黒い森・4
「さ、最新型のすげえ銃を使っていなさるとは思ったけど、王様……そうですかい。俺は縛り首ですかい? それとも火あぶり?」
「……それは、お前しだいだ。事と次第によっては金貨の一枚も褒美にやろうよ」
猟師は王の顔をチラッと見て、うなって考え込んでいたが、結論が出たようだった。
「ま、まずは、御妃様にお詫び申し上げます」
「うむ。良い心がけだ」
「それから……連中の事で俺が知っている事を、申し上げればよろしいので?」
「嘘だとわかれば、後で何があっても知らんぞ」
「へえ……」
そこでまた猟師は冷や汗を流して、考え込んでいる。
「まあ待て。差し支えの無い範囲でかまわんから、今の山賊たちの状態を教えてくれ。後、我々は元のゲンツ村に赴く予定だ。これの養い親の墓があるのでね。我々がそこへ行って無事に戻るまで手出しはしないように言って置いてほしいのだが……出来るか? 出来そうならもう一枚金貨を足そう」
「へい、お安い御用で」
ロベルト王は吹き出した。
「やはり、お前は山賊の仲間か」
「いや、その、このあたりの猟師と木こりは、その、互いの商売を邪魔しねえって申し合わせをしてるだけです……仲間ってわけじゃ」
「ふーむ。山賊の頭に会える手立てはあるか?」
「三人全部は無理ですが、一人なら。本人は無理でも、手下の誰かに繋ぎはつくはずでさあ」
「ほう、三人いるのか頭は」
「へい」
猟師が親しい頭は「赤毛のヤーコップ」と言うらしい。旧帝国領内の猟師たちに強い影響力があるらしい。王はわずかの時間で猟師を自分の魅力に引き込んでしまったようだと、アンヌ・テレーゼは感じた。
「今からでも、連絡をつけることは出来るのか?」
「へえ。どうにかなりまさあ。この角笛を使いますんで」
縄を解かれた猟師は角笛を高い独特の調子で吹き鳴らした。すると、すぐそばの大木の陰から、一人の赤毛の青年が現れた。最新流行のジャケットに真っ白いシャツ、上等な皮靴を履いていて、狩猟に出た貴族というような風体だが、背中に銃を背負い、腰には帯剣している。その姿を見て、猟師は仰天していた。
「赤毛のヤーコップ、本人か」
「さようでございます、国王陛下」
ロベルト王は猟師に一枚金貨を投げてやった。猟師はうれしげに金貨を腰に下げた袋にしまいこんだ。
「ヤーコップ、お前とこの猟師の関係はどう言うものかな」
「彼は我々にとって、情報提供者あるいは義務的ではない協力者とでも言うべき存在です」
「言葉遣いといい、容貌も身なりも山賊には見えんな。どこかの貴族か王族かと思ったぞ。あるいは旧帝国の皇族であったりするのか?」
「いえ。母方の祖母は皇族の庶子であったようですが、私自身はずっと民の中で暮らしてまいりました」
「これまでの話は、おおよそ聞いているか?」
「ゲンツに王妃様の育ての親にあたる方の墓がある……というあたりから、話を伺っておりました。私の配下に限って申しますと、陛下の御一行に無礼を働く事は一切いたしません」
「他の二人の頭の事は、知らん、そういうわけだな?」
「恐れながら、陛下御直筆の赦免状を三人分いただければ、『禿のジーノ』と『黒ひげのニコ』にも早速に連絡を取り、説き伏せましょう」
ヤーコップの言い分は、自分と仲間は旧帝国では一般人が狩猟も出入りも禁じられた皇帝の狩場で狩をしているだけで、セレイアの法に照らせば、自分は犯罪者でも何でもない……というのであった。
「ほう? 略奪やら誘拐やらは、一切やらんのか」
「人の皮をかぶった獣のような領主がいる所や、民を苦しめるたちの悪い御用商人などを時折締め上げたりしますが、陛下が治めておられるセレイアでは違法行為を控えております。ジーノやニコも私と事情は同じようなものです」
「つまりその……セレイアでは手荒く稼いだりはしないが、近隣のカルフ公国やケンメル王国では事情は異なる。そう言う事か?」
「さようです」
「なるほど。早速、その禿と黒ひげに連絡をしてほしい。ついては、この先、どこか具合の良い野営地でもあるかな? ゲンツ村周辺が希望なんだが」
「赦免状の件は、お聞き届け願えましょうか?」
「良かろう。今ここでしたためてやろう」
出来上がった三枚の書類をヤーコップは押し頂いた。
それから、首に下げていたらしい小さな銀色の呼子を鋭く吹き鳴らすと、その禿げと黒ひげらしき男たちがすぐに現れた。事前に申し合わせていたようだ。二人とも身なりに金はかかっており、銃と剣で武装しているのは共通だが、赤毛ほど優雅でも美青年でもない。無骨で厳つく、それでいてどこか人のよさそうな庶民という感じだ。聞けば、ロベルトたち一行が黒い森を目指しつつあるという情報は、一行が都を出てすぐの時点から三人とも承知していたようだ。
「ひょっとして、先ほどの呼子でヤーコップが一斉攻撃を命じたりすると、我々一行も皆殺しになっていたかもしれん……のか?」
「確かにそのような合図もございますが、賢王と誉れ高い方にさようなけしからぬ事はいたしません。王の治世が長く続いて下さる事が、我々の望みですから」
そのヤーコップの言葉に、他の二人もうなづいた。
「ほう。ならば、私はお前たちに感謝せねばいかんな。ここでの生殺与奪の権を握ってるのは、山と森の王者であるお前たちなのだからな」
「恐れ入ります。ですが私どもは、単なる貧しい民衆の自衛的な組織に過ぎません。彼らの暮らしをより良くするにしても、自ずと限界がございます。賢き王のお力で、彼らがより良い暮らしをおくれますように導いていただきたいのです」
ヤーコップは雄弁だ。おそらく相当に学問もあるのだろう。何事も身分で決め付け縛り付けていた帝国では、いかに優れた人物でも犯罪者の頭にでもなるしか、己の才覚を生かす道が無かったのだろう。だが、このロベルト王の元でなら、まったく違う道が開けると思ったようだった。
ロベルト王は身分出自にこだわらず、あらゆる人物の才能を公平に評価し、国づくりに役立てようとする。それこそがこの王の素晴らしさであり、凄さでもあるとアンヌ・テレーゼは思う。
「そうか。だが……我が国が悪名高い犯罪者集団をそのまま受け入れることは難しい。国にも権威やら面子やら言うものがある。すぐにどうこう言う話では無いが、山賊は数年のうちに廃業して、何がしかの正業についてもらう事になるだろう。そのための職業訓練や教育に関しては、国が手を貸そう。妻子や親兄弟の行く末まで考えれば、さほど悪い話でもないとは思うがな。さて、どうする?」
ジーノもニコもそれぞれ妻子の将来が気がかりらしい。ジーノは自分とは違い「物静かで学問好きな」息子が、思う様学べるようにしてやりたいようだった。ニコは病の床にいる老母に隠し立てせずにすむ正業につきたいらしい。
結局はその夜はその泉のほとりで野営することになった。そこへ山賊の頭三人が、酒やら食べ物やらを持ちこませ、にぎやかな大宴会になった。皆野外で軍用毛布に包まって雑魚寝だが、国王と王妃のために一つだけテントが張られた。
皆の馬鹿騒ぎをよそに、二人は早々とテントに篭った。
「三人を完全に御自分の味方になさいましたね」
「悪くない外交官ぶりだろう」
「他のものでは、こうも鮮やかには行きませんでしたでしょう」
「条件の提示が速やかに行えるのは、私が王で責任者だから可能なのだがな」
「ですが、陛下は幼い子供の私も魅了なさいましたよ」
「皆、勝手に騒いでいるから誰も聞いてはいないはずだ。陛下はやめよ。名を呼んでくれ」
「ロベルトの妻にしていただいて、私は本当に幸せです」
「それを言うなら、私の妻になってくれてありがとう」
キスのやり取りが自然に始まり、それが一段落しても、まだ、外ではにぎやかな歌声が続いていた。
「何か、気がかりなことがおありですか?」
「やはり、お前にはわかるか」
「はい。できれば何が気がかりでいらっしゃるのか、教えていただきたいのです」
「……わかった。どうやら……目的地ゲンツのあたりで、山賊連中もその正体をつかんでいない、怪しい動きがあるようなのだ。木こりや薬草取りたちは亡霊だと噂しているらしいがな。ヤーコップは明らかに生身の人間だと断言していた。怪しい気配のするあたりに銃を打ち込んだ所、地面に血が残っていたそうだ」
「ならば、大丈夫です。ロベルトが他の人間に負けるなんて思えませんから」
「ほう? ずいぶん買いかぶってくれたな。だが……お前にそう言ってもらえるのは嬉しいよ」
アンヌ・テレーゼは「嬉しい」という夫の言葉を素直に信じる事にしたのだった。




