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ノイマン夫人・3

 アンドレアスの様子がおかしいとノイマン夫人は感じた。

 どうおかしいとは、はっきり言えないが、何やら心に鬱屈するものが有るように見えるのだ。先日の人払いが、心に引っ掛かっているのだろうとは察しはつくが、それだけでもないのかもしれない。王と自分自身のこれからの関係と行った事に、思いが至るようになった所為だろうかとも思う。

 警備上の理由から、王は夜の外出を止められた。そして、連日アンドレアスと夕食を召し上がるのだが、その後が問題なのかもしれない。早めの夕食を済ませて、入浴のためにやってきた養い子と、食後の茶を共に飲みながら、そのように感じたのだ。


「母上、陛下がお出かけにならないのは確かに安心ですが……」


 言いたい事の見当は付く。王の数多くの愛人が入れ代わり立ち代わり、日替わりで王宮にやってきて、通常の国王の寝室とは異なる部屋、かつては退位した王の隠居所であったり、特別に寵愛する愛人の部屋であったりした部屋だが、その部屋で愛人とベッドを共になさるのだ。恐らくその事が心にかかるのだろう。


「愛人方の数を減らそうとなさっているようよ。お子を産んでない方には、原則、お暇を出すようね」

「そうなのですか?」

「ええ。いずれは正式な結婚をなさらなければいけないのだし、身辺整理をなさる必要を感じておいでなのでしょう」

「一番、御寵愛の深い方はどなたなのでしょう?」

「さあ。御子を生んだ三人の方は平等に扱っておいでのようね」


 三人の愛人は全員貴族では無い。だが、それぞれ医師・軍人・下級官吏といった比較的教育が有る家庭の娘であって、標準的なこの王国の女性よりはかなり教養が有る者ばかりだ。父親を亡くし、幼い兄弟を抱え経済的に困窮していたと言うのも三人共に共通している。つまりは没落した中流階級の娘と言う訳だ。一人は娼婦になり、一人は女優になった。もう一人はどこかの飲み屋で働いていたらしい。三人とも大貴族の実母として、それほど不体裁では無いのは、国王が意識してそのような者達を選んだのだろうとノイマン夫人は考えている。それぞれが邸と年金を賜り、申し合せたように子を二人づつ生んでいる。六人の子供たちは六歳の王子を頭に、一番下の姫君が四歳のはずだ。どの子も七歳になったら、王宮に引き取る予定だと聞いている。


「以前、陛下のお供をしてお会いした事の有るイローナ嬢は、どうなさったのでしょう?」

「ああ、その方は、陛下とは一年限りのお付き合いだったはずよ。女優の方よね。陛下の後に後援者になって下さった親子ほど年の離れた伯爵の後妻に、つい最近なられたようよ」

「そうなのですか」

「そうなのよ。貧しい家の娘さんが伯爵夫人ですから、まあ、出世なのでしょう。ああした世界では、陛下の愛人であったことが一種の箔付になるようね」

「はああ……大人の世界の話は、難しいですね」

「私の亡くなった夫などは堅物で、そうした点は気楽だったけれど……王である方には色々鬱屈なさる部分も有るのでしょう。ああした女性が今の陛下には……恐らく必要なのね」

「はあ……実は……」

 

 ノイマン夫人は陛下が侍従の寝室に忍んできた一件を聞いて、驚いた。そして困った事にならなければ良いがと心配にもなったが、そのような様子はこのアンドレアスには見せない方が良いとも考えた。国王陛下は大人でいらっしゃるが、この子は若い。変に身構えたり、ぎくしゃくしたりした関係になるのは互いに取ってよろしくない……そんな風に感じたのだ。


「……ずいぶん以前から、陛下は私が男では無いと御存知だったのでしょうか」

「実は、初めての月の物が有った時……」


 いまさら隠す必要も無い事である様な気がしたので、あの日、出血に驚いて自分に事態を知らせてきたのはロベルト王自身であった事を夫人が告げると、若い侍従は衝撃を受けたようだった。


「そんなに……前からですか」

「ええ」

「陛下は、私を将来どうなさるおつもりなのでしょう?」

「特に決めてはおられないと思うの。お前を引き取った行きがかり上、責任を感じておいででは有るようだけど……女に戻るか、アンドレアス・ノイマンとして暮らしていくのかは、お前自身に任せるべきだと考えておられるようね」

「でしたら……しばらくは、今の状態でも構わないのでしょうか?」

「一度、陛下に御相談する方が良いかしら? 女として暮らしたくなったの?」

「……いえ。出来る事なら、むしろ今の侍従としての仕事を続けていきたいです。ですが……」

「なあに?」

「あと数年で……嫌でも女であるとわかる様な体になってしまうでしょうか」

「その点も、考えておくべきでしょうね」

「はあ……でしたら、女として見苦しくない振る舞いも、学ぶべきでしょうか?」

「その方が、良いのでは無いかと、私は思いますよ」

「そうですか。……母上がそうおっしゃるなら、少しづつでも、教えて頂こうかな」

「では、月ごとに頂くお休みの折に、女の服を着て過ごしてみる事から、始めてみましょうか。ね? 普段は御役目も有るし、武芸の鍛錬や学問も有るし。だって、ほら、大君主国の言葉や歴史や法律の勉強も有るのでしょう?」

「はい。どうにかして、大君主国ときちんとした形で、外交関係を作り上げたいと陛下はお考えのようです」

「ならば男ではない事が、お役に立つかも知れないわね」

「そうですか?」

「だって、あちらの後宮に暮らす女性たちは、男に顔を晒せないとか、言葉を交わせないとか言うでしょう。でも、女か宦官ならば面会できるのよね」

「そうですね。あちらの後宮にはこちらの大陸生まれの女性が沢山居て、中にはレイリアや元の帝国出身という人も多いと聞きます。大君主の生母である女性や、子を産んだ女性達に働きかける事は出来そうですね」

「それにしても、行方不明だと言う大君主の姫君は、どのような方なの?」

「それが、つい最近判明したのですが、まだ、赤子であるようです」

「まああ……それは、おいたわしい。その御子の母上も嘆いておいででしょうね。それにしても、赤子をさらうとは、何とも卑怯で嫌なやり方ねえ。でも、なぜ、大君主国側はこちらの方にその姫がいると見ているのかしら?」

「こちらに向かう船に乗せた……と白状した者がいたようです」


 この調子で大君主国がらみの話をすれば、多少は若い侍従の気がまぎれるのではないかと、ノイマン夫人は思った。

 それにしても……ここからは見えないが、侍従自身が使っている部屋からは、どうやら王と愛人が夜を過ごす部屋の灯りが見て取れるらしい。以前よりも王を異性として強く意識しているらしいこの少女には、なかなかに辛いのだろう。灯りがついていたらついていたで気になるし、それが急に消えたとなったら、これまた気になるだろう。そのあたりの事も、一言申し上げるべきなのだろうかとノイマン夫人は考えてしまう。

 王が愛人と過ごすのは夕食以降、朝食前の時間までのはずで、それまで王宮内は静かなはずなのだが……


「母上、何でしょう? 叫び声が聞こえます」


 いきなり飛び出そうとする侍従を押しとどめ、セシリアはかなり腕の立つノイマン家の護衛二人を急ぎ呼んで、供をさせた。何やら嫌な予感がして、そのようにさせたのだったが……後から思えば、正しい判断であったようだ。

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