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先行き不透明・1

 セレイア王国の特使・アンヌ・テレーゼ・コルネリウスは「保護された大君主国の世継であるマンスールを無事に祖国に送り届ける」と言う建前のもと、大君主国に向った。セレイア国内では「侍従アンドレアス・ノイマン」の任務として発表されただけで、アンヌ・テレーゼの名は公開されていない。

 ロベルト王が特につけた護衛、ハムザ、ファリド、キアーの三人はアンヌ・テレーゼが旧神聖帝国の皇族で、大君主の寵姫ルゥルゥと恐らくは姉妹であると知らされて驚いていた。

「陛下にとって特別な方だということは、承知はしていましたが、正妃になさるおつもりとは知りませんでしたよ」

 三人の中で一番年かさで目ざといファリドにも、深い事情までは知らされていなかったようだ。


 船で七日の旅程は退屈で、アンヌ・テレーゼはドレス姿のまま襲われた際の短剣の使い方を、主に一番腕利きのハムザを相手に熱心に稽古していた。


「貴婦人のスカートの中は、さすがに検査はしないはずだけど……大丈夫かなあ」

「陛下は恐らくこの剣なら持ちこめるとお考えだったけれど、確実な事は分かんないよな」

「それにしたって、アンドレアス、ってアンヌ・テレーゼ様、そのかっこうはびっくりだね」


 ドレスの下は通常のコルセットやパニエではなく特殊な防具で、幾つかの刃物を忍ばせる事も出来る。更にその下には黒いぴったりしたズボンとシャツを着ている。かなり珍妙な格好だが、上からドレスを着ればもっともらしいのだ。


「オーバースカートの部分を取っ払って、戦う事を前提なんだ。この隙間から太腿に吊り下げた鞘に格納した一番大ぶりな短剣を素早く取り出せるように、いろいろ工夫はしたんだがね」

「だが……取り出すのは、本当にギリギリの場合だな」

「暗殺者呼ばわりされて、打ち首は困るからな」

「隠しポケットからコルセットに装着したナイフが取り出せるんだよな。だが、的に当たらなければ、役に立たない。もう少しナイフ投げの精度を上げた方が良くないだろうか?」

「そうだな。このコルセットって奴、普通はもっと締め付けがキツイらしいが、今回はコルセットに見せかけた防具なんだ」

「それ考えたの、陛下なんだよな」

「うん。僕じゃ考え付かなかった」

「陛下は女の下着もドレスの事も良く御存知だからな」

 ハムザの言葉に、アンヌ・テレーゼは一瞬ムッとした。だが、確かにそうに違いないのだった。

「……違いないな……うむ、陛下はドレスの中身の事も良く御存知だからなあ」

 まだハムザはロベルト王の女性関係に関して勝手に話を続けそうな感じだ。

「ハムザ」

「あ?」

「お前は、無神経だぞ」

「あ、すまん」


 ともかくもナイフの投げ技と、室内での乱闘への対策に専念する。一人になると大君主国に関するこれまでの調査報告に目を通し直す。ロベルト王は出発前に幾度も「国母に気をつけろ」と言った。

 どうやら国母がどのように現在の地位と権勢を手にしたかを知っていた方が、話が早そうだ。「最新報告書だ」と言うかなり厚い冊子を乗り込む直前に王から渡された。アンヌ・テレーゼはその報告書を隅から隅まで読み返す事にした。


 報告書にも最後の神聖帝国皇帝の妹にあたるルイーゼ・グレーテルは十三歳で静養先の海岸部の城の庭園から拉致された、となっている。冷涼な気候が体に合わなかったらしく、温暖な土地での静養を医師に勧められていたのは事実だが、大君主国の息のかかった海賊が活発に活動する海域に面した城がわざわざ選ばれたのは、何がしかの工作が行われた節が有ると言う。古い事で物証は揃わなかったが、当時先代の大君主が「何としてでも高貴な白い肌の美女を連れてくるように」と臣下の者達に言っていたのは事実らしい。


「最初から仕組まれていたのか。酷い話だ」


 しかも、拉致されて以降、帝国の幾人かの貴族に大君主から宝飾品と金貨が贈られたのも事実だ。外戚の勢力を排除するために、もう十代以上に渡って、大君主は女奴隷以外後宮に置かないと言う状態であったため、通常の「政略結婚」を申し出る事が出来にくいと言う大君主国の国内事情が有ったが、一方で大君主国を「砂漠の蛮族の国」として嫌う皇族貴族も多かったと言う事情も有るようだ。

 皮肉な事に、大君主国の気候はルイーゼ・グレーテルの体質に合ったらしい。マリヘフの名を賜って、先代大君主の寵姫となったころには病はすっかり治っていたようだ。


「この後が問題なんだよな」


 この辺りまでは既に知っていた情報も多かった。だが、寵姫マリへフとなった元皇女は、血みどろの派閥抗争を勝ち抜いていったようだ。


「毒殺に、拉致か。袋詰めにして投棄?」


 どうやら大君主国の後宮では反対派の女を黒人の宦官たちに拉致させて、大きな布袋に詰め、海や川に投げ捨てると言う殺害方法が多いようだ。先ず最初に殺害されたと思われるのは、北方の貧しい農民の娘で、抜けるような白い肌と黄金の髪の若い女奴隷だった。この奴隷はマリヘフが妊娠出産であまり閨の相手が出来なかった時期に、代役を務めた者だった。だが、マリヘフより若いその娘の閨を共にする頻度が、マリへフが復帰してからも下がらなかったため、危険と判断して殺害に及んだようだ。 


「取ってつけたような不倫行為をでっち上げた節が有るわけか……」

 その女奴隷に仕える「手術の不完全な宦官」と通じていたと言う事にしたらしい。恐らくは全くの無実だが、女奴隷が殺害されるより前に、男の方は惨殺されている。延々、この手のえげつない報告内容が続く。


 船内の食事は王宮とは比べ物にならない簡素さだ。一番品数の多い夕食でもワイン一瓶に固焼きのパン、リンゴないしはオレンジ一個、一つかみのナッツ、一つかみのドライフルーツ、チーズ、ハムないしはスモークした魚でおしまいだ。煮炊きをせず、手づかみで食べられるものが大半だ。暖かいスープは病人専用で、この船には幼児であるマンスールが乗っているから、彼だけが例外だ。マンスールには新鮮な果汁と堅いパンに代わり柔らかめのクッキーが配布される。

 そのマンスールは海が凪いでいる時は甲板で子供好きな船員たちに相手をして貰い、上機嫌だ。


「坊ちゃん、えらくなってもおいらたちを忘れないで下さいよ。たまには小遣いでも恵んでくださいよ」

「馬鹿野郎、こんなおチビちゃんが、そんな年まで俺たちの事なんて覚えてるはずもねえだろうが」

「そういやあ、そうか。でも不思議なもんだなあ。あの金ぴかのでっかい宮殿がこの子の本当の家で……なのにこんなに嬉しそうに、俺たちに抱っこされているんだからなあ」


 確かに不思議だと、アンヌ・テレーゼも思う。マンスールはどう見分けるのかわからないが、子供が好きで気立ての優しい男にまとわりついて、抱っこされている。大抵は郷里に幼い子供や兄弟を残している船員だ。乳母役の女は彼らの様子をのんびり側で見ている。実に平和な眺めだ。

 そんな日は特にする事も無いので、アンヌテレーゼは食事の度に一人でワインをゆっくり飲み、固い食事類をよく噛んで腹に馴染ませながら、報告書や書籍類を読む。正直言って、茶が欲しい所だが船で真水は貴重品だ。贅沢は言えない。


「もしもし、茶を淹れましょうか?」


 出航して五日目、珍しく厨房係の船員がそのような事を尋ねてきた。


「ああ、ありがとう。お願いするよ」


 アンヌ・テレーゼは密室での格闘の訓練以外は男の衣服を着ている。言葉も自然に男言葉だ。


「茶だなんて、珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」

「今日寄港した先で、土地の名水を積み込んだんでさ。陛下があらかじめご用意くださっていたんですと。是非、特使様にお好きな茶を召し上がって頂いて、お仕事に励んでいただきたいそうです」

「そうか。陛下らしい」

「陛下って、やんごとない御身分なのに、色々気の付く方ですよねえ」

「そうだなあ」

「おかげでおいらたちも、働きやすいですよ」

「目的地へは、予定通り着けそうか?」

「風が上手い具合に吹きましたから、予定より一日早いでしょうね」

「と言うことは、明日到着か?」

「へい。たぶんそうですよ。ついたら、大君主国式の風呂屋に行きたいもんですよ」

「ほう」

「男と女で時間帯を分けているんですけどね、贅沢なでっかい風呂で、気分いいですよ。あの国じゃ、身分が高い方もお供を連れて入りに行くもんらしいです」


 到着したら、その風呂屋とやらに行ってみるのも悪くない。などとアンヌ・テレーゼは思うのだった。

王の名前はロベルトです。すみません

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