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侍従・2

 若い侍従が敬愛する国王陛下は独身男性である。それも思い切り魅力的な……

 皇帝の位を巡る争いが引き金となって、隣国であった神聖帝国は長い内乱状態に入り自滅した。侍従にとって亡んだ神聖帝国は生まれ故郷のようだが、幼いころの記憶を失っている所為か特に何も思う事は無い。それでもこのセレイア王国に逃げてきた自分とも多少なりとも縁がつながっているのかもしれない旧帝国の人々が、この国で受け入れられているのは、侍従にとっても嬉しい事だった。


「帝国の農奴制は良くなかった。あれだけでも国が亡ぶのに十分な理由になる」


 そんな王の言葉を深く理解できたわけでは無いが、真面目に働く農民は正当に評価されるべきだし、きちんと一人前の国民として扱うべきだと言う王の考えは、文句無しに正しいと若い侍従には思われた。


 神聖帝国が滅んで、その国土は隣接する四つの国家に分断され吸収された形だが、一番広い面積を取りこんだのはロベルトが治めるセレイア王国だ。亡き先王もロベルトも隣国である神聖帝国の皇室のお家騒動に関わるのを意識的に避けてきたが、神聖帝国内の二つの勢力が争って自滅して以降は国境線に軍を張りつかせ、流入してくる避難民を保護した。するとごく自然に領土が転がり込んで来たのだ。他の三つの国はセレイア王国よりはるかに国土も狭く、国民も少なく、したがって軍事力も小さい。ましてや神聖帝国の深刻な内紛を知って以来、ロベルトは避難民の流入に備えていたので、当然の帰結と言えなくもないのだった。

 そうした先を見通し、慎重に確実に計画を実行する力も、ロベルトが「名君」とされる理由の一つなのだろう。若い侍従は、かつての帝国の農奴であった人々が、希望を持って働き、その子供たちが学校に通って熱心に読み書きを習う様子を見て、非常に感動していた。ロベルトはしばしば若い侍従を伴い、忍びで日帰り可能な範囲で各地へ視察に出ていたので、そうした様子も直接見聞きできたのだった。そうした視察の折は、主とゆっくり馬を並べて行く事が許される。若い侍従には非常に幸せな時間だ。


「僕は陛下のお傍にお仕え出来て、本当に幸せです」

「そうかそうか」

「本当です」

「別に嘘だなどと、思っていない。だが、お前が褒めるほど自分が立派な王だとは思えないな」


 陛下は御自分に厳しいのだ。だからこそ、この方は名君でいらっしゃるのだ……そう侍従は受け止めた。都に入り、夕日を背に受けて王宮の秘密の門にたどり着くまでが、ほぼ二人で過ごせる時間だ。もっとも、隠密に王を警護するものは要所要所に配置されているはずなのだ。


「神聖帝国が失われたという事は、東方の国々にも伝わっているだろう。歴史が古いだけに帝国は、遠い国々にもその名を知られていたからなあ……」

 馬にのんびり揺られながらも、王が難しい顔をなさっているのが気になる侍従だった。

「何か御心にかかる事が、御座いますか?」

「……我が国が剥き出しの形になってしまったのだ。緩衝地帯を失ってしまったと言うべきか」

「ムジーブ大君主国の事でしょうか?」

「ああ、そうだ」


 ムジーブ大君主国ははるか東方の砂漠地帯に起こった国で、その荒々しく強くすばしこい騎馬軍団は各国の恐怖の的だった。実際、近隣諸国に積極的に戦いを仕掛け、ここ百年かそこらの内に国土を大いに広げていた。今やその西の端は、河一つを挟んで旧帝国の地域と境を接するまでになっている。言語習俗がセレイアを中心とした西大陸の国々とは大きく異っており、こちらの常識はあちらの非常識と言う具合で、非常に付き合いにくい相手なのであった。


「攻め込んでくるでしょうか?」

「万事、大君主の一言だけですべてが決まると言う国がららしいからなあ……旧帝国が行っていたと言う奴隷の貢納などという事をする気は全く無いが、機嫌をむやみに損ねるのも賢くないだろう」


 セレイア王国では奴隷制度が廃止されて久しいが、旧帝国では皇族・貴族以外は国民の大半が奴隷状態に置かれていた。ムジーブ大君主国には様々な地域から奴隷が運び込まれ、活発に取引されているという噂は、このセレイアにも届いている。旧帝国は軍事大国であるムジーブを恐れ、定期的に奴隷を貢納すると言う屈辱的な条件も受け入れて機嫌を取り結んでいたようだ。大君主国のハレムでは白い肌で容姿の整った女奴隷が多数、必要とされているらしい。

 これまでセレイアと大君主国との間に正式の外交関係は存在しなかった。国境を接していなかったから、互いに必要を感じなかったというのが正しいだろうか……と、侍従は理解している。


「近頃、大君主は非常に不機嫌なのだそうだ」

 ロベルトはそう言うと、ため息をついた。セレイアの諜報網はそれなりに優秀であるとは侍従も理解していたが、遠い大君主国の主の機嫌まで承知しているとは、さすがに驚きだった。

「なぜでしょうか?」

「大君主のハレムには寵を受けた女が五十人以上いるらしいが、一番気に入りの女が生んだ娘が行方不明なのだそうだ。どうやらさらわれたらしい」

「大君主は様々な国を滅ぼしたようですから、恨む者は数知れないでしょうね」

「それはそうなのだが……その娘が西大陸のどこかに売り飛ばされたと言う情報が有るようだ。困った事に、大君主はその情報をかなり真剣に信じ始めているらしい」

「近頃熱心に大君主国の言葉を学んでおいでなのは、その事と関わりが?」

「外交交渉で避けられる戦争は避けたいからな」


 正式に対等な外交関係を結びたいとロベルトは考えているようだ。


「隣同士になりましたから、どうぞよろしく……ではなあ、どうもきっかけとしては弱い。だが、挨拶一つしない内に、互いに不信感を募らせ、緊張関係になるのは非常にまずい」

「仮にその姫が西大陸のどこかにさらわれたとして、探し出して大君主のもとに送り届けたら、大いに感謝されるのではありますまいか?」

「おお、そうだな。それが良い手だな」

「ですがその姫が見つからなかったり、あるいは殺害されていたりしたら……」

「そうよなあ……まだ、戦争は避けたい。新型の銃の配備には、当分時間がかかるし、改良型の大砲もまだ実用段階とは言い難い。現状では投石器と威力は大差ない、いや、あれでは投石機の方がマシかもしれん」

「では……名馬をお贈りになっては?」

「ほう、それは名案だな。何しろ……」


 王は何かを話しかけて、急に黙った。それが何なのか、なぜなのか、まだ若い侍従には読み取れない。だが、尊敬する王が自分の案を検討に値すると思って下さったようだと言うだけで、十分に幸せなのだった。

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