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視察・3

「お前が信じようが気に入らなかろうが、ヤン・イェーガーがアンヌ・テレーゼの義理の兄で有るのは事実だ。同時にアンヌ・テレーゼは、お前の亡き兄の妻セシリアの実のいとこで養女でもあるがな」

「そうなのですか?」

「そうなのだ」

「はあ……」

 

 ピウスのもごもごとした口ぶりからすると、自分から見て田舎くさく奇妙な風体の連中に侮辱されたと感じた事が、開拓村とのゴタゴタのそもそものきっかけらしい。具体的には何があったのかと更に話を聞くと、開拓村の連中と初めて川筋で顔を合わせたとき「あなたの豚はあなたの顔にどこか似ている」と言われたのがきっかけらしいが……アンヌ・テレーゼの知る限り、その言葉には特に揶揄する意図はないのではないかと思われた。夫も同じ事を感じたらしい。


「元の帝国の民の間では、飼っている馬やら牛やらが飼い主に似ているというのは、一種の褒め言葉のはずだ。丁寧に大切に飼っているので飼い主と家族同然のなじみ方で、よい育ち方をしているといったような……」

 ロベルトの説明の途中で、ピウスの所の作男らしき大男が血相を変えて走ってきた。


「だ、旦那様! ぶ、豚がやられました」

「なに?」


 あわてて皆がその豚が死んだ水飲み場になっている河原に行くと、豚が十頭ほども転がってる。


「おのれ! 開拓村のならず者ども!! 目にもの見せてくれる!」

 真っ赤になってピウスは怒鳴り散らかしている。

「ピウス! 犯人も確かめず決めつけはならん」

 ピウスは恨めし気な顔つきで、ロベルトを見て、こぶしを握り締めている。すると、そこへ声がかかった。


「父さん、国王陛下のおっしゃる通りだよ」

「お、お前、その隣の娘はならず者の娘ではないか!」

「違うよ! ノーマのお父さんは立派な人だよ。陛下の御前で恥ずかしいから、バカな事を言って怒鳴るのをやめて」

「君は? ピウスの?」

「ピウス・ノイマンの一子、ルース・ノイマンと申します」

「そっちの女の子は……以前会ったな」

「ヤン・イェーガーの長女、トリシャ・イェーガーでございます」 


 ルースとトリシャは共に十一歳で学校の仲良し同士らしい。大人になったら夫婦になりたいそうだが、この父親をどうにかせねばなるまいと思う。聞けばルースとトリシャは連日豚を毒殺した犯人を追っていたらしい。二人だけではなく、大人たちの対立に胸を痛めた子供達が皆で手分けして、捜索にあたったそうだ。


「豚が水を飲む直前に、何かを水に投げ入れた男がいたんだよ、父さん。僕が矢を射たらあたったみたいなんだけど、逃げて行っちゃった。でも、間違いなくあのおかしな男だと思うんだ」

「ルース、そのおかしな男とは?」

 ロベルトの問いにルースは真剣な表情で語り始める。

「はい。どこかよそから最近この辺にやってきたらしい男でございます。何を見ているのかわからないような目つきをして、時々ニタニタ笑ったり、奇妙なキィーッというような声を出したりして、ヨタヨタ歩いているのです。髪の毛はボサボサの灰色で目も灰色で、ものすごく背が高くて体が大きいんです。僕らが指差すと、僕らに怒鳴ってから、すごい勢いで走って逃げてしまいます」


 ルースもトリシャも礼儀正く、賢げだ。特にルースは父親よりよほどまともな息子だ……と、夫も思ったのだろう。それ以降は父親は無視して、子供達とのやり取りが続いた。

 子供らは協力して金鉱のそばの洞窟に、何かの薬や武器などが隠されている場所を見つけたのだそうだ。捜査は大人に任せるようにという教師たちには打ち明けられず、さりとて対立色を深める大人たちにも話すことができす、どうしたものか子供らは悩んでいたようなのだ。かなり多くの子供たちが「おかしな男」を見ているそうだ。


「さっき僕が射た矢があのへんな男の体のどこかに命中したみたいで、血の跡が続いているんです。もしかしたら、あの隠れ家に向かったんじゃないかな……なんて思うんですが」

「わかった。さっそく兵たちに跡をつけさせよう」


 しばらくして、兵士たちがふくらはぎに矢を受けたらしい男を引き立ててきた。諦めたのかほとんど抵抗らしい抵抗をしなかったそうだ。それが、アンヌ・テレーゼの顔を見ると急に叫んだ。


「く、くすり、くれ! おれ、川に粉まいた。豚死んだ。くすり、くすり、くれ」

 アンヌテレーゼは呆気にとられた。見た事もない男は、縄で縛られていなかったら掴み掛らんばかりの必死の形相だ。

「くすり! おれにくすり!」

 ロベルトは男を観察していたが、落ち着いた声でこう語りかけた。

「お前に薬を渡すのは、男だろう? ここにいるのは顔は似ているだろうが、女だ。私の妻だ」

「お、おあんなあ? 嘘だあ……あああっ……うそじゃ……ない? おれっ、おれっ、わけわかんねえっっ」

 男は耳障りな声で騒ぎ、涎を飛ばしながら叫んだあと、気を失った。

「どうやら、麻薬の類で頭が相当におかしくなったのだろうな」

「その麻薬の類を与えていたのが……」

「おそらくかの人だ」

 またしてもヨーゼフ・オイゲンらしい。アンヌ・テレーゼはその執念深さにうんざりすると同時に、またしてもずさんな計画だとあきれた。

「……そうですね」


 錯乱して気を失った男は手当てを受け、とりあえずは離宮の地下牢に入れられることになった。傷の具合が大したことがなければ、すぐに都の監獄に収容されるだろう。


「さて、皆でそのいわくありげな洞窟に出かけてみようではないか」


 街道筋の道幅の広がった四つ辻に双方の大人と子供を集めた。子供らに協力を頼むと瞬く間に情報は伝わったので、短時間で多くの村人がそろったのだ。

 まずロベルトが皆に川の毒の一件は、どちらの村の所為でもない事を説明した。大人たち、特に男たちは最初極度の緊張状態だったが、仲の良い子供たちの様子で、次第に緊張がほぐれてきた。おかみさん連中も子供につられて話をはじめ、さながら祭りのにぎわいのようになってきた。

 

 現場に着くと、ついてきた人々を順番に並ばせた。一番最初に兵士四人が入ってとりあえずの安全を確かめ、次いで国王夫妻とルースとトリシャが入った。その後は村人四人一組で手燭を持って洞窟に入り、前の人間が出たら次の物が入るという手順で、相当な数の村人たちが洞窟の中を見たのだった。


「さて、皆に見てもらったわけだが、何か気が付いたことが有ったら、どのような些細な事でも教えてくれ」

 聞き取り役の兵士たちに向かって、村人はああでもないこうでもないと、いろいろな事を話した。その結果人がしばらく寝泊まりしていた形跡が有り、相当な量の武器が置かれていたが、どれも古くて使い物になるか疑問だということ。同様に錆びたつるはし・スコップなどの道具類が相当な数有ったこと。薬臭いというか焦げ臭いような独特の匂いがしたこと、大なべが転がっていて煮炊きの後は有るのだが、酒の瓶と干し肉以外、食糧らしきものが見当たらなかった事、などが皆に認識された。


「あの匂いはやはり、麻薬だな。ろうそくのそばに吸引する道具類が有った」

 ロベルトは不快そうに顔をしかめた。あの匂いは頭のまともなものなら、頭がぼっとするような不快なものであった。

「あのような不快なにおいの薬の、何が良いのやら、私にはさっぱりわかりません」

「不愉快なことを忘れ、あり得ないほど愉快な気分になるらしい。だが、ずっと使い続けると、脳が壊れてくるのだ。先ほどの男のように。私が法で禁じる以前は、あの薬を用いるものは、都にも相当な数居たな」

「やはり、先ほど捕まった男は、あの洞窟で薬を使っていたのでしょうか?」

「おそらくはな」

「錆びた武器や道具類は、かなり以前にあの洞窟が物置のように使われていた、ということなのでしょうか?」

 再び皆で、元の道をたどって最初の四つ辻に戻る途中異変が起こった。


「うわっ! 火だ!」

 誰かが叫び、皆がどよめく。

「洞窟の中身を燃やしたか……」

 証拠隠滅なのだろうが、これほど多くの人目に触れた後なので、どれほどの効果があるだろう? アンヌ・テレーゼは、ふと、そんな風に考えた。

「けが人はいませんか? 皆自分の連れはいますね?」

 国境警備の隊員が急ぎ確認する。

 幸いけが人は出なかったが、火をかけた曲者は見当たらなかった。するとそのうち、爆発音と轟音がした。


「どこかに大量の火薬が有ったんでしょうな」

 つぶやいた警備隊員の言葉は、おそらく正しいとアンヌ・テレーゼは思った。それにしても、爆破までして、何を隠そうとしたのだろうか? 

「麻薬の流通経路……かもしれんな」

 夫はあの洞窟の奥に残っていた干した草のようなものを、しげしげと見ながらそうつぶやいた。

「その干し草は、何なのですか?」

「おそらく、麻薬の原料だろう。粉にする以前の一時的な加工をしていたのかもしれんな。セレイアでも流通しているのかもしれん。よく調べねばいかんようだ」

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