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国王・2

 近頃、ロベルトは気が付くと若い侍従の顔を見詰めている事がある。美しい異性の顔に魅かれるのは、当然と言えば当然なのだが、愛人たちの中には人並み優れた容姿の者もいるし、売れっ子の高級娼婦は若い貴族や豪商たちに崇拝されるほど優雅で美しかったりする。

 侍従の美しさは未完成でみずみずしく繊細で、ベッドを共にする女たちの華やかさ、あるいはある種の逞しさとは無縁だ。

 今日はこうして侍従を連れて、都に一番近い開拓地を真面目に視察したが、昨夜は愛人の一人と強かに飲み、大いにベッドで乱れたのだった。女は貧しい漁師の娘で「魚臭い田舎で埋もれるには、あまりにもったいない」自身の美貌で成り上がってやると決意して都にやってきて娼婦の見習いとなり、それからロベルトの目に留まって愛人となった。馬鹿正直で、気が良い所が有り、一流どころの娼婦になってやっていくには、芸事も学問も大いに修練が不足している。そんな女だ。


「あたしは宝石が大好き」

「よしよし、正直な奴だな。ならばこれはどうだ」

 機嫌を取り結ぶために、昨夜は大粒のダイヤを連ねた首飾りをやったのだった。

「まあああ、でっかいダイヤがいっぱい! ありがとう、陛下! 大好き!」


 体中で喜びを表し、大きな音を立ててロベルトにキスをした。恐らくノイマン夫人なら眉を顰め、門閥貴族たちなら呆れかえる様な粗野な言葉遣いだが、陽気で嘘が無い。贈り物をやると、現金な程反応が違い、殊に金額の張る品を受け取った時にはロベルトの望むままに淫らに奔放に乱れまくる。彼女にとって、こうした振る舞いもある種の仕事なのだとロベルトは思っている。


「お前は本当に良い体をしている」

「陛下は色男だし体もすごいから、あたし、お役御免になったらこの世界でやって行けるかなあ」

「まだ稼ぐのか。あれだけ色々やっただろう。田舎で商売でもやったらどうだ」

「そっか! そうね! そうしよう」


 こんな会話も交わした事が有る。互いに仮初の縁だと認識しているのだ。それでも、もし子供が出来た場合の事を考えて、相手が娼婦の場合は年単位で買い占める格好を取っている。避妊法は色々あっても、どれも確実ではないからだ。もし子ができればロベルトが引き取り、将来は貴族に列する事になる。庶子が王位を継げないのは、この国の建国以来の祖法だから、それも申し合わせの内だ。

 ロベルト自身で色々考えてみた所、愛人やなじみの娼婦は皆、正直者というのが共通した特徴であるような気がする。ロベルトは国王と言う立場上、見え透いたお追従やら本音とはまるで違う「社交辞令」と言う奴を見聞きする機会も多い。それだけにベッドの中では正直な言葉しか聞きたくない。そんな気分の表れなのだろう……と、自分では思う。

 

 このセレイア王国では奴隷制を廃して久しいが、人身売買が全く存在しない訳では無い。近頃は法の取り締まりが厳しくなっており、娼婦も自分の意志でなる者が増えたが「親兄弟の借金のカタに売り飛ばされて」という者がいなくなったわけでは無い。それでも職場が国内の、国が認めた地域の娼館なら、べらぼうな金額の借金を背負わせる事は無いし、衣食住や衛生に関する決まりもおおむね守られている。

 問題は外国相手の場合だ。ロベルトは実際に現場を見た事が無いが、より高額の資金を得るために大君主国に娘を売り飛ばす者もいるらしい。


「肌が白くて滑らかで健康で、まだ男を知らない若い子が良いんですって。向こうで宦官が教育係になって、あちら式の行儀作法やら楽器の演奏やら踊りやら仕込むらしいの」

 そんな話を教えてくれた娼婦もいた。器量の良い少女一人当たりに大君主国側の奴隷商人が払うのは、あちらの金貨で千枚が相場らしい。大君主国の金貨は純度が高く、正式の外交関係が無いこのセレイア王国でも十分通用する。買い取られた少女たちは二年ほどの教育期間を経て、ハレムにおさめられる。その際に大君主のハレムを監督する宦官長が奴隷商人に支払う金額は、一人当たり平均で金貨五千枚ほどになるそうだ。

「差引き四千枚分の取り分か。幾ら手間暇かけたとは言え、一人当たりの経費は二年で金貨五十枚もいかないだろう。奴隷商人は儲かると聞くが、なるほど凄いものだな」

「でもね、女の子を売った家族に行く金貨はせいぜい百枚かそこらよ。中には十枚でごまかされちゃったなんて事もあるみたい」

 

 仲介役の娼館もかなりぼろもうけをしているのだ。奴隷の売買は当人同士が納得していても違法行為で、ロベルトも厳しく取り締まらせている。そこで近頃は法による処罰の対象となるセレイア王国籍の少女は避け、まだ国籍を得ていない避難民や、他国の少女がもっぱら売買されているらしい。


「他国の少女なら、黙認なさるべきでは?」


 そんな事を言った外交官もいる。大君主国のハレムでは白い肌の美少女は必要不可欠な存在で、その供給をあまりに厳しく取り締まるとロベルトが憎まれるから危険だと言うのだ。何と歴代の大君主は、そうした白い肌の奴隷の腹から生まれており、見た目はこの西の大陸の貴族と変わらないのだと言う。これまでの大君主たちは生母と同じ生国の女を好む傾向にあり、その意味でも迂闊に手を出せば感情的に恨まれる恐れが強いらしい。


「ムジーブ大君主国は独自の暗殺専門部隊を養成しております。こう申しては何ですが、娼婦や身分低い女と王宮の外でお会いになるのは危険だと感じます」


 そう、苦言を呈した情報将校も居た。

 奴隷商人に暗殺専門部隊……知れば知るほど恐ろしい相手だ。その恐ろしい国家の最高権力者を怒らせた者は誰なのか? 行方不明だと言う大君主の姫が、侍従の言うように既に殺害されていたら、実に厄介だ。だが……確かに、名馬を贈るのは悪くないかもしれない。


「ほう、それは名案だな。何しろ……」

 何しろ、男を知らない肌の白い美少女の値段は金貨五千枚なのに対して、戦場をものともせず疾駆する駿馬は金貨一万枚するらしいから……と言いかけて、無垢な侍従の笑顔を目にした途端、言葉が止まった。何やら汚らわしい嫌な話で、この侍従に聞かせるにはふさわしくない。つい、そう思ってしまったのだった。そして昨夜の自分の行動を気恥ずかしくも感じたのだった。そのような事を感じたのは、全くの初めてであったので、ロベルトは自分で戸惑ってしまった。

 自分は穢れきった大人で、この無垢で清らかな侍従に信頼され尊敬されるにふさわしい男ではないのだ。そこまで考えてから、そのような事を考えた自分自身に対して驚いた。


「もうすぐ都ですね。お帰りになったら、お茶になさいますか? それともお夕食に?」

「まずは、茶を飲もうか」

「その後、お出かけですか?」

 愛人の所で寝るときは、夕食を取らずに出かけるのが常だった。

「いや、ゆっくり夕食を食べて、風呂に入って大人しく寝よう」

「はい」


 侍従は、明らかに嬉しそうだ。考えてみればこの所、一緒に夕食を食べていなかった。これほどに喜んでくれるなら、もっと一緒に食事をしよう。そんな風に思わせるには十分な愛らしい笑顔だ。


「献立は何だろうな」

「はい。料理長自慢の季節の野菜のポタージュと牡蠣のグラタンで初めまして、メインの魚は鱒で白ワイン風味のクリームソースで……」


 延々と細かい説明がつく。鱒の後はロベルトの大好物の鴨のローストのようだ。侍従は名人堅気の気難しい料理長に気に入られている。このアンドレアスの前任者が毒見をやっていたころは、料理長がしょっちゅう怒声を発していたらしいのだが、今は当時の事が嘘のように穏やかなのだ。若い侍従はロベルトの好みの料理を、最高の状態で食べさせる事で頭が一杯らしい。その表情を見ているだけで、ロベルトは幸せな気分になれるのだった。

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