は大阪に数店舗をかまえる


洋食店で、パスタやピザをメインに扱い、サラダバーやジュースバーやデザートにも力


を入れているらしい。


 しばらく遠目に店内を眺めているうちにタマゴとその対象の姿を見つけることができ


た。時間帯がいいこともあって、2人とも接客をしたり、調理場の方へ入っていったり


と忙しく動いている。2人の間でのやりとりも何度かあったが特に不審な点は見受けら


れなかった。まぁ、そんな目に見えるようなところでおかしなことをしたりはしないだ


ろうが。


 その後も警護を続けたが目立った変化はなかった。昼時のピークが終わると店内は数


人の客が長く時間を過ごす穏やかな様子になり、夜時のピークが来ると店内は急がしさ


を取り戻し、それが終わるとまた静けさに迎えられていく。タマゴと対象の間にも何も


変化はなく上司と部下という枠をはずれるような様は見られなかった。


 22時過ぎに早番の勤務を終えたタマゴが店から出てきた。駐車場の端に停めていた


自転車に乗って進ませていき、こちらもその後を追っていく。遅番の対象は閉店時間ま


では店にいるので心配はいらない。人通りの少ない夜の道を進み、タマゴは自宅である


実家へ10分ほどで難なく着いた。自転車をしまって玄関にまわろうとするところで声


をかけ、状況を呑みこめない様子のタマゴに警察手帳を出して「聞きたいことがある」


と言うと不定な表情を浮かべたため、ボルト・フロム・ブルーの名前を出してようやく


こちらの話を聞いてもらえることに導けた。


 近くのファミレスへ移動し、適当に飲み物を頼む。彼はアイスコーヒー、自分はホッ


トコーヒー。待っている間にこちらの簡単な自己紹介をして、飲み物が来ると一口だけ


口にしてさっそく本題へ入っていく。


 「さっきも言ったけど、君はボルト・フロム・ブルーをよく訪れてるね」


 質問から間があいてから「はい」という返答がきた。10時間を越える一日の勤務を


終えたばかりの体からは疲労が見える。立ちっぱなしの接客業となれば頭も使うし、体


力も使うから外見以上の過酷さなのだろう。それが日々続いていくのだから相当くるも


のもあるに違いない。対象もそんな状況のやり場のない思いをタマゴへぶつけていると


いうことだろう。ただ、精神的にも肉体的にも痛めつけられているタマゴへの負担は並


大抵のものじゃないはずだ。純粋に、そんな矛盾を終わらせてやりたい。ティアラのよ


うな強引の過ぎる方法じゃなく、もっと別の正攻法はないものだろうか。難しいのは分


かっている。長く築かれてきたものをそんなにあっさりと変えられるほど世の中は簡単


にはいかない。他人には容易なことだとしても、やってみればなんてことないことだと


しても一歩を踏みだす当人には難解なものだ。


 「君はそこにタマゴというハンドルネームで投稿しているね」


 また間があいてから「はい」と返答がきた。


 「投稿内容は同僚からの陰湿ないじめ」


 その言葉には返答は来なかった。どうして刑事に話を聞かれているんだ、どうして刑


事がサイトを訪問していることなんか知っているんだという疑問とともに言葉自体の力


に圧迫されて。


 今までは踏みこんでこなかった場所だった。サイト参加者の傷を起こすようなマネは


なるべく避けたかったから。実生活では表せないことだから掲示板に吐きだしていたと


いうこともあるだろうし。こんないきなり現れた刑事が入りこんでいい場所とは正直思


えない。容疑者なら別だが彼はそうじゃない。むしろ、被害者。なのに、さらに追いつ


めるようなことはよくない。でも、踏みこんでしまった。口にしてしまった。どうして


かはなんとなく分かった。境遇が近いとはおこがましいが遠きにもあらずだったから。


2人暮らしの母親のために頑張っているタマゴの様が、妹のために頑張ってきた自分の


様とどこか重なる部分があった。


 ただ、その思いは頭の中で消した。こんな若い体で日々の苦痛に耐える姿に対象への


怒りがあがり、あんな人間ならどうにかなってしまえばいいとすら思ってしまったとき


にハッとなった。こんな考え、いけない。個人的感情は捜査において足を引っ張る要素


になりうる。それに足元を掬われてはならない。タマゴへ芽生えた感情を打ち消し、本


題へと立てなおす。


 「それについて聞きたいことがあります」


 連続殺人事件とサイトとのかかわり、事件のこれまでの経過を話せる範囲で伝えてい


く。タマゴは時折こちらに視線を向けながらしっかりと聞いていた。そう安々と呑みこ


めない事態ながら話に関心を示している。


 「それは・・・・・・ティアラがやったっていうことですか」


 「分かりません。まだティアラが犯行を行った証拠は何もない。ただ、全ての状況を


繋げていくとそれが最も考えつきやすい点というのは確かです」


 こちらの言葉にタマゴは顔を下げてしまった。信じがたいといった様子だ。それもそ


うだろう。こちらからしたらティアラは事件の重要人物という位置付けだけど、タマゴ


からしたら掲示板の大事な仲間だ。それが連続殺人事件で警察から目をつけられてると


聞かされればショックを受けるのは当然のことだろう。


 「掲示板を通した係わりの中でティアラという人物はどう映った?」


 「ティアラは・・・・・・味方です」


 言葉を選ぶように考えると彼はそう言いきった。


 「毎日仕事で忙しくて、その中で理不尽なことをされたりするのは嫌です。嫌で仕方


ありません。でも、家に帰ったら母さんがいるから頑張れてます。けど、母さんにこの


苦しみを伝えることはできません。だから、掲示板のみんなは心の支えになってます。


みんなが俺の気持ちに親身になってくれて励ましてくれる。ティアラもそうです」


 ティアラを信じている思いのこもった言葉だった。普通なら一歩引いてしまう場面な


のに前へ足を伸ばしてきた。それだけの思いなんだろう。あの掲示板のメンバーたちの


絆はこちらが思っている以上に強いもののようだ。


 「ティアラから直接コンタクトを取ってきたりはしてないか」


 「いえ、ないです」


 言葉の裏を読もうと気を張っていたが難しかった。多分、タマゴは本当にティアラと


連絡を取ったりはしていない。彼の心配そうな表情はあまりにリアルだったから。演技


の要素はなく、本気で仲間のことを気に懸けている。


 その後もいくつか質問をしてみたがティアラについての詳しい情報はやはり得られな


かった。このままだとタマゴの対象が狙われる可能性があること、何かティアラから連


絡があったらすぐ教えてほしいことを喚起したが彼の反応は変わらなかった。彼の焦点


は連続殺人事件よりもティアラに向けられている。事件に巻きこまれるかもしれない不


安よりも仲間の現状に。


 タマゴと別れ、元の飲食店へと戻っていく。対象はまだ店内にいたが接客はアルバイ


トと思われる女性が1人でやっており、たまに表に顔を出す程度にしか見れなかった。


閉店までの時間を車内で過ごしながらさっきのタマゴとのやりとりを思い返していく。


率直な印象は心の優しい青年。そこが対象から付けこまれる要因になったんだろうが彼


に非はない。一方的な不道理。それを考えるほど対象への怒りが募り、そのたびに頭か


ら振りはらった。


 対象が姿を現したのは深夜の1時過ぎ。閉店後にアルバイト数人が出てくる姿があっ


たのでそろそろかと思っていたところだった。対象が車移動だったため、こちらを通り


すぎた後に怪しまれない程度に距離を保ったまま追いかけていく。


 15分ほどで対象の住むマンションへ着き、車は建物内にある駐車場へ入っていった。


距離を置いたところに車を停めて待ち、対象の住む503号室の明かりがつくのを確認


する。待機は続けたがこの時間なので外出することはなさそうだ。安心だとして買って


おいた夜食をとりながら夜通しの対象への警護を続けていった。




 暗く狭い一室。窓もない光もない一室。さっきまでは外を過ぎていく声や音が聞こえ


ていたけれど今はもうない。もうすぐ深夜の3時になるころだろう。いつもなら寝てる


時間でも今日はそうはいかない。計画の実行のために。望むべき時を迎えるために。


 もうここに来て何時間になるだろう。明かりすらない圧迫されていく密室に一人きり


で身を潜めている。体力的にはきつかったけど、精神的にはそうでもない。こういう空


間には慣れている。傷に蝕まれそうになるとき、部屋を暗くしたり、布団をかぶったり、


目をつむったりして黒い世界を作りだす。果てすら分からないような中に独り、外界の


全てをシャットダウンさせてしまう。簡単に言ってしまえば現実逃避。でも、おかしな


ことなんかじゃない。逃避したくなる現実があるからだ。


 その世界が本来この身があるべき場所なんだと思った。現実には望みたくなるものが


存在しなさすぎた。それでも現実はある。それでも現実にいる。そして、その現実は続


いていく。逃げても逃げてもどこまでも並行してくる。離れられない。一人にすらなれ


ない。そんな思いを救ってくれたのがみんなだった。コンビート、マジュニア、アシュ


リ、クライス、リーフ、タマゴ、源氏、君たちのおかげだ。本当に感謝してるよ。


 そのとき、振動を感じた。携帯を取りだすと「公衆電話」と表示された画面がある。


誰からの送信かは分かった。この送信を待っていたから。自然と表情はほころび、通話


ボタンを押した。


 「もしもし」


 「もしもし」


 電話口から届く声に喜びをおぼえる。耳にしたことのない声なのに心内は和らいでい


った。初めて声を聞けたこと、初めて話をできたこと、これまでより一歩先で繋がれた


感覚に。


 「ごめんね。面倒くさいことさせちゃって」


 誰にもバレないように公衆電話から掛けてきて、という難しめな要求だった。


 「うぅん。いいんだ」


 仕事で疲れてるだろうし、明日もそれが待ってるんだろうし、こんな夜中にこうさせ


ちゃうことは気苦しかった。ただ、タマゴにはどうしても今のうちに確認しておく必要


がある。


 「君の苦しみの種を聞かせて」


 そう切りだすとタマゴは押し黙った。自分の口から告げる辛さがあるんだろうか。


 「言って。誰にも言えないんでしょ。吐きだしたら楽になれるよ」


 言いづらい気持ちはすごく分かるよ。でも、きっとそれ以上に言えたことで得られる


楽があると思うから。大丈夫、君の思いを受け止めるから。掲示板と同じように本音を


さらけてくれればいいから。


 「ティアラ、警察に追われてるよ」


 その一言に気を起こされた。その言葉そのものの意味にじゃなく、それをタマゴから


言われたってことに。警察がタマゴに行き着いていること、タマゴに事件の経緯を話し


てることぐらい予想はついている。


 「知ってる」


 「まずいんじゃないかな。これ以上やるとティアラが・・・・・・」


 言葉の後半は消されていた。分かるよ、捕まるかもしれないってことでしょ。そんな


ふうに心配してくれるなんて嬉しいよ。タマゴ、やっぱ君は思ったとおりの人だ。根っ


からの正義者だ。


 「そんなこと気にしなくていいよ。今までも完璧にやってきたし、これからだってそ


うさ。警察になんか捕まらない」


 そう伝えてもタマゴはまだ言葉に困っていた。頭の中で整理がしきれてないんだろう。


自分のために仲間を危険にさらすことへの戸惑いに。そりゃ、二度三度とある状況じゃ


ないんだからそうもなるね。踏ん切りをつけられないんだね。それもいいと思う。小心


は正義の特徴の一つさ。


 「不安にならないで。君に応援してもらいたいんだ。背中を押してほしいんだ。それ


が何よりの力になる」


 「君は何も悪くないんだ。なのに、君は被害者になってる。そんなのおかしい。悪の


一方的な攻撃に屈しちゃいけない。君はそこから解き放たれる権利がある。そして、悪


には相応の罰を受ける義務がある」


 説得を続けるとタマゴは自らの傷を話してくれた。納得はしきれてなかったけど思い


は通じてくれた。そう、こんな現実が続くなんていけない。抜けださないといけない。


根源ごと断ち切って。


 「最後にお願いしていいかな」


 タマゴの傷を受け止めると心が張りさけそうになった。みんなの傷を聞くたびにたま


らない気持ちにさせられる。こんな思いをしながら毎日を生きてる人が他にもいるんだ


と気づかさせられる。もっと世の中には同じように苦しんでる人たちもたくさんいるに


違いない。その全てを救ってあげたい。ただ、それがどれだけ難しいことかも察するこ


とはできる。自分自身がいまだに苦しみから抜けられずにいるんだから世界中の人たち


の救うなんて大口なんだろう。それでも一つだけ思っていたい。無理だなんて決めたく


ない、って。


 「頑張れ、って言って」


 「・・・・・・頑張れ」


 タマゴの言葉は小心に強く響いた。その言葉が簡単に言われたものじゃなく、様々な


葛藤の中から生まれたものなのは分かりえたから。


 「ありがとう。君の苦しみを拭い去ってあげるから」




 朝になると陽光は前方から真っすぐにこちらへ注ぎこんできた。眠気に駆られながら


夜を明かした瞳には少々辛い。全国に散らばってる他の実績派のメンバーも同じように


してるんだろうと思うと心は折れずにいられたが。


 夜の間に対象への変化は見られなかった。2時ごろに部屋の明かりが消えてから何も


起こった様子はない。それでも先日のアシュリの対象への事もあったので気は緩められ


なかった。


 対象が姿を現したのは11時半過ぎだった。マンションから対象の運転する車が見え、


その後を追っていく。対象は遅番になることが多く、昼時の混雑を迎える時間帯に間に


合うぐらいに店に入るらしい。今日もいつもと同じ仕事場にいつもと同じ時間に向かい、


いつもと同じような忙しさに見舞われるのだろうと車内で息でもついてるんだろうか。


そして、憂さ晴らしにタマゴに不条理な暴力を振るうのだろうか。そう思うと気が高く


なっていく己に気づく。また個人の感情に走ってしまってる。いけない。自分の仕事は


対象の警護だ。


 しかし、冷静に考えればおかしなものだ。我々が警護をしているのはサイト参加者た


ちを苦しめている人物たちなのだから。ティアラに狙われているという現実に捉われす


ぎていたが要は対象たちは加害者だ。何をしたわけでもない者に向かって攻撃を続けた


卑劣ともいえる者たちなんだ。警察は今そいつらを守ろうとしている。よくよく考えて


みれば変な状況だ。本当は守るべきは被害を受けているサイト参加者たちなのだから。


そして、それをしているのがティアラだ。方法は許されるものじゃないが被害者を守る


ための行為であるのは間違いないだろう。そうしてしまうと何が正しいのかすら迷えて


しまう。我々がもっと早くにティアラを捕まえていたら、きっとこの先も対象たちから


サイト参加者たちへの攻撃は続いていく。それでいいんだろうか。自分のやっているこ


とは正しいのか、正しくないのか。一体、どっちなんだ。


 迷いに詰まり、信号待ちで停まったときに顔を伏せた。不安定になった心内を抑えよ


うと息をつき、顔を上げた瞬間に異変は急速に襲ってきた。距離を置いたところにいた


対象の車がいきなり強烈な破裂音とともに爆発したのだ。衝撃で顔を背け、向き直すと


対象の車は炎に包まれて燃え盛っていた。火は突き上げるように上へのぼり、その上か


ら黒い煙がさらに上へのぼっている。


 あまりに不意をつかれたショックで動けなくなっていた。側にいた大阪の子供警察の


専用車から警護にあたっていた2人が対象の車の方へ近づいていく。その光景を目にし


てようやくハッとなり、意識が引き戻された。車から降りて対象の車へ近づいていくと


炎の熱さが離れたところからでも感じられた。車内の様子もほぼ見えず、手を差し伸べ


ることは無理だった。


 「これはもうダメですね」


 「しかし、こんなん一体どうしたんや」


 何も出来ず、ただ横にいた2人のやりとりを耳にするだけだった。2人からの角度で


も車は何の前触れもなくいきなり爆発したと見えたようで何がどうなったのかさっぱり


という感じだった。


 次第に野次馬が集まりはじめ、後続からの車も次々にやって来たので整理に追われて


いった。その間も眼前で起こった不可思議な爆発への疑問は止まず、頭の中で何度も思


考を続けた。




 現場での捜査を終え、大阪の子供警察に向かった。刑事課ではすでに事件についての


対策が練られている最中だった。その輪の中に入るがどうにも異質感は否めない。もう


出来上がっているチームに昨日ひょいと来た東京の人間が混じってるのだから。向こう


も違和感があっただろうし、こちらもそれを感じて存在を小さくさせておくのを前提と


した。


 対策会議が終わり、刑事がそれぞれの役割へと分かれていく。自分は刑事課に残るこ


とになった。大阪の子供警察のメンバーと一緒にまわるのは控えるのが妥当だとして。


こちらが意気を上げて参加したとしても、おそらく向こうにとってはやりにくいだろう


ことは察した。かといって、単独行動をとるにも他の人たちの目の届かないところへ手


を伸ばせるほど馴染みのある場所ではない。出しゃばった行動に走らず、ここにいるの


がいいのだろうとした。


 東京の子供警察にも連絡をいれると電話口の正代さんは消沈していた。またしても、


という思いは大きかったと思う。事前にあんな事態を予測できなかったのだから自分の


せいではないけれど、正代さんの声を聞いていると責任を負ったような気にさえなった。


こちらが動いても動いてもティアラは意のままに行動を起こしていく。こんな状況にき


っとティアラは高く笑っているんだろう。そう思うとどうにもなってない現実に悔しく


てたまらなくなる。


 あんな爆破の瞬間を目撃したのは初めてだった。刑事の仕事をしてるからといって、


事件や事故の瞬間を目にするなんてほとんどない。すでに起こったものに対しての対応


ばかりだ。まだティアラのやった証拠はないが意図的に起こされたものなら警察として


こんな恥ずべきことはない。犯行を狙っているのは分かっていたのに眼前でそれをやら


れたのだから。燃える車の前で何も出来なかった無力さを突きつけられる侮辱行為とも


いえる。


 やりきれない衝動に駆られている間に事件の概要は一つ一つ届けられてきた。車の爆


破の原因は車底に付けられた小型の爆弾によるもの。それ自体にはそこまでの威力はな


いが爆発の際にガソリンと合わさることで一気に衝撃を増したようだ。目撃したかぎり、


車一台を機能皆無にするほどに。


 爆弾が原因となると他殺は間違いない。自らそんなまわりくどい方法を選んで行う理


由がない。そうなると自然に浮かぶのはティアラによる犯行ということ。またしても相


手にしてやられてしまった。しかも、結果ちょうど車一台に被害が及ぶように仕掛けら


れたのだからかなり計画的なものといえる。同時に、そうした意味も考えた。やるなら


大破させるぐらいの爆弾を仕掛けた方が確実なはずだ。なのに、それをしていない。車


一台分をティアラが選択した理由。


 考えの先に行き着いたのは意図的に小規模にしたんじゃないかという線。爆発の時、


対象の車の側には別の車はいなかった。対象以外の被害はでていない。それが狙った上


でされたことなら、対象の他に無駄な犠牲を出さないようにされたのなら説明はつく。


余計な被害者を出さない、それをティアラは前提にしてるのかもしれない。事実、これ


までの犯行においても二次的な被害者はでていない。ただサイト参加者たちの苦しみの


種を潰すこと、それが相手の信念としてることなのかもしれない。なら、ティアラは自


棄になった気の触れた犯罪者じゃなく、冷静で緻密な頭のいい犯罪者になる。手強さは


より一層増す。


 そして、殺意を込めて爆弾を仕掛けたのなら設置したのはいつどこでという疑問にも


行き着く。対象が車に乗っているときは当然不可能。勤務中は駐車場に車は停めてあり、


警護にあたっているこちら側にも確認がとれるので難しい。何より不特定多数の視線が


集まる可能性のある場所で不審な動きをするような危険はしないはずだ。やるなら誰の


視線も向きそうにない場所になってくる。どこだ、対象の車がそういう場へ行くのは。


突発的な行動から向かう場所は事前に予測がつかない。日常的な行動の中にある場所。


普段の対象の行動は基本的に仕事場と家の往復。仕事場はすでに外されている。


 選択肢を絞りこみ、消去法を続けていくことで一つの答えに手が届いた。家、爆弾を


仕掛けたであろう最も有力な場所はそこではないか。対象のマンションの駐車場は地下


にある。我々警護の人間も含めた外部からの人目を避けることは可能だ。考えやすい線


はここだろう。


 なら、ティアラはどうやって地下駐車場へ行ったんだ。マンションへの出入口は正面


玄関からの一つだけ。アシュリの対象のときのように裏側に特別なルートがあるわけじ


ゃない。地下に繋がっている車専用の通路もあるが人が入っていくのは不自然だ。そこ


から入ったのなら、考えが浮かぶのはティアラも車を使って出入りをしたこと。ただ、


そうなるとその車を停める場所に頭を使う必要が出てくる。通路に停めるのはおかしい。


だからといって、空いてるところへ停めても使用主が戻ってくるかもしれない。そんな


リスクは初めから抱えないだろう。前もって使用されてない場所を知っていたのかもし


れない。


 正面玄関から入ったのなら、その時間は間違いなく対象が留守のときになる。対象が


自宅にいる時間には我々が遠目から警護をしている。ティアラもその可能性は理解して


いると思う。アシュリの対象のときに裏側のルートを使った可能性が高いこともそれを


示している。


 爆弾を仕掛けた時間はそう遠くない過去だろう。爆弾にもしもの誤作動が起こること


を懸念するだろうし、車底に設置したといえど誰かしらの目に止まることも気にかけて


いるだろう。視線の行きにくいところでも落とし物を拾う拍子にということも充分あり


える。計画的に相手を殺めようとしているのならかなり細部にまで思考を行き渡らせる


ものだと思う。少しの落ち度もないように綿密に策を練るはずだ。設置してから爆弾を


しばらく放置させておくような状況にすることはない。そうなれば、仕掛けられたのは


昨日から今日にかけてということになるだろう。昨日対象が仕事へ行っている間にマン


ション内へ入り、帰宅後に駐車場で爆弾を設置した。それが一番太い線。駐車場で誰の


視線も受けないためには深夜に遂行したとするのが妥当だ。昨日から今日、対象の様子


を専用車から見ていたあの時間の間にティアラは爆弾を仕掛けていたのかもしれない。


あれだけの距離の間にティアラは長時間いたのかもしれない。そして、対象と我々が車


で離れた後に悠々とマンションを後にしていったのかもしれない。そうなら、また完全


に警察はティアラにしてやられた。悔しさは募り、これまでに蓄積されたものに重ねら


れていく。


 夜になると捜査に出ていた刑事が次々に戻ってきた。情報はいくつも足されていった


けど犯人へ結びつきそうなものはなかった。自分なりにも調べてはみたが結果は同じだ


った。


 それからは数人が残り、結論に行き着きそうにない曖昧な推測ばかりの議論が続いて


いく。いくつもの仮説がたてられ、同じ数のフェードダウンの連続。もはや、空き時間


を潰してるように思えるほど。


 それだけの時間を使うのには理由があった。対象の勤務先である飲食店の人たちから


話を聞くため、閉店の時間を待っていた。大人数で出向くのもなんなのでと数人で店へ


と向かい、自分も同行させてもらう。始めは嫌な空気を醸されたが強めに押しきった。


大阪の子供警察にとっても大事な事件だが、こちらにとっても連続殺人事件の重要な線


になるのだから。


 店に到着すると事前に連絡を入れていたのでタマゴを含む従業員たちが待ってくれて


いた。客席の一角を使って一人一人に対象に関する事柄を形式的に聞いていく。全員が


突然の訃報をまだ信じきれてない様子で表情も曇っていた。タマゴも他と変わらず終始


顔を下に向けて落ちこんだ様子でいた。結局、聴取で得たのはこれまでと同様のものだ


った。新たな情報ではあるけれど核に結びつきそうなものではない。


 「ちょっとだけいいか」


 話を聞き終え、署に戻ろうと場が開けていくときに他に悟られないよう静かにタマゴ


に声をかけた。


 「ティアラからの連絡はなかったか」


 「・・・・・・はい」


 そう言われると思った。本当にないのか、本当はあったのかは分からないがそれ以上


の追求は止めにしておく。問い詰めたとしても返答は変わらないだろう。



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