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子供警察  作者: tkkosa
11/14

その10



○登場人物


  成宮保裕・なりみややすひろ(特別刑事課、過去に事件でトラウマを抱えている)


  金井睦美・かないむつみ(特別刑事課、成宮と同期、あっさりした性格)


  成宮心・なりみやこころ(成宮保裕の妹、兄と同じ事件でトラウマを抱えている)


  正代豪多・しょうだいごうた(特別刑事課、リーダーとして全体をまとめる)


  薬師川芹南・やくしがわせりな(特別刑事課、自分のスタイルを強く持っている)


  住沢義弥・すみさわよしや(特別刑事課、人間味のある頼れる兄貴肌)


  井角・いのかど(特別刑事課、正代とともにリーダーとして全体をまとめる)


  根門・ねかど(特別刑事課、頭脳班として事件に向かっている)


  六乃・ろくの(特別刑事課、頭脳班として事件に向かっている)


  壷巳・つぼみ(特別刑事課、成宮と同期、頭脳班として事件に向かっている)


  但見・たじみ(特別刑事課課長)


  筑城晃昭・ちくしろてるあき(麻布警察署少年課、成宮と過去に事件で接点がある)


  大床・おおゆか(麻布警察署刑事課、成宮と過去に事件で接点がある)


  鍋坂・なべさか(子供警察署長)





 翌日は埼玉から戻った薬師川さんも加わり、朝から対策会議が行われた。久しぶりに


全員が特別刑事課に揃ったと言いたいところだが住沢さんの姿は当然ない。傷を負った


左肩以外は問題はないようだけどまだまだ当分は復帰できそうにない。


 連続殺人事件を通してのティアラという人物は計画的で確実な犯行をこなす人間に映


っている。他人の命をかえりみない冷徹な人間ともしたいが、掲示板で出会った傷を抱


えた仲間たちのために手をくだしたことと任務遂行に関係のない者には被害が及ばない


ようにしていることを含めるとそう判別はしがたい。ティアラが手をくだしたのは他人


の心の痛みを分からずに自分勝手の過ぎた行動をした者たちだ。もしかするとティアラ


は誰よりも他人の心を分かっているのかもしれない。その感受性が強すぎたためにこう


いう行動に至ってしまったのかもしれない。だとしたら、そこらで起きている少年犯罪


の凶気とは違う。むしろ正義ではないだろうか。


 そこまで考えたところでそれを打ち消した。もしもそれがそうだとしてもティアラの


やったことは許されることじゃない。根源を消すことが最良の選択とはいえない。他の


方法がもっとあったはずだ。それを考えずにあっさりと線を断ち切ったことは安易とせ


ざるをえない。


 とはいえ、ティアラを捕まえる有力な情報は何もないのが現状だ。ここまでの完全に


近い犯行に警察は後手に回るだけになっている。ここから逮捕まで繋げるのは難しいの


が正直なところだ。そもそも、ティアラという人物さえ不透明ともいえる。掲示板の参


加者の誰かが犯行用に作ったものではないかとも考えたが全員がいくつかの事件には必


ずアリバイが存在している。参加者の全員の共同による犯行ではないかとも考えたがリ


ーフの事件に関しては全員のアリバイが存在していた。よって、やはりティアラという


人物の存在を認めざるをえない。


 ティアラとは一体どんな人物なのか。仲間のためなら犯罪にも手を染める情の熱さ、


怒りを向けた相手には命さえも奪う情けの無さ、極端な性格を備えている。年齢は掲示


板のやりとりでは参加者たちと同世代であるように書かれているが実際どうなのかは不


明だ。


 「そして、これからの展望だ」


 対策会議は正代さんと井角さんを中心にこれまでの事件を振り返りながら要点をまと


めていくものだった。一つ一つの事件の詳細に心を突かれていくようになる。それが一


通り終わると次の展開についての話へ移っていく。


 「この先の展開として予測されるのは2つ。まずはこれで連続殺人事件が終わるとい


うことだ。昨日のクライスの対象の事件で掲示板の参加者たちを苦しめる者たちへの犯


行は終わった。これによって犯行は終息するかもしれない」


 そうなってくれれば望ましい。これ以上の犯行が起こらないこと、犠牲が出ないこと


は現時点での最善だ。


 「もう一つはまだ連続殺人事件が続くということだ。ティアラは掲示板の参加者たち


の苦しみを取りのぞいてきたがまだ考えられることがある。それはティアラ自身の対象


だ。仲間と同じようにティアラにも苦しみを与える者がいて、それに制裁を加えようと


してくる可能性は充分ある」


 それはこれまでに頭の隅に疑問としてあったものだった。ティアラもあの掲示板の参


加者の一人。なら、ティアラ当人にも他の仲間たちにしたように手をくだす対象がいる


んじゃないだろうかと。ただ、そこはこれまで具体的に挙がってはこなかった。掲示板


を見るかぎり、ティアラの苦しみの種は社会。不正なことばかりが乱立して成り立つ今


の世の中への不満に衝動を起こさせている。それは把握できていたがこれだけでは漠然


としすぎている。他の参加者たちのようにこれという人物は明記されてないので捜査の


線上に乗ってくることはなかった。「社会」という括りではあまりにも大きすぎてどう


しようもない。だが、ここまでくるとそこも流してはおけなくなる。ティアラの次の狙


いとして注目する必要が出てくる。


 そうはいっても現段階では捜査の勝手が難しい。「社会」というところからティアラ


の目的を絞りだすのは困難でしかない。特定の人物なのか、それとももっと大規模なも


のなのか。考えを巡らせようにも情報が少なすぎる。だからといって立ち止まってもい


られない。畳みかけるように続いた犯行が次にも続けられるかもしれない。解明へと進


んでいかなければならない。


 対策会議が終わり、向かった先は取調室。正代さんと井角さんが中へ入り、薬師川さ


んと金井と自分が隣の部屋に入る。しばらくして取調室に入ってきたのはコンビート。


ティアラの情報を握っているであろう彼がこちらにとっては最大の攻めどころだった。


ただ、彼はいまだに口を割ることをしない。ティアラの犯行を伝えていくたびに不気味


ともいえる笑みを浮かべていくがこちらの聞きたいところに関してはダンマリを通す。


そんなやりとりももう先は長くない。明後日にコンビートはここを離れることになる。


留置期限を迎えるため、今日と明日しか時間はない。その先も機会は設けられるかもし


れないが確実に取れる時間はこの2日しかない。彼が実際にどこまで知ってるかは分か


らないがこちらの持っていない情報を持ってるのは確実なはずだ。それをなんとか炙り


だしたい。


 朝から夜まで休憩をはさみながらの数時間の取り調べをマジックミラー越しにできる


かぎり目にしていた。もう20日間近くも毎日この状態を続けてるため、その3人によ


る狭い空間は出来上がっていた。正代さんと井角さんの攻め方もコンビートの応じ方も


慣れの段階に至っている。何十回、何百回と同じ質問をしてるのだからそうもなってく


るだろう。本当なら無理にでも聞きだしたいところだけど強引にいって吐くタイプでは


ない。


 結局、数時間の取り調べで進展はなかった。コンビートは2人の言葉に特に反応を示


さず、いつかのようにこの狭い部屋の先を透かすように遠くを見ているだけだった。乱


れた瞳で空を映しているだけだった。


 長時間の取り調べを終えた正代さんと井角さんには疲労が見えた。これを20日間近


くもやってるのかと思うだけで気が滅入りそうになる。それ以外にも、頭脳班のメンバ


ーもこれまでの事件から新たな発見を見つけるべく資料や情報やデータと日々たたかっ


ている。その中で実績班のメンバーは歯痒い思いになっていた。事件による証拠が少な


く、ティアラについても不明すぎて足を動かす仕事が出てこない。取り調べの様子を眺


めている時間の多さに気が詰まった。




 翌日も朝からコンビートの取り調べは続けられていく。ただ、今日がそれもリミット


になる。願わくば今日コンビートに全てを喋ってもらいたい。だが、これまでに動じる


気配のなかった相手にそれを望むのは正直こちらに都合のよすぎる考え方だ。悔しいが


可能性は低いのが現実だろう。


 こうしてる間にもティアラは次の犯行へと動きだしているかもしれない。このままだ


と事件が起こってから詳細を知ることになってしまう。ますます相手の思うツボになる


だけだ。


 しかし、今朝の対策会議で一つの変化が頭脳班から提示された。ボルト・フロム・ブ


ルーの掲示板に一昨日から投稿がなくなっている。今までは対象が事件に遭った参加者


からスレッドを立てることがなくなり、対象が存在していた参加者はその日の辛いもの


を掲示板に吐きだすためにスレッドを立てて、それに対してレスもきちんと来ていた。


それがクライスの対象が事件に遭った一昨日からピタリと更新が途絶えている。掲示板


の参加者たち全員の対象がいなくなったのだから全員書くことがなくなったということ


なんだろうけど投稿がないことに対する書きこみがあってもいいはずだ。毎日必ずいく


つかのスレッドが立ち、それに対するレスが集まり、それぞれがそれぞれを仲間として


いたのだからこんな状況になったら普通は不安になるんじゃないだろうか。こちらは一


連の事件がティアラによるものだろうと見ているが彼ら彼女らは違う。少なくともメン


バーとの直接の関係性はないと聞きこみのときに言ってきている。なら、この現象は不


可解だ。


 対応策を話し合い、明日に実績班のメンバーが再び参加者たちのところへ話を聞きに


行くこととなった。可能性は低いがコンビートが口を割ったときにすぐに動けるように


今日はここで待機することとされた。


 そんなこちらの思いは正確に嫌な方向へと進んでいく。取り調べは通常のように進行


し、我慢比べの時間がただただ流れていった。その時間が過ぎていくほど相手の思惑の


通りになっていく。何もない平行線になっていること自体が向こうに有利の状態といえ


る。なんとかしたい気は痛いほどあるがこちらにはコンビートの口を割らす決定打がな


かった。


 夜の取り調べの終了時間を迎えるとコンビートは何の表情の変化もなく部屋を後にし


ていった。逆に、部屋に残された正代さんと井角さんや隣の部屋から眺めていた特別刑


事課の面々は深いため息を次々についていく。口を割らなかったコンビートの勝利とい


うよりも口を割らせられなかった子供警察の敗北という形の方が正しいだろう。それに


コンビートはジッと堪えていればよかった状況を作りだしたティアラへの敗北という形


にもしてみれる。犯行の完全性によって証拠を集められず、こういう結果になったのだ


から。


 これでこちら側の最大の攻めどころがなくなった。今後の状況次第でまた話を聞くこ


とは可能だろうが相手を攻められるだけの捜査の進展がなければ今日までと同じ状態に


なるだけだろう。相手が欠点を出すのを望む展開ではなく積極的に動いていく捜査をす


る必要がある。


 気の定まらないままに特別刑事課へ戻ると全員が落胆したようにそれぞれのデスクで


沈んでいく。但見課長からは「また明日から気合いを入れなおすぞ」と鼓舞する言葉が


掛けられたがそれでも腰が重すぎて椅子に張りついたようになっていた。


 そのまましばらく部屋の中央にある大型ビジョンを見ていた。画面に映されているの


はニュース番組。全国さまざまな場所で起こっているさまざまな事件や事故が報道され


ている。そのどれもが他人事のような感覚だった。自分が今、子供警察の特別刑事課の


刑事でいることを置いてただの一視聴者として映像を目に映しているような感覚になっ


ていた。


 そのとき、自分自身が停止したようになった。流れを目で追っていただけの映像の中


に見覚えのある名前があり、一瞬にして現実へ呼び起こされた。その名前があってはい


けない場面で映されていることを認識するのに時間はいらなかった。大型ビジョンから


伝えられていたニュースはここからそう遠くないところで起こった殺人事件の様子だっ


た。被害者は何者からか発砲されて死んでいる状態で企業倉庫の中で倒れており、倉庫


で作業にあたっていた社員によって発見された。その被害者が筑城晃昭、強い係わりの


ある刑事だった。


 詳しいことはよく分からないままに彼の配属されている麻布署へと向かった。正直、


ニュースだけでは彼に起こった事件を受け入れるだけの情報にはならなかった。一体、


何が彼にあったのか。それを知りたかった。


 麻布署へ到着すると刑事課の大床への面会の希望を伝える。今からこちらに来るとい


う返事を聞き、しばらくエントランスで待つことになった。事件のせいか夜そこそこの


時間でも往来する人の数や活気が感じられる。その様を眺めながら署内の内観に何気な


く視線を配らせていく。刑事として来たのは初めてだったが懐かしさが自然とあった。


ここには10年以上前に数回訪れていたから。麻布署には父親が勤めており、近くに小


さいころ家族で住んでいた家もあった。両親の事件があったときはここに世話になり、


同僚の刑事の人たちも父親への惜別の念も込めての捜査をしてくれていた。なので、こ


こには少なからずの思いがある。


 「よぉ、久しぶりだな」


 「しばらくです」


 数年ぶりの再会を表情を緩めて懐かしむ。大床は父親の生存時の上司だ。当時は父親


と同じ少年課だったが今は刑事課で指揮をとっている。当時の少年課の刑事の人たちに


は通夜や葬式のときに面識があり、特に大床には温かい言葉を掛けてもらったのを覚え


ている。その後にも命日の墓参りに行ったときに一度だけ会ったことがあり、刑事にな


った報告をしたことがある。


 「ちゃんとやってんのか、刑事」


 「まぁ、なんとか」


 「ったく、刑事になるって聞いたときは驚いたけどな。なにも親父と同じ道を歩くこ


ともないのに」


 「おかげさまで今は特別刑事課にいます」


 「本当か、やるじゃねぇか」


 大らかな大床との会話に気持ちが和らいだ。最近の張りつめていた思いが少し解れて


安らいだ。大床は今日の事件も担当しているらしいが「ちょうど小休憩しようとしてた


んだよ」と時間をとってくれた。


 「そんで、用事は今回の事か」


 「はい。さっきニュースを見て気になって」


 事件の被害者である筑城晃昭も両親の事件のときに葬式に来てくれた一人だった。た


だ、彼は父親の同僚ではなかった。彼は当時は麻布署の管轄内にある交番に勤務してい


た警官で両親の事件のときに通報から現場に一番に駆けつけた人物だった。残念ながら


彼が来たときには現場は惨劇と化してしまっていたが妹にまだ息があることを発見して


くれた。妹の命の恩人と言っても過言ではなく、彼がたまたま現場から近くにいたこと


には感謝がしきれない。


 「今回の事件については本当に残念だ。あいつもここの刑事になってお前の親父さん


と同じように少年課に配属されて頑張ってたんだけどな。まさか、親父さんと同じよう


に銃で殺されちまうとは」


 その無念さは同じだった。彼にも一度だけ両親の墓参りに行ったときに偶然会ったこ


とがあり、そのとき「すいませんでした」と強い言葉とともに頭を下げられたのが印象


に残っている。あなたのせいなんかじゃありません、妹を救ってくれて感謝しています


と伝えたけれど、そこまで彼の心を苦しめてしまっているのが申し訳なかった。まだ警


官になりたてだった若さゆえ、おそらくあれが初めて目にした刺激的な場面だったんだ


ろう。


 「事件はどういう状況だったんですか」


 「通報があったのは昼前ごろだ。第一発見者が会社の倉庫に探し物に行ったときに遺


体が見つけられた。殺害は昨夜のうち、遺体には数発の撃たれた跡があって怨恨の関係


によるものじゃないかと考えている。筑城とその会社に接点が見当たらないのと周囲に


全く事件性を感じさせる形跡がなかったことからあらかじめ別の場所で殺されて運ばれ


た可能性もある。発見された倉庫は鍵はあったらしいが開けるのにそう難しいものでも


ないらしい」


 「怨恨っていうのは」


 「具体的に何ってわけじゃない。けど、俺らなんざ恨まれる職業だろ。お前の親父し


かりだけどよ」


 その言葉に大いに納得はできた。刑事は多くの事件と関わっていく中で多くの加害者


や被害者やその関係者と接していく。その中で自分たちに悪い思いを抱いている者もそ


れなりにいるだろう。正義の味方と称されることもあるけれど基本的には憎まれ役だ。


いろんな人間の強い思いをぶつけられるのだから全てを受け止めるだけのキャパシティ


なんて持ち合わせちゃいない。受けきれないものもある。それに怒りを憶える相手も中


にはいる。それが感情の線を破り、父親のような事件に発展することだってある。今回


も同じ例によるものかもしれない。自分もその紙一重の中でやっているのかもしれない、


そう思わされた。


 事件に関するそれ以上の詳細はなかった。殺害現場と発見現場が違う可能性もあるこ


ともあり、詳しいところに迫れるだけの証拠は残っていなかったようだ。理由を得るこ


とはできず、署を後にした。




 自宅に着いたのは23時を過ぎたころだった。部屋に荷物と上着を置き、明かりのあ


るリビングへ行く。そこには妹がいたがいつもならある言葉ばかりの「おかえりぃ」と


いう声がないのに違和感をおぼえる。


 その訳はすぐに分かりえた。妹はリビングでテレビを見ていた。いつものようにのん


びりとじゃなく目を奪われるようになっている。画面に映っているのは時間柄ともいえ


るニュース番組、キャスターが今日の全国や全世界で起こった出来事を報道している。


今現在流れているのは百貨店の月別売上が前年度を下回ったというものだったがすぐに


ピンときた。


 ここに帰ってくるまでに妹にはどう説明しようかを考えていた。妹にとっては命の恩


人でももう10年以上も前のことだ。当時まだ幼稚園児だった妹は事件そのもののこと


は強く憶えていたとしても警官の名前まで憶えているかは疑問だった。その後に墓参り


で会ったが数年前のことだし、そのときにも彼の名前までは発してなかったと思う。筑


城刑事の存在は認識してても名前は把握していないのかもしれない。そうだとしたら無


理にこんな悲しい事件を知らせたくはないと思っていた。黙っていられるのなら黙って


いようとしていた。


 でも、今そこにいる妹の様子は明らかにそれじゃない。こちらの願いはあっさりと手


元を擦り抜けていった。妹は報道で今回の事件を知り、彼の死を認識している。なら、


こちらもそれについて何も言わないわけにはいかない。どう言うかは決めていなかった


ので言葉の選択に迷う。


 そのうちに妹の顔がこちらへ静かに向く。なんとも言えない表情だった。そのまま言


葉はなく少しの間が生じる。視線が合ったまま、緊張感ともいえる空気がゆらゆら流れ


ていく。


 「あの人って・・・・・・あの人?」


 静かに重みのある言葉だった。妹の中で不自然に処理されたであろう言葉だったがそ


の意味するものははっきりと伝わった。むしろ、その不自然さによってより重みが増し


ているように感じた。


 「あぁ」


 どう返せばいいかを考えた結果、普通にした。いろいろな選択肢を考えてはいたけれ


どいざ妹を目の前にすると変に曲がった言葉にすることは止めた。それが適していると


判断した。


 「どうして」


 またささやくほど静かなのに重い言葉が来た。その返答を考える頭の中には今度は曲


がった言葉しか並んでこない。普通にあったままを話すわけにはいかない。銃で何発も


撃たれた、怨恨によるものかもしれないなんて言ったら両親の事件がすぐに想起されて


しまうだろう。


 「分からない。麻布署の人たちが調べてくれてる」


 ごまかした。答えを先送りにした返事でしかないけれど今はこれが最も無難なんじゃ


ないかとした。後々で答えを求められたら、そのときの捜査の進展次第で同様にしてい


けばいい。


 妹はこちらの返事に納得したのかどうか分からない不定な表情のまま自分の部屋へと


戻っていった。この場を切り抜けた安堵感も嘘をついた微妙な思いにやられていく。そ


れを打ち消すように、これでいいんだと自分自身に言い聞かせる。もう妹にあんな思い


をさせられない、それを守っていくのは他ではない自分なんだと強く心に刻みつけてい


く。



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