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視察・1

「陛下の御推測の通り金鉱脈が御座いました。曲者どもは浅い部分の金だけを取ってまいりましたが、その下に豊富な鉱脈が御座いましたぞ」

 鉱山を専門に研究する学者である老人は門閥貴族の二男だが、セレイアの貴族社会では一種の奇人変人とみなされていた。一芸に秀でていれば、こだわりなく登用するロベルトのおかげで、長年貧しく不遇な暮らしを送っていた老人は好きなだけ研究費を使う事を許され、この十年あまりで大いに研究も進んだ。

 幼いころから鉱物やら鉱石やらが好きで好きで気が付いたらその分野の大学者になったという人物で、他には何の趣味もこだわりもないので、好きなように好きなだけ研究させてくれるロベルトは、老人にとって最高の主なのだった。


「かほどの幸せをお与えくださった陛下に、いかようにして御恩を返せばよろしいので」

「そちの学問を若者たちにも伝えてやってほしい」


 そのようなやり取りもあって、鉱山や鉱物に関するいくつかの書籍・研究書が出版され、大学や軍関係の学校ではその成果を授業に取り入れたのだった。全国さまざまな場所に配置され駐屯する軍人や田舎で教師を務める者たちの中から、赴任先で様々な鉱石や鉱床を見出す者や、一般の愛好家なども増えたのだった。

 だが、国境地帯で最近まで山賊も跋扈していた黒い森の地域は、そうした調査のいわば空白地帯であったのだ。


「そうか、豊富な鉱脈を打ち捨てて、逃げ出したのか。相変わらず詰めの甘い御仁だ」

 老人の説明では現場はいかにも無秩序に掘り崩した感じで、製錬場も粗末なもので、当然汚水も垂れ流しだったそうだ。古い神聖帝国の紋章の入った石碑が打ち捨てられていたそうだが、昔鉱脈を発見した人物が目印に建てさせたものであったのかも知れなかった。 

「あまりに大規模な鉱脈ですから、目利きのできぬ素人にはかえって信じられなかったかもしれませんな」


 更に大規模な鉱山を開発するならば、鉱毒対策が必要不可欠という話になった。

「やはり近隣の住人の了解なり協力なりがあるほうが、鉱山の運営もやりやすいはずですが……」

 鉱毒騒ぎの際に、下流の農民たちが上流の旧帝国地域の開拓民の仕業ではないかと疑い、もめたらしい。

「開拓民側は、下流の村の連中から謝罪もないので、相当に怒っているようです。一度仲裁のために離宮の守備隊隊長が開拓村に入ろうとしたら、石を投げつけられたそうです。守備隊長も内儀も下流の村出身ですから信じられないようでした。開拓民たちは、土地を与えて下さった陛下のお話以外は聞き入れるつもりはない、そのように申したとか……」

 以来、下流の五か村と上流の開拓村四か村が厳しく対立する事態になり、双方の親たちは子供を学校に出さなくなっているのだそうだ。老人の話によれば、どうやら下流組の中心はかつて守備隊長だったヴァルター・ノイマン老人の子息でセシリアの夫であったマウリッツの弟である人物、開拓民側はアンヌ・テレーゼの義理の兄ヤン・イェーガーであるらしい。


「陛下以外に双方の人々が信頼できる方がおられんのです」

「王妃が……適任かもしれんがな」

「さようで?」


 アンヌ・テレーゼとノイマン家、ヤン・イェーガー双方との関係についてかいつまんでロベルトが説明すると老学者は「それは、ぜひ、両陛下おそろいでおいでになるべきです」と言った。


「ただでさえ国境が不安定だなどとよろしくない噂がたっておりますから、お二人のお力で素早く皆の心を落ちつけられるべきでしょう」


 それももっともだと思い、ロベルトは急きょアンヌ・テレーゼと共に、翌日黒い森の離宮に出かける事に決めた。


「急な事ですね」

「ああ。だが、ノイマン家とヤン・イェーガー双方が信頼する人物が二人いたほうが、話は好ましいほうに弾みをつけやすいだろう。間違っていたら、ごめんなさい、と素直に言うのがチャチャイでは大切なのだと聞くが……チャチャイの子供ができる事を、この国の大人は出来ないのだな」

 ロベルトは鉱毒事件をめぐるいざこざの現状について、説明した。

「まあ……早い内なら、勘違いであった、誤解だった、すまない、そんな言葉だけでもどうにかなったでしょうに、こじれてしまったのですね」

「誤解して謝らなかった方がいけないが、だからといって責め立てるわけにもいかない。それよりも……」

「それよりも?」

「互いの不信感の方が大きな問題なのだ」

「開拓村の者は……やはり、もとのセレイアの領民との交流が乏しいのでしょうか?」

「私は学校を作り、双方の子供らが平等な条件で一緒に学ぶように心を配ってきた。なぜかわかるかい?」

「将来を担う人材が互いを理解しあえるように……でしょうか?」

「まあ、大体、そんなところかな。もっと先まで進んでほしいと期待しているがな」

「もっと先ですか?」

「互いに友情をはぐくむとか、恋愛するとか、あるいは結婚して所帯を持つとかね」

「ああ……それで、男女同じ学校になさったのですか?」

 男女同一の学校は、まだほとんど存在しない。それをあえて実験的な試みをしたのは、男女の自然な交流も促したいという考えからだ。

「うむ。教員も一流の優れた人材をえりすぐって配置したしね。若い年齢層の間では、この十年の成果は表れつつ有ると感じるのだが、問題は大人たちだ」

「大人は、若い人ほど柔軟じゃないですから」

「そうなのだよな。私は柔軟でありたいと思っているが」

「ロベルトは、柔軟です。もしかすると私などより」

「そうかな?」

「ええ。いつも新しい何かを探しておられて、それがこの国に役に立つのではないかと考えておられる」

「ただの新し物好きだが、それが王としての役目に役立てばよいとは思うな。だが、新しいものを生かすには、古い邪魔なものは取りのけなくてはならん。古くて価値があるものなら、保護すべきだが……」

「偏見やら、思い込みは無くすべきだと?」

「そう。その通りだ」

「ノイマン家のことですから、義母の力を借りたいところですが……」

「体調が良くないからな。無理はさせられない」

 

 そのような話をした翌朝、アンヌ・テレーゼと朝食をとっていると、寝込んでいるセシリア・ノイマンから伝言が届いた。


「ほう、開拓村のヤンが王妃と義理の兄弟で王家にとって特別な存在であるから、十二分に敬意を払って対するようにという手紙を、ノイマン家に送ったのか」

「やはり、つぼは外さないのですね、母上は」

「だが、体調は良くないのだろうなあ」

「また気を遣わせてしまいました」

「うむ。そうだなあ。早く解決しないと……セシリアも心配だろう。それにしても今のノイマン家の当主は……頑固で思い込みが激しい人物のようだな。会ったことはないが」

 セシリアは深く亡き夫を愛していた。その夫の実家が騒動の中心では、気が休まらないだろう。現当主は、さしたる才覚も功績もないので、王宮に呼んだ記憶がない。セシリアのつてを頼れば可能だったろうが……

「今のノイマン家の当主はピウスという人ですが、一度も会った事がありません」

「セシリアに会いに来た事は?」

「当主を継いだ時にあるいは、有ったのかもしれませんが」

「ふーむ。お前にも紹介しないという事は、その程度の人物とセシリアが見ているのだろうな」


 あまり有能では無いのだろうが、せめて自分の言葉を受け入れる事ができる人物であって欲しい。


「食事がすんだら、出発するよ」

 馬車も荷造りも供ぞろえも、準備万端整っている。新婚のころよりずっと道路事情も良くなったから、今回の旅は、前回よりずっと快適であるはずだ。まあ、あの前回の馬で行く旅も、悪くはなかったが……妻は、嬉しそうだ。その顔が見られるだけでも、共に行く甲斐が有るように感じる。

「はい」

「新婚の時以来だな」

「ええ、懐かしいですね」


 そんなに悪い事ばかりでもあるまい。そうロベルトは思う事にした。

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