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覚悟・2

 アンヌ・テレーゼは無事に任務を果たした。大君主国との間に正式に国交が樹立された。

 皇女で大君主国の世継の母であるルゥルゥにより、アンヌ・テレーゼが紛れもない亡き神聖帝国の皇女であることは、証明された。御前会議の議決は、一致してロベルト王の希望通り、アンヌ・テレーゼ・コルネリウスを王妃に迎える事に賛意を示した。

 そもそもセレイア王国はその昔、皇帝の従兄妹にあたる者同士が結婚してできた公国が発展したものだ。そのため滅んでしまったとはいえ、神聖帝国の血筋を高貴であると見なす風潮は西大陸諸国の中でも、特に強いのだった。


「ですが……あの、アンドレアス・ノイマンが実は女性で、亡き神聖帝国の皇女とは、驚きました」

「いつぞやの必殺の突き技の披露のことなど思うと、あの方はかなりの手練れなのですな」

「女官達が黄色い声を上げてましたからなあ……てっきり男子だとばかり思っておりました」

 こんな反応が多かったが、事情を深く知る者の中には、時折ロベルトに探りを入れるものもいる。例えば宰相のように。

「その後寝所はずっとお近くでしたが……すでにお子がお出来になったとか言った……」

「いや、ない。あれは清らかなままだ。その心配は無用だぞ」

「さようで」

「失敬な奴め。確かに、これまで愛人の数がいささか多かったのは認めるが、あれは真実、侍従としてよく私に仕えてくれていたのだ」

「まあ、多少の手違いは何とでもなりますが、男のなりをしていても美しい女性が熱い目で陛下を見つめ続けているのですから、いくら御経験豊富な陛下でも、冷静でいらっしゃることは難しい事もあったんではないかなどといささか勝手な想像も致しておりましたので」

「お前な、それは私が無節操な女たらしだったと言いたいのか?」

「いえ、陛下は……いささかお相手は多かったですが、それなりに筋を通しておいででしたから、私は心配はしておりませんでしたよ」


 そう言う宰相はもう五十近いが、幼馴染の妻一筋だ。「沢山の女性の感情を適切に制御するなど、殆ど離れ業です」と言う彼の言い分は理解できる。自分も王と言う立場を利用しなければ、確かにうまくさばききれなかっただろうと思うからだ。


「妻一筋と言うのも、良いものかな?」

「さあ。私は妻一人で十分ですから。比べようがないわけでして」

「それはそうか。だが、見込み違いであった事も、一つや二つは有っただろう?」

「自分で思い定めて結婚した相手なので、予想しなかったような不都合が生じても『自分に見る目が無かった』と納得もできます。仲睦まじいに越した事は無いですが、長い間には色々有りますからな。でもまあ、私は概ね幸運であったと思っております」

「あれは……どのような妃になるだろうな。継子いじめはしないと見ているのだが」

「その点は、御心配御無用かと」

「そうか。お前がそう言うなら、心配は無用かな」

「あの方は……アンドレアスとして働いておられた頃から、陛下の御心に適うには如何にすべきか……そればかり考えて動いているひたむきな方ですからな。良い時は良いのですが……」

「確かに、引いてみる事が出来てはいないようだな。特に、私の事だが」

「陛下がその点を御心に深く留めて居られるなら、多少の事はございましても大事御座いませんでしょう。臣下を巻き込む困った御夫婦喧嘩など、発生しませんでしょうし」


 自分の事ばかり考えている女……別の女なら、多少鬱陶しくも息苦しくも思うだろうに、なぜあの娘なら平気、いや、嬉しく感じるのか、不思議だ。これが相性と言う物だろうか。

 相性といえば、今後の打ち合わせも兼ねて乳母であったノイマン夫人と昼食を共にした時にも言われた。


「陛下の御食事の世話が勤まるのですから、心配はしておりません」

「私が、それほど気難しいかな」

「わからぬ者には、わからぬでしょうが……寛がれる時と、気遣いなさる時のお顔は同じようにほほ笑まれていても、お顔つきが違います。あの子と御一緒の陛下は、寛いでおいでだと思いますから、相性が良いという事でしょう」


 それから、義母であるノイマン夫人にあの娘が送ってきた手紙を見せられた。


「なるほど、並び立つ覚悟か。私は、あまりその点は心配していない」

「では、何が御心配で?」

「過去の私の行いを深く恨まれるかもしれない、そんな気もする。昔は子供だったから……意味合いを理解していなかっただろうが、今となっては色々考えだすと、許せぬ事も有るだろう」

「でも、お怨みはしないでしょう。陛下の事も数多の愛人方の事も」


 義母であるセシリア・ノイマン夫人は、ロベルトが口にした約束を守りきれば、多少の嫉妬はしても、人を困らせるような事はしないと見ているようだった。


「愛人たちとの関係は、もう引きずらない。皆それぞれ良い女たちだったのに、誰か一人に特にのめり込む事も無かったのは、なぜなのだろうか不思議な気がするのだが……今にして思えば、あれが育つのを心のどこかで待っていたのだろうと思う。それまでの繋ぎと言えば聞こえが悪いが……」


 実際そんな関係だったのだろう。互いに互いを利用するような。ロベルトは彼女たちにできる約束しかしなかったし、内緒な事はお互い色々あったが、嘘はついたことがない。気まずい思いをしたりさせたりしてまで、聞こうともしなかった。また、それだけ執着もしていなかったのかもしれない。

 そんなことをノイマン夫人に語ると、苦笑された。


「愛人方も、皆さま、あきれておいででしょう。でも、綺麗に終わらせて下さったのなら、陛下はそれなりに出来の良い方ばかりお選びになったのですね」

「それなりに、人を見る目は有ると思う。セシリアの教育の賜物だが」

「恐れ入ります」

「本当はな……まあ、良いか」

「まあ、何でございましょう? 言いさしでおやめになるのは、よろしくありません」

「そうだな。本当は……セシリアがもっと母上のようであってくれたら、こうも派手に女遊びもしなかったような気がする。セシリアは私の幼いころからずっと『私はあくまで臣下でございますから』と言って、その線を越えてくれた記憶がない。母になってくれたことが無いな……なろうと思えばなれたのに……父上の願いを受け入れなかったのだろう?」

「まあ、なぜそれを御存知で」

「父上が……私にだけは打ち明けられたのだ」

「まあ……さようでしたか」


 ロベルトの父である先王は、妃を失ってから再婚はしなかった。


「セシリアが一度臣下の妻になってしまったために妃にはできないが、秘密結婚なら十分に可能だから、王としてではなく、一人の男として再婚相手として考えてほしいと懇願したらしいな」


 身分が整わない婦人を王が深く愛し、正式な配偶者として扱いたい場合、セレイアの王室では妃には出来ないが密かに『大公夫人』として遇する事は認められているのだ。公式の式典に妃として王と並んでの参加は出来ないが、高位の貴族としての参加は可能だ。それに式典に参加せず御前会議に顔を出さない以外は、王と寝食を共にする。まさに王の妻なのだ。

 ただし、この場合貴族たちに黙認させるためには、他に愛人が存在しないことが必須条件とされた。また本人に身分以外の欠点が少ない事も求められた。他に愛人がいても結婚できる妃より、ある意味条件が厳しいのだ。


「でも、セシリアは亡き夫だけを愛していたいから、断る、そう言ったそうじゃないか」

「はい」

「御臨終の際もその話をされてな。お前が老後も安らかに暮らせるように、心を配ってほしいと仰せだった」

「まあ……」

「本気で父上はセシリアを想っておられた……間違いないと思うぞ」

「勿体ないお話です」

「でも……別に、嬉しくも無かったか」

「嬉しくなかったわけでは無いですが……重荷でした。お世話なさる女官方も、お美しい方々が三名ほどおいででしたし……その中で、なぜ私を、とは思いました」

「父上がおっしゃったのだ。女官達との情事を、セシリアにうっかり見られてしまったのではないかと」


 父がロベルトに『本気の相手がいるなら、絶対に別の女との情事を目撃されないように注意しろ。宮中で事に及べば何が有るか分からない』と忠告したのは、苦い実体験に基づいた事らしかった。


「はあ……ですが、それは私が配慮に欠けておりましただけの事でして」

「ひょっとして、一度だけ私が真夜中に高熱を発した時か?」

「はい」

「やはり、そうか」


 やはり、宮中は色々と秘密が漏れるのだ。あの娘に、自分のそうした行為を直接見られるようなヘマはしていないと信じたいが、どうなのだろう。少し心配になってきたロベルトであった。

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