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視察・4

 子供たちの証言や洞窟の一件もあって、開拓村と下流の村々の誤解は解けた格好になり、国王夫妻主催で村人たちを招いての大宴会を離宮の大広間で催した。


「あの豚の肉は結構なものだが、生ハムへの加工方法はこの離宮の者に味付けと熟成の仕方を学んだほうが良かろう」

 ロベルトが酒を注いでやりながらピウス・ノイマンにいうと、恐縮しながら、その言葉にしたがうと返事をした。

「ルースとトリシャの付き合いは、認めてあげてくださいね?」

 アンヌ・テレーゼの言葉には何ともばつの悪そうな顔つきになり、それでも息子が真面目な気持ちで節度ある付き合いをするのなら、認めるといった返事をするのだった。


 ピウス・ノイマンとヤン・イェーガーは互いにうれしくもないのに無理に笑っているという感じの表情で、乾杯をし、握手をし、挨拶をした。アンヌ・テレーゼの見るところ、二人が子供たちのように「仲良し」になる見込みはなさそうだが、いきなり喧嘩を始めることは、もうないのではないかと思われた。

 ともかくも、多少ぎこちなくは有ったが和やかににぎやかに、無事に宴会は終わったのだった。


 離宮の寝室には小さな出窓があり、時折月の光が差し込んだり、陰ったりする。都の王宮の部屋よりかなり小ぶりで、互いの気配が一層身近に感じられる。そのおかげで、明りがなくても不安な気もちにならずに済むので、アンヌ・テレーゼは気に入っている。


「頭の固い大人同士は、あの程度まで持ち込めればまずまずか……すべての村人が分け隔てなく、和やかに過ごせるようになるまでには、まだしばらくかかりそうだな」

 夫の言葉は正しいだろう。真の友好関係が出来上がるには、子供たちの代まで待たねばいけないようだ。

「ですが、ここに参りました当初の目的は、ともかくも達成ですね」

「代わりに大きな課題を背負ったがな」

 確かに麻薬の問題は大きい。ロベルトの持ち帰った干し草は、東の大陸から持ち込まれた麻薬の材料で、西大陸に古くから存在した品種より強力で収穫量も多いそうだ。

「かの人が……大君主国あたりから持ち込んだのでしょうか?」

「そうだな。たとえ種を一掴みにしたって……ろくに世話をしなくても、やせ地でもどんどん成長できるらしいからな。普通の畑などにいったん生えると、駆除が厄介らしいぞ」

「どこかで栽培しているのでしょうか?」

「国境の……どの国の手も及びにくい場所で作っている可能性は有るだろうな」

 夫は栽培した葉をあの、洞窟である程度加工していたと考えているようだった。確かに生の葉はかさばるばかりで、麻薬の原料としては効率が悪いだろう。

「その一時的な加工をした材料は、更にどこで精製を行っているのでしょう?」

「それは……真剣に調査しなければ、おそらくわからない」

 夫が言うには、麻薬作りは金鉱開発よりずっと少ない予算で大きく儲かるという。

「儲かれば良い……というものでもありませんのにね」

「全くだ。儲かるが、やはり犯罪だと私は思うよ」

「……あの人は、何がしたいのでしょうね」

「やはり、その、帝国の再興なのではないか? 自分が皇帝になるつもりなのだろう」

「到底あの人の能力では無理ですのにね。諦めていただきたいものです」

「さりとて、大君主国で飼い殺しのような状態も嫌……といったところかな」

「小さくても一国一城の主にというなら、もっとやりようは有りそうですのに」

「自分より格下の分家筋の当主に過ぎない私が、かつての帝国が一番盛んであったころと、大差無い広さの国を治めているのが不快であるようだよ」

「……困ったものですね。才能に見合わない野心だけは、持ち合わせているなんて」

「どこぞの傾きかけた小国の姫君の、婿にでも納まれば良いのにな」

「その姫君にも、その国の民にも、大変な災難となるに決まっております」

「むろん麻薬など作っていては無理な話だが。ううむ。その姫君にほれ込まないと……無理か……高貴な雰囲気の美貌で、淑やかで……」

 何やら夫にはその「傾きかけた小国の姫君」の心当たりがありそうだが、万が一その姫君が魅力的な女性であるとして、ヨーゼフ・オイゲンのような面妖な男を愛するはずがないと思われる。

「その……姫君は、どちらの方で?」

「そうだなあ。噂はいくつかあるぞ。だが、大君主国の叔母上のお力なども借りぬと、本当のところはわからんな」

 自分を腕に抱きかかえてベッドにいるのに、どこかの姫君の事をあれこれ考えている夫に、だんだん腹が立ってきた。

「何を怒っている?」

 すぐにわかってしまう。

「……いえ、私がいけないのです」

「理屈には合わないかもしれないが、腹が立つ……のかな?」

 夫はクスクスと笑う。笑われると余計に恥ずかしい。

「おやおや、今度は真っ赤になって……どこぞの姫君はかの『兄上』にお任せしておけば良かろうよ」

 後ろから、ぴったり体を張りつかせるようにして抱き込められて、耳たぶを軽く噛まれる。

「いつも言っているだろうに。まだ足りないのだな? ん? 私にはお前しかいないというのに」

「申し訳ありません」

 夫は……約束をたがえた事がない。

「詫びる必要はない。お前がそれほど私に執着してくれているのは、悪くないな」

「……だって」

「だって、なんだ?」

「だって、あなたは、私の一番大切な方なんですもの」

 つい、子供っぽい言い方になってしまう。

「いつの間にか、僕とは言わなくなったな。愛しているよ、アンヌ・テレーゼ」

「そんなに、僕と言っておりましたか?」

「うん。戸惑ったり、感情的になったりするとね。それはそれで、かわいらしかったよ」

「本当に?」

 思わず振り返り、ほのかに闇に浮かぶ夫の顔を見つめてしまう。すると、夫は面白そうにまたクスクス笑った。

「私は嘘をついた事は、無いだろう?」

「……ええ」

 秘密であったり教えてくれない事は色々ありそうだが、少なくとも嘘は無い。そう信じて良いとアンヌ・テレーゼは思っている。

「まだ、何か気になっているのだろう?」

「……大したことでは……」

「夫婦の間の事は何によらず小さなうちに、ハッキリすっきりさせる方が良いのだ」

 それで僕と思わず言ってしまった頃の自分のほうが、今の自分より「可愛い」のかと尋ねると、またクスクスと笑われた。

「今のお前はたいそう魅力的だよ。もっと自分に自信を持ちなさい」

「はい……きっと、私は欲張りなのですね」

 つい、夫の何もかもを自分が独占したいと思ってしまうと言うと、夫は羽毛のような軽いキスを額に落とした。こうした瞬間は幾度体験しても、平静ではいられない。鼓動が早まり、体温が跳ね上がったのが自分でもわかる。

「それは、私も負けてはいないよ。ただ、自分の感情を隠すのが、お前よりはうまいかも知れない。年の功かもしれないし、人が悪いせいかもしれないし、どっちだろうな?」

 確かに自分はこの人より、ずいぶんと子供なのだ。だが、子供は子供らしく真っ直ぐ想いを伝えるしか、方法が無いような気がする。

「お人柄が良いとか悪いとか、私にはわかりません。ハッキリわかるのは、私はあなたを誰よりも愛しているという事だけです」

「……そうか。それは、何よりの事だ」

 いきなり、深く口づけられた。

「思い切り可愛がってあげるよ」

 その言葉を聞くと、体が瞬間震えた。

「おや、震えたね? まだ、ちょっとばかり怖いのかい?」

「いいえ、いいえ、怖くなんて、怖くなんてありません。だから……」

「だから?」

「思い切り可愛がって……」


 蚊の鳴くような声になってしまい、夫にまた笑われたが、勇気を振り絞って訴えた事は叶えられた。明りの消えた部屋でも恐ろしいとは思わなかった。ただ深い悦びにのめりこみ、夢中になっただけであった。


「暗い部屋でも、平気だったみたいだね」

 気が付くと、外はほのかに明るくなってきていた。

「随分、お互い頑張ってしまったから、今からでもゆっくり眠ろう」

「朝食と昼食が兼用になりそうですね」

「何、今日は休む日なのだから構うものか」


 互いに満足してぐっすり眠ると、すでに陽は高く登っていた。


「このまま、何か食べるものを運ばせよう」


 久しぶりの休日は、甘くけだるい気分の中で始まったのだった。

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