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先行き不透明・3

 明日は国の代表として大君主の宮殿に向うのだから、午後から風呂屋に行ってはどうか、そんな提案をガァニィと妻が昼食時にした。


「警備の問題が有るじゃないか」

 今回の警備の責任者でもあるファリドは顔をしかめた。

「うちの家内がお供しますし、行く先は私が経営する風呂屋ですし、一般の客は入れさせません。御三人ほどではないにしても、まあ、そこそこ使える腕の護衛を十人ほどつけますし」

「やけに勧めるじゃないか。何かわけでも有るのか?」

「……はい。さる高貴な女人が、大君主陛下に謁見なさる前に、特使様にお話なさりたい事があるそうです」

「それって……」

 アンヌ・テレーゼは思わず護衛の三人の顔を見てしまった。三人とも渋い顔だ。

「断ると、どうなるんだ?」

 そのファリドの言葉に対するガァニィの返事は、ある程度予想できたものだった。

「特使様のお命に係わる様な、不都合が生じるかもしれません」

「僕……ええ、私に何が聞きたい、あるいは何を言っておきたいのかな? 用件の見当は付く?」

「こう申しては何ですが……御自分にとって『使える方』か否かを見定められるのでしょうな」

「使い物にならないと判断されると、どうだろうか」

「さようですなあ。既に、特使様が有能な方だと言う情報をあちら様は得ておいでですから、恐らく御自分を軽んじられた、ないしははぐらかされたとお感じになると……お怒りは強いでしょう。姉君様にあたる方の御身の上に何か有るかもしれませんし……特使様が帰国なさるまでの間に、何か有るかもしれませんし」

「国母様は、お気に召さない事が有ると、外交交渉も何もかもぶち壊しになさるかもしれない……そういう事だね?」

「はあ」


 出された昼食は前菜からデザートまで全部で十二品にもなる豪華なもので、国母の話題が出るまでは無邪気にスパイシーな豆のスープや、ズッキーニに肉と米を詰めた煮込みや、鶏肉ときのこのクレープ包みや、三日月形のチーズをのせたパイや……あれこれ目新しい御馳走の数々を楽しんでいたのだが、いっぺんで食欲が失せた。


「いきなり袋詰めにされて、海に捨てられちゃ困るんだよ」

「……やはり、特使様は御存知で」

「そんな事、絶対させんが」

 ファリドは非常に不機嫌だ。

「万が一、特使である私の身の上に、何か有って、その事にガァニィ殿が一枚かんでいると我が国王陛下が判断なさった場合、どのような事になるかは……十分考えておいでだよね?」


 一応、アンヌ・テレーゼは念を押した。肥満体の男は額からじわじわ汗を吹きだしている。そして覚悟を決めた、といった目つきになると、こう言い放った。


「私は……破滅でしょうな。セレイアの海軍は強大で、広い海域を押さえていますから。その……信じて頂けるかどうかはわかりませんが、セレイアの国王陛下とこちらの国母様のどちらかを選ぶとなったら、無論、私はセレイアのロベルト国王陛下を選びます。そうなれば、さっさと亡命する事になるでしょうが」

 そして国母がいくら権力者と言っても国家元首ではないし、軍を思い通りに動かせるわけでも無いとも言い添えた。

「これが一番の理由なのですが……ロベルト国王陛下は公明正大でいらっしゃるのに対して、国母様は平気で人を殺しますからな。最後の最後までは信じられませんよ」

「ふーん。てめえの命が可愛いから、いざとなったら陛下にすがれるようにしておく必要が有る。だから特使様の安全のために尽力するから、信じろ、そういう訳だな?」

 ファリドはジロリとガァニィの顔を見た。

「はあ。まあ、そうなります」


 ここでぽっちゃりしたガァニィの妻が発言した。


「特使様は国母様に良く似ておいでです。国母様は故郷を大切に思っておいでの御様子ですから、御自分の御血縁となれば、また特別なお気持ちもお持ちになるでしょう」

 この妻の考えは甘いとアンヌ・テレーゼは感じる。ロベルト王に渡された報告書の内容からすると、息子の勢力を削ぐことも姪のルゥルゥを利用することもためらわないとしか思えない。

「では聞くけど、ルゥルゥ様の扱いはどうなの?」

「それなりに御心を配っておいでのように、私には見えますが……変な噂は確かに御座いますね。マンスール様の誘拐は、実は国母様の陰謀とか……ですが私はそれが真実とも思えません」

「じゃあ、何が真実だって思うの?」

 アンヌ・テレーゼが問うと、ガァニィの妻は訴えかける様な顔つきでこう言った。

「……国母様は、悪いお人にだまされておいでなのです」

「悪いお人?」

「帝国の皇族であったと言う……特使様とよく似たお顔立ちの、若い男の方です。その方が国母様に良からぬ事をあれこれ吹きこんでおいでなのです」

「その男、セレイアで怪しからん事件を起こした犯人かも知れないんだ。なんていう名前なの? 知っている事を全部教えてほしいんだ。国王陛下も情報を欲しがっておられる」

「事件とは? いかなる事で?」

 ガァニィは、気になってならないらしい。

「俺らの恥にもなる事だから、細かい事は言えんよ。ともかく、トンデモナイ食わせ物らしいって事は、はっきりしている」

 慎重派のキアーが、ダメ出しをする。

「あの、若い男の方は御寵姫様の弟君でいらっしゃるとか。お名前は存じ上げません」

「妻は幼いころから長年国母様のお側にお仕えしておりまして、年頃になって私に賜りましたのです。妻は月に二、三度国母様の所に御機嫌伺いに参ります。その妻が知らないという事は、国母様はその男の事を人に知られたくないとお考えなのでしょう」

「じゃあ……それ以上の情報を得るためにも、国母様に会わなくちゃいけないって事か」

 ぽっちゃりした妻は、頷いた。

「お風呂でしたら、何の隔ても無くお話もできましょう。国母様も特使様になら、内緒話をして下さるかもしれませんし」

「お供のデッカイ宦官に踏み込まれて、袋詰めって事は無い?」

 やっぱりアンヌ・テレーゼは心配で念押しをしたくなる。

「絶対に、そのような事はさせません。そのような宦官は、うちの護衛が銃で一発で仕留めますよ、ですから、どうぞご安心を」

 ガァニィは拳を握りしめて、そう言い切った。彼としても商人として生き延びれるかどうかの瀬戸際だと、覚悟をしているらしい。


 アンヌ・テレーゼはガァニィの妻の介添えを受けて、大君主国風の貴婦人の衣服に着替えた。そして、貴婦人が一般的に使用する輿に乗る。護衛たちは皆馬に乗っている。特に、ガァニィの家の十名の護衛たちは旧式ではあるがかなり威力のある銃を全員が背負っているのが目を引く。聞けば、この国では銃を使いこなす者の数はまだまだ少ないらしい。それを十人一度に揃えて供をさせるというだけでも、力の誇示になるわけだ。


 目的地の風呂屋はこの都で一番格式が高いらしい。かつては離宮の一部だったそうだ。それをガァニィが買い取り、超高級風呂屋に改装したのだそうな。普段は正午以降日没前のこの時間帯は、身分ある女性のためのもので、日没後は男の客専用に代わるらしい。いつも繁盛して賑やからしいが、この日はガァニィが言ったように他の客は一切いれず、貸し切り状態だ。


「おお、国母様は御先に入っておいでのようですね」


 輿を降りて中に入ると、控えの間だと言う白大理石造りの広間に、二十名ほどの宦官がゆっくり茶やコーヒーを飲んで控えていた。ガァニィ家の護衛たちは建物の周囲を固め、三人の護衛たちは広間で飲み物を貰って待つ事になる。ガァニィの妻とネリーがアンヌ・テレーゼに付き従って浴室まで入る。

 さらに奥に進むと、目つきの鋭い五十がらみの女が台の上に座っていて、そこが受け付けらしい。普段なら金を払い、鍵と専用の垢すり手袋、湯帷子を受け取るらしいが、アンヌ・テレーゼの分はネリーが受け取った。更に進むと鍵付の戸棚がずらりと並んでいて、通常の営業ではそこに脱いだ衣類や貴重品を仕舞い込むらしい。鍵にはかなり長い紐がついていて、首から下げられるようになっているのだそうだ。この戸棚の部屋にも目つきの鋭いあまり若くなさそうな女が二人、すわっている。本来は鍵つき戸棚のあたりの見張り役らしい。


 二人は西大陸の言葉で「恐れ入ります」と言うと、恭しい態度でアンヌ・テレーゼの衣類を脱がせ、湯帷子というか真っ白い木綿製の貫頭衣を手際よく着せた。ガァニィの妻とネリーは自分で着替えていた。それから二人の先導で浴室に入ると、二十ほどのベッドのような石の台が有る。一際美しい薔薇色の大理石製で他より少し高い位置の台に、アンヌ・テレーゼは先導された。じんわり暖かい石の台の上に寝ていると、どんどん暖かいというかかなり熱めの湯を五人の老女が手桶に汲んで、どんどんザバザバ掛けられる。毛穴が開いたら、垢すり開始らしい。これまた専門職らしい中年の女がやってきて、垢すり手袋を受け取ると、垢すりを始めたのだったが……

 あまりに大量の垢が出て、アンヌ・テレーゼは驚いた。


「体が軽くなったような気がする。気持ちがいいなあ」

「良うございました。特使様は明日は格別大切な御用ですから、髪とお肌のお手入れも致しましょう」

 隣の黒大理石台の上に居るガァニィの妻もその隣のネリーも、垢すりをされている。

「へええ、よろしく」

「特使様のお体を洗っております者は、この都一番の腕前です」


 確かに、優しく摩る感じは大変に心地良い。汚れがすっかり落ちて肌がつややかになったと感じられるようになったころ、一人の女がガァニィの妻に耳打ちした。


「国母さまが、続きの間でお待ちだとのことです。ネリー様と私はここで控えておりますので、この者と御一緒に、隣の部屋にお進みください」


 いよいよ問題の人物との秘密の面会だ。隣の部屋ではマッサージを受けながら、話をする事になるらしい。





誤字脱字、七か所訂正しました。まだ見落としが有ると思います。

御指摘大歓迎です。

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